佳恵との恋心玲子と重なって見える
竜太郎は図書館で本を借りに行った。30分くらい凄し、駅へ向かった。電車に乗り込むと佳恵にばったり会った。
佳恵は
「あら」
とだけ言って何も言わずに竜太郎の左隣に座った。
「お家はどこ?」
「幡ヶ谷だよ。」
「新宿の近くでマンドリンの練習会に行くのよ。」
「新宿で迷子になったんだ。東口に間違って降りて、本当は西口に行きたかったんだ。」
佳恵はくすっと笑って
「新宿案内してあげる。これからどう?」
「今日は真っ直ぐかえるよ。」
どうも佳恵の髪のにおいがにがてだった。高価なシャンプーを使っているのだろうか。佳恵はなにもかも都会的だった。
竜太郎の頭の中は玲子のことでいっぱいだった。もうすぐ5月だった。本当だったら玲子と一緒の時を過ごすはずだった。北の空をみて孤独感にさい悩まされた。突如、佳恵の髪の匂いが脳裏によみがえってきた。黒い瞳に何度吸い込まれそうになったことか。だが佳恵は自分とは別世界の人だと思った。だが竜太郎にとって時間は貴重だった。おそらく限られた4年間になるだろう。一日たりとも無駄にできなかった。最初は北海道に帰って教師になりたかったのだが、東京も悪くないと思い始めていた。卒業したら玲子を迎えにいけばよいと思った。
今日はクラスコンパがある。ドイツ語の教授も誘った。教授は快諾してくれた。コンパの時また隣に佳恵が座っていた。時間も経つにつれ、コンパも盛り上がってきた。佳恵はお酒のは全くてをつけずに、オレンジジュースを飲んでいた。彼女は遠い目をしていた。竜太郎はどきっとした。玲子と似ている。顔のつくりは全然ちがうが、目の輝きが玲子とそっくりだった。
連休も終わり、東京は初夏である竜太郎はほとんど服を持っていなくて、みかねた友太郎がポロシャツを3着くれた。
「汚い格好していたら、彼女なんて出来やしないぞ。」
心理学の講義にでていたがつまらないので、教室を出ようとすると、シャンプーの匂いがした。振り返るとやっぱり佳恵だった。
「あら奇遇ね」
こいつストーカーかと思いうんざりした顔をすると
「私もこの講義辞めようとおもっているの。少し歩かない?」
二人は銀杏並木の下を歩き駅裏の商店街に向かった。喫茶店に入り、二人はアイスコーヒーを頼んだ。
「私達良く顔合わせるわよね。単なる偶然ではないと思うわ。」
竜太郎は髪の匂い、なんとかならないかとおもったが、それにしても見事な黒髪である。二人はそれ以上話す事も無く、だまってたたずんでいた。偶然友太郎が店に入ってきた。佳恵はコーヒー代を竜太郎に手渡すと店を出ていった。
「おまえ佳恵と付き合っているのか?」
「佳恵と一緒になるのは偶然だよ。俺はなんとも思っていない。」
「頼む俺にゆずってくれ。」
「勝手にしろよ。」
と竜太郎はそっけなく言った。
竜太郎の身辺はにわかに慌しくなってきた。今夜佳恵のマンドリンのサークルの定期演奏会の日である。佳恵はちゃっかり竜太郎にチケットを買わせて
「見にこなかったらしかとしてやるから。」
ゴミ箱にチケットを丸めて捨てた。どうでもいいことだった。無視されるのもおおいにけっこうだ。しかし佳恵の瞳の中に玲子が重なって見えたのを思い出し、ゴミ箱の中からチケットを取り出した。竜太郎は意を決し自転車で飛び出した。なんとか会場にたどりつくと、開演まで5分もなかった。竜太郎は一番奥の隅に座った。音楽的にはお世辞にも良いとは思わなかったが佳恵が輝いていた。
竜太郎が帰ろうとすると
「沢村君待ちなさい。」
佳恵は高飛車に言った。
「どう感想は」
「ギターとかベース加えたほうが、もっとよくなると思うよ」
竜太郎が帰ろうとすると
「駅まで送ってって」
「しようがないな」
竜太郎は佳恵を自転車の後ろに乗せた。佳恵は両腕で竜太郎に抱きついた。生暖かくて佳恵の身体は暖かかった。
「沢村君って彼女を北海道に置き去りにしてきたんだってね。」
「遠距離恋愛と言って欲しいな。」
竜太郎は佳恵を駅まで送って帰ってくると、雪子が待ち受けていた。
「お兄ちゃん女の人の匂いがする」
東京から逃げ出したくなった。
夏休みに入り集中体育の授業が始まった。竜太郎はラグビーを選択した。例のマネージャーがこっちをじっと見ていた。竜太郎はここでも高い身体能力を発揮した。最終日に監督に呼ばれ
「どうだラグビー部にはいらないか。沢村といったな。君のプレーは光るものがある。ラグビーの経験あるだろう?」
いえテレビで見ただけです。僕は仕送りが無く働かなくてはならないので無理です。」
監督は残念そうに
「君の事は体育の教官から聞いている。とても残念だ」
幡ヶ谷に帰ると、シャワーを浴びた。東京の夏は思っていた以上に暑かった。
縁側に座りビールを飲みながらすずんでいると雪子がやってきた。
「旭川に帰省しないの?」
「今年は帰らないよ。ずっとバイトがあるんだ」