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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

デートの予行練習

作者: リグニン
掲載日:2025/12/24

真渡琴留まわたり ことるは昔は人見知りで引っ込み思案な子だった。何をするにも僕、稲垣依紗椰いながき いさやがいないと駄目で、やや鬱陶しくさえ思う事も少なくなかった。しかし、いつ頃からだったか人と接する事に慣れてからは沢山の友達を作って行った。


あんなに人に囲まれてはもう僕は必要あるまい。そう思って距離を取ると飼い主に散歩をねだる飼い犬の様に駆けて来ては遊ぼうとか、一緒に帰ろうとか、何かと誘って来た。


人を避けがちな僕が孤立している様に見えているのかもしれない。彼に僕がどう見えているか知らないがクラスメイトとは程々の距離感を保っているので不便したりしない。


ただ人それぞれにはちょうどいい対人距離と言うのがあって、それが僕の場合は周りより少し広いと言うだけなのだ。


彼はクラスの人気者なのでできれば避けたい。選択教科は彼と別の物を選ぶし、部活は彼が運動部なので文化部に入った。なのに奴は人の気も知らないでわざわざ僕の所へ来る。


「依紗椰〜」


今日は部活が休みなので部室に寄らずに下校していると僕を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると琴留が手を振ってこちらに駆け寄って来た。


「琴留か。お前今日部活だろ?」


「オーバーワーク?だかなんだかで休めってさ。一緒に帰ろうぜ」


帰り道は途中まで一緒だ。別に断る理由もないが他に誘う友達はいくらでもいるだろうにと内心で首を傾げる。


「俺が一緒じゃ嫌か?」


返答に変な間が空いたせいか少し気まずそうにする琴留。


「そんな訳ないだろ。ただ他に一緒に帰る友達ぐらい沢山いるだろうにって」


「そうか。良かった。何か気に障る事したかと思った」


琴留は悪くない。ただ僕が心穏でいるためにそばにいて欲しくないだけで。


「お前、何で運動部に入らないんだ?先生が体育の授業のお前を見て素質はあるのにって残念がってたぞ」


「好きな事と得意な事は必ず同じじゃないんだ。そう言うもんだよ」


「俺はお前と一緒に部活やりたいけどな」


「そりゃ残念だったな」


なんて適当に流した。それから琴留は大会の事や先輩や後輩の話をおもしろおかしく話してくれた。遠目で見ていた印象と変わらず楽しくやってるようで僕も嬉しい。


やがて家路の分かれ道が見えると急に琴留は立ち止まった。珍しい虫でも見つけたのかと思って無視していたがあまりに何も言わずに突っ立っているので気になって振り返った。


「…実は相談があるんだ」


「金の事以外なら聞くぞ」


「好きな人ができたんだ」


それを聞いた途端に言葉にできない、ぞわっとした物が胸を過った。それを何と言うのか分からずただ不快だった。僕はひとまずどうでもいい事を聞かされた事への苛立ちと言う事にした。


「良かったじゃないか。誰なんだよ」


「告白が成功するまで言わない。じゃないとお前、振られた時にからかうだろ」


「ああ。クラスの皆に言い触らす」


「性格悪いな」


「冗談だ。それで?」


琴留はしばらく変な手の動きを繰り返しながら次の言葉に迷っていた。


「その…それでだ。何としても成功させたい。だからその人を遠回しにデートに誘おうと思う」


「いいじゃないか。善は急げよ」


「まあ聞け。行く場所は決めてるが俺もそのデートスポットに行った事がない。上手くリードできなかったばかりに失敗して破局なんて事になったら悔やんでも悔やみきれない」


「はあ」


「こんな事、お前にしか頼めない。頼む、デートの予行練習に付き合ってくれ!」


琴留はそう言って土下座した。僕は内心慌ててどうしようか迷った。しかし冷静に考えるとただでさえ人気者で僕に構う時間が少なくなっている琴留だ。恋人ができたとあれば今後は琴留も僕から離れて行ってくれる事だろう。悪くない。


「長い付き合いだ。そんな事なら付き合ってやろう。それで、具体的にはどこで何をやるんだ?場所はちゃんと考えてあるんだろうな、デートスポットで一緒にいる僕達をクラスメイトに見られたら変な誤解されるぞ」


「それは大丈夫だ。俺が選んだデートスポットは三郎ランドだ」


そう言って彼はチラリと三郎ランドのチケットを見せた。僕は思わず困惑した。開園スピーチの冒頭で『このご時世夢を見るにもお金がいる』と言い放った三郎と言う人物の作った遊園地だ。開園当時は三郎のこの発言と強気過ぎる値段設定もあって批判の声も大きく叩かれたが、値段と発言に値するサービスの質の高さに納得してしまう説得力があると噂が広がり徐々に評価も変わって行った。


彼が手にしているのは2枚フリーパス券だ。とてつもなく高い。


「お、おい…。それは本番にとっておけよ、他にどこかあるだろ…」


「依紗椰の名前で登録した。譲渡はできない」


どうやら僕がデートの予行練習を断らない事も織り込み済みらしい。


学生が買うには値が高く、社会人が買うには懐に痛い値段だ。三郎も半ば趣味で経営しているのでいつ店を畳んでもおかしくない。またとない機会だ、謙遜しているが非常に興味ある。


「わ、分かった。本気なんだな。しかしよくそんな金作れたな」


「小さい頃からあまり欲しい物がなくて貯金はあったし、バイトもやってたしな」


一時期親戚からもらったお年玉を返す方法やもらわない方法を真剣に考えていたほどだ。同世代から見れば首を傾げるほど無欲な奴だった。


「部活動との両立は厳しいだろ。何で特段欲しいものもないのにわざわざバイトしたんだ?」


「まあいいじゃないかそんな事。それより詳しい予定なんだけど…」


琴留は行く日付やスケジュールを大雑把に提案した。細かい調整は家に帰ってSNSで調整する事にして別れた。それにしても、あいつの好きな人って誰だろう。寝付くまでは気になって仕方がなかった。





デートの予行練習日になると待ち合わせ場所に集まった。あちらからの提案だと言うのに服には気合いが入ってないわ、遅れて来るわで先行きは不安だった。何でもお腹を壊していたらしい。


それからというもの何やらテンパってるらしく道は間違えるわ小銭を落としてあたふたするわ、しまいには何をやってもダメだと遊園地に着く前から意気消沈していた。


「はあ…何やってるんだろ俺」


「まあそう気に病むなよ。本番のための予行練習なんじゃないか」


琴留がクラスで人気者になってからはこうした頼りなさが目に見える事はなくなっていたので僕はむしろ懐かしい気持ちになっていた。次回の参考になる様に今回は僕が彼を黙ってリードしてやる事にする。


人混みに流されて道に迷いそうになる彼の手を引っ張って遊園地に向かった。彼も満更でもなさそうな様子だった。


やがて入場ゲートで手続きを済ませて中に入ると目を張るような非現実的な光景が広がっていた。写真や動画で見るより遥かに迫力がある。入場前から踊っていた心が弾けた様な気持ちになる。年甲斐もなくはしゃいでしまいそうだ。


少し目を離しているといつの間にか琴留がいなくなっていた。急いで探すと近くのお土産屋にいた。


「黙っていなくなるなよ、心配したじゃないか」


「ごめんごめん、見慣れないものが沢山あったから…」


「手荷物増えるとアトラクションを回るのが大変になるぞ。後にしよう」


「おう」


どのアトラクションから回るかは事前にある程度は決めてある。まずはお化け屋敷からだった。デートの定番とは言え最初からお化け屋敷はどうかと琴留は疑問に思っていたが、ビビリと挑発するとそれに乗っかってすぐに決まった。


琴留をからかってやろうと思って行ったのに、中にあるのは不可解極まりない事件が立て続けに起こった本物の曰く付きの事故物件を移動して改修した物であり、一部を除いてほぼ本物が置かれている事などと説明され、それでも入るかどうかを尋ねられ、更に入るとなるとそこそこ本格的なお祓いまでされる徹底ぶりだった。


中の装飾は事件を忠実に再現したギミックなどが置かれておりいずれも効果的でおどろおどろしく、吹く風で物が揺れるだけで恐ろしいと感じる程だった。僕達は言葉少なく何となく身を寄せ合って進んだ。


何気ない所に精巧に再現された死体が置いてあって大声出して驚き躓きそうになった時は琴留が僕を支えてくれた。自分だってビビってるだろうに僕を気遣う余裕があるとは思わなかった。


「ありがとう」


「ん」


途中で何度か途中退室様の出口があったが彼は僕と一緒なら大丈夫と言ってリタイアはしなかった。自分から言い出した事もあるのでやっぱり無理とは言い辛正直に言って途中で折れてくれる事を祈っていた。道中、内心怖がってる事に感づくと彼の方から手を握って先を歩いてくれた。


なんだ、やればできるじゃん。何て少しニヤけてしまった。


少しだけ逞しくなった気がする琴留と一緒にお化け屋敷を出ると、次はジェットコースター、次はコーヒーカップ、次はウォータースライダーに乗ったりした。


途中からこれがデートの予行練習だという事をお互いに忘れてただ楽しんでいた気がする。楽しかったしいいか。


途中から当初の目的を思い出した僕達は遅くなった昼ご飯に安めのサンドイッチを選ぶと急いで食べで観覧車に乗った。


予定が遅れたため日は傾きだしている。僕達は観覧車から外の光景をぼんやり眺めた。


「そろそろ告白の練習しとくか?」


「おう…」


琴留は深呼吸する。明らかに緊張している。練習とは言え、何で僕相手に緊張してるんだ?


「依紗椰、愛してる!お前の全てが欲しい!」


ストレートに言われて思わずドキッとした。何でだ、練習なのに。相手は琴留なのに。えっと…。


「ああ…、僕も、好きだよ。何か恥ずかしいな。はは」


顔が熱くなってるのを感じる。何か言わなきゃ。


「しかしその、それは何と言うか告白と言うかまるでプロポーズだな」


琴留は真剣な目で僕の目を見つめている。何なんだ。何とか言ったらどうなんだ。


「えっと…これでデートの予行練習は全行程終わりかな?」


「…いや、仕上げがまだだ。言い辛いがその…キスの練習がしたい」


「は、はあ?!それはその…本番で何とかするものだろう?!好きな人と!」


「頼む依紗椰。キスはデートの仕上げなんだ。失敗したくない」


「…わ、分かったよ……」


僕は彼と向き合い目を綴る。すると彼はゆっくりと力強い腕で僕を抱き寄せでキスをした。バチバチバチっと、全身を電撃が駆け巡った様な衝撃が走る。僅かに唇を離したかと思うと、また唇を重ねる。バチバチ…。何も考えられなくなって行く。


ああ…そうか、今頃になって分かった。僕、今まで琴留に嫉妬してたんだ。


何をするにしても僕について来て。何をするにしても1人じゃ決められなくて。鬱陶しくて仕方がなかった。でも、そんな手のかかる弟みたいな琴留が好きだった。


いつしか成長して手がかからなくなって、他に友達ができて…肩の荷は降りたけど、同時に寂しかった。もう僕はいらないのかって。他の誰かと仲良くなってしまえばいいって。勝手に拗ねて距離を取ってた。


あいつはずっと、ずっと、どんな時も他の誰を差し置いてでも僕のそばにいようとしていたのに。傷付くのが怖くて遠ざけようとしていた。


琴留…。


彼が熱の籠った眼差しを向けて唇を離す。ぼーっとして思考が上手く働かない。


今の僕が彼にはどう見えたのか、何を思ったのか、三度唇を重ねた。僕は抵抗しない。やがて頭に巡る電撃の様な感覚は手放したくない様な心地よさに変わって行った。気が付くと僕は自分から彼の唇を求めて抱き着いていた。


やがてどちらからともなくキスを止めるとお互いに無言で見つめ合った。そして観覧車のゴンドラは地上に戻って来た。


一緒にゴンドラを降りてしばらくお互いに言葉も交わさずに三郎ランドの出口に向かって歩く。


「…ごめん」


何で謝るんだよ。


「いいんだ。告白、絶対成功させろよな」


僕は何を言ってるんだ?さっきの琴留の真意、分からないほど僕は鈍くはないだろう?


「ああ。お前のおかげで自信がついたよ」


そう言って笑う琴留の笑顔は悲しげだった。

言葉に出さなくても思いは同じはずなのに。


それでも。


「帰ろうか、琴留」


「うん」


それでも言えなかった。


それからはロクに言葉も交わさずに家に帰った。自分でもどうやって家に帰ったか殆ど覚えていないぐらいだ。ただ胸に大きな穴が空いた様な感覚がした。ただ辛くて悲しかった。


その日を境に何となくこれまで以上にお互いを避けるようになった。分かりきっていたがあいつが誰かと交際する事もなかった。卒業の日さえ、ひと言も交わさなかった。


ごめん、ごめん琴留…。僕が臆病だったばかりに。












人生最後の春休み。僕は何度も打ち直したメール文を眺めていた。このままじゃダメだと思っていたから。震える指が間違って送信してくれると信じて、送信を押しかねている。


『本番はいつやるんだ?』


…あの日、琴留の気持ちを分かってて無視したクセに。白々しいって自分でもそう思う。でもこれ以上の返事が思い浮かばない。


今更だしな…。


いつもの様にメール内容を下書きに戻した。これまでも、これからもずっとこのままなんだろう。


…ふと、急にメールが飛んで来た。しかも琴留からだ。


間違って送信したか?慌てて送信履歴を確認するがこちらから送信したメールはない。琴留の方から話があるようだ。僕はおそるおそるメールを開く。


『本番がやりたい。意味はきっと分かるはず』


まるで胸中を見透かされた様な内容だった。下には時間と場所が書いてある。僕は思わず吹き出してメールを書いて送信した。


「そう言うのは事前に言っておくんだよ、予定が合わなかったらどうするんだ」


それから間もなく返信が来る。


『それでも依紗椰なら来てくれる』


可笑しくて笑ってしまった。僕はすぐに支度を済ませて家を出た。

長編になりそうな小説のネタはあったんだけど、どうせなら来年からにしたいと思って短編を書いた。両想いなのに失恋エンドと悩んだけど頭の中で「本番あっての練習でしょ」「おっ、そうだな」って感じになったのでこんな感じになった

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