episode9 エヴァン・ラニン
空には自分たちが立っている島と同じような島が、数個見受けられた。
すべて空に浮かんでいた。
思わず腰が抜けてその場にしゃがみこむ。
その島の間を鳥が、翼竜が飛び回っている。しかも翼竜には人が乗っている。ロールプレイングゲームで見る竜騎士そのままに鎧姿も勇ましく腰には剣。
その竜騎士が何騎か集まってヒロシとイオムを上空から竜とともに見下ろしている
「イオム、イオムなのか!」
竜騎士のひとりが上空からイオムに語りかける。
「その鉄の馬の少年は、ガイアの世界の住人か」
「うん! リレントレス・クルーエルに、こっちの世界に飛ばされちゃったんだ!」
「やはりそうか」
「早く何とかしないと、エヴァン・ラニンだけじゃなくて、ガイアの世界までめちゃめちゃにされちゃうよ!」
ヒロシはぽかんとするしかなかった。なにがなにやら、さっぱりわからなかった。
「イオムはその少年についてやってくれ。異変に大変驚いているようだ」
「うん!」
もの言わぬヒロシは腰を抜かして座り込んでいる。イオムは顔を覗き込んで、大丈夫?
と語りかける。
「いったい、ここはどこなんだ? なんでオレはここにいるんだ? それに、あの女は?」
「うーんとね……。僕らが今いるのは、エヴァン・ラニンっていってね、いまいる島はスネイフェーレといってね……」
ヒロシの問いかけに、イオムはこたえる。
エヴァン・ラニン、空に浮かぶ島々の世界。
その島々には必ず一本、世界樹とよばれる大樹がある。
その世界の中心地とされて、いまいるスネイフェーレの丘のに高々と一本そびえる世界樹は大世界樹とされて、この世界を創り上げた創生の樹であるという。
この世界の生けとし生けるものたちは世界樹によって創られた。葉っぱ一枚一枚には意識があり、人々や生き物はすべて世界樹の葉っぱから化身したものだった。
ただ樹自体には意識はなく、エヴァン・ラニンの歴史を淡々と見つめていた。
そして葉っぱの中には悪さをするやつもいて、リレントレス・クルーエルはそのひとりだった。
エヴァン・ラニンの世界では、悪い葉っぱとよい葉っぱの戦いや共生が昔から繰り返されていた。
「葉っぱ? 春人君は、葉っぱから出来ているってのか?」
「うん。あ、それと、僕のほんとの名前は、イオムっていうんだ。ここでは、イオムって呼んでね」
「え、うん、ああ……。で、イオムやあの女、リレントレス・クルーエルは魔法がつかえるのか」
「お兄ちゃんには、なかなかわかんないだろうけどね。この世界の人たちは魔法が使えるんだ。もっと魔法を練習したら、違う世界にも行けるようになるんだ」
「で、オレたちの世界に来たのか」
「うん。ほら、北欧とかケルトとか、お兄ちゃんの世界に神話があるでしょ」
「ああ」
イオムが北欧やケルトといった言葉を発したことにヒロシはなにか心を射抜かれた思いだ。この世界の人々は葉っぱから出来ている上に、魔法まで使えて、違う世界に行けると言うではないか。
しかも、こっちの世界のことにも詳しいようだ。
「あの神話のことって、ガイアの世界に引っ越したエヴァン・ラニンの人たちや動物のことなんだ。ガイアってもともとエヴァン・ラニンの言葉なんだ」
「マジで……?」
確かにこの世界はロールプレイングゲームやアニメで描かれるファンタジー世界のそのものだ。ファンタジーは神話や民族伝承がもとになっている。で、自分たちの世界の神話や民族伝承のもとになったのが、エヴァン・ラニンの世界だという。
「もちろん全部じゃないよ。エヴァン・ラニンの人たちが引っ越したのは、ヨーロッパってところが主だからね」
しかし十歳の子供が、なかなかよく語るものだった。そのことについて相当学んでいるのだろう。
「でも、どうしても、ガイアとエヴァン・ラニンの人たちは、ほんとうに仲良くなるのは難しいんだ。ほら、僕らは魔法が使えるけど、お兄ちゃんは魔法使えないでしょ。動物だって違うし。違う世界に行けるのは僕たちだけだし。そこからどうしても、仲たがいしちゃうんだ」
確かに、魔法やファンタジーは空想の産物だと思っていたから、実際にそれを味わうとなると、恐怖を感じざるを得ないし、ともすれば関わりたくない。関わりたくないってことに関しては、あの女でいやというほど味わった。
違う世界に行くにしても、ヒロシは自分の世界で行ったわけではなく、無理矢理飛ばされたのだ。で、どうやったら帰れるのだろう。
「ごめんね。僕はまだお兄ちゃんを帰らせられるほど魔法が使えないんだ」
「練習がまだ足りないのか」
「うん。違う世界に行くのは、すごく難しくて、力がいるんだ。僕がお兄ちゃんの世界に行けたのも、イスレとマウリーンの力があったからなんだ」
「イスレとマウリーン?」
「あ、それは僕と一緒に来た人たち」
「ああ、お父さんとお母さんね、ていうか、家族じゃなかったんだ……?」
「そうだね。僕らは世界樹の葉からできてるから、生身のお父さんとお母さんってないんだけどね。でも赤ちゃんからはじまるから誰かと一緒に暮らして、育ててもらわなけれないけないんだ。だからあくまでも共同生活者としての、家族だね。お兄ちゃんからしたら、おかしいでしょ」
「うーん……」
おかしいとかいう以前に、ついていけない。でも「変」だといわれることにすこし恐れを感じているのが、声でわかった。
お人よしの性分がここではたらいたヒロシは、
「でも、オレらの世界でもさ、人類皆兄弟って言葉があるぜ。オレらの世界と同じさ」
と言ってフォローする。確かに生けとし生けるものの起源は、さかのぼれば皆同じものにたどり着く。エヴァン・ラニンでもヒロシの世界でも、仕組みは違っても、それは同じだ。
「っていうか、あの女、リレントレス・クルーエルは、なんで悪さするんだ」
「それは、わからない。イスレやマウリーンが言うには、リレントレス・クルーエルは自由を愛しすぎる人なんだって」
なんだかやけに哲学的だ。
「ものすごく魔法の才能があるんだけど。それ以上に楽しく遊ぶのが好きらしくて、それがひどくて、悪さになっちゃうようなんだ」
話を聞いてて、まるでにわかに道徳の授業を受けているような気分だった。あのスタイルも、ガイアで見つけて気に入って取り込んだのは言うまでもない。
しかし、一理あることだ。自分だって、法を犯してまで走りを楽しんでいるじゃないか。
サーキットに行けばいいのだが、サーキットは遠くてお金がかかる。だからやむなく。なのだが、違法は違法だ……。
ヒロシは自分のことを言われているようでもあって、何も言えなかった。
「で、イオムたちは、リレントレス・クルーエルを見張るために、オレらの世界に来たのか?」
「うん。僕らの他にも、異世界にいける人たちが追いかけて、どうにかしようとしているんだ」
どうにかしようとしている、というのは、退治ってことか。しかし、リレントレス・クルーエルの魔力は大きい。どうやったら退治できるんだろう。
「魔法を使えば、自分の姿を葉っぱに変えることもできるし、相手を葉っぱにすることもできるんだ。リレントレス・クルーエルを葉っぱに戻して、世界樹に戻すんだ」
「封印ってことか」
「そうだね」
しかし、話をしていてもヒロシにはすべてを呑みこむことは難しかった。エヴァン・ラニンのなにもかもが、ヒロシの世界、ガイアとは違っていた。
なにより、そんなことより、早く帰りたい、という気持ちが大きかった。