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Last episode さいっこー!

 潮と重油のまざったにおいに、フェリーの船内に響くエンジンの音に、航海中の揺れ。ことに、フェリーに出入りするときの格納庫に響く車やバイクの音が、九州に渡るんだという気分をいっそう盛り上げ。

 上陸してから、ハイテンションと緊張を同時に含んで一路阿蘇山を目指した。

 火の国九州は台地の国でもあった。まばゆい太陽の光を受け、D-トラッカーは台地を上り、草原広がるやまなみハイウェイにたどり着いた。

 港から阿蘇山まで急激な坂道は少ないものの、ゆるめの坂を上り徐々に徐々に標高が高くなってゆくので、四国のように駆け上がるという実感がなく、今走っているところが1000メートル近い標高であるとやまなみハイウェイで知ったときには、まさか、と一瞬信じられなかった。

 しかし、青空を泳ぐ雲は近く感じられた。

 すれ違うバイクがいればピースをしたり手を上げたりの挨拶を交わしつつ、やまなみハイウェイを南下し、阿蘇山の草千里にたどり着こうものなら、もう感動もので声も出なかった、というか若いヒロシが黙っているわけもなく、すげーすげー、を連発し、長い距離を走った甲斐があったと感激していた。

 四方に広がる広い草原に阿蘇の山。世界有数のカルデラ台地は伊達ではない。やまなみハイウェイに入ってから、その自然の雄大さに、ヒロシはただ感激するばかりだった。

 草千里のみやげ物屋の駐車場で缶コーヒー片手に、青空と自然を満喫しながら、そろそろ火口に行こうかと思ったとき、オフロードと小さなハーレーのようなバイク二台近寄ってくる。

 一台は白いセロー250。もう一台は赤いVツイン・マグナで、リアシートには子供が乗っていた。

 ヒロシを見かけるとバイクを降りヘルメットを脱いでこちらへやってくる。大人の方は男性と女性で年のころはアラサー。どうやら、家族のようだ。

「こんにちはー」

 と声をかけられた。

「僕たちは、松江といいます。僕は豊で……」

「私は寿子といいます」

「僕はね、春人っていうんだ! パパとママと僕のみんなで、ツーリングしてるんだ!」

 と、にこにこと自己紹介をする。ヒロシも笑顔で応えて、

「こんにちは。僕は、八末広っていいます」

 と自己紹介する。

 ツーリングにいけば、同じバイク乗り同士で声を掛け合うこともよくある。見かけたら声をかけたくなる不思議な連帯感のようなものが、バイク乗りにはあった。

 互いに自己紹介をしてから、阿蘇山の景色や互いのバイクのことで話が弾んだ。

「隣の家に、ヒロシ君くらいの子がいて、彼もバイクが好きでよく走ってたんだ」

「それを見ているうちに、楽しそうと、私たちもバイクに興味をもつようになってね」

「僕はずっと前から好きだったよ! 仮面ライダーにX-GAMESよく見てたんだ!」

 などなど話しをしているとき、黒いレーサーチックなマシン、GSX-R1000がやってきた。

 太く勇敢そうな音を響かせ、ライダーも上から下まで黒一色で決めて、ワイルドなワルっぽい印象だった。それが、こちらにやってきて。

「ハーイ」

 と図太いサウンドを響かせながら、声を駆けてきた。ヘルメットを脱げば、プラチナブロンドのショートにオッドアイのクールな白人女性なものだから、驚いたのなんの。

「あなたたちもツーリング? 私は萌島麗華、よろしくね」

 と四人に握手を求めてくる。

 てっきりベッキーとか外国人の名前が出るかと思ったが、あにはからんや、話を聞けばハーフだという。

「バイクは楽しいわね。もうこれ以上、夢中になれるものなんかないくらい」

 と、萌島麗華は嬉々と語った。

 なぜか松江一家は少し頬を引きつらせて緊張した笑顔になっていた。それはGSX-R1000に乗ったハーフの美人を相手にしているからだろう、とヒロシは思った。なぜそう思うのか、ヒロシがそうだからだ。

 やっぱり美人を相手に話しかけられれば緊張するし、それがGSX-R1000なんかに乗っていたら、なおさらだ。

「私の故郷に草原の丘があって。心に穢れがなければそこから天国が見えるって言い伝えがあるの。この阿蘇山も同じように、心に穢れがなければ、天国が見える場所ね」

 萌島麗華は周囲を見回しながら、阿蘇山の景色を絶賛していた。松江一家も、頬を引きつらせながらも、うんうんとうなずいていた。緊張しながらも、萌島麗華の言うことには賛成だった。

「バイクに乗っているのも、そんな青空を追って、見たいからね。バイクでしか見られない青空って、あるのよね」

 クールに、しんみりと、萌島麗華は語った。

 ふっ、と風が吹いた。と同時に、葉っぱがどこから飛んできたのか、五人の周りを風に乗り舞うようにひらりひらりと飛び交った。

 萌島麗華はくすりと笑い。

 松江一家は安堵した表情を見せた。

 ヒロシは、なぜか、葉っぱに懐かしさを感じていた。松江一家に萌島麗華も、初対面でない気がしていた。

 葉っぱは風に乗って、空へ飛び立ち、空の青さや泳ぐ雲の景色に混ざっていった。

 それを見届けると、ヒロシに松江一家に萌島麗華は互いにうなずき合ってそれぞれの愛機を目覚めさせた。

 マシンサウンドが草千里に響き、くうを心地よく揺らすと、道に出て、火口目指してGSX-R1000を先頭にD-トラッカー、セロー250、Vツイン・マグナと、四台仲良く並んで走り。阿蘇山の景色のひとつになっていた。

 それはツーリングでのみの、一期一会の縁かもしれないが。その一期一会の縁が、みんなを阿蘇山に呼んだのかもしれない。

 ふとバックミラーをのぞけば、Vツイン・マグナのリアシートで母親にしがみつく小さなヘルメットの春人が、ヒロシに向かって手を挙げて、親指と人差し指と小指を立てていた。

 ヒロシは一瞬振り向いて、同じように、左手を挙げて親指と人差し指と小指を立てて、

「さいっこー!」

 とヘルメットの中で叫んだ。 


おわり

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