episode10 戦いの気配
「友情の語らいは楽しいかしら?」
声が響く。
ふたりははっと顔を上げた。
上空には卍フリスビーの上で、仁王立ちするリレントレス・クルーエルがいる。
「リレントレス・クルーエル!」
ふたりは声を上げて彼女を見上げた。
イオムはヒロシの前に出て、杖を構える。
「悪い事は言わないから、もう悪さはやめるんだ」
「ご忠告どうも。でも、私は楽しく生きたいの」
リレントレス・クルーエルはゆっくりと卍フリスビーを降ろし、スネイフェーレの地上すれすれまで降下し、ヒロシらと視線を合わせる。
「これ、なにかわかる?」
二枚の葉っぱを差出、ふたりに見せた。
上空で竜騎士たちが、リレントレス・クルーエルだ! と叫んで集まってきている。
イオムは、最初きょとんとしていたが、目を見開き、次に口を開けて、
「ああー」
と叫んだ。
「イスレ、マウリーン!」
イオムの驚きはそれこそ胸が張り裂けそうなほどだった。あろうことか、イスレとマウリーンはリレントレス・クルーエルによって葉っぱに戻されていた!
葉っぱに戻されていても、気配でわかった。
三人ともエヴァン・ラニンにゆこうとしたのだが、リレントレス・クルーエルはその途中の狭間でイスレとマウリーンを襲い葉っぱにしたのだ。
異世界の間を行き来するのは難しく力が要ることだ、ことに狭間にいるのはなおさらだ。早くエヴァン・ラニンに行きたい気持ちから移動を急ぎ、備えが不十分だったところを、襲われてしまえばどうしようもない。
「観念しろ! リレントレス・クルーエル!」
竜騎士たちが集まりスネイフェーレを取り囲もうとする。手には剣。それを見てヒロシはさすがに怖い。ようするに、竜騎士たちはリレントレス・クルーエルと、戦争をしようとしているのだ。
それに巻き込まれるのか、と思うとどうにも恐怖を感じるのだった。
隣でイオムは杖を抱きしめるように身を縮めて、ぶるぶると震えている。
「あんたらが私にしようとしていることを、したまでよ。ほらガイアで、己の欲せざるところ人にほどこすべからず、っていうでしょ」
自分ことを棚に上げて、リレントレス・クルーエルは孔子の教えを持ち出す。妙にガイアにかぶれているところがあるようだ。
「卑怯!」
竜騎士が一騎、剣を強く握りしめ怒りの叫びを上げる。仲間が人質にされて、手を出しあぐねてやきもきしている。
気がつけば、イオムと同じような格好をした魔術師たちが丸や三角、四角などなど様々な形をしたフリスビーに乗って集まってきている。
リレントレス・クルーエルもそうだが。ある程度宙に受けても、竜のように飛べないようで。その補助のために魔力を用いてフリスビーを使っているようだ。
イオムは歯を食いしばって、今にも泣き出しそうだ。それもそうだろう。魔女に家族を人質にされてしまったら、いまだ十歳の少年の心はどれほど苦しいだろう。
それを見て、ヒロシは拳を握りしめた。今の状況は怖いが、なんとかしたかった。しかし自分になにができるのだろう。
「ふん、小癪な」
さっとリレントレス・クルーエルは右手を蝿でも払うように振った。すると、途端に突風吹き荒び、竜騎士や魔術師たちは抗いきれず「うわ!」と叫びながら吹き飛ばされてしまった。
無論これで黙っているわけがない、
「おのれ!」
と竜騎士は剣を振り上げ、魔術師は杖をかまえ、リレントレス・クルーエルに勇ましく挑もうとする。
「あ、ああ!」
思わず、やめて! と叫びそうになって、口を開けたままへたりこんでしまった。家族が味方の手にかかるかと思ったが、どういうわけか竜騎士や魔術師たちはスネイフェーレに降下することができない。
リレントレス・クルーエルめがけて突っ込もうとするが、なにか波に押し返されるようにふたたび上昇してしまうのだ。
「無駄よ。結界を張ったわ」
こともなげにリレントレス・クルーエルは言ったが。それは彼女の魔力の大きさをしめすことだった。
「おのれ!」
というような声が、あちらこちらで聞かれた叫ばれた。
ヒロシとイオムは唖然とするしかなかった。
もはやこれまでの、絶体絶命。リレントレス・クルーエルの魔力の大きさあまりに絶大。なすすべもないのか。
(冗談じゃない。こんな、わけのわからねーことで……)
リレントレス・クルーエルはイオムよりヒロシを見ていた。一体自分をどうするつもりだろう。と思うと、サングラスを外し色違いのオッドアイの瞳にヒロシを映し出す。
「どうしてあなたは操れないのかしら」
と言った。その顔は、シリアスだった。どうやら本気で考えながら言っているようだ。
「はあ?」
そういえば、ヤスタカやクラスメートらがおかしなことにヒロシに危害を加えようとしたが。あれはリレントレス・クルーエルに操られてのことだった。エヴァン・ラニンの魔術師はその気になれば人も操れるようだ。で、リレントレス・クルーエルはそれを悪用している、というか、彼女にしてみればそれも遊びの一環なのだろう。
「そうね、あなたは純粋すぎて取り込まれないのね。人はなにかしらの欲があるわ、その欲をすこし突けば簡単にあたしの操り人形になる。あなたには、そんな私の突ける欲が、ないわ……!」
シリアスに光る色違いの瞳には、怒りすら感じられる。彼女にしてみれば、ヒロシの世界、ガイアの人間は簡単にあやつれるおもちゃのようなものだった。それが操れないのは、屈辱だった。
「あなたは純粋すぎるわね。それが原理主義を生み世の中に害をもたらすか、それとも、誰もなしえない大業をなしうるか。そのどれかね」
ヒロシには何を言われているのかさっぱりわからない。イオムには、少しわかった。確かに、ヒロシが操られないのはよかったと思うと同時に不思議でもあったが、リレントレス・クルーエルの話を聞き、納得。
「それよりも」
と言いながら、リレントレス・クルーエルはサングラスをかける。
「私と鬼ごっこしましょうよ。前からその鉄の馬、気になっていたのよ。楽しそうって」