物語始まるとき
崩壊の道をたどり続けていた人類は、ヨシハラ理論でその歩みに歯止めがかかった。
そして始まったのは、復興への道だった。
ある一つの現象を解き明かすために書かれたヨシハラ理論は既存の概念を根本から覆すものを次々と生んだ。
そのわかりやすい一例として、有骨格兵器というものがある。
内骨格か外骨格かで大きく二つに種類が分かれるそれは、言ってしまえばいわゆるロボット、というものであった。
そもそも人類は、人類以外の敵に対しての攻撃手段はほとんど持っていなかった。陸戦力しかり、航空戦力しかり、それらはすべて人類の作りだしたものと戦うための力でしかなかった。
人類の敵の一つ、異生物。
新たな大陸からあふれだしたそれらは驚異的な物量と適応力を持つ。その生物に人類は戦うすべを持っていなかった。
陸戦力は圧倒的な物量で駆逐され、航空戦力は適応された。両方ともに既存の戦術が使えなくなるのは速かった。
ならば既存ではない戦力を。陸空どちらでも戦えるほどに汎用性に優れたものを。
その結果、思考錯誤の上で生まれたのが有骨格兵器である。地球の生物を模したそれらは初めて敵勢力を押し戻した。
考えてみれば当たり前なのかもしれない。模した生物は、何十億年という時間をかけて進化、退化を繰り返して来たのだ。その汎用性は抜群であった。
その後、数十年をかけて開発、改良された有骨格兵器は現在、交換パーツの流用性、汎用性から、特殊な機体を除いたほぼすべての機体が人型で統一されている。
人類の主戦力となったその人型兵器は正式名称を内骨格人型汎用全域強襲機。過去にあった主力航空兵器になぞらえて通称『殲闘騎』と呼ばれた。
乱童が整備場に入ると休憩をしていた整備兵が椅子から立ち上がり敬礼をしてきた。答礼する。
「キルギリはどこにいる?」
「キルギリ曹長は桜花の近くにいましたよ。」
邪魔したな、と整備兵に言い、乱童は整備場の奥へ歩いて行く。
そこにあったのは桜花弐型。
一般兵ではない乱童専用の機体である。黒と灰でカラーリングされ、ところどころに桜色のラインが入っている。肩部分に桜の花びらとAのアルファベットを組み合わせた部隊証をつけた10メートルをこす全長をもつ機械の巨人『殲闘騎』。
その殲闘騎士の…人間で言う肩甲骨の間にあたる部分にあるコックピット横に付けられた作業用の足場に見覚えのある背中を見つけた。
「キルギリ!」
呼びかけられた背中が振り向く。その細身のメガネをかけた瞳が乱童を見て取ると、キャットウォークを下りてきた。
アスカ・F・キルギリ曹長。
彼の来ている桜色のラインの入ったツナギは、乱童直属の整備兵を表す。その中でもキルギリは、トップをはっている。
足場から降り切ったキルギリは、乱童の前まで来て、敬礼した。
「お疲れ様です。中尉」
敬礼を返す。
「進捗状況は?」
「問題ありません。予定通りです。換装は終了しました。」
「この後の予定は。」
「中尉の立会いのもと、OSの起動確認を行います。その後、蓄積情報の移行、その他の細かいソフトウェアのダウンロードを行います。よろしければこちらにサインを。」
キルギリからクリップボードを渡される。そこに書かれていることを確認し、乱童は署名欄に記入する。
「確認しました。それでは始めましょう。」
そう言ってキルギリは笑った。
「このOSは今までのものよりかなり頭がよくなっています。具体的には…説明しますか?」
コクピットに腰かけた乱童にキルギリが聞く。
「いや、いい。とりあえず性能が良くなる、ということで間違いはないんだろう?」
「はい。ただ、おそらくは、ですが。第五世代の殲闘騎ではテストも済み、導入が検討されてはいますが第二世代ではどう影響するかはわかってはいませんので。最悪暴走する可能性もあります。」
キルギリの言葉に乱童は少しげんなりする。
「いい加減俺を消耗しない消耗品かなんかと勘違いしてんじゃないか?司令は。」
「否定はできませんね。」
「…否定してくれよ。」
そう言いながらも乱童はパネルをいじる。
ヴンと音がする。
目の前のモニターに起動までの時間を表すバーが現れる。
「それでも中尉を信頼しているから任されたんですよ。」
「…能力を、だろ。」
「それでも、ですよ。」
バーの数字がゼロになる。
「お?起動したか?」
乱童がモニターを見る。しかし画面には文字が流れ、そして、止まった。
…数秒待っても動く気配がない。
「おい、反応しないぞこれ。」
どういうことだ?とキルギリに聞く。
「まだ立ち上がりきってないんですよ。」
つまりは?という顔をしていた乱童にキルギリは説明をする。
まぁ結局乱童はよくわからなかったのだが。ただ、その説明を聞いている間になかなかキルギリが素敵なことをしやがっていることがわかった。
そうこうしているうちにモニターの画面がまた動きだす。
…動き出したのはいいんだが、これ…
「なんかルーチンに入ってるぞ。」
乱童に言われたキルギリはモニターを見る。
しばらく流れる文字列を見ていたキルギリは、何かに合点したのか。
「…あぁ、自己認識に失敗しているんですね。バグだなこれは。いや、そうでもないのか…?」
そんな言葉を言って、考え始めた。
「どういうことだ?」
そう言葉をかけた乱童にキルギリが顔を向ける。
ぐりん。とか、ぎょろり。とか。
そんな擬音がつきそうな感じで。
思わず引く。聞きたいんですか?その爛々と光る眼が語っていた。
「…いや、やっぱいいや。どうすればいい?」
「自己を認識できる記号を与えればいいんですよ。」
前言を撤回すると、キルギリは不満そうな顔で、それでも回答を返す。ただ、乱童には意味がわからず、思わず首をかしげる。
それを見たキルギリが仕方ないなぁ、という顔をして説明を始めたが。
「あ、もういいです。」
それをぶった切る。キルギリはやっぱり不満そうだ。
「つまりはどういうことだ?」
「名前をつけてください。」
「最初っからそう言え。」
ふてくされたキルギリは放っておいて。乱童はどんな名前が良いか、と考える。ふと、OS自体の名前はないのかとクリップボードを見ると、そこには『試作OS』としか書かれてなかった。
「このプログラム自体はなんて言うんだ?」
だから乱童はキルギリに聞いてみたのだが、キルギリは今気付いた、というような顔をする。それを見て乱童は呆れる。
本当に開発しか興味がないんだな、こいつは。
「特につけてはいませんでしたが、そうですね…。」
そしてキルギリは少し考え、Abbi Ver0.1という名前を提案してきた。開発者の名前からとったのだと。
Abbi…アビか。…なんかしっくりこないな。
「俺の名前も入れていいか?」
乱童はキルギリに聞く。一応乱童は第二世代のテストパイロットらしい。ならば一応開発者のくくりに入るはずだ、多分。
乱童はそんなことを思いながらキルギリに聞いてみると、
「問題ありません。」
そんな言葉が返ってきた。
じゃ、決まりだ。
ルーチンに入っているモニターに向かう。音声認識は働いているのだろうか?
「こんにちは。君の名前はラビだ。よろしく。」
乱童がその言葉をかけると、モニターに流れる文字は一瞬動きを止め、そして次の瞬間高速で動きだした。
そして、モニターに文字が映される。
『おはようございます。中尉。』
それが、彼らの物語の始まりだった。
今回からここで簡単な裏設定を紹介していきます。
試作OS開発者は『アスカ』『バーバラ』『ベネディクト』『イチイ』の四人です。
このうちイチイはデバックチームのトップでもあり、給料はかなりもらっています。会社に入ってから目の下のクマが取れないのが最近の悩み。
こっちの小説でも初のお気に入り登録者がいらっしゃいました。
小躍りをしてしまいました。感動です。
これからも宜しくお願い致します。