雪子の急変
夕方家に帰ると異変が起こっていた。雪子がながしで、吐いていた。文子は家を空けていて、竜太郎は驚いたが、すぐに雪子の背中をさすってあげた。
「雪ちゃん、大丈夫?」雪子の顔色は真っ青だった。そして竜太郎に身体をもたれてきた。竜太郎は雪子の身体を抱き抱え、雪子の部屋に連れて行き、ベッドに寝かせ、布団をかけた。
「お兄ちゃん有り難う。心配しないで。たまにあることなの。」
しばらくすると雪子は眠りに入っていった。
夕食の時間になっても雪子は降りてこなかった。竜太郎は文子に事の顛末を話すと
「よくあることなのよ。後で薬とおかゆを持って行ってあげて。」
雪子の苦しそうな表情を思い出すと、なんともやりきれなかった。夕食が終わった後で、雪子に薬とおかゆを持っていった。雪子はぐったりとしていた。竜太郎が持ってきた薬を飲むと布団をかぶってまた眠りにおちていった。
文子が「よくある事なのよ。貴方が来てくれてしばらくの間元気だったけど、少し疲れがたまっているみたい。2、3日もすればよくなるわ。」文子は心配を隠しきれずに言った。
その日のバイトは夜勤だった。幡ヶ谷に帰ると朝ごはんの準備が出来ていた。雪子はまだ起きてこなかった。
「疲れたでしょう。お風呂も沸かしてあるわ。」
「先にお風呂に入ります。」
風呂につかるとほっとして、しばらく湯船につかっていると、睡魔が襲ってきた。文子が心配したのか、声をかけてくれた。
風呂からあがると
「竜ちゃん大丈夫?かなり疲れているみたいだけど。」
「おばさん少し疲れただけです。」
朝食のいいにおいがしてきた。竜太郎はご飯をがつがつ飲み込み3杯もおかわりした。
「気持ちがいいくらい良く食べるわね。」
文子は変に感心していた。
朝食を食べ終わると、すぐに布団にもぐりこんだ。すぐに眠りに落ち夕方まで熟睡した。
「竜ちゃんお電話よ」
と文子が呼びかけた。竜太郎は嫌な予感がした。受話器を取ると玲子だった。彼女は泣きながら
「ごめんね竜ちゃん、連休は仕事が忙しくて、そっちに行けなくなったの。」
玲子はしばらく泣きじゃくっていた。
「そうか。」
竜太郎は奈落の底へ突き落とされたようなきがした。
「私達いつかきっとあえるわよね。」
玲子は声を震わせながら言った。受話器を置くと、部屋に籠もり玲子のことを思った。二度と玲子に会えないような気がした。
あくる日午後から基本体育があった。百メートルのタイムをはかっていた。竜太郎は11秒フラットで走り皆ぶったまげていた。体育教師が
「君高校時代何かやっていたのかい?」
「野球やってました。」
「何か部活に入るといいよ。」
「貧乏学生なので無理です働かなければ学校には通えません。」
「もったいない話だ」
シャワーを浴びてすっきりして着替えた。次は英語の講義である。
竜太郎はすでにテキストを読み通していた。いきなり教授は竜太郎を指名した。文章を朗読した。かなり長い間読んでいた。教授はストップをなかなかかけなかった。竜太郎は
「この辺でいいでしょうか。」と自分からきりあげた。その後読んだ部分を翻訳した。教授は何もいわずに、続けて佳恵えお当てた。佳恵の英語は発音もイントネーションもめちゃくちゃだった。教授がすぐにストップをかけ、
「貴女、女子高出身?」
と女性の教授が問うた。佳恵はうつむいたまま黙っていた。教授はあきれたようにため息をつき、
「他の学生は何年も必死で勉強してきたのよ。本当に内部出身者にはあきれる人が多いわ。それでも卒業していく。おかしな話だわ。今度はきちっとと予習してくるように。試験だけ出来ても普段の講義もこなせないと単位はあげられないわ。真面目に勉強している学生に失礼だわ。」
教授は講義を終了して教室を出て行った。竜太郎は教室を出ようとすると、佳恵に声をかけられた。
「沢村君凄いわね。英語どうやって勉強したの?」
「普通に勉強しただけだよ。映画や音楽で発音を覚えて、必ず文章は音読したよ。」
「私恥ずかしいわ。高校時代は遊んでばかりいてろくに勉強もしなかったわ。それでもエスカレーター式でここまできて。小学校から入ってきた友達の中には分数の計算も出来ない人も居るのよ。」
竜太郎は唖然とした。佳恵の髪のにおいと黒い瞳が、竜太郎を息苦しくさせた。
「じゃあまた」とだけ言って教室を出た。