episode7 危機
平日月曜の街を、D-トラッカーは駆け抜ける。
心の中で嵐が吹き荒ぶ。
どこへゆくでもない、街の中の走りやすい大通りをぐるぐる回る。
気の向くままに、右に左に。
信号が赤になる。
急ブレーキ、とくに後輪のブレーキを強くかけてわざとロックさせれば、後輪は回転をとめた状態で泣かせてすべらせて、停止線で停める。
目の前の横断歩道の人々は危なっかしい停まり方をしたヒロシとD-トラッカーに冷ややかな視線を送りながら歩いてゆく。
と、そのとき、プラチナブロンドのスーツの女が目の前に現れた。
「えっ!」
その後ろには、クラスメートたち。あろうことこか、教頭に、校長までいる。みんな、ヒロシを睨みつけていた。
「学校をさぼるのはよくないわね。不良クン」
萌島先生はオッドアイにヒロシとD-トラッカーを映し出し、微笑んだ。同時に、クラスメートや教頭、校長はヒロシを取り囲もうとする。
(ヤバイ!)
咄嗟にアクセルを開けてスピンターンし、道路を逆走して逃げた。
街の人々は何事だと騒いでいる。
下手をすれば警察沙汰だ。
ヒロシはすぐに脇道に入り、迷路のように入り組んだ路地裏を飛ばして逃げた。
街はヤバイ、郊外に出よう。と、進路を峠道に向けた。
逃げたヒロシとD-トラッカーを見送り。萌島先生はすぐにクラスメートともども撤収する。顔はどうということもなく微笑んでいた。
「あれ?」
という声。
「おれたち、こんなところで何をしているんだ」
「あたしたち、学校にいたんじゃ……」
「や、や、これはいったい」
「なんとも奇ッ怪千万……」
クラスメートも教頭も校長も、どうして自分たちが学校ではなく街の中にいるのかわからず、慌てている。
「と、とにかく、学校に戻ろう」
みんな急いで学校に帰った。
萌島先生はいなかった。誰もそのことを気にかけなかった。
街を駆け抜け、峠道の上り坂が見えてきたころ、ミラーに映る、オンロードタイヤを履かせたオフロードバイクたち。ブルーのヤマハ・WR250Xにイエローのスズキ・DR-Z400SMに、ヤスタカの黒いホンダ・AX-1。
そして、あの卍フリスビー!
「追いかけてくるのか!」
昨日、女の後ろで子分になって着いていた三人の仲間。彼らももう完全に操られているのは間違いない、ヤスタカの様子でいやというほどわかった。
WR250XのコウジとDR-Z400SMのハジメのふたりは社会人なのだが、社会人でも女になにかしらの方法で操られてしまったようだ。
一体どうやって人を操るんだろう。で、ヒロシは操られないで済んだのだろう。
「くそ!」
三台は勢いよく駆けヒロシとD-トラッカーに迫る。
その少し後ろで、女は卍フリスビーをゆっくり浮かせて走らせて、様子見としゃれ込んでいる。
服は学校で見たスーツではなく、昨日見たレザースタイルになり、しっかりサングラスもしている。
社会人のふたりはヤスタカのAX-1を置き去りにグングン迫り、ついに真後ろに着かれた。
ヤスタカは卍フリスビーにも追い抜かれて、最後尾。とともに、急ブレーキをかけて停まり、
「あれー」
と素っ頓狂な声を上げた。
「オレなにやってるんだ。学校は? え? え? え?」
きょろきょろとあたりを見回しパニくっている。今の自分の状況がわからないようだ。
「使えない男ね」
女はヤスタカを一瞥し、それから知らん顔。ヤスタカは仲間うちで一番下手で遅かったから、置いてけぼりを食ってしまった。で、女は見切りをつけたようだ。
社会人のコウジとハジメの、WR250XとDR-Z400SMは、速かった。キャリアもあればテクもある。愛機を手足のごとく操り、ヒロシをとらえて話さない。
卍フリスビーの女も満足そうだ。
排気量とパワーに勝るハジメのDR-Z400SMは上り坂で重力に思いっきり逆らい坂をカタパルトにして飛び立つのかと思うほどの勢いでD-トラッカーの前に出た。とともに、急ブレーキ。ブレーキランプが光り、ケツが迫ってくる。
「マジかよ!」
追突させる気か!
ヒロシは慌ててブレーキをかけた。が、後ろにはコウジのWR250Xがいる。と思ったら、ごつんと後ろから突かれる。あろうことか、コウジはWR250Xの前輪でD-トラッカーの後輪を突っついたのだ。
ヒロシはどうにか体勢を保ち、急いで右にそれて、前後の二台をかわし、スピンターンでUターンして逃げようとする。
が、卍フリスビーが立ちはだかる。サングラスに映し出されるヒロシとD-トラッカー。
「どけどけどけー!」
威嚇にウィリーをして、思い切って突っ込む。
危険な賭けだが、相手は人間じゃない!
女は、ふふ、と笑い。すっ、と卍フリスビーを浮き上がらせて、D-トラッカーに下をくぐらせた。
それから猛スピードで追いかけ、ヒロシの背中を追った。無論コウジとハジメも追った。
女はうまく卍フリスビーの上に立ち、まるでスノボかサーフィンのようにうまく卍フリスビーを操って、宙に浮き上がり風を切る。
ついミラーをのぞいてしまったヒロシは、夢のような、まさに悪夢のような展開だった。いったいぜんたい、なにがどうなっているのか。
こんなことがあるわけがない。しかし、いま、現にあるのだ。
それがなぜか、自分に危害を加えようとしていた。