第百一話 告白
1
シンは何も答えない。
この場を乗り切る方法を、頭をめぐらせ考えている。
真実を口にしたら、もしかして・・この2人は信じるかもしれない。
だが・・口が裂けても言うわけにはいかない。
この国がこれからどうなるか知っていることを・・絶対に。
彼等の未来が・・自分たちにとって過去の歴史に過ぎないことを。
幕府は滅び・・新選組が凄惨な結末を迎えることも。
シンは横を向いていたが、思い切ったように井上に顔を向けた。
「薫と環は・・赤鬼とは関係無いですよ、ホントに」
シンの言葉に、沖田がホッと息をつく。
「オレはまぁ・・仲間っていやー、仲間ですけど」
シンの言葉を聞いて、井上の顔から一瞬、笑いが消えた。
が・・すぐにモトのふざけた口調に戻る。
「おめぇ・・鬼にゃあ、見えねぇぞ。確かにやたらデカイがな・・ひょっとして人間に化けてんのかぁ?」
シンは身長が184cmある。
オカルトネタに全くキョーミの無い沖田は、井上の言葉に呆れている。
「化けてませんよ・・ただの人間なんで。オレとその赤鬼は・・遠いところから来たんです」
シンは腹をくくって話し出す。
嘘をつく時には、いくつか真実を散りばめた方が良い。
信憑感が増し、辻褄が合いやすくなる。
「薫と環は・・もう少し近い、かな・・」
「なんか、良く分かんねぇな・・つまり異人なのか?おめぇら」
井上が訝しげな顔をする。
「・・かもしれませんね」
シンが素っ気なく答える。
2
「"かもしれませんね"?・・なんだよ、それ」
井上が呆れた声を出す。
「・・分かったよ。言いたくねぇなら、しゃあねぇや」
息をついて、お手上げのポーズを取る。
シンがホッと息をつく。
「オレぁ、もともとただのキョーミ本位さ。おめぇらをどうこうしようって気はねぇよ」
井上が腕を組んだ。
「赤鬼を拾ったのも・・成り行きみてぇなもんだしな」
一歩踏み出す。
「どうやら・・おめぇら。オレたちの知らねぇ、遠いとっから来たみてぇだな」
井上が少し首を傾げた。
「だが・・密入国だったら報告しなきゃなんねぇ。・・そうなのか?」
「・・かもしれませんね」
シンが思案深げに答える。
シンの"かもしれない"攻撃に、井上がいささかウンザリした顔をする。
手を振って、ずっと黙ったきりの沖田に声をかけた。
「総司、つき合わせて悪かったなぁ。オレぁ、もう帰ぇるぜ」
「ああ・・」
沖田が抑揚のない声で答える。
井上が帰った後、沖田とシンが鳥居の前に残された。
「"歩いても舟に乗っても戻れない"・・そんなとこから来たのか?おめぇら」
沖田がひとりごとのようにつぶやく。
すると・・シンがクスリと笑った。
「沖田さんは・・あの2人のこと気にかけてるみたいですね。オレと赤鬼には・・さほどキョーミ無いみたいだな」
沖田が不愉快そうな顔を向けると、シンは肩をすくめる。
「戻りませんか?遅くなると怒られちゃうんで」
3
屯所に戻る道すがら、シンの前を歩く沖田は全く口をきかなかった。
そして戻るとさっさと稽古に出て行った。
シンは、ひとりで部屋に戻った。
後で斎藤から怒られるかもしれないが・・どーでもいいと思っていた。
立ったまま・・部屋の中で、さっきの井上の話を反芻する。
どうやら・・教授とはスレ違ってるようだ。
少なくとも・・赤鬼は2回現れているらしい。
(なんのために戻ったんだ?オレを探しに来たのか?それとも・・)
江戸時代に足止めを食ってから・・答えの出ない問いが頭の中を回り続けている。
そして・・考えたくないが、ある考えに行き着く。
(ひょっとして、教授がタイムワープ事故を仕組んだのか?)
それは・・これといった根拠もない、一種のカンのようなものだった。
ワームループで事故が起きれば、研究チームは打撃を受ける。
責任者である教授はタダで済まない。
シンをわざと江戸時代に足止めしても・・デメリットになるどころか、おそらく進退問題になるだろう。
「・・・」
それとも・・チームを陥れるために誰かがマシンを操作したのか。
・・考えても答えは出ない。
(赤鬼が現れたっていう長屋に行ってみたいな・・)
井上に協力してもらえないか・・そんな図々しい考えが頭をよぎる。
シンは感謝していた。
井上は・・シンが口を割らないだろうと分かっていても、持ってる情報を与えてくれた。
風変りな役人の気まぐれかもしれないが・・。
井上は信用できる、シンは思った。
(あの人・・多分、味方だ)