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第13章 独身偽装男 リョウスケ ——信じていた男の裏切り

ミツルとの関係が終わり、結婚相談所での活動にも区切りをつけ、カウンセリングにも卒業のタイミングが訪れた頃、やっとひと息つけた。

心が呼吸を取り戻していくような感覚だった。


でも、婚活が終わったわけじゃない。

しばらくの間は、ゆっくりすることに専念しようとしたが、婚活について考えることは止められなかった。

私はもう35歳になってしまっていたから。


◆男の傷は男で癒したくなる

ゆっくりお風呂に入って、自分が喜ぶものを買い、好きな服を着て、ただのんびりと時間を過ごした。

「恋愛の傷は、恋愛でしか治せない」となにかで読んだことがあるが、私は「男に関わるとまた別の傷をつけられるだけでキリがない」と思ったので、ひとりで旅行に出かけて新しいものに出会って、恋しているときのようなときめきを感じることで自分を癒した。その方が傷が癒えるのは早かったし、新たに傷つけられる心配がなかった。

それに私には支えてくれる友達が居た。ミツルの件で失ってしまった友達も居たけれど、根気よく私を支え続けてくれた友達は「もう男なんていらないんじゃない? なんか今めっちゃ幸せそうだよ!」と今の私を肯定してくれた。婚活仲間たちは特に私のことを心配してくれて、私が前を向けるように声をかけ続けてくれた。


そしてその中で唯一私のことを支えてくれた男性が涼介くんだった。

私が何かにつまずいて悩んでいるとき、いつも何気なく前向きになれるメッセージをくれて、ずっと優しくしてくれた。私にとってはお守りのような存在だと思っていた。だからこれからもずっと信頼できる友人としてお付き合いが続いたらいいなと思っていた。

「美人だから変な男も寄って来ちゃうんです。だから充分気をつけてくださいね」

それが彼の口癖みたいになっていた。

彼は私よりも4歳年下だったから、恋愛対象ではないんだろうと思ってはいたけど、定期的に連絡をくれて優しい言葉をかけ続けてくれるから、私は少し彼に期待するようになっていた。



◆恋愛に疲れていたはずだったのに

「最近楽しいことはありましたか?」

涼介くんからの連絡は大体いつもこんな質問から始まる。

「今はちょうどひとりで旅行中です」

「楽しんでますね!良い写真が撮れたら送ってください!」

ミツルと付き合っているときは、私がひとりで何かを楽しんでいるなんて許されなかったし、私が撮った写真を送ったら「迷惑なんだけど」と言われるだけだった。そのときのことがショックで涼介からのメッセージを社交辞令だろうと思ったけど「涼介くんはミツルとは違うから」と思い直して1枚写真を送ってみた。


「1枚だけですか? もっと送っていいんですよ」


私がなにも言わなくても、涼介くんには私が考えていることが全部お見通しなんだろうなと思った。それから旅行中、綺麗な写真が撮れたら涼介に送った。その度に「良いですね。」「これはどこの風景ですか。」とメッセージが返ってきて、久しぶりに普通の男性とコミュニケーションをとれていることに喜びを感じた。ミツルは論外だし、結婚相談所で知り合った男性たちとのメッセージは表面上のコミュニケーションばかりだったし、仲人さんから「これを聞けとか、こうメッセージを送れって言われたんだろうな」というのが透けていた。彼とのメッセージのやりとりは私が本当に求めていたコミュニケーションだった。


それから3か月くらいマメに連絡を取り合うようになり、私は「涼介くんと付き合いたい」と思うようになった。この人なら信じられると思った。

彼なら私のことをもうこれ以上傷つけたりしないはずだ。信頼できる。

あまり自分の気持ちを伝えるのは得意じゃないけれど、そういう自分の弱さが原因でミツルに付け込まれたのは事実なんだから、自分を変えたかった。

だから、この気持ちを彼にちゃんと自分で伝えたい、そう思うようになった。

「そろそろ久しぶりに食事にでも行かない?」

「いいですね、でもちょっと忙しくてギリギリにならないと予定がわからないんです」

「そっか、私はいつでもいいから予定がわかったら教えて」

連絡はマメにとれるけど会うのはなかなか難しかった。


いつものように寝る前に涼介くんとメッセージのやりとりをしていたときだった。

「明日朝早いかもしれませんが事情聴取してもいいですか?」

彼から質問が飛んできた。

「最近出会いはありましたか? 頻繁に連絡を取るような」

「女の子ならたくさん!」

「そうじゃありません! おとこです!」

「今日現在はいません!」

「なにそれ、チャラい(笑) 多分特定で連絡とっているのは僕だけだよってことが言いたいのかなと察したのですが合ってますか?」

「察しが良いですね。仲良くない人とダラダラ連絡ができるほど器用じゃなくて」

「多分モチベーションの問題ですよね」

「そちらはどうですか?」

「酔っ払ってあなたに連絡するくらいな感じです。伝わりますか?」

「チャラさだけが伝わってきます」

「なんてこった、それはふてくされます」

「ふてくされる!?」

「チャラさがあるんですよね、僕多分これ一生言われます」

「友達にも言われるの?」

「そー、なんも悪いことしてないのに雰囲気がそう感じさせるそうです」

「ふわふわしてるからだよ」

「そんなことよりそろそろ次行けそうですか? 男に疲れた感じですか?」

「次行けると思う!」

「どこで手に入れますか?」

「流れに身を任せます」

「流れって? 流れがないとだめじゃないですか」

「うーん、私が変に動くとろくなことがないから」

「変に動いてましたっけ? 変なのに捕まっているだけだった気がします。自分からではなかった気がする」

「私より私のことがわかってますね(笑)」

「よく見てますから(笑)」

「面白がってますよね」

「ちゃんと見てます。楽しそうなときは面白がってますし、変なのに捕まってたときは苦笑いしてました」

「なんかごめん」

「押しに弱い男も一定数いますからね?」

「私、自分のことを推せない」

「次は推していきましょう!いや。無理か、なんか無理そうな感じが伝わってきました」

「そうね。まぁまた彼氏ができたら涼介くんとはこんなに連絡とらなくなると思うし、また2人で食事するのは控えようとは思ってるから、そうしたら寂しくなっちゃうね」

「さびしいけど、幸せそうにしているのが見たいです。見たいというか感じたいです。だから彼氏ができても連絡してくださいね! なんか不思議ともう3年近くもこうやって仲良くしてると、彼氏ができても関係が簡単に切れるとは思えなくて、妙な自信があります(笑)」

「たしかにね。でもさ涼介くんが幸せにしてくれてもいいんだよ?」

「たまに不意打ちでそういうかわいいこと言いますよね」

「言うよ、流されやすいので」

「僕と付き合いたいですか?」

「付き合えるなら」

「そうなんですか!?」

「付き合えるなら付き合いたいと思ってるよ」

「ちょっと言わせた節があるかもしれません」

「その責任はとっていただきたい」

「今度会ったときに擦り合わせしましょう」

「擦り合わせる!?」

「付き合えるなら付き合いたいって初めてなので(笑)」

「おもしろがってない?」

「真面目です!」

「前向きな擦り合わせですか?」

「難しい質問ですね。お互いのスタンスによります」

「涼介くんのスタンスは?」

「身を固めたいという目的であればやめておいた方が良いと思います。僕があなたの時間を奪うのが申し訳ないと言う感じです。でも身を固める気がないと言うのなら話が変わります」

「それは…会って話したほうが良さそうですね」

「でしょ?」

「もうやんわりフラれた感はありますが」

「僕に身を固める気がないのが問題なんです」

「そうかな、付き合いたいか付き合いたくないかだけだよ」

「将来を考えるかを軸にしてるんじゃないですか?」

「理想はそうだけど、もう期待して傷ついたりすることのほうが今は無理」

「擦り合わせが必要ですね」

「ですね笑」


>>2023.03.27

涼介くんと会うことになった。今まで夕飯のレシピや晩酌のお供のレシピを交換していたこともあって、私の家に来て一緒に料理を作ろうと言うことになった。付き合うか付き合わないかという話もしたかったから、2人きりのほうが話しやすいかと思って了承してしまった。本当は付き合っていない人を家にいれてはいけないのに。


結局2人で話したけど、涼介くんは「僕とは付き合わないほうがいいと思います。」の一点張りだった。私が好きだと言えば「僕も好きですよ。」と答えてはくれるけど、「将来結婚したいと思っているなら、僕じゃないです。」としか言わなかった。


「キスしませんか?」

付き合わないのにそういうことは言う。

「家に入れてくれたってことは、そういうことになるかもっていうのは考えてましたよね?」


なんだ、結局そういうことか。


3年間友達としてずっと私のことを心配して励ましてくれていた。

この人なら信じてもいいと思っていたのに、男って結局これだ。

結局ヤリ捨てか。男運が死ぬほど悪すぎる。

落ち込む、病む、死にたくなる。


>>2023.04.08

涼介から久しぶりに連絡が来た。

「友達の結婚式に参加しました」とスーツ姿の写真付きだった。

こういうことが平気でできてしまう男だったんだ。

結局そのあとは何事もなく今まで通り連絡を取り合うだけの関係になった。私がまた「付き合いたい」という話をしても、涼介は「それはもうこの前話したじゃないですか。」と言うだけだった。


>>2023.06.11

涼介がまた家に来ることになった。

同じことの繰り返しだった。

でももうどうでも良かった。付き合うとか結婚とかはもう私には無理なんだと思う。だったら自分が好きだと思う人と一緒にいられる方がいい。涼介は付き合ってはくれないけど、マメに連絡を返してくれるし、傷つくようなことも言わない。なかなか会ってはくれないけど、居ないよりはマシ。

割り切って付き合えば大丈夫。


>>2023.07.13

涼介が突然「平日なんですけど急に休みになったので一緒に温泉でも行きませんか?」と誘ってきた。まだ2週間あったので私は有休を申請して予定を合わせた。涼介は行きたいところを何個もピックアップして私へ提案してくれたけど、その中にはちょっと贅沢なラブホテルのような場所も含まれていて「結局そういうことか。」と思わされるだけだった。

最終的には上品な温泉旅館で夕食付きのデイユースのプランに決定したので、なんとか気を取り直してその日を楽しむことにした。


当日は涼介が自分の車で私を近くの駅まで迎えに来てくれた。

涼介の車の助手席はやけにリクライニングされていて、私が乗る前に乗った人はどんな人なんだろうと想像した。

旅館に着いてからは別々に温泉を楽しんで浴衣に着替えて、ドライブ中に購入したつまみやお菓子を食べて過ごした。

結局ここでも涼介は手を出してきたのだが、はじめからそれが目的だったんだろうなと気が付いていたし、もう別になにも感じない。

ミツルのときにも散々同じ目にあっていた。

私はまた嫌なことから逃げられない私に戻ってしまった。


>>2023.08.10

毎日毎日連絡を取り合って、その日に食べたごはんや近所のお祭りの写真なんかを送り合っていた。また次いつ会おうかという話になったときのことだ。

「この前温泉行ったときにいろいろ候補あげてくれてた中から選ぶのはどう?」

せっかくたくさんの候補があって、どれに行くか迷ったくらいだったから私がそう提案した。

「携帯の容量が足りなくて、メッセージをだいぶ消しちゃったので履歴がないんです」


……そんなことあるかな?


携帯の容量が足りないならメッセージじゃなくて写真や動画を消すだろうし、メッセージなんて消しても大した容量にならないのに。

なんとなく彼の言動に違和感を覚え始めたのはこの日からだったと思う。


>>2023.09.03

涼介が次に一緒に行きたいと言い出した場所は『ハプニングバー』だった。

「一度も行ったことがないので行ってみたい」

「男友達とは一緒に行く場所じゃないし、大人の社会科見学だと思って行ってみませんか?」とのことだった。

冷静に考えなくてもそれがどういうことなのか分かる。

好きな女にそんな提案はしない。

でも涼介に会いたい気持ちの方が勝った。


ハプニングバーというものがいまいちどんなものかも分かっていなかったし、男女のカップルでいけば危険なこともないだろうと思った。


ハプニングバーに行きたいのは涼介の要望なので、その前に私が行きたいお店があれば一緒に行こうと提案してくれた。でも私が行きたいところなんてない。私は涼介と会えればどこだっていい。

結局2人で公園を歩いたり食事をしたり、デートみたいなことをしてはしゃいだ。好きな人と並んで歩いて、笑顔で会話をする。突然怒られることもないし、ずっと誰かの悪口をきかされることもない。涼介は私がずっと欲しかった時間をくれた。


その後、涼介が事前に下調べしていたハプニングバーに2人で潜入した。 ハプニングバーの中で知り合った人とは連絡先を交換してはいけないとか、諸々のルールが存在するらしく、入店する前に誓約書にサインをさせられた。店内で呼ばれる名前は偽名を使うのがルールらしく、適当に名前を書いた。

店員にシャワールームやプレイルームの場所、飲み物のオーダーの仕方などの説明を受ける。狭い店内には20代〜40代くらいの男女がひしめき合っていて、クラブとはまた違った異様な空気が漂っていた。

本当の名前すら知らない男女が、その場で少しだけ話をして、お互いが合意したら店員に声をかけて空いているプレイルームに消えていく。数十分したら2人が部屋から出てきて、また違う異性に声をかけてお酒を飲み始める。それをニヤニヤしながら眺めてお酒を飲む人も居れば、自分と一緒にプレイルームに行ってくれそうな異性を探して店内を物色している人も居る。女性から積極的に男性に声をかけている場合もあるし、男性があまりにも積極的に声を掛け過ぎて女性が逃げている場面も目にする。


「普段何気なく歩いている道から、少し外れたところに、こんなお店があるなんてちょっと興奮しませんか?」

涼介はその様子を楽しんでいるようだった。


飲み物をとりに涼介が私の隣から離れると、私の隣にひとりの男性が座って声をかけてきた。

「カップルで入店してたけど、彼氏なの?」

婚活市場にいたら間違いなくモテる見た目の30代後半くらいの男性だった。こんな人がなんでハプニングバーに来るんだろう。

「彼氏じゃないです」

「彼氏じゃない男とこんなところに来ていいの?」

「一度来てみたかったんだそうです」

「そっか、まぁ男なら一度来てみたいって思うかもね」

「ここには何度かいらしてるんですか?」

「たまにね」

「彼女とか居ないんですか?」

「居るよ、彼女は3人居るの。でもたまにこういうところで羽目を外したくなるんだ」

「3人!?」

「そう。でも3人共束縛とかして来ないし、たぶん俺に彼女が3人居るなんて気が付いてないんじゃないかな。こういうところに来てることも知らないだろうし」

「記念日とかクリスマスとか一緒に過ごせなかったらバレません?」

「別に、仕事で忙しいからって言えばいいし、別の日にちゃんとデートすればいいだけだよ。結婚とかも別に考えてないしね」

「そういうものですか」

「結婚とかしたいって思うの?」

「思いますよ、好きな人と結婚したいなーってただ漠然とですけど」

「いいね。そういう話は今日一緒に来てる彼とはしないの?」

「したんですけどね、彼は結婚願望がないみたいで私とは付き合えないって言われました」

「彼は俺と同じタイプってことね」

「そうですね。でも最近思うんです。彼、本当は結婚してるんじゃないかって」

「なんでそう思うの?」

「だって彼は私の家に来たことはあるけど、彼の家に招待してくれたことは無いし、いつも今日とか明日とか急に会おうって言ってくるんです。結婚してなかったとしても本命の彼女が居ることくらい私だって分かります。」

「へー、そこまで分かっててなんで一緒に来たの?」

「あなたの3人の彼女たちと同じですよ。一番じゃなくても会ってくれるだけで満足なんです。一番じゃないって分かってて、それに気が付いてないふりをしてるだけなんです。」


涼介が飲み物を持って席に戻ってきた。

涼介も混ざって3人で話をして、ハプニングバーのことをいろいろ教えてもらった。


他にもその場にいた客と少し談笑したら「そろそろプレイルームに行ってみませんか。」と涼介が声をかけてきた。

漫画喫茶のフラットシートみたいな部屋で、扉がひとつあるだけであとはなにもない個室。ハプニングバーの空気ですでに興奮していたのか、いつもより涼介のキスが激しかったのを覚えている。


>>2023.10.08

涼介から「今日会えませんか?」と連絡が来た。久しぶりに涼介に会える。

だが「集合場所を決めようと思うのですが、飲み・カラオケ・ホテル、どこがいいですか?」と続けて涼介からメッセージが来てガッカリした。

「お腹が減ったので飲みがいい。」と返信し居酒屋へ行くことになった。


この日は仕事の話がメインで、珍しく涼介がいろいろな愚痴をたくさんこぼしていたのが面白かった。

ただ食事をするだけで会うのは久しぶりだった。

私と涼介の関係はこっちのほうが良い気がした。

毎日のように連絡をくれるようになったことはうれしかったけど、付き合ってないのに身体の関係を持つのはミツルのときと同じで、ただ都合よく扱われているだけなことは分かっていたし、私の好意が搾取されているだけなのは頭では理解していた。


たぶんもう会わないほうがいい。


>>2023.10.12

ジャケットの大きめのポケットに文庫本を忍ばせて歩きたくなる季節。

朝7:16。普段ならそんな時間に誰からも連絡なんて来ないのに、この日は珍しくメッセージが届いた


『涼介の妻です』


『これ以上、涼介と連絡をとったり、会うようなことがあれば弁護士を立てて対応させていただきます。子供の父親を取り上げないでください。よろしくお願いします。なお、涼介には問い詰めたところで嘘しかつかないので問いただしていません。どうしても彼が欲しいと言うのであれば差し上げます。ただしそれ相応の慰謝料を頂きます。

もし今後、涼介と連絡を取ったりしないと約束してくださるなら今回は見逃します。そのつもりなら1度連絡をくださいね。連絡が無いのなら別途弁護士に連絡させていただきます』


血の気が引くとはこういうことなのかと妙に冷静に感じた。

とりあえずその日は仕事だったので

「仕事が終わってから返信します」と一度返信した。

こういうときなんと返信するのがベストなのか考える時間が必要だと思った。

「彼が既婚者だということも、子供が居るということも、私は何も知らなかった」と伝えたところで、この妻を名乗る女性が信じてくれる保証なんてなかった。


『妻であることを疑われたら困るので、一応証拠として写真も送っておきますね』


ウェディングドレスを着た女性の隣で微笑む涼介の写真。さらに続けて送られてきたのは、涼介の名前と、聞いたことのない女性の名前が並んで書かれた母子手帳の写真だった。


仕事が終わってから、

「お待たせしました。まず、なぜ私の連絡先をあなたが知っているのかと、どのような経緯で私に連絡するという判断に至ったのかを説明して頂けますか」と妻と名乗る女性にメッセージを送った。


『お言葉ですが、私が説明する必要は無いと思います。貴方が説明すべきではないでしょうか。今後は両者ともに弁護士代理人を立てますのでそちらでご対応お願いします。返信はいりません』


その瞬間、私は悟った。この女性に何を話しても無駄だ。自分の旦那がまさか独身偽装して、自分と同じ、女である私を騙した上で、不貞を働いていたとは微塵も想像できていないのだろう。

本当なら、この妻と名乗る女性にすべてを打ち明け、彼女と手を取り合うことだってできたかもしれない。

「あなたの夫は、妻と子供がいながら、既婚者であることを黙って独身のように振る舞い、不貞を続けていました。証拠もあります」と。

だが、どうしてもそういう話し合いが通じる相手だとは思えなかった。


返信はいらないと言うのなら、夫婦二人の問題は夫婦で話し合ってもらうしかない。私の敵は涼介ただ一人だけだ。


「いつの間に結婚していたんだろう」

まず確かめるべきはそれだった。


送られてきた写真の母子手帳に書かれた日付から逆算すると、子供はもうすぐ1歳くらいか。ウェディングフォトに映る涼介の髪型は、今よりもずっと短かった。あれは1年半くらい前の姿だろう。そう推測できた。

妻と名乗る女性から連絡が来たことをすぐに涼介に連絡すべきか悩んだが、妻が私の連絡先を入手する経路は涼介の携帯からしか考えられない。もうすでに涼介の携帯の中身が妻に筒抜けの可能性がある。

あの女性はたぶん「自分の大好きな涼介を奪おうとしている女」としか私を認識していない。無駄な接触はやめた方がいいだろう。

気になったのは「涼介には話していません。聞いても嘘をつくだけだから」と言い、「もう連絡して来ないで」と私に連絡をしてきた点だ。これは私の推測だが、たぶん彼女はずっと涼介の行動を怪しんでいたんだと思う。その度に問いただしても、真実を話さない夫に追い詰められ、最後の手段として携帯を覗き、私の存在にたどり着いたのではないだろうか。


たしかに既婚者であると知らなかったにせよ、私と涼介が肉体関係を持ったのは事実で、妻からしたら私はただの不倫相手なのは理解している。

でもどう考えても、「悪いのは私ではなくて既婚者であることを隠して独身を装っていた涼介なのでは?」と私は思った。

私は被害者なのになぜ責められなくてはいけないのか。

妻が居ると分かっていたなら、私だって貴重な時間を涼介に費やすことはなかった。

それなのになぜ『もう連絡をしないでください』だの『慰謝料』だの『弁護士代理人を立てる』だの、最後には『今回は見逃してもいい』だのと脅されなくてはならないのか。


なんで独身偽装していた男の妻が傷ついた慰謝料を、

私が払わなきゃいけないの?

慰謝料を払うのは、その男が、妻に、だろ??

夫婦の問題に、私を巻き込むなよ

知らないんだよ、結婚してた、なんて!!!!!

なにが「それでもいいなら差し上げます」だよ

いらねぇよ、そんな男!


腹が立って涙が止まらなかった。なんて無駄な涙なんだろう。悔しい。

今度こそ信じられると思った男にまで騙された。

ずっとずっと私のことを支えてくれていると思っていた。

もう早く涼介の妻と名乗る女性がとっとと弁護士を立てて裁判でもなんでも起こして『涼介が既婚者である事実を知らなかった、私は涼介に独身偽装をされ騙されていた』ことが明るみになればいいと思った。

私は何も知らなかった。騙されていた。その事実さえ認められればいい。


この女性はきっと『返信不要です』と送っては来たけど、私が本当に返信をしないことに腹を立てて『なんでなにも言ってこないんだ』と怒り狂うことが予想できたので、そうなれば結局は涼介と話し合うしかなくなるから、私はなにもしないで夫婦2人の出方を待つことにした。

ただこちらも弁護士を雇わなければいけなくなったので、とりあえず婚活中に知り合った弁護士にすぐに連絡して、今回のような問題に強い弁護士を紹介してもらうことにした。


>>2023.10.13

すぐに弁護士を紹介してもらった私は翌日には1時間無料で相談に乗ってもらうことができた。

結論から言うと、

「私は涼介に対して訴えを起こすことができる」

今回の件は『貞操権侵害』に該当するだろうとのこと。


既婚者である事実を隠した状態で関係を持ったことが許せないし、今までずっと信じていた人に裏切られた気持ちでいっぱいだった。「変な男に捕まらないようにして下さいね。」と言ってくれていた人に騙されるなんて。

既婚者だったら2人で会うこともしなかったし、連絡もあんなにしなかった。私は恋人ができたらすぐ報告してたのに、なんでそうしてくれなかったんだろう。


その日の夜、涼介からメッセージが届いた。


『不貞行為は否定しています』


は????? その報告いる?

知らんわ、あっただろ、嘘つくなよ。

こっちはあなたからのメッセージ履歴ぜんぶ消さずに持ってますけど?

ハプニングバーに行ったときのメッセージのやりとりとか全部見せましょうか?


そして電話が30秒くらい。

内容はほとんど電波が悪くて聞こえなかったが、

「とにかく連絡が今後取れなくなります。あとでまたメッセージを送ります」ということだけで、涼介の口から既婚者だったことの説明はなかった。すみません、とか、ごめんなさい、とかもなかった。何かから逃げるように移動しながら電話をしてきたという感じだった。


その後「何を言っているか分からないので明日電話できる?」

という私のメッセージに「はい」と返信が来てから涼介とは一切連絡が取れなくなった。


>>2023.10.14

こんな昼ドラな状況下でも、現実は厳しい。

昼ドラならそのドロドロした状態だけを生きていればいいのに、現実はそんなこと無かったかのように日常生活を送らなければならない。

でも私の代理人を務めてくれることになった弁護士さんが、

「あとの対処は全部私がやりますから、あなたは何も考えなくていいですよ。それが代理人ですから。全部私に任せてくれればいいですからね。」

と力強い励ましをしてくれたので、涼介の妻の弁護士代理人から連絡が来たら、こちらの弁護士代理人に繋げばいいだけ、私はそれだけ、と思うことができたのであまり悩まずに済んだ。


弁護士さんによると「男から賠償金がとれるだろう」と言われたが、まずは男と連絡がとれるなら弁護士を立てる前に2人で話し合って『手切れ金』という形で穏便に済ませるのがベストだと教えてもらった。

ただ、涼介はあれから私の全ての連絡を無視している。

そこでまずは涼介の妻の出方をうかがうことになった。


>>2023.10.20

幸いにも涼介の妻の弁護士代理人を名乗る人からの連絡は無かった。

涼介の方が私とのメッセージ履歴を消した為に不貞行為の証拠が無く、私を訴えることができない状態になったか、あるいは涼介が「不貞行為は否定している」と言っていたので、妻は手を引いたんだろうなと思った。弁護士をたてるという発言もハッタリだったのかもしれない。

結局妻も私も心に深い傷を負ったのに、今までと変わらずのうのうと暮らせるのは涼介だけなのだ。


とにかく私の敵は涼介だけなので、ここから先は妻に刺激を与えず、涼介から賠償金をもらうことに集中することにした。

妻も完全な被害者なのだから、これ以上彼女を巻き込むのは可哀そうだ。

そんなやつの子供を、これからも自分の人生の貴重な時間を使って、育てなくてはいけないんだから。


私としてはこれまで信頼していたはずの涼介の正体がこれで、いつも悩みを聞いてくれたり、ちょっとしたうれしいことをメッセージで伝えてくれたり、綺麗なものを見て写真を送りあったり、美味しいものを食べてレシピを共有したり、そういうことができる相手が居なくなってしまったことは寂しかった。でも、ただそれだけだ。

私はミツルのことがあってから少しは強くなっていたし、相手に対して “怒る” ということができるようになった。自分の気持ちを我慢しないで “嫌だ” と思うことや “ストレスだ” と感じることから逃げるのでも、立ち向かうのでもなく、誰かの助けを借りて対応してもいいという選択肢を持つことができた。私は力を身につけたんだ。

麻衣ちゃんに電話をしたら2時間話を聞いてくれたし、京子はすぐに飲みに行ってくれてたくさん笑わせてくれた。

私はショックからの立ち直り方だってちゃんと覚えたんだ。


>>2023.10.25

弁護士さんとオンラインで今後の打ち合わせをした。

私が涼介や妻に対しての不満を伝えると、冷静に「でも不倫したのは事実なので、奥様にとってあなたは加害者なんです。そのことは忘れてはいけませんよ。」と言われた。

開いた口が塞がらなかった。

私がいくら「独身偽装をされていた、貞操権の侵害だ。」と主張したところでその婚姻関係を破綻させたら、私も責任を負わなければいけないということなのだろうか。

婚姻関係を結んだなら、旦那の罪を妻も背負うべきなのに、なぜ関係のない私が妻に対して加害者にならなければいけないんだ。なぜ騙された私が、その男の罪を一緒にかぶらなければいけないんだ。

そう思ったけど、いくら弁護士に感情論をぶつけても意味がない。

彼らは法律のプロで、これは仕事だ。私のつまらない愚痴に付き合っている時間もないし、こんなくだらない案件なんてそこまで真剣に親身になって対応してくれるわけじゃないということなんだろう。

「私からの連絡は全て無視されているので、とにかく賠償金を取るために動いでほしいです」

「わかりました。相手の住所はわかりますか?」

「いいえ、携帯の電話番号とSNSのアカウントくらいしかわかりません」

「そうしましたら、まずは住所調査⇒内容証明送付⇒示談交渉というところまでのご依頼でよろしいですか?」

「はい、それでお願いします」

「携帯電話の番号から住所を追跡する際にかかる費用は別途発生となりますがよろしいですか?」

「その費用はどのくらいかかりますか?」

「一社あたり8,000円くらいですね。相手の電話番号と契約している会社までご存じでしたら全社あたらなくても良いのですが、今回は電話番号だけしかわからないということでしたので、何社かあたってみる必要があります」

「もし電話番号を変えていたらどうなりますか?」

「電話番号を変えていたらそこからは追えなくなりますね。本人と全くコンタクトが取れなかった場合は着手金は返金しますので安心してくださいね」

「分かりました。よろしくお願いします。」


>>2023.11.01

弁護士から連絡がきた。

「教えていただいた電話番号に電話したら本人と話せました。通知を送ってもいい住所を教えるように言ったところ、折り返しますとのことでした」

たぶん涼介も誰かに相談しているんだと思った。

そのまた1時間後、弁護士から連絡が来た。

「折り返しがありまして住所は聞き出せましたが、あなたには教えないでほしいとのことでした」

くそむかつく。


>>2023.11.05

内容証明の文書が完成した。


『前略 当職は、通知人により、貴殿に対する損害賠償請求について依頼を受けた代理人弁護士です。貴殿は、自身が既婚者であるにもかかわらず既婚者でないと装い、通知人と肉体関係を伴う交際を約6ヶ月間続けました。これは通知人の貞操権を侵害するものであり不貞行為に該当するものと通知人は考えております。貴殿が独身であると信じ、将来を見据えた交際を続けてきた通知人は大きな精神的苦痛を被りました。当該精神的苦痛を慰籍するために必要な慰謝料の金額は少なくとも150万円は下りません。以上の事実関係に基づき、通知人は本書面にて慰謝料として金150万円を請求いたしますので、本書面到着後7日以内に下記口座に一括にてご入金ください。なお、本件に関する今後の連絡はすべて当職ら宛にいただき、通知人への直接のご連絡はご遠慮ください。また、本件に関しご主張等ございましたら当職連絡先までご連絡いただきますようお願い申し上げます。』


念のため確認したが「付き合う」という口約束は交わしていないという点については「肉体関係があるならそれは交際と呼んでも差支えない」という判断で「将来を見据えた」という表現も涼介からはずっと否定されていたことなので、そう表現していいのかと悩んだが、「このように主張していかないとそもそも損害賠償が認められない可能性が高くなりますし、あなたはそう思っていたのではないですか」と聞かれたので、その期待があったことは事実なので、そう明記してもらうことになった。

あとはいつ発送するかだが、これを送付するということに対しての抵抗感が私の中にないわけではなかった。相手が既婚者であるとかは関係なく、自分に非があることも事実だ。ちゃんと自分で自分のことを守れていれば、自分が傷つかない方向を選べていたら、こんなことにはならなかった。

「送付する時期は、また覚悟が決まったらご連絡するので、そのあとでも良いでしょうか」

「はい、もちろんです。ご連絡お待ちしています」


>>2023.11.20

通知書を送付してもらう覚悟ができた。

この先、何が起きても受け入れる。お金が欲しいわけじゃない。

ただ謝罪が欲しいし、私はもう泣き寝入りしたくない。

弁護士からは「こういう案件の場合、男って絶対謝らないんですよ。でもだからこそお金で決着をつけるんです。お金より謝罪が欲しいと思うかもしれませんが、あまり期待しない方が良いですよ。」と言われた。

つくづく男と言う生き物は人間の心を持っていないんだなと思った。

「通知書は今日発送しますので明日には届くと思います」


>>2023.11.26

通知書が届いたであろう日を過ぎても涼介からの連絡はないようだった。

「弁護士に相談しているのかもしれませんね。通知書には “7日以内に” と明記してましたので、それを過ぎたらまた1度連絡してみましょうか」


>>2023.12.05

「通知書の配達記録を確認したのですが、11月30日に受け取ったようですが特に連絡はありません。また8日以降連絡がない場合は予定通り先方へ連絡してみます」


>>2023.12.10

「彼の方からは何も連絡はありません。今連絡してみましたが繋がりませんでした。また進捗がありましたら連絡しますね」


>>2023.12.17

「連日架電していますが、繋がらず、折り返しもないです。督促状を送ってみますか?」

「はい、お願いします。もしこのまま彼からなんの連絡もない場合は、その後どのような対応になるのでしょうか」

「督促を続けて反応がなければ裁判するかどうかを検討する形になりますね。ただこういう件はそんなにすぐには反応来ないのが普通なので、根気強く待つというのも必要ですよ」


>>2023.12.19

「本日督促状を発送しました」


>>2023.12.29

「定期的に彼に架電をしていますが、全部無視ですね」

「この場合どうなりますか?」

「このまま話ができないのであれば裁判にするか、ここで終わるか、の2択になりますね」

「裁判になったら勝てますか?」

「微妙なところです。どちらの結論もあり得そうです」

「謝罪もなくお金もとれないで、このまま無視されて終わりなんて納得できません」

「こればっかりは絶対はないので。弁護士は “勝てるよ” と保証してはいけないという法律がありますので。」

「そうですか、わかりました。電話する時間を変えて引き続き対応して頂けますか。ちなみに督促状は受け取っているのでしょうか」

「督促状は受け取られているかと思います。普通郵便なので確認まではできませんが。結構時間も変えて架電しているのですが無視されています。最後に架電はしてみます」

「よろしくお願いします。ちなみに裁判するとなった場合の今後の段取りと費用について、参考にしたいので教えてもらえますか」

「裁判になる場合は追加着手金と日当、それに報酬金をお支払いいただくことになります。判決まで行くと期日は10日くらいかかるかと思います。」

「仮に裁判となったときも、裁判をするという通知を相手が無視し続けた場合はどうなるのでしょうか」

「その場合はこっちの請求が全部認められますね。」

「現状こちらからの通知書や督促を無視していることに関して相手へ強制執行などはできないのですか? 奥さんに連絡し現状をお伝えすることもできませんか? 既婚である事実を黙って不貞行為に及んでいた旦那と、何も知らなかった女と、同じ女なら、どちらが悪いか冷静に考え、対応して欲しいと伝えられませんか」

「強制執行はできません。裁判を起こして判決を取る、示談して公正証書にする、といった行為をしなければできません。奥さんに連絡し現状をお伝えすることは彼に対する名誉毀損になりますし、弁護士資格剥奪に繋がりうる違法行為なのでできません。そういったご希望を強く要望されるのであれば私はもうお手伝いできかねます。」

「なるほど、わかりました。彼はそういうことも全てわかっていて無視していそうですね。もし仮に相手の弁護についていたとしたら、今回の案件、無視を貫いて裁判になった場合、その後どう対応しますか?」

「不当な内縁関係の解消、婚約破棄といった事実はないから損害賠償請求は認められない、と反論していくと思いますね!」

「相手がそう主張してきた場合、こちらは何を主張するのでしょうか。不貞行為の事実があったことを証明するくらいですか?」

「こちらは一連の事実を主張していく形になりますね。それが不法行為に該当すると考えるかどうかは裁判所が判断することになります。こちらは不法行為だと主張しますが、向こうは不法行為ではないと反論すると思います。どういう判断になるかは裁判官によっても分かれると思います」

「裁判になると困るので示談ということもありますか?」

「そうなることが多いですね。ただ100人に1人くらい、こんな感じでガン無視する人もいますね。その場合はしょうがないので裁判起こしますね」

「わかりました。少し考えてみます。とりあえず再度架電の方はお願いいたします」


>>2024.01.01

最悪の年越しである。

結局何の動きもなく、涼介は『全部無視』の態度を崩さなかった。

あの夫婦はこの正月をどんな顔をして迎えたんだろう。涼介はどんな顔をして奥さんの両親に挨拶をしたんだろう。まぁ女ひとり傷つけても平気で全部無視できるような男なんだから、きっと平気な顔して何事もなかったかのようにしているんだろうけど。


涼介の妻も弁護士を立てるというのなら、そうしてくれればよかったのに。夫婦2人で話して済むなら、はじめから私に連絡してくんなよ。不快、超絶不快。けれど、それ以上に耐えがたいのは「なんの説明も謝罪もなし」で何事も無かったかのように暮らしている涼介だ。ミツルのときも感じたが、まるで別の生き物を見ているように感じる。そういう意味では涼介の妻から連絡があった私は救われたのかもしれない。あの連絡がなかったら、私はきっと今も騙され続けていただろう。

不倫を平気でできる男という最低ランクの品質保証付きの男と付き合いたいなんて思わない。妻はこれからもそんな男と暮らしていくのだろうけれど、それは彼女の選択だ。

ただ、ここまで来ると、私とあの夫婦との問題に留まらず、「独身者」と「既婚者」という社会の境界線までが浮かび上がってくる気がした。

会社では妊娠した人の穴埋めとか、子供が病気で休んだ人の穴埋めとかをやらされて、産休育休が取れる人は長期で会社を休む権利がある中で、私たち独身者にはそんなものは無い。

それなのに世間の既婚者たちは「独身なのは問題アリだから」とか「結婚しないの?」だの「子供を産んで育てるって幸せだよ」だのアピールしてきて、その幸せが、誰かの犠牲の上に成り立っていることを意識していない人が多い。

ただ生きているだけなのに、独身というだけで見下される。

「自由でいいね」「気楽でいいね」と言われながら、実際には責任を押しつけられている。その矛盾に、日常的に心が苛立っていた。そこへ今回の出来事が加わり、怒りはますます燃え広がっていったのだ。

妻は「子どものため」と言って離婚しないのかもしれない。けれど本当に子どものためを思うなら、別の選択もあるのではないか。私はそう考えてしまう。

涼介の裏切りは、単なる過ちではない。心を深く傷つけ、人を裏切り、信用を奪う行為だ。それを法がどう扱おうとも、私の胸には消えない痛みとして刻まれる。


なんで牢屋に入らなくて済むんですか? なんで前科つかないんですか?

しかも3年近くもずっと仲良くしてたのに、恋人が居たのも結婚してたのも黙ってたなんて、言わなかっただけで嘘をついていないから、騙したことにはならないって言い逃れが通用するわけ?


これも「騙された私が悪い」と言われるのだろうか。

「だから結婚できないんだ」と笑われるのだろうか。

そう思うと、この世界そのものが理不尽に見えてくる。


既婚者に弄ばれて、時間も心も無駄にして傷ついた被害者側が、さらにお金を払って弁護士に相談し、また時間も労力も割かなければいけない。それでも全部無視したら、加害者は普段通りの生活を送れて、法に守られている。しかも私が彼のしたことを言いふらせば、私は名誉毀損で罰せられる。

マジこの世界って何なの? やってらんない。


はやくおわりにしたい。

こんなことを考えるのをやめたい。

私は、人を憎むために、自分の人生の時間を使いたくはない。


>>2024.01.02

婚活仲間の麻衣ちゃんと初詣にでかけた。

厄除けも兼ねて祈祷をしてもらったら、とても清々しい気持ちになった。

麻衣ちゃんに「これで厄は払えたけど、自ら厄に飛び込んでたら意味ないんだからね」と言われ、ぐうの音も出なかった。

結局私は「前の男に傷つけられて弱っている所に既婚者に付け込まれたバカ女」でしかない。

そもそも涼介は私のタイプの男性ではなかった。なんだかぽっちゃりしていたし、変な髪形をしていたし、服もダサいし、タレ目だし、イケメンという感じではなかった。良いところは「会話」と「マメさ」だけだったんだなと思う。頭は良いと思ってたけど、結局やることは頭悪すぎだったから、私の見る目がなかった。本当に何が良かったんだろう。

2024年は変な男に引っかかりませんように!!


>>2024.01.05

弁護士へ私の方から連絡をした。

「お疲れ様です。そちらから連絡がないということは、彼に引き続き架電して頂いても未だ連絡無しの状況でしょうか。裁判も考えましたが、私個人の精神的負担が現状限界に近いと思い見送りたいと思います。

最後に、お願いばかりで大変恐縮なのですが

①はじめに送付した通知書のデータを再度頂きたい

②内容証明郵便の受け取りがわかるものを頂きたい

③いつ何回架電したなどの履歴が分かるものがあれば頂きたい

無理であれば結構です。何卒よろしくお願いします」


「あれから連絡はございません。こちらからの電話にも出ません。承知しました。では契約終了とさせていただきます。架電の履歴については他の情報も入ってしまっているのでお渡しできませんが、7回架電しております。書類はすべてまとめて送付させていただきますね。」


「ありがとうございます。いつも冷静に対応してくださったおかげて、私も冷静でいることができました。これからはお世話になるようなことがないように生活したいと思いますが、また何かありましたらご相談させてください」


「普通に生活していてもトラブルが起きるときは起きますからね。問題が大きくなる前にご相談いただいて、問題回避のためにご利用ください」



◆「穏やかな関係」は、幻想だったのか

私は裁判を起こさない選択を選んだ。

これ以上自分の思考や心が涼介のせいで汚れていくのが嫌だったからだ。

普段なら考えないようなことを考えたり、日々誰かを憎み続けたり、そんなの「私らしくない」。私はいつも充実して楽しい日々を送れる人間だ。

いくら弁護士さんがとてつもなく精神が削られることを全て代行してくれるとはいえ、私の日常が曇ったままなのは確かだった。

これ以上、人としての神経が麻痺している人を相手にしても、なにも良いことはない。ミツルのときに学んだはずだ。どんなに時間をかけて、どんなに考えて、どんなに尽くしても報われないことがある。賠償金の請求が書面で届くことも、弁護士から度々電話がかかってくることも、一緒に生活している妻や子供の気持ちも、すべて無視できるような人間なんて、私の人生から切り離すほうがいい。


私は賠償金が欲しいわけじゃない。ただ説明して、謝ってほしかった。

既婚者であることを黙っていた理由を知りたかった。

私と涼介は信頼し合っている友人だったという事実を確かめたかっただけなんだ。


それに裁判をすると、今までのメッセージのやり取りや写真など、楽しかった思い出も全て見返して「証拠」として提出しなくてはいけない。やっと塞がってきたカサブタを無理やり剥がすようなものだ。

それに「頭の悪いオバサンが勝手に独身だと思い込んで勘違いしただけで、始めから付き合う気なんて無かったし、その程度の関係だと思っていたのに、裁判まで起こされて社会的地位を下げられた、どうしてくれんだ、名誉毀損だ」と言われたらそれまでだ。

賠償金を何百万と受け取ったところで、私が裏切られたと感じたことや数年かけて築き上げた関係性を崩されたことに対してのトラウマは消えない。

また新たな傷を増やすだけかもしれない。

法律は「個人の権利を平等に」守ってくれるだけ。

私の権利も、涼介の権利も法の下では平等なのだ。


不幸な自分と向き合うことも、

不幸に自分から向かっていくのも、もうやめるんだ。


◆被害者で終わらないために

SNSで私と同じように “既婚者に騙された人” とお話しする機会があった。

「絶対に許さない」

「賠償金の金額なんて関係ない、失った自身の名誉を取り返すために裁判をするんだ」

「裁判になって奥さんにバレてしまえばいい」

「こっちは一生騙された傷を背負って生きていくのに、泣き寝入りなんてするわけない」

という人が多く、私が「裁判は見送ります。」とお伝えしたあとも「それでいいんですか?!」と複数の方に説得されたが、私はやっぱり「これ以上この問題を抱えていくことが不快で、早く忘れたいし、思い出したくないし、傷をえぐられたくないからもう終わりにしたい。」と思った。


涼介からすれば、

「勘違いオバサンやっと諦めてくれてラッキー」

「無視してたらどうにかなったわ」

と思っているだろう。

でも私は一生涼介に裏切られたことは忘れないし、憎んでいることは変わらない。私の憎しみはその辺の悪霊よりも強力で、涼介は今後信じられないくらいの不幸に見舞われて、生きているのに死んでいるのも同然な人生を歩んでもらうことが決定しているので、たった一言私に「ごめんなさい」と言えなかったことや「お金で解決できたのにしなかった」ことを一生かけて後悔してもらう予定だ。


2組に1組は離婚する時代。

本当に結婚が素晴らしく幸せなものであれば、誰も手放したりはしないはずだ。それでも既婚者が不倫や離婚をするのは、結婚するだけでは人間は満たされないということの証明なのかもしれない。

涼介が既婚者である事を私に黙っていたのは、「もしかしたら男女の関係になる可能性がある」という下心的なものがずっとあって、別にそれは私と真剣に付き合いたいとか、真剣に私へ好意を抱いているとかそういうことではなく、男性にとっては別腹というか、「一生本命にはならない相手」に対してのものだったからこそ、事実を伝える必要すらなかっただけなんだろう。

結局涼介とは話せず終わってしまったので、何も分からないままだが。

いい歳したオバサンが4歳年下の男性と恋愛できると勘違いしただけの、

哀れな結末でしかない。


一歩間違えば報復として犯罪に走る人だってこの世には存在している。

私は、私という人間の尊厳だけは守り切ったつもりだ。


【連載目次】

第1章 恋愛という名の予習

第2章 婚活パーティーという戦場

第3章 経験しか信じない男 コウイチ

第4章 婚活オンラインサロンでの学び

第5章 合コンという社交場の裏側

第6章 完全無欠の遊び人 タケル

第7章 マッチングアプリという“カタログ恋愛”

第8章 個人主催パーティーの甘い罠

第9章 SNS婚活の“自由”と“偏見”

第10章 ミツルの洗脳

第11章 結婚相談所という最後の砦

第12章 『婚活うつ』という終着駅

第13章 独身偽装男 リョウスケ

第14章 結婚しなければ、という呪い 『婚活依存症』

第15章 ギャンブル借金浮気男 マコト

第16章 自称婚活中の男 マサヤ

第17章 私は、婚活をやめた

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