episode5 異変
「いってきまーす!」
翌日、ヒロシは赤い、サスペンションつきのMTBを飛ばして登校する。
このMTB、本格的なヤツではなく、ホームセンターで売られている二万円弱のもので、いわば見た目だけだ。ヒロシは自転車にはバイクほどの強いこだわりはないようだが、それでも乗るならかっこいいヤツがいいに決まっている。
本格的サイクリストはホームセンターの自転車を否定するが、ヒロシから見ればリア充が非リア充を馬鹿にしているようにしか見えなかった。
それはさておき。
ギアも入りづらく、ギアの入れようによってチェーンもがちゃがちゃ鳴って、ペダルをこいでもこいでも速度は上がらない。
やっぱり見た目だけ、だけど自転車としては十分使えるし安いし、とペダルをこいで学校を目指して走れば、
「おはよー!」
という元気のよい声。
春人だった。通勤中の豊に手を引かれながら、小学校に向かっている。
「おーう! おはよー!」
ヒロシも元気よく応え、自転車をこぎつつ豊に頭を下げ、左手を上げて駆け抜けてゆく。
春人は駆け抜ける一陣の風に、目を輝かせていた。
高校に着く。ヒロシの通う子守歌町の子守歌高校は赤点の成績さえ取らなければバイクの免許はとってもいいが、通学は禁止されていた。だから自転車通学だ。
よーうとかおはよーとか挨拶を交わしながら、生徒がぞろぞろと校門をくぐってゆく。
なんでもない、いつもの光景。
そのいつもの光景の中にもぐりこみ、自転車置き場に自転車を置いて。かばんをかついで教室まで、とことこ歩く。
教室に入ると、バイク仲間でありクラスメートの赤田康隆が、自分の席について、ぼけーと黒板を眺めているのが目に入った。
ヤスタカのやつは気が弱いくせに自分を強く見せようとする見栄っ張りなところがあり、ヒロシをみかけると、おうおう、と兄貴ぶって声をかけてくるのだが、今日はなぜか無反応で黒板をじっとながめていた。
(ヤスタカのヤツ、どうしたんだ)
昨日だって、あの女の後ろで鼻の下を伸ばしてでれでれしていたのを見た。さすがに人違いだと思いたかったが、どうも当人らしい。
「よう、昨日はどうしたってんだ。あの女は誰だ、知り合いなのか」
ヒロシはヤスタカのもとまで歩み寄って、話を聞きだそうとした。が、ヤスタカのヤツは死んだ魚の様な目をして、ヒロシを見据え。
「え、なんのことだ?」
と言うのみ。明らかに様子がおかしい。ヤツの性格を考えれば、あの女のことを嬉々として話しそうなものなのに。
「いや、なんでもねえ」
不気味なものを感じて、自分の席に着いた。
初夏だというのに、なぜか薄ら寒い。
他のクラスの連中も、ヤスタカの様子がおかしいことに気づいて近づかず、「きもい」を連発していた。が、ヤスタカは気にする様子もない。
別にヤスタカはいじめられっこでもないし、ましてやいじめっこでもなく、なんだかんだでクラスに馴染んでやってきていたが、今日は違う。
しばらくしてチャイムが鳴って、ホームルームがはじまった。
先生が入ってくる、がいつもの担任の先生ではなく、教頭が若い女性教師を連れて入ってきた。
クラスのみんなは喚声を上げた。
その女の先生、髪はプラチナブロンドのショートで肌も白く、明らかに外国人だった。それだけでも驚きものなのに、なんとその目は、右はブラウン、左はアイスブルーの、オッドアイときたもんだ。
「お、おおー、ヘテロクロミアだ」
と、好きなSF小説の言葉で女性教師のオッドアイに驚きを示すオタク生徒。なにより、一言で言えば、まさにクール。そんな美人が紺色のスーツで決めて目の前に現れれば、誰だって驚き息を呑む。
見よ、男子生徒も女子生徒も、教頭も、どきどきしている。
「えー、担任の長宗我部先生はご不幸があり実家の高知県に急遽帰ることになりまして……。戻ってくるまでの間に、新任の萌島先生にこのクラスを担当してもらうことになりました」
「萌島麗華です。よろしく……」
萌島先生は手短に挨拶して、丁寧にお辞儀をした。てっきりパリスとかベッキーとか、外国の女性名が出てくると思っていたが、日本の名前だったのは拍子抜けだ。
「私は父が日本人で母がアメリカ人のハーフです。科目は英語を担当しています。短い間ですが、頑張ります」
どきどきする生徒たちや教頭をよそ目に落ち着き払って、淡々と萌島先生は挨拶を済ませた。