第百四話 五条坂
1
部屋には、土方と山崎と沖田の3人がいる。
「できれば・・今夜中に片をつけてぇ。寺にいる浪士は、全員残らず捕縛だ」
土方の言葉を聞いて、沖田が頭を掻く。
「せっかちだもんなぁー、土方さん」
「・・なんか言ったか?」
「いえ、なんも・・」
沖田が素知らぬカオをする。
「敵さんの数が不明だ」
土方が声を低くする。
「出動できる隊士は何人いる?」
「新八さんと左之さんの隊は上屋敷に行ってますから、しばらく戻れないでしょう」
守護職上屋敷付近で不審火があり、見廻りを強化している。
「斎藤くんは、通りで小競り合いの捕り物があって・・奉行所の連中が絡んで、時間を取られてるようです」
山崎の答えを聞いて、土方が苦い顔をする。
「平助くんの隊が、まもなく帰って来るようですが」
土方が息をつく。
「分かった・・平助が戻るのを待って出動だ」
多勢に無勢で向かうつもりは無い。
隊士を無駄死にさせたくはない。
屯所内にいる隊士の数を頭に置いて算段する。
寺の周囲に隊士を配置させて、敵の逃亡経路を立つ。
そして、門から斬り込み隊が突入する。
「まぁ・・なんとかなんだろ」
土方が刀を手に立ち上がる。
「相変わらず、博打だなぁー。まぁ、オレぁ・・土方さんに命預けてるんで、いんだけど」
沖田も続いて立ち上がる。
2
新選組は人数が増えたが、怪我と病気が蔓延して隊士の平均出動率は5割以下である。
気温が低くなってからは風邪が流行して、3割以下に落ち込んでいる。
今夜屯所内で出動できるのは、見廻りに出てない、さらに一部の隊士であった。
「15人か・・まぁ、仕方ねぇだろう。平助たちが戻って来りゃあ、もう少し数が揃う」
土方が言いながら振り返る。
「山崎。おめぇは先に行って、連中見張っててくれ。なんかあったら報せろよ」
「はい」
山崎が答えると、沖田が前に出た。
「オレも先に行ってます」
「あー?おめぇは、見張りは向かねぇよ」
土方が却下する。
「なんかあって、山崎さんが屯所に走ったら・・その間にやっこさん方、いなくなりますぜ」
沖田の答えに、土方がしぶい表情をする。
「・・わかったよ」
土方は諦めたように息をついた。
「ただし・・いいか、オレたちが行くまで絶対に動くな」
「はいはい」
沖田が素直に頷く。
土方は沖田の素直な返事を、昔から全然信じない。
「総司・・」
「わかってますよ」
土方が言いかけた言葉に、沖田が明るくカブせた。
「わかってます・・ムチャぁしません」
「・・よし」
今度は土方も信用したようだ。
「あくまで捕縛だ。・・だが、イザとなったら迷わず斬れ」
山崎と沖田は、2人連れ立って門から出て行った。
3
五条坂に着くと、寺に微かに灯が灯っている。
周囲は闇で静まり返り、人影は無い。
「東側に正門、西側に通用門がある」
山崎が小声で説明する。
「浪士たちが出入りしてるのは、通用門だ」
道を挟んで向かい側の林の影に、山崎と沖田がしゃがんで身を潜めている。
「日が暮れると出入りが増える」
山崎の言葉に、沖田が答える。
「ああいう連中は、夜行性だからな」
「早ぇとこ片づけて、とっとと寝てぇなぁ~」
沖田がノンキにアクビする。
「眠いのはオレも一緒だよ」
山崎が門に目を向けながらつぶやく。
すると・・通用門が開いた。
傘をかぶった侍姿の男が出て来る。
続いて、もうひとり・・。
男ふたりは周囲をキョロキョロと見廻して、顔を合わせて頷くと歩き出した。
「・・・」
「どうする、山崎さん。あいつら行っちまうぜ」
「・・副長が来るまでは動くなって指示だ」
すると、歩いていた男2人が立ち止まった。
振り返って、いま来た道を戻って来る。
「勘づかれたか・・?」
山崎が低い声を漏らすと、沖田が微かに頷く。
「やつらが大声だす前に・・片づけるぜ」