第百三話 変化
1
年の瀬も押し迫り、町のにぎわいが増すとともに、京の見廻りも強化された。
隊士たちは忙しい毎日を過ごしている。
伊東の遅刻も、最近は無くなった。
山南が、服部と篠原というイカツイ2人を交代で迎えに行かせているためだ。
(薫と環の寝起き係はアッサリ却下された)
忙しくても、市中見廻りの際に起きた出来事は事細かに組長から副長(土方)に報告される。
隊務とは別のこまり事・・隊士同士の諍いや病気などの相談は、参謀(伊東)に持ち込まれている。
これは以前、山南の役目だったが・・近頃は伊東が取って代わった。
山南は来る者は拒まず話しは聞くが、自分からアレコレと声をかけることはしない。
伊東は違う。
自分からドンドン隊士に声をかけて、積極的に意見を聞いて回る。
会議の席でも、山南が発言する回数が減った。
近藤、土方、伊東の意見を聞くだけで、自分の考えを述べることをしない。
土方はあれきり・・山南と2人で話すことが無かった。
山南の変化に気付いても、あえて黙殺している。
(忙しくてそれどころでないというのが実情だが)
近藤は相変わらず、どこに行くにも伊東を伴っていた。
幕府との密談も、近藤と同席する伊東が一番の事情通になっている。
「なんか・・サンナンさん、様子おかしくねぇか?」
永倉が首を傾げる。
「そっか?」
原田はアッケラカンと答える。
「まぁ、ちょっと元気ねぇような気もするが」
稽古の合間、2人は壁際に並んで立っている。
2
「あんま、喋んねーしよ」
永倉は柱に寄り掛かり、竹刀を床に立て両手を乗せる。
「なんかあったんかな?」
「さぁ・・」
原田は壁に背を持たせ、床に立てた槍を肩に抱く。
「もともと余計なこと言う人じゃねぇが・・さらにカラにこもったカンジかねぇ」
稽古場では、沖田が篠原相手に打ち込み稽古をしている。
「総司は、なんか知ってんじゃねーのか?」
永倉がつぶやいた。
山南は、沖田を弟のように可愛がっている。
ほかの隊士には言わないことでも、沖田には話しているかもしれない。
「どーかね・・あいつ今、天神サマにハマってっから。それどころじゃねんじゃねーの?」
原田は薄笑いを浮かべる。
「めでてぇハナシじゃねーか」
永倉がヘラヘラ笑い出す。
山南の話から・・話題が"沖田のオンナ"に移る。
「土方さんの言った通り、オネーサマ好きだよなぁ」
原田が槍を抱えたまま腕を組む。
「羽虫は好いオンナだぜー。総司のやつ、シュミは悪くねーよ。斎藤みてぇに"ややブス"ばっかと遊んでんのは、理解できねぇが」
永倉が、服部と竹刀を交えている斎藤の方に目をやる。
「あいつ、ブス専じゃねーの?」
原田がつぶやくと、永倉が首を傾げる。
「"ブス専"つーか・・"ややブス専"?」
今度は・・"斎藤のオンナ"に話題が移った。
3
別に、斎藤はブス専ではない。
美人を前にすると緊張して手も足も出なくなるので、芸娘を揚げる時には気楽に遊べるレベルを選んでるだけだ。
斎藤は、パッと見クールな二枚目でモテるはずだが・・なぜか女に免疫がつかない。
もともとさほど遊ぶ方でなく、付き合いで仕方なく芸娘を揚げる時の方が多い。
「灯り消しちまえば、美人もブスも区別ぁつかねーよ」
斎藤が良く言う言葉である。
自らの弱点を克服することを諦めて、開き直ってるセリフだ。
しかしこのところ、隊士たちが廓に遊びに行く回数は減っている。
(沖田は師走に入ってからは皆無である)
年末になると空き巣や押売、喧嘩騒ぎの刃傷沙汰が増えるので、日中はもちろん夜の見廻りが増えていて遊びにでかけられない。
祇園や島原に足を運ぶのは隊務の時だけだ。
この夜も・・屯所で待機する土方の耳に監察方から報告が上がった。
「五条坂にある法華寺に・・昨夜から不審浪士が集まっているようです」
山崎が頭を低くしたままで報告する。
「あの寺の住職は・・勤王派の噂があります」
「・・集まってる浪士は、長州系のやつらか?」
土方の問いに、山崎が少し顔を上げる。
「素性は掴めませんでした」
「人数はどんくれぇだ?」
「不明です。出入りしてる風体で数えると・・今のところ8人以上としか」
「・・・」
土方が腕を組んで思案する。
攘夷派なら・・会津藩か新選組に報復を企んでいる可能性もある。
後手に回ると命取りだが・・情報が少ない。
下手に動いて返り討ちに逢ったら、元も子もない。
「総司を呼べ」
土方が低い声でつぶやく。
「はい」
山崎は音も無く立ち上がると、姿を消した