第14章 結婚しなければ、という呪い 『婚活依存症』 ——婚活という名の迷宮をさまよって
私はまた気が付いたら婚活の場に戻っていた。
もう何度目だろう。
自分でもよくわからない。
婚活をしていればすぐにまた出会いはある。今度こそ私を傷つけない人、私を悲しませない人を探すしかない。それ以外、私が結婚できる道はない。
私の何がダメだったのかを自分が書いた日記やメモを読み返しながら反省した。でもどう考えてもミツルに出会ってしまったのは「事故」と考えるしかない。既婚者に騙されたことは「詐欺」だ。
でも私がすぐに関係を切らなかったことや、付き合ってもいないのに身体の関係を持ったことは私の責任だ。今度からはちゃんと「この人はダメな人だ」と思ったら、どんなに相手のことが好きでも、すぐに関係を切らなければいけないし、付き合っていない人と身体の関係を持ってはいけない。
それが「自分自身を大切にすること」だ。
でも、本当に誠実な男性なんてこの世に本当に居るんだろうか。
もう何も信じられない。
「なんで私ばっかりこんな目に合わないといけないんだろう」
もう結婚したい気持ちより、傷つきたくない気持ちのほうが上回っていた。
でも誰かと繋がっていたくなる。
誰かと一緒に居ないと、自分が「足りていない」ように感じるのだ。
あまりにも婚活に時間を使い過ぎてしまったから、私は “婚活” でしか人と繋がれなくなってしまっていた。もし今婚活をやめてしまったら、結婚できないどころか、婚活で知り合った友達まで失ってしまうような気がしていた。
婚活をやめてしまったら、もう私には何も残らない。
煮詰まった私はSNSで見かける婚活アドバイザーの意見を参考にしてみることにした。
「妥協しましょう」
「高望みはやめましょう」
「自分の市場価値を知りましょう」
「女性も積極的になりましょう」
「男性は追いかけられると逃げたくなります、追わせるようにしましょう」
「都合の良い女にならないために、伝えるべきことはしっかり伝えましょう」
「男性とは女性に癒されたい生き物です」
「溺愛されたいなら雑に扱ってくる男はすぐに切りましょう」
「すぐにお見切りするのではなく、相手の良いところを見つける努力をしましょう」
「連絡が来ないのは本命じゃない証拠です、忙しくても連絡くらいできます」
「男性は関係が落ち着くとだんだん連絡が減ることがありますが、自然なことです」
どれを見ても全く意味が分からなかった。本当はこういうことを素直に受け止められる人が結婚をしていくんだろうなと思う。私は考えすぎてしまうから良くないんだ。
「あれはダメ、これもダメ」
「ああしなさい、こうしなさい」
「結婚するためには私のアドバイスだけを聞いていれば大丈夫」
でも、本当にそうなんだろうか。結婚アドバイザーが言う通りのことを私ができていたら、今まで付き合ってきた男の中の誰かと結婚できたのだろうか。
やっぱり私は私のせいで結婚できないとしか思えない。
一番直すべきは私の性格や思考で、こんな私じゃ誰も好きになってくれないし、結婚したいなんて思ってもらえない。
自信ばかりが失われていった。
◆もう “好き” が分からない
気が付けば “誰かに選ばれるための私” ばかりを磨こうとしていた。
「男性に気に入られるにはどうしたらいいんだっけ」
「嫌われないようにしないと」
「連絡の頻度はなるべく相手の返信スピードに合わせなきゃ」
「和食が食べたいけど、焼肉が好きって言ってたし、焼肉って言った方が良いかな」
「本命にはすぐにメッセージを返すって聞いたことがあるから、今回はきっと脈ナシだ」
「出会ったときより連絡が減ったけど、関係が落ち着いたってことなのかな?」
「追いかけさせるにはどうしたいいんだっけ」
「本当は早く会いたいけど、会いたいとか言ったら重いかな」
どんどん自分が失われていく気がした。
気に入られようとか嫌われないようにしないといけないと思っていたら、自分が相手のことを本当に好きなのか分からなくなったし、相手の良いところも悪いところもよくわからなくなってしまった。
相手の連絡頻度にペースを合わせていたら、自分がその相手と連絡をしたいと思っているのかわからなくなった。
相手が好きなことや相手が食べたいものを、私も好きだとか食べたいとか言い続けていたら、私が本当に好きなものが分からなくなったし、食べたいものもわからなくなった。
そうしたら、好きっていう感情そのものがよく分からなくなってしまった。
「今度はあなたが行きたいところに行きましょう。どこがいいですか?」
——そう聞かれても私が行きたいところがわからない。
「趣味は何ですか?」
——相手に合わせて趣味を変えてしまうから、私の本当の趣味がわからない。
「いつも休日はなにをして過ごしていますか?」
——婚活です。
自分の心をどんなに殺しても相手に気に入られることなんてなくて、ただのつまらない人間になってしまった。なんだかミツルと付き合っていたときの私みたいだった。
『こんな私と結婚して何が楽しいんだろう』
そう思ったら、今度は「私のことを気に入ってくれる男性」のことが全く魅力的に見えなくなった。むしろこんな私を良いと思うなんて「この男性はどうかしてる」と感じるようになった。こんな私のなにが良いのか知りたかった。
自分の都合の良いように動いてくれそうだから?
なんでも言うことを聞いてくれそうだから?
面倒なことを言わなさそうだから?
それって私のことを良いと思っているわけじゃない。
ただ自分の今の生活を脅かさない誰かと「結婚がしたい」だけ。
私じゃなくてもいいんだ。
でも今私がしていることも同じことだ。「結婚がしたい」だけで誰でもいいから私のことを気に入ってくれればいいと思っている。だからそういう男しか私のことを良いと思ってくれないんじゃないのか。
私のことを何も知らない第三者からのアドバイスになんて、耳を貸すんじゃなかった。
だって私は成婚者と同じ顔でもスペックでもステータスでもない。それなのにその人と同じ方法で婚活したところで選んでくれる人がいるわけない。その人が美人だから、その人の学歴がいいから、その人のコミュニケーション能力が高いから、結婚相手に選ばれただけ。私なんてどうせはじめから検索条件の中にすら入れていない。婚活市場に居るつもりになっているだけで、婚活している人の画面に私のプロフィールなんて映っていない。存在していないのと同じことだ。
「女」だから見下されて、
「学歴」で見下されて、
「独身」だから見下されて、
「婚活していること」も見下される。
自分ではどうにもできないけど、自分を見下さないで居てくれる人や場所を見つけて、なんとか生きていきたいだけなんだ。でもそれを他人に期待するのはもう無理なのかもしれない。だからこそ、自分で自分のことを見下したくはない。
上手に婚活がしたいんじゃない、ただ好きな人と結婚がしたいだけなんだ。
でも、私が、どんな人を好きなのかも、もうわからない。
◆婚活における「当たり前」の勘違い
まず通常なら1日にデートする人数は1名。これが当たり前の考え方。でも婚活においては1日にお見合いを1〜2件、多い人は3件入れたりする。また同時並行は当たり前とされていて、結婚相談所では仮交際は複数人作れと説明される。SNSでみんなが「今日はお見合い3件」とか「仮交際4人目」とかを目にして、自分もそうしなければいけない、それが当たり前だと思い込んでいた。
だが、そもそも私にはこれが無理だったのだ。
たしかにはじめのうちは今までしたことがない経験として婚活というものを楽しんでいた。
でも自分がしていることの異常さにふんわり気が付き始めた。
「1日に複数人の異性と2人で待ち合わせをして食事をする」
「好きでもない人に会うことで1日を消費している」
いつからかそれは「やらされている感」に変わり「いつまでこんなことするんだろう」という気持ちになってしまった。でも婚活ではそれが普通と言われているからと、自分を納得させるしかなかった。
婚活でたくさんの人に出会うということは、分母を増やせば良い人に出会える確率は上がるけど、ヤバい人に出会ってしまう確率も上げてしまう。
私は婚活をするまで、この世にこんなにヤバい人が居ると思っていなかったから、とても衝撃だった。なんで婚活したらこんなにヤバい人に出会うんだろうってつらかった。
幼稚園や小学校の時に習ったことがまるでできない人がたくさんいた。
人の話を最後まで聞けない、自分の不機嫌を態度で示す、相手を傷つける発言をする、お行儀の悪い食べ方をする、約束の時間が守れない、嘘をつく、人を見下す、そもそも会う約束をスムーズにできない。
たった1人の結婚相手を決めたいだけなのに、私はいつまでよく分からない男性と出会い続けなければいけないんだろう。
昔の恋愛に戻りたい。
私は「結婚を目標」にした婚活のルールに縛られ、段々と狂ってしまったのだ。
◆『婚活依存症』という言葉
この頃の私は「結婚さえすれば幸せになれる」とどこかで信じきっていた。頭では「結婚がゴールじゃない」とわかっているのに、行動はまるで違っていた。
婚活に費やした時間、労力、プライド……それを正当化するには「成功」しかなかった。「結婚できなかったら、私のこれまでの時間は無駄だった」と思ってしまいそうで、婚活を止めてしまうのが怖かった。
誰かと出会わなければ、という焦燥感。
マッチングしても、続かなくても、また次へ。また次へ。
この無限ループから抜け出したいのに、出られない。
婚活していることが「努力してる自分」を保つ手段になっていた。
努力している自分のことだけは、ずっと好きで居られた。肯定できた。
だから無理してでも出会いに飛び込んでいた。
ダメだとわかっている相手にも「もしかしたら今回は違うかも」と期待してしまった。
どんなに「やめとけ」と心が叫んでいても、「今度こそ幸せになりたい」という願いが勝ってしまう。
「次に出会う人が運命の人かもしれない」と信じてしまう自分がいた。
私の中に、まだ「結婚して、幸せになる」ことを諦めきれない自分がいた。
でもそれは、希望というより執着なんだということに、私はやっと気が付いた。
こんな恋愛に振り回されてばっかりの頭の悪い女、嫌だって思うよね。
私だって嫌だよ。絶対好きになんてならない。
でも私は元の私には戻れない。いろんなことを経験しすぎてしまった。
成長するだけじゃダメなんだ。
新しい自分になるしかない。
そのためには婚活をやめるしかないと思う。
でも、婚活をやめるにはどうしたらいいか、分からない。
ある日、ネットでたまたま見つけた言葉にドキッとした。
『婚活依存症』
私は結婚することでしか、婚活をやめられないのだろうか。
【連載目次】
第1章 恋愛という名の予習
第2章 婚活パーティーという戦場
第3章 経験しか信じない男 コウイチ
第4章 婚活オンラインサロンでの学び
第5章 合コンという社交場の裏側
第6章 完全無欠の遊び人 タケル
第7章 マッチングアプリという“カタログ恋愛”
第8章 個人主催パーティーの甘い罠
第9章 SNS婚活の“自由”と“偏見”
第10章 ミツルの洗脳
第11章 結婚相談所という最後の砦
第12章 『婚活うつ』という終着駅
第13章 独身偽装男 リョウスケ
第14章 結婚しなければ、という呪い 『婚活依存症』
第15章 ギャンブル借金浮気男 マコト
第16章 自称婚活中の男 マサヤ
第17章 私は、婚活をやめた




