第3章 経験しか信じない男 コウイチ ——“共感ゼロ” に費やした、もったいない時間
婚活パーティーに参加し続けること3か月。
1週間に1回5人と出会ったと仮定しても60人の異性と出会った計算になる。実際はそれ以上の人と出会っているはずだが、しっかりとお話しできた人はそれくらいの人数だろう。
婚活パーティーで知り合った男性とマッチングしても食事に行くと私の気持ちが冷めてしまうことが続いていた。たぶん「人を好きになる」ということができなくなっていた時期だったのではないかと今は思う。
正直自信を失くしていた。
これだけの男性に会ってもお付き合いしたいと思える人が見つからない。
同棲解消したときの理由だって相手を異性として見られなくなった自分が原因だったし、その次に付き合ったツヨシにも自分が原因であっさりと振られた。婚活パーティーで出会う男性がどんなに良い条件だったとしても、私にとってはダメな自分のことを受け入れてくれる相手なのかどうか信用ができないと “好きのスイッチ” が入らなくなっていたのかもしれない。
「この人なら好きになれるかも」と思えた瞬間
この時期に付き合い始めたのがコウイチである。彼は婚活パーティーで知り合ったのではなく、仕事で何度か顔を合わせていた取引先の男性だった。
はじめは異性として見てはいなかったが、真面目に淡々と仕事をする姿が好印象だった。プロジェクトが終わる頃には「この人なら好きになれるかもしれない」と思えるくらいには信頼していた。
そしてプロジェクトが終わってから、コウイチの方から御礼のメッセージがメールで届き、そこに個人の連絡先が書かれていたので「これは連絡してこいってことか?」とポジティブに捉え、メッセージを送ったことがきっかけで2人で食事をする仲になった。
3回目のデートで告白されて交際開始。
やっと “好き” が芽生えた気がした。
◆経験しか信じない男
このままうまくいく。そう思っていたが交際が始まると、彼は私の提案をことごとく否定してくるようになった。
「それ、やる意味ある?」
「そんなこと必要?」
「変じゃない?」
そして、自分が経験済みのことになるとこう言った。
「絶対やったほうがいいよ」
「なんで今までやらなかったの?」
「やってないなんて損してる」
胸の奥で何かがチクッと痛むたび、私は笑ってごまかした。
私はずっと、自分が高卒であることを気にしていた。会社には配属した部署ごとに年齢・学歴・入社年月日・勤務歴が一覧になっている部員名簿があり、そこに書かれた「最終学歴」の欄を見るたび、小さな棘が胸を刺した。
その棘を抜きたくて、美大の通信課程のパンフレットを取り寄せた。仕事を続けながらでも入学でき、卒業すれば学士号も取れる。そんな道があると知った瞬間、胸の奥にふわりと灯りがともった。
「私ね、美大に通おうと思うの! パンフレットも送ってもらったんだけど、とっても楽しそうなの。ずっと美術とか芸術には興味があったし、時間もお金もかかるかもしれないけどきっといい経験になると思うんだ!」
コウイチにそう伝えたとき、応援してくれるとどこかで信じていた。
けれど返ってきたのは、あまりにあっさりした否定だった。
「大学っていうのは、その年齢で大学生として学ぶから意味があるんだよ。通信なんて卒業したって、世間からしたら大学を出たとは思われないよ。しかも美大なんて、今から行って何になるの? 仕事に役立つの? そんなことしてる暇があるなら、もっと俺みたいに毎日ニュースを見て、新聞を読んで、常にアンテナを張って情報を取り入れる努力をしなよ。そういうことができないから高卒は舐められるんだよ。そんな考え方じゃ、大学を今から卒業したって何も変わらないよ」
言葉の一つひとつが正論の形をしていて、私はうなずくしかなかった。本当にその通りなのかもしれない。けれど心の奥では、違う、と叫びたかった。学びたい気持ちに年齢も形式も関係ないと、本当は言い返したかった。
でもきっとコウイチは分かってくれないだろう。
私はまた笑ってごまかした。
腹痛のデート
ある時、私がデート中にお腹が痛くなった日があった。
歩くのが困難なくらい痛くなったので「具合が悪いのでベンチに座りたい。」と頼んだ。彼は了承してくれたが次に行きたいお店があるらしかった。
正直私はもう何もお腹に入れたくなかった。
でもせっかくのデートだし、私が体調を崩したのが悪いのだから、彼に申し訳ないと、10分程度休憩させてもらい彼の目当てのお店へ向かった。
そこはクラフトビールのお店で、好きなタップを選んで飲むスタイルだった。私は早く席に座りたくて適当に選んで一番小さいサイズをオーダーした。それでも一口飲んだだけでもう何も身体が受け付けないくらい具合が悪くなった。彼はお構いなしに自分の話したいことをずっと話して私に聞かせ続けていて、私は具合が悪くて座っているのですら限界に近かったが、なんとか相槌を続けた。
彼はもう少し飲みたそうだったがさすがに限界だったので
「今日はごめん、帰らせて。」と伝えたらすぐにお店を出ることになった。
店を一歩外に出ると「それじゃあまたね。」とコウイチは勝手に歩き出してしまった。
なぜ具合が悪い人間を置いて一人で帰れるのだろうか。
「せめて駅まで送ってほしい。」と伝えたらとても面倒くさそうな顔をして
「一人で歩けるでしょう? 俺帰り道反対なんだけど。」と言われた。
本当に具合が悪いから駅の改札前まででいいから見送ってほしいと頼んだら渋々了解してくれて、改札まで一緒に歩いてはくれたけど、体を支えてくれたりはしなかった。
コロナが露わにした “共感ゼロ”
そして2020年、コロナ禍。3密回避。不要不急の外出自粛。
私たちも会わない選択をした。
だがさすがに3か月以上会わないことが続いたとき、私は彼に「会社には変わらず通勤しているし、特定の人に会うくらいなら外出してもいいんじゃない? もう何か月もデートしてないしそろそろデートしようよ。」と提案した。だがその意見は通らなかった。
「絶対に会わない。」と言われてしまったのだ。
仕方がないので「ピクニックはどう?」とか「家で2人だけで会うならいいんじゃない?」とか「オンラインで話してみるのはどう?」なども提案してみたのだが、すべて却下された。いつも私の提案は通らなかった。
半年ぶりにやっと OK が出たのは、彼が昔通っていた焼肉店でのランチデートだった。
久しぶりに会った彼はそれまでと何も変わっていなかった。家にいる時間が長くなったので読書量が増えたことが自慢のようだった。
焼肉ランチが終わり「久しぶりに会えたんだし、ちょっとカフェにでも寄って帰ろうよ。」と私が提案するとそれは却下された。
その代わり彼が提案してきたのは「1駅歩こう。」だった。しかも私と彼の家の方向は真逆なのに、彼の家の方向に1駅歩こうという提案だった。
さすがに我慢の限界だったので「せっかく久しぶりに2人で会ったんだからデートらしいところにも行きたい!」と伝えたが、彼はやっぱり私の要望には応えてはくれず、そのまま解散になった。
それからはもう彼に会おうとするのはやめた。もちろん彼から会おうなんて言ってくるわけもなく、毎日仕事が終わったらその日の出来事を連絡してくる、ただの「メルマガ野郎」と化してしまった彼に、私はメッセージで「別れたい。」と告げた。
彼は「会わないでそういう話をするのは寂しいね。」と返信してきたが
私は「会う必要もないでしょう。」と関係を断った。
共感は “育て” られない
自分の経験でしか価値を測れない人は、相手の世界を尊重できない。
そして不測の事態で露わになるのは、思いやりと共感能力の欠如だった。
私は何か月もかけて彼を理解しようとしたし、歩み寄ろうとした。私の要望も必死に伝え続け提案もした、でもすべては時間の無駄だった。コロナ渦でどうせ新しい出会いも期待できなかったと思うから、彼と向き合うにはちょうど良かったと思うしかない。
婚活中こういう男に時間を浪費するのが一番もったいない。
たまに「男を育てる」ということを提唱する婚活アドバイザーの意見を目にするが、私はこの経験があるからこそ、それは無理だと思っている。
もちろん「男を育てる」を実践してうまくいった事例もあるとは思うが、それは結果論だろう。見た目や服装は簡単に変えることができるかもしれないが、思いやりや共感能力は育てられない。
そもそも結婚できない自分で手一杯なのに、その上「男を育てる」なんて無理。
もっと早く見切ればよかった——。
そう思えるだけの時間をくれたのが、コウイチだった。
【連載目次】
第1章 恋愛という名の予習
第2章 婚活パーティーという戦場
第3章 経験しか信じない男 コウイチ
第4章 婚活オンラインサロンでの学び
第5章 合コンという社交場の裏側
第6章 完全無欠の遊び人 タケル
第7章 マッチングアプリという“カタログ恋愛”
第8章 個人主催パーティーの甘い罠
第9章 SNS婚活の“自由”と“偏見”
第10章 ミツルの洗脳
第11章 結婚相談所という最後の砦
第12章 『婚活うつ』という終着駅
第13章 独身偽装男 リョウスケ
第14章 結婚しなければ、という呪い 『婚活依存症』
第15章 ギャンブル借金浮気男 マコト
第16章 自称婚活中の男 マサヤ
第17章 私は、婚活をやめた




