episode3 遭遇
山の中のくねくね道を駆け抜けるライムグリーンの風。
神経は研ぎ澄まされ、マシンと知らず知らずリンクし、アクセルを開けるのは人かマシンか。という境地にまで達した、ように思われた。
仲間はまだ来ていないのでコースは貸切状態。
飛ばし放題だった。
勢いに乗って風を抜き駆け抜ける、というとき、山の茂みから黒い陰が飛び出すように見えた。
「なんだ!」
慌ててブレーキをかけ暴れるD-トラッカーをコントロールし、どうにか止まった。
と同時に目の前を一陣の風が駆け抜け黒い影が目の前に現れた。
「女!」
思わず声が出る。
それは奇妙なものだった。
卍の形をした物体が宙に浮いて、その上には女が乗っていた。
何かの見間違いか、と思い目をこらしそれを見直す。
しかし、
「うそだろう!」
と叫んでしまった。
それは確かに卍の形をしており、その上には確かに女が乗っている。目の前を駆け抜けた、と思ったらこちらに戻ってきて、ヒロシの前に立ちはだかっていた。
女はプラチナブロンドのショートで、サングラスをかけていた。細くも引き締まり、かつ柔らかなラインを描く肢体は膨らみを見せる黒いシャツの上にジッパーの開け放たれた黒いレザーのジャケット、やはりよい膨らみを見せる腰から下はパンツにブーツで決めている。
ついつい、シャツの胸の膨らみや艶のよいレザーパンツのヒップの膨らみに目がいってしまう。
まるで、無表情、とか、こんな風に生まれちゃった、とか、悪い浪漫、とか歌う洋楽の歌手ばりのスタイルだ。サングラスで目がわからないとはいえ、その白く整った顔立ちは結構な美人であることが容易に想像できる。
赤い唇が、微笑んでいる。
思わずどきりとした。D-トラッカーは警戒するように唸っている。
しかし、あの、卍の形をしたものはなんだろう。黒漆喰のように艶よく黒光りし、女はそれをスケボーのように乗って立って、左手を腰にあて、右手をだらんとさげて、仁王立ちしている。
というか、目の前のことは、現実なのか夢なんか、現実なのか。
と考えていると、スムーズな動きで飛び降りた、と思ったら、うまく腰を卍の形をしたヤツに乗せて、長い足を組んで、左手は卍に乗せて右手は膝の上でのけぞり気味になってヒロシを見つめる。
足は路面から少しくらいのところで浮いている。
顔はあいかわらず不敵な笑みをたたえている。
(逃げよう)
はっ、と閃く。
しかし、
「怖がらなくてもいいのよ、ぼうや」
と言い出す。日本語だ! そのまま、Hi guysとか英語喋りそうな感じなのに。
「な、何モンなんだ、あんた」
「私? ふふ、謎の女、とでもしておいて」
ヒロシの問いに真面目答えず受け流して、一瞬座ったままハイキックするかのようなオーバーアクションで足を組みなおす。これがスカートだったが中が見えていたところだ。
「私、この世界に来たばかりだから、ひとりぼっちでね。あなたに友達になってほしいの」
見える、聞こえる。これは幻を見て、幻聴を聞いているのだろうか。
だが言ってることが意味不明だ。
ヒロシも多感な時期だから、気を抜けば胸の中に飛び込んでいきそうな衝動が湧いたが、必死でそれを抑えていた。
ハンドルを握りしめながらも、D-トラッカーの鼓動を忘れようとしていた。
という時、不意に右手がビクンと動きアクセルをひねった。D-トラッカーは叫んだ。
「起きろ!」
と愛機に叩き起こされたようだった。
ヒロシは思いっきりアクセルを吹かし、女の横を駆け抜けた。
女は振り返りヒロシの背中を微笑んで見つめて、遠ざかるD-トラッカーの空を打つようなエキゾーストノートを聞き入っていた。