第12章 『婚活うつ』という終着駅 ——幸せになる努力が、私を追い詰めた
“婚活うつ” という言葉を知っているだろうか。
これは明確な医学用語ではないけれど、長期間にわたる婚活で自信をなくし、自分を否定し続けた末に心が折れてしまう状態のことである。
私がその状態に陥ったのは、それまで蓄積されていた数えきれない恋愛での失敗や、誰からも選ばれないという現実、努力が報われなかった日々すべてが、静かに私を蝕んでいたからだと思う。
◆私は「真面目すぎた」だけなのか
私が婚活で心をすり減らした理由は、“真面目すぎる性格” にもあると思う。
ふざけたり冗談を言ったりすることも「そうしたほうが親しみやすいから」と振舞っているだけで、私は元々そんなに愉快な人間ではない。
幼稚園の頃に教えてもらった塗り絵は、いつも正しい色を塗ることに必死だった。私には「塗り絵は本来とは違う色を塗ったり、柄を書き足したり、背景を書き足したりして自由に楽しむもの」という発想はなかった。
「フチからはみ出さないように、まずはフチをこれから塗る色でなぞって、その線をはみ出さないように、一定方向に均一に色を塗るもの」と思っていた。だから塗り絵を楽しいと思ったことはない。ただ達成感を感じるためのツールだった。
自分がそうだから周りのみんなもそうだと思い込んでいた。
でも違った。
私が一生懸命ルールを守っていても、簡単にルールを破る人が居る。
学校には毎日通うものだと思っていたけど、行きたくないなら行かなくてもいいらしい。
授業はすべて真面目に受けなければいけないと思っていたけど、単位さえ取れればすべて受ける必要は無く、自分が他に学びたいことを勉強する時間に充てていいらしい。
私が勝手にルールだと思って守っていたことは、他人にとってはどうでもいいことだったのだ。
私がどんなに真面目に生きているつもりでも、ルールを破る人に笑われることがある。他人に迷惑をかけないように生きているのに、人に迷惑をかけながら生きている人の方が、人から可愛がられたり守られたり大切にされたり支えてもらえたりする。
真面目に生きている方がいつも損をしているように思えた。
「なんとかなるでしょ!」と言って何もしない人の分、私が働くことで「なんとかなっている」のであり「なんとかしてあげている」のに感謝もされない。それが私の人生だ。
「頑固だよね」
「隙が無いよね」
「一人で生きていけそうだもんね」
「守ってあげたい感が無いんだよね」
「俺が居なくても大丈夫でしょ」
教えられたこと以外のことができる人たちにとっては、私は真面目と言う名のただのバカなんだろう。教えられたことしかできない、想定の範囲内の、人畜無害でその他大勢のうちの一人。
たとえ私に噛み付かれたとしても、大したケガにはならないと舐められている。
「私、あなたとは一緒に住めないわ。私はあんまり片付けが得意じゃなくて、部屋の中をすぐ散らかしちゃうから、すぐに怒られちゃいそうだもん」
と女友達に言われたことがある。
なんで部屋をすぐ散らかす人に「あなたと一緒に住めない」と言われなきゃいけないんだろう。部屋を綺麗にしている人の方が正しいはずなのに、なんでそれを否定されなきゃいけないんだろう。
「仕事ができる人ほどデスクの上が散らかってるものじゃない? 机の上がきれいな人って、ちょっと心の病気だったりするのよ。」といつもきちんとデスクの上を片づけていることを心配されたこともある。頭の中を整理するために机の上の物を整理するのは、本当に心の病気なのだろうか。
子供のとき「嘘をついてはいけません」って教わったじゃない。
なんで大人になったら「騙される方がバカなんだ」って言われるの?
教わったことができないほうが、バカなんじゃないの?
そしてこういうことに悩んでしまうところも、簡単にルールを破ることができる賢い人たちにはお見通しで、騙しやすくて、利用しやすいと思われてしまう原因なんだろう。お人好しで、他人を疑わず、いつも誰かのためにへらへらしているだけの人間。バカにしたり見下したりしても問題ないと思われている。
つまり、正しさよりも器用さが評価される社会なのだ。正しいことを守っている人間が「融通が利かない」と切り捨てられ、ずるさや適当さが「賢さ」として重宝される。
でも、それでも私は嘘をつけない。部屋を散らかしたまま笑っていられないし、人を利用して自分だけ得をするような生き方もできない。結局そんな自分が一番嫌いで、一番誇らしくもあるのだ。
◆婚活における不条理
努力すれば結果が出る、それが当たり前だと思っていた。
でも婚活は違った。どれだけ頑張っても、結果が出ない。
相手の出方次第でこちらの存在価値が決まってしまうような、不安定で不条理な世界。
自分を犠牲にして必死に将来の結婚相手候補のために尽くしても、失恋と言う不幸は突然やってくる。そんな不幸に見舞われた時に
「もう次は幸せになるしかないから大丈夫!」
「次またがんばればいいじゃん!」
と励まされることがあったけど、別に未来で幸せになったからって今の不幸が帳消しになるわけじゃない。
やれることは全部やった。
でも、全部報われなかった。
ひとりの人を見つけるまで、ずっと報われない。
それが私にとっての「婚活」だった。
>>2022.05.08
オンラインサロンのメンバーと久しぶりに6人でピクニックをした。ミツルのことを相談したときに、私は高校からの友達だったカナに「変だ」と言われたこともショックだったという話をした。
「あなたは変じゃないよ、絶対に変じゃない。」
凛とした表情ではっきりと私の目を見て言ってくれた。
「相談する相手を間違えただけだから、そんな言葉、気にしちゃだめ」
心が落ち着いた。私のことを変だと思ってない人も居てくれた。
>>2022.05.25
久しぶりに涼介くんと食事に行った。
涼介くんはずっと定期的に連絡をくれていて、自炊が趣味である私たちは毎日のように自宅で作ったツマミや夕飯などの写真を送り合って、レシピを共有したり、美味しいお酒や美味しいお料理に出会うと報告しあっていた。
涼介くんには心配をかけたくなかったので、ミツルのことはほとんど相談していなかった。カナに相談して拒絶されてしまってから、私の相談はみっともなくて恥ずかしくて迷惑なことなんだと思っていた。涼介くんと接するときだけでも何にも悩んでいないご機嫌な私で居たかった。
「久しぶり飲みに行きましょう。」という話になってから「どこがいいですか?」といろいろなお店を提示してくれた。決めきれなくて悩んでいたら、2件お店を予約してくれたので、その日は二次会まで一緒に居られることがはじめから決まっていて、なんだかうれしかった。
何を話したかよく覚えてないけど、とにかく癒された。
この人からは大切にされていると感じる、と言ったら誤解があるかもしれないが、人としてちゃんと扱われていると感じた。価値があるものとして接してもらえている安心感があった。女友達からは得られない何かを涼介くんからはもらっている感じがした。
人と人とのコミュニケーションにおいて、私が求めていることの全部を満たしてくれる。
こんなに気持ちよく人と話せることは滅多にない。しかも学生の頃からの長い付き合いの友達とかでもなく、ただの飲み友達なのに。
でもだからこそ忖度なしで話せるから居心地がいいのかもしれない。会いたくないなら会わなければいいだけで、何も期待されていない私で居て良い。
素の私で居られる。
涼介くんは私にとって『お守り』みたいな存在だった。
>>2022.06.09
私はSNSでミツルとのことをずっと日記のようにポストし続けていた。それは婚活アカウントとは別につくった「恋人との関係に悩む女性被害者たちのアカウント」だった。
そのアカウントでは私と同じように日々恋人と別れたいのに別れられない女性達がポストを確認し合い、危ない目にあっていないか生存確認をし合うような側面があった。
ポストに書けないことはDMを送り合い「この前別れたいって勇気を出して言ったら、自宅に恋人が包丁を持ってやってきた。すぐに警察が来てくれたから助かった。」とか「連絡先をブロックしたら、ストーカーみたいに職場で待ち伏せされた。職場の人に相談していたからその人が助けてくれて、今車で自宅に送ってもらっている。」とか「あなたも気を付けて。何をされてもおかしくないんだから。」とお互いを心配し合った。
一番心配したのは「もう死にたい」と言い始める女性も居たことだ。
恋人の関係に疲れて、それでも別れられずに過ぎていく日々で、完全に自分の人生に期待ができなくなってしまっている。私と同じように恋人から否定され続けてしまうと「今の恋人と別れたところで、所詮私なんて幸せになんてなれない。だって私はダメな人間なんだから。」と思いつめてしまうのだ。そういうときはすぐにみんなで励まし合い、全員で苦しみを分かち合った。まるで心のシェルターみたいだった。ひとりでは抱えきれず、でも誰にも相談できないことを、顔も知らない誰かが助けになって、救われることがあった。
婚活をするまで、この世にこんなにもいろんな人間が存在しているなんて知らなかった。私はとても優しい家族と友人に恵まれて、ちょっと卑屈になることはあったけど、ちゃんと道を踏み外すことなく、なんとかいろんな人に支えてもらいながら生きてきた。会社に入ってからもたくさんの親切な人達のおかげでいろんなことを教えてもらって楽しく働いて、いつも前向きに生きてこられた。
婚活をしなかったら、
人に騙されることも、裏切られることも、自分を否定されることも、
全部なにも経験しなくて済んだことだろう。
婚活さえしなければミツルに出会うこともなかった。
こんなにつらい思いをしなくて済んだ。
人を怖いと思うことも、人を信用できないと思うことも、
こんなに悲しい経験をしなくて済んだはずなんだ。
結婚してくれる相手も居ないのに、結婚したいなんて願わなければ、
私はこんなにつらい思いをしなくて済んだんだ。
私はずっと何をしているんだろう。
「自分のことを1番大事にしてね?」
誰かのためのメッセ―ジが、自分の心にまで突き刺さる。
私にとって、女性を不幸な気持ちにさせるのはいつも “男” だった。
>>2022.08.27-28
ミツルがなにか楽しいことがしたいと久しぶりに連絡をしてきた。
私はこのときちょうど結婚相談所での活動もひと段落して、新しく男性と出会うという行為に疲れていた時期だった。
機嫌がいいミツルと会うだけなら、初対面の男性に愛想を振りまくよりは随分マシだ。
スーパーで良さげなお肉とお刺身とお酒と……いろいろ私が買い出しして夕食の準備をした。ミツルは機嫌を良くしたので、この日は怒られることもなく楽しく過ごした。
翌日も朝から機嫌が良くて、珍しく2人で映画を観に出かけることになった。映画のチケットは事前に私がネットで予約購入して、ポップコーンとジュースはミツルが購入した。
映画が終わり、今晩も家で美味しい物を食べようと2人で買い物をした。
「チケット代出してくれたからここも俺が払うね。」とミツルが言った。
家に帰って一緒にテレビを見つつお酒を飲んだ。
今日も何事もなく終わりそうだとほっとしていた。
「お酒がなくなったからコンビニに行こう。」とミツルが言うので
「いいよ。」とパパっと上着を羽織って2人で家を出た。
「お財布持った?」
私がそう言った瞬間、ミツルの顔色が変わった。
あ、怒らせた、と直感した。やってしまった。さっきまであんなに楽しく過ごしていたのに。大丈夫だと思っていたのに。ミツルの部屋がある3階から1階まで階段を降りる間、息ができなかった。
「財布なんて別にいらねぇだろ、ケータイで払えるし。ってか俺に払わせようとしてんの? 意味わかんないんだけど。ムカついたからもうコンビニ行くのやめるわ」
1回怒ったらもう落ち着くまでずっとこの調子なのは分かっている。
「ごめんね、別にそんなつもりで言ったんじゃないよ、忘れ物がないか聞きたかっただけ。払わせようとなんて思ってないよ」
「いやもうまじムカつく、俺夕飯の買い出しでお金払ったじゃん」
「……そうだけど、それ言うなら私も昨日のおかずとか飲み物とかいろいろ買ったよ? コンビニの数百円くらいで喧嘩するのやめようよ、どっちが払ったっていいじゃない」
「は? もう行かねぇよ、行きたいならひとりで行けよ」
「私特に飲みたいものないし、コンビニ行かなくて大丈夫だからミツルがお酒いらないなら、コンビニは行かないよ、戻ろう」
1階から部屋に戻ろうとエレベーターに乗り込んだと思ったら、私の身体はエレベーターから蹴りだされた。
「一緒に乗ろうとしてんじゃねえよ!」
ミツルは1人でエレベーターに乗って部屋に戻っていってしまった。
私はどうしたらいいか分からず、パニック状態のままコンビニに行った。
もうこのまま自分の家に帰りたいけど、ミツルの家に荷物を置いてきたままだし、ここで泣いたらまた自分が悪者にされたとミツルは怒るだろう。
いつもミツルが買っているお酒を買って部屋に戻った。
そうしたらミツルは友達と電話して、笑っていた。
やっぱり私じゃなくて “この世界” が狂っているんだと確信した。
「なんで帰ってきたんだよ、もう来んなよ、なんで居るんだよ、いつまで居るんだよ、お前がいると俺が好きなことできねぇんだよ!」
それまでだったら「ごめんね」と謝ってミツルが落ち着くまで黙って言い分を聞いてあげていた。でももう限界だった。ずっと機嫌をうかがって、気に入らないことがあると怒られて、暴言吐かれてバカみたいだった。
「お財布持った?」というただその一言の何がいけないのか分からなかった。
「言いたいことがあるなら言えよ、黙って突っ立ってんじゃねぇよ。お前のそういうところが気に入らないんだよ、むかつくんだよ、死ねよ、お前が家に来たときの電気代も水道代も俺が払ってんだよ! トイレットペーパーもシャンプーもぜんぶ俺の使ってんだから、お前が俺に金を払うのは当たり前なんだよ! そんなこともわかんねぇならもう家に来るなよ、頭おかしいんだよ、こんなこと言わなくても普通わかるだろうが!」
ミツルの勢いは止まらなかった。
「ってかあなた何時までここに居るわけ? 本当に頭おかしいよな、ちょっと考えたら分かんない? お前のせいで俺の家なのにずっと自由がなくてもう嫌なんだよ、一緒に居られると迷惑なの! 何してんだよ、なんか言いたいことあるなら言えよ!」
そうだね、気を悪くさせたのは私なんだ。そうだ、いつも私が悪いんだ。
アタマでそう理解するしかミツルがなぜ怒っているのか辻褄が合わなかった。でも心ではそれが理解できなくて、怒られていることが悲しいし、怖いし、蹴られたことには傷ついていた。
頭と心が完全に分離して、私が壊れていくのを感じた。
ミツルは怒鳴りながら私が作っておいたおかずの残りを冷蔵庫から取り出してレンジで温めて、私が昨日炊いたごはんを食べながら、私のことを叱り続けた。
私は部屋の隅に立ち尽くしたままで、ミツルはソファーに座りながら、たまに箸で私のことを指さして「だからお前は」「そういうところが」「頭おかしい」「死んだ方がいい」「みんなもそう言っている」「みんな本当はお前のことなんて嫌いなんだよ」という言葉を繰り返し言ってきた。
泣くとまた怒られるから涙を必死にこらえて、呼吸もできなくなって、気が付いたら両手をしっかり胸の前で握って、自分の指の感触を触って確かめることでなんとか意識を保っていた。
「なんだよその手の動き、気持ち悪いな、もう目障りなんだよ、
早く出ていけよ!!」
最後にそう言われた時、私は思った。
『やった、出て行っていいんだ!!!!!!』
私は荷物を胸に抱え込み、転びそうになりながらも必死に駆け出した。
後ろから足音が迫ってくるような錯覚に背中を押され、何度も振り返る。そのたびに、少しずつミツルの家が小さくなっていくのを見て、かろうじて心を落ち着けようとした。
15分くらい経つと私のケータイにミツルから連絡が入った。
「なに本気にしてんの? いいから早く戻ってこい。今戻ってきたらこれまでのことも全部なかったことにしてやってもいい。今戻ってこなかったら今度こそ終わりだからな」
私はケータイの電源を切ってカバンの奥にしまって、そのメッセージを見なかったことにした。あんな場所に戻ったら本当に “私が” 死んでしまう。
家に帰って泣きながらベッドに潜り込んだ。
「明日有休とっててよかった。」と日曜日の夕陽を見ながら思った。
明日休んでも、誰かに迷惑をかけなくて済む。それだけでも救いだった。
>>2022.08.30
会社でいつものように朝礼の司会をやったけど、この日は全然ダメだった。
「もしかしたら、なんで連絡して来ないんだってミツルからまた連絡が来るかもしれない、どうしよう、怖い、次は何言われるんだろう」
そうやってビクビクして頭がいっぱいだったからだと思う。
大きな声を出すことができなくて、うまく舌がまわらない。いつもならハキハキと業務に支障が出ないように、朝礼を早く終わらせるため連絡事項は少し早口で端的に話すようにしているのに、この日は終始震える声でオドオドと話す私を見て、朝礼が終わってから同僚に声をかけられた。
「どうしたの?なんか変だよ?」
心臓が止まるかと思った。
『変だ』と言われた事がショックで、私は泣いてしまった。
別にそういう意味で言ったんじゃないことは分かってる。心配して言ってくれたんだろう。
でも、なるほどこれが限界かと悟った。
私は自分でメンタルクリニックを予約してカウンセリングと診断を受けることにした。
◆心療内科のドアを開けた日
メンタルクリニックでは『中度の抑うつ状態』と診断された。
バーの店長やミツルに「お前はADHDなんじゃないか」と言われていたことも先生に話した。カナに「変だよ」と言われたことも「もしかしたら私は本当にADHDなんじゃないか」と不安になった原因だった。
「ADHDかどうか調べるにはまたお金がかかってしまうけどいいの?」と聞かれたが、私は自分がADHDじゃないという証明が欲しかったので費用がかかってもいいと答えた。
「でも絶対にあなたはADHDじゃないよ、簡単な質問をしてみるからそれで僕がADHDの可能性があると思ったら診断を受けてみるのはどう?」
先生がそう提案してくれていくつかの質問に答えた。
「うん、大丈夫。ADHDじゃないよ。もう心配しないで。欲しいならADHDじゃないですよって診断書を書いてあげるよ。でもそんなものなくてもあなたは、あなたはあなたのままで、十分に信頼できる人ですよ。受け答えもしっかりできているし、ちゃんと自分の気持ちを客観的に話せています。説明の仕方も質問に対する回答も、とても話がまとまっていて分かりやすいし、頭の良い人なんだと感じましたよ。だから安心してください」
本当に心の底から安心して涙がこぼれた。
「話を聞いただけですが、彼は境界線パーソナリティー障害の可能性があります。あなたがどんなに治そうと思っても治らない病気で、しかも年齢的に今後悪化する可能性の方が高いです。申し訳ないですけど、私はあなたが彼とまた関係を修復することを止めるお手伝いをこれからしたいと思いますけど、それでもいいですか?」
はじめてのカウンセリングのときに臨床心理士の先生が根拠を持って説明してくれた。
カウンセリングのときに今までの経緯を話さなければいけなくなって、私がこれまでいかに友達に相談をするときに「可哀想と思われないように、心配を掛けすぎないように、ウザがられたり、面倒くさがられたりしないように気を使ってミツルのことを話していたのか」を実感した。
先生の前では、ちょっとネタにして笑いを取ったり、強がったりしなくて良かった。私に何も期待していないただの精神科医に体調を尋ねられて「朝が一番つらいです」と素直に話せる自分に驚いた。
「時間をかけて積み重なったものだから、時間をかけて焦らず治しましょう」と言われた。
【学習性無力感】
長期に渡り苦痛やストレスにさらされ続けると、何をやっても改善できないという感覚を学習し、そこから逃れようとする努力を放棄し、無反応になってしまう現象。
これは電流が流れる部屋に入れられた犬が、はじめは自分で電流を止められるかどうかいろいろ試す動きをするが、なにをしても電流を止められないと分かると、次にまた電流が流れてきても自分では止められないことを覚えているせいで、その部屋にうずくまって、ただ耐えるという行動をするようになり、最終的にそれを繰り返していくと、今度別の部屋に移して “柵を飛び越えれば隣の電流が流れない部屋に行ける状態” になったとしても、電流が流れる部屋でただひたすら電流が止まるのを待つだけになる、というような実験が基になっている。
これが今の私の状態に近いと説明された。
自分は不幸だとか、何をやってもダメだとか、そういう失敗を繰り返していくうちに「自分で成功する道を選べなくなってしまう」らしい。
私がミツルから離れられなくなったのは、学習性無力感により無反応状態に陥っていたからで、これはむしろ正常な感覚なので私が『変』なわけではないと先生は言った。
【不安の正体】
自分自身は『今』にしか居ないのに、過去のトラウマを思い出したり、未来を想像したりして不安を感じると、そのストレスがすべて『今の自分』に降りかかる。それが “不安” 。
自分は今にしか存在しないのに、過去も未来もすべてのストレスを背負っている状態になる。不安を抱えたときは『今』にだけ集中する。不安はなるべくほおっておいて、考えないようにしたほうがいい。不安は、考える分だけ大きくなる。今の自分に過去も未来も全部背負わせたら負担になるに決まっている。
いつも今の自分に集中するように、と言われた。
「何かで悩んだ時は、自分の鼓動や呼吸に集中して、ゆっくり自分の音を聞くようにするといい。頭の中がパンクしそうになったり、胸が苦しくなるくらい不安になったりしたら、まずは一度トイレでもなんでもいいから静かな場所に行って、自分の鼓動や呼吸に集中してごらん。そうすれば少しはスッキリするから」
「もしかしたら彼に連絡をしたいと思うかもしれない。でもそれは “連絡しないと不安になる” から。でも連絡をしても同じことの繰り返しで、本当は彼と離れた方が良いって事は分かって居るはず。
不安は “解消する” のではなく “放っておくもの” 。
不安を解消しようと意識すればする程、不安が目立ってしまう。
だから『今』に集中する。
今、この場に、自分の身体があって、呼吸していて、胸が膨らんで、血が通っていることを感じる。考え事をして辛い時は瞑想するといいよ」
「気持ちの上がり下がりはあるけど、昨日より今日とか細かく見るのではなくて大きく捉えてごらん。昨日より今日は下がっているけど、先週より上がっているということもある。上がり下がりを繰り返しながら着実に気持ちは上向きになっているから大丈夫。
周りが結婚したとかで焦っているだけなんじゃない?
本当にしたいことは、結婚の他にあるんじゃない?
本当にしたいことを我慢して婚活しているから、つらいんじゃない?
結婚しても幸せかは分からないよ?」
「結婚しなきゃ」に追い詰められて、自分で自分を呪っていた
そういえば、いつも何かで読んだ言葉に責められている気がしていた。
「結婚できない人にはそれなりの原因がある」
「35歳過ぎたら女は無価値」
「女は子供を産み育てることが幸せだ」
「結婚したら幸せになれる」
私が結婚したいからじゃない。結婚しないと一人前に見られないんじゃないか、不幸だと思われるんじゃないか、なにか問題があるから結婚できないんじゃないか、可哀そうな人だと思われるんじゃないか。
そう思った。だから私は婚活を始めたんだ。
そういう不安で頭がいっぱいで必死で焦って婚活をしていただけなんだ。
「若いうちに婚活しないと需要がなくなる」
「今が一番若いんだから」
「あとから婚活をしなかったことを後悔したくない」
「今のうちに頑張らないと」
未来の自分の幸せのために、未来の自分がもし結婚しなかったとしても、
婚活しなかったことを後悔しないために、私は今の自分を犠牲にして婚活を始めることにしたんだ。
本当はもっと仕事で認められたい、でもそう言ったら変な女だと思われないか。生意気な女だ、だから結婚できないんだと思われないか。
本当は自分の好きなことを自由に楽しみたい。でもそう言ったら女の幸せは子供を産んで育てることなのに、それを知らないからそんなことを言っているんだと見下されないか。
本当は好きな人と結婚がしたいから、そんなに焦って結婚したいなんて思っていない。自分には自分のタイミングがあって、まだそれが来ていないだけだと私が思っていても、「年齢的にもう限界だろう。ただその年齢まで結婚できなかった女の負け惜しみで、行き遅れには変わりないのに強がっているだけだし、いい年齢の大人がそんな夢みたいなことを言ってないで現実を見ろ!」と批判されないか。
婚活をしているときは、結婚ができない自分と常に向き合って居なければならない。
いつも自分はダメな人間だと、自分に言い聞かせながら生きているようなものだった。このループから抜け出すためにも私は早く結婚したかった。本当は結婚したいわけじゃない、そのループから抜け出せればいいだけ。それであれば、私の考え方を変えればいいだけなのに、ずっと頭の中で結婚できない自分と戦い続けてきた。
ミツルに「だからお前は結婚できないんだ」と言われたときに身を裂かれるくらい心が痛かった。
「そんなに友達と遊びに行って、結婚する気があるのか?」
「結婚したら今みたいな生活はできなくなるんだぞ、それにお前は耐えられるのか?」
全部見透かされているみたいだった。今まで頭の中で戦っていた自分が、目の前に現れたみたいだった。
だからこそ私はミツルに何も言えなくなったんだと思う。
メンタルクリニックでの診断とカウンセリングが終わって、安くない金額の診察代を払ったとき「これが現実か」と思った。
「自分が好きになった人と一緒に居て、頑張ったのに報われず、酷いことを言われて、それでも耐えて、尽くしたつもりだったのに。なんでこんなに傷つけられて病院に来て診察代を払っているんだろう」
突然バカバカしくなって、もう本当に金輪際ミツルと関わるのはやめようと誓った。
そうだ、本当の私はもっと強い人間のはずだった。
>>2022.09.03
実家に帰ると両親には自分の子供が今どんな状況なのか、見ただけで分かるようで「どうしたの、なんかあったんだね。」と言われた。
「なにか気分転換をしたいんだけど、なにがいいかなぁ。」と相談すると、母から写経を勧められたので、近くの神社で写経をすることにした。
「縁切りで有名な神社だから、スッキリするんじゃない?」
別になにがあったとかを話したわけじゃないけど、母はそう言った。
それまで縁切り寺というものの存在すら知らなかった。
調べてみると自分の身の回りに居る『自分に害を及ぼす人との縁を切る』ために祈るだけでなく『自分のダメなところと縁を切る』というために祈るというのも良いと知った。
いつもミツルから言われた暴言で頭の中がいっぱいだったが、写経をしているときはただ文字を書くことに集中することができて、頭の中がスッキリとしたような気分になった。
いつも頭の中でミツルのことを考えているということは、ミツルがその場に居ないのに、ずっと過去にミツルから言われた言葉で、何度も繰り返し傷つけられているのと同じことだった。そういう頭の中の良くない習慣を意識的に自分で改善する必要がある。
ミツルと出会う前の私に早く戻りたい。
それがひとりになることだとしても、今の状態よりはよっぽどマシだ。
>>2022.09.04
お気に入りのアクセサリーショップでイヤリングを買った。
買い物をするとミツルに「俺にとってはただのゴミ」と言われたり「そんな無駄遣いばっかりして、貯金とかできてるの? 信じられない。金遣いの荒い人とは結婚できない。俺はバツイチだから家計のことはわかる。あなたのお金の使い方はおかしい!」と怒られていたから、買い物も怖くてできなくなっていた。
自分のためになにかを買うのはとても久しぶりだった。
今考えると、ミツルが怒ったときは全部一方的に私が怒られただけで、私が謝って改善することでしか問題が解決しなかったから、あれはケンカなんかじゃなくてただの叱責だった。
ミツルはずっと私がどんなものを好きで、なにを大切にしていて、これからどうしていきたいか、今なにを思って、何を感じているのか、そういうものに関心がなかった。それは私が求めていた “パートナー” じゃない。
ミツルのことばかり考えていたせいで、私自身が私のことを考えてあげる時間がなくなっていた。そのせいで大切なものをたくさん失ってしまったような気がする。ちゃんと自分と向き合わないといけない。
それが一番大切なことなんだろう。
>>2022.09.07
ミツルから連絡が来た。
「今日は会わないの?」というメッセージだった。
心臓が止まるかと思った。
そのまま動けなくなって、しばらく真っ暗になったケータイの画面を眺めていたら、15分後にメッセージが削除された。
怖い。引っ越した方がいいかもしれない。
>>2022.09.08
鬱になってみて気が付いたが、とにかく朝がツラい。
朝起きて無理なときは1日中無理。ベッドから起き上がることもできずにただ日が暮れるのをずっと横になって見ているだけ。大丈夫なときは朝起きた瞬間からスキップできるくらいのテンションの日だってある。要するに自分で全く自分をコントロールできない状態だった。
だがなんとか会社に行けて仕事はできても、家事はできないままだった。
家でひとりになると、ぐるぐる頭の中でいろんな思考が巡るから、調子がいい時にまとめて全部やらないとダメ。
だからゴミ出しに苦労した。ゴミ出しの日の朝に元気とは限らないから、出せないゴミが玄関に溜まってしまうことが何度かあった。
料理も調子がいいときはたくさんの材料をスーパーで購入して、気分転換に手の込んだ料理を作ったり、作り置きのおかずを作っておいたりすることができたけど、調子が悪いときは料理すらできないし、ごはんを食べる気力もないから、冷蔵庫の中で食材や作り置きのおかずが腐ってしまうことは珍しくなかった。
もったいないので買わなければいいのに、調子がいいときの自分の行動を制限してしまうと、またネガティブな気持ちになるだけだから「今自分がこれをやりたい」をなるべく実行するように心がけた。
『そんなの買うの? 俺にとってはただのゴミ。無駄遣い。頭おかしい』
そう言って私の行動を制限する人はもう居ないのに、頭の中で声が聞こえてくるような気がした。私は私が買いたいときに好きなものを買っていいんだと自信を取り戻していくしかなかった。
「これを買ったらまた怒られる」という思いを打ち消して「大丈夫、もうミツルは居ないから」と言い聞かせた。
久しぶりに買ったコンビニのプリンがとても美味しくて、涙が出た。
肩書きじゃない、“人” としての支え
突然仕事を休むことが多かったし、しばらくメンタルクリニックに通うことになったので、会社の上司にもそろそろ今の自分の状況を話さなければいけなかった。
事の顛末を話すとき、また今までのことを思い出さなければいけなくて、つらくて涙がでそうになったけど、必死で我慢した。
「怒っている声を聞くと思い出すので職場でそういうのを聞いて心が乱れたら、しばらく席を外させてほしい」
「大きな音を聞くと思い出すので、その時もしばらく動けなくなるかもしれないけど、しばらくしたら動けるようになるので見守ってほしい」
「朝はとにかく具合が悪いので、また急に会社を休む日があるかもしれない」
「ずっと頭がおかしいとか変だとか言われ続けていたから、そういう言葉に敏感になっている。もし私の様子がおかしくても『いつもと違うね』と言われてしまうとプレッシャーになるので、なるべくそっとしておいてほしい」
今考えると信じられない要望を上司に伝えているが、その時の私は自分の今の状態を分かってもらうことで必死だった。
「わかりました。あなたはいつもしっかり仕事をしてくれていて、信頼しています。だから、無理しないで、ゆっくりでいいから、体調が早く戻るようにフォローをさせてください。今までひどいことを言われてきたみたいだけど、あなたはそんなことを言われなきゃいけない人間じゃないから、大丈夫。安心してね」
突然会社を休んで今までたくさん迷惑をかけていたのに、上司がそう言ってくれて、本当に感謝している。それと同時に、いつまでも甘えてばかりもいられないと思った。
早く治さないといけない。
ちなみに、この上司は「女性」だ。信頼できる。
>>2022.09.16
メンタルクリニックのカウンセリングは短い時間だったけど、私が今どうすべきか、この問題についてどう考えるべきかの指標をくれて、やっと呼吸ができるような感覚があった。
カウンセラーと話しているときに、なんの前触れもなく涙がこぼれるのがデフォルトになっていた。私が泣いていても大きなリアクションはせずにゆっくりとティッシュを差し出してくれるので落ち着いて会話を続けることができた。
「涙がなぜ出るか知っていますか? 涙がでるのは心が動いたときなんです。悪いことじゃないですから、無理して涙を止めようとしなくていいですよ」
今まで泣いたら怒られると思って必死に堪えていた分まで泣いていいんだと肯定されたように感じて、それまで我慢していた分の涙が一気にあふれて、自分でも信じられないくらい泣いた。本当に涙でおぼれそうになった。
>>2022.09.20
できるだけ半年前の自分に戻れるように自分のためにお金をたくさん使っていいことにした。壊れていたイヤリングをショップで直してもらったり、マッサージに行ったり、好きな時に好きな物を好きなだけ食べてみたり、ゆっくりお風呂に入って、キャンドルを炊いて、自分用にブレンドしてもらったハーブティーでリフレッシュしてみたりした。
ちょっとずつできることが増えて、自分でやる・やらないを選ぶことができて、怒られるからできないとか、やっちゃいけない、我慢しなきゃいけないっていう呪いを少しずつ解いていった。
まだうまくできないこともあるけど大丈夫。良い方向に進んでいる。
>>2022.09.25
ミツルからメッセージが届いた。
「とりあえず会って話したいんだけど」
ミツルはいつものように強気で自分の要望を伝えてきた。
「無理です。もう会いたくありません」
私はもうミツルの言いなりになるつもりはない。
「どうしても会いたいです、ずっと会って話したいと思っていました」
嘘だ。
「嫌です。1:1で会える状態ではありません」
「誰か友達に同席していただいても結構です。時間を作って頂けませんか?」
急に敬語。会ったら何をされるか、何を言われるかわからない。
「友達に迷惑をかけてまで会いたくありません。嫌です」
会いたくない、会いたくないことを分かって欲しい。
「会って話したいです。これで最後にしますから」
伝わらない。何度目の最後なんだろう。
「連絡を取るのも嫌です。精神的に会える状態ではありません」
お願いだからもう私に関わらないで欲しい。
「会いたいです」
「会いたくないです」
私がいつも会えば許していたことを覚えているんだろうと思った。
私がメンタルクリニックに通っていることも、会社を休んでいたことも、今までの経緯も、ミツルに言われて傷ついたことも、私がどういう心境で、どんな風にして心を病んでいったのか、今の生活がどれだけ大変なのか、ミツルは何も知らないし、きっと知ろうともしないだろう。
ただただ自分のことだけ。
今までだっていつもそうだった。
>>2022.09.30
メンタルクリニックでのカウンセリングのときにミツルから「会って話したい」と言われたことを相談したら「会わなくていいよ。」と言われた。
「彼も傷ついているんじゃないかって思う。」と言ったら、
「あなたの方が傷ついてるでしょ? 今までよく頑張ったよ、もういいでしょう」と言われた。
また泣いた。
「会ってまた傷つけられてしまうかもしれないよ? 会って心の整理がつくならそれでもいいけど、何を言われるか分からないよ? 大丈夫? もし本当に会うなら、会った次の日にここに来れるように予約しておいてね。そうすれば少しは安心だから。どちらの選択を選んでもいいから。いつでも待ってるからね」
会うか会わないか。会ったところで話の通じる相手じゃないことなんてもう分かってたけど、何もせずには終われないだろうと思えるところまでは私は回復していた。
私はどうも「逃げる」ということができない性分なんだと思う。
最後にミツルと会って、私が今まで言えなかったことを全部話して、それで終わりにした方が自分も前を向けるような気がした。
つくづく私は周りの人の助言に耳を貸さない人間だなと思う。
ちなみに「料理がまだ作れない」と相談したら
「料理ってハードル高いからね。何を作るか考えて買い物して調理して片づけるって大変でしょう。ちゃんと回復したらまたできるようになるから大丈夫だよ。」と言われた。
料理が作れるようになることが、私の目標になった。
>>2022.10.1
久しぶりにお料理教室に行った。5月にミツルに渡すためにクッキー作りを習ってから、ずっとお休みしていた。あのときのクッキーはお料理教室の友達と食べたとき、とても美味しかったから、上手に焼けたものを綺麗に箱に詰めてラッピングしてミツルに渡したんだ。
でも美味しいって言ってもらえなかったし、全部食べてももらえなかった。それが申し訳なくて、私はそれからお料理教室に顔を出せなくなっていた。
「久しぶり! 突然来なくなっちゃったから心配してたのよ!」
私が教室に入ると、先生もお友達もみんなが声をかけてくれた。私は思わず泣いてしまって、みんなを驚かせてしまった。
ああ、やっと私の日常に帰ってこられたと安堵した。
先生に教えてもらった工程通りに食材を切り、決められた分量の調味料を入れ、みんなで分担して盛り付けや片づけをする。秩序が保たれた空間で美味しい料理を食べ、笑顔の中で会話をする。当たり前のコミュニケーションが心地よい。私の居るべき場所は、こういう場所なんだ。
>>2022.10.19
ミツルと1ヶ月半ぶりに会うことになった。
私は過去の自分にケジメをつけるためにミツルと会うことを選んだ。それがどんなにかっこ悪くて痛みを伴うとしても、次に進む前に「今まで私ができなかったこと」をここでやっておく必要があると思った。
だが日程を調整するだけでも一苦労だった。
「10月は予定埋まってるからこの日なら。」と言うので「絶対に空けておいて、他に予定入れないで。」と念押ししたのに「やっぱり別の日になりませんか。」と言ってきたり「時間を早められませんか。」と連絡をしてきた。
「あなたが話したいっていうから時間作ってるんだけど?」とメッセージで伝えたけど「バーのアルバイトを急に頼まれたから。」と返信があった。
絶対に自分の予定を変更しようとする気がないことだけは伝わってきた。
そういうやりとりをするだけで、また気持ちが落ち込んだ。こいつと居ても嫌なことばっかりで、私にとって普通のコミュニケーションがとれない。
今までだって私がミツルの予定に合わせていたからなんとか会えていただけだ。ミツルはいつも自分の1か月のスケジュールを私にまとめて送ってきていたが、それだって「俺の予定が入っているところは会えないし、予定が入っていないところは2人で会うってことだからな。」と暗に連絡してきていただけで、私への親切や恋人としての優しさや誠実さでも、なんでもなかったんだろう。
待ち合わせ場所で久しぶりにミツルの顔を見た時にもう涙が出た。完全に拒否反応が出てたんだと思う。息ができなかった。ミツルはそれに気がついてない様子で「髪切ったんだね。なんか気まずいな、なんか喋ってよ。」などと言いながら近くの大衆居酒屋に入って、普通にハイボールとつまみを頼みはじめた。
「なんで突然連絡して来なくなったの?」
ミツルの第一声はそれだった。
「あなたもつらかったんだよね、ごめんね、でもさ突然連絡がなくなったら、こっちも連絡しづらくなるのわかるよね。」
でた、私のせい。悪いのは私なんだ。
「俺的にはずっとあなただけだったの、この1年近くはずっとあなたに時間を使ってた。他の女の子からのお誘いも断ってたし、特別だった。一緒に住んだら変わるかなとか思ってたし、9月になったら母親にも紹介しようと思ってて “会わせたい人が居る” ってやりとりしてて、あなたならきっと家族とも仲良くしてくれるだろうなって思ってた。でもそしたら連絡が来なくなって、どうしたのかなって。でもきっとあなたから連絡が来るだろうと思って、俺は待ってたんだよ。でも結果的にこうなった以上はやっぱりこれからも一緒に居るのは無理だと思う。だから最後は会って話したかったんだよね」
自分がしてきたことを何も覚えてないらしい。
私に自分から連絡をしなかったことを後悔させたいから、ありもしないことをでっち上げて、全部私のせいにして、自分は悪者じゃないって、私のことを洗脳しようしていることくらい、もう私、全部分かるよ。
その後泣きながら私が思っていたことを全部話したけど、私が話している途中でもミツルは店員を呼んでハイボールを3杯おかわりして、いぶりがっこクリームチーズとキムチを追加注文していた。
ミツルのケータイのアラームが鳴って「ごめん、もう行かなきゃだから。あ、お金は俺が払うから大丈夫。」とお会計をされた。
私の話はまだ終わっていない。
でも何を話しても無駄だと言うことだけは分かった。私はミツルと並んで歩きたくないし、一刻も早くミツルと離れたかったから距離を取ったら、ミツルがすっと近寄ってきて私の頭を撫でた。
「バーで俺のこと言いふらしたりしないでね」
全身に鳥肌が立って、恐怖で気を失いそうになった。
「じゃ、俺行くわ」
今までと何も変わらずにミツルは去っていった。
>>2022.10.20
ミツルと会った翌日は絶対会社に行けるメンタルじゃないと分かっていたから事前に有休を入れていた。思ったよりダメージは少なくて、ベッドから起き上がって食事をするくらいの元気はあった。
部屋でゆっくりと過ごしているとミツルからメッセージが届いた。
「話してみてどうでしたか?」
そして
「実はもう気になっている人が居て、それもあってあなたとは会ってちゃんとケジメをつけたいと思って会いました」
と送られてきた。
バカにするのもいい加減にしろと、会って話した以上に思っていたことを全部メッセージに書いて送った。もうこれ以上私のことを傷つけるようなことを言わないでほしいし、連絡もして来ないで欲しかった。もう黙っているなんて絶対にしない。
「1ヶ月も連絡して来なかったあなたが悪い、好きな子くらいできるよ」
「あなたはずっと我慢してたって言うけどさ、俺だって我慢してたよ」
「全部ブーメランだからな、俺のせい俺のせいって言うけど、全部お前のせいだよ」
「本当に頭おかしいよ、病院行けよ」
「病院通ってるとか言って、そうやって俺から金とろうしてんだろ?」
追い討ちをひたすらかけてくるけど、もう我慢しない、言いたいこと言う。こいつの言葉には意味がない。私を傷つけたいだけで、言葉そのものになんの意味も根拠もない。分かってあげようとする必要は無い。私はもう負けない。絶対に思い通りになんてならない。ミツルの方から私にもう連絡したくないと思わせないと、ミツルは一生付きまとってくる、そう思った。
『本当に大事な人には死ねとか暴言はかないのが普通の人だよ、おかしいのはあなた』
『私から連絡が来るのを待ってたって言うけど、そのあとも何度かメッセージ送ってきてたよね? メッセージ取り消しとかしてダサすぎでしょ。
ミツルの方がぜったいに頭おかしいよ。他の女の子と知り合ってご飯行ってたくせに、それもなかったことにして「あなただけだった」とか笑わせんなよ。その女の子と上手くいかなかったからズルズル私のことセフレにしてただけでしょ? んでまた好きな人できちゃったの? 懲りないね。どうせまた上手くいってなくて不安だから、また私に連絡してきて「会いたい」とか言ってきたんでしょ? いい加減学習しろよ。お前のやってること全部頭悪すぎんだよ』
『母親に紹介するつもりだったとかも嘘でしょ? 騙されるかよ』
『私は病院で医師に普通の人だって診断してもらった。私はあなたのせいでメンタルが壊れたから、今病院に通ってる。カウンセリングも受けてる。
でもそれは私の心のケアのため。頭がおかしいからじゃない。
本当に病院に行くべきはそういうことが理解できないミツルの方だよ。
あなたこそ病院で診てもらったら?
ついでに私をADHD呼ばわりしたバーの店長も診てもらった方がいいって伝えておいて。私はもう絶対にあそこには行かないから』
『今までもそうやって全部人のせいにして生きてきた? 次付き合う子にも同じことするつもり? 可哀そう。バツイチの原因だってどうせ今回みたいなことだったんじゃないの? 女の子とデートには行くけど、そこから先に進展しないのだってミツルの性格が悪いのがバレちゃってるからじゃない?』
『本当なら医療費を請求したいくらいだけど、あなたともうこれ以上関わりたくないし、連絡も取りたくないから1円もいりませんので。医療費を払わせてくれとかを理由に、また連絡してこようとか考えないでね。
たとえ医療費をくれたとしても、あなたが私を病院送りにした事実は消えないよ、絶対に一生許さない』
私が言いたいことは全部送って「これが最後のメッセージです」と終わりを告げた。それまですぐ既読で、すぐ返信を送ってきていたのが既読になってから止まった。
これで完全に終わったんだ。
そう思っていたら15分以内に返信が来た。
「今までありがとうございました、お元気で」
それ以降、ミツルから私に連絡が来ることはなかった。
自分の言いたいことを全て吐き出している時に思った、
これが『モラハラ』かと。
相手の話を全て無視して、自分の物差しで測った価値観で、自分が感じたことを一方的に伝え、相手がどういう気持ちになるかも考えず、ただただ感情を押し付け続ける。
相手の意見なんて聞いてない、こっちの意見をただ吐き出すだけ。
こんなの私がしたいコミュニケーションじゃない、気持ち悪い。
>>2022.10.30
どうせ私なんかとか、頑張っても無駄とか、無駄遣いとか、飲み会行き過ぎとか、まだまだ呪いが溶けていない。
これってもしかして「自分で自分にモラハラをしている」ってことなのかもしれないと思った。心の中にあるそういうものを早く捨てないといけない。
ミツルとの別れを自分で選んで行動できた。
私はミツルと出会う前よりも成長したし、
少しだけど前に進めたんだと思う。
後退していないし、何も失っていない。
私はミツルのせいで散々傷つけられたけど、私自身についた傷なんてない。
なにがなんでも結婚したら幸せになれると思うことをやめられた。
あんなやつと結婚しなくてよかった。
結婚できなくてよかった。
◆そして “今” 私はここにいる
ミツルと会って話したことを報告してから、カウンセリングに通うのはやめた。
「スッキリした顔をしていて安心しました。会って何を言われるか心配だったけど、本当に良かったです。ここに通わなくなることが一番良いことですから。次の予約はキャンセルしておきます。でももし本当は傷ついていて無理をしているんだったら、遠慮なく言ってくださいね。今回のこと以外にも悩みがあったらすぐに相談してください。」と言ってくれた。
メンタルクリニックでのカウンセリングは、本当に私の心を軽くしてくれた。プロに話を聞いてもらうということが、こんなに普段の会話と全く違うんだということをはじめて知った。本当はもっと先生とお話ししたいと思ったけど “メンタルクリニックに通っている” という事実が私をまたネガティブにさせるような気がしたから、早めに卒業することにした。
地震が起きる度に、寝ていて地震に気が付かなくて、ミツルからの「地震あったけど大丈夫?」というメッセージにすぐ返信できなかったことを激しく責められたことを思い出した。
雷が鳴る度に、脈絡なく理不尽にミツルに怒鳴られたときと同じ気持ちになって心臓が止まりそうになった。
ミツルから言われたことが頭の中に一気に押し寄せて、胸が苦しくなって変な汗が出たりすることもあったけど、すぐに「大丈夫、だって私はあの人よりもちゃんと正しく生きている。」と思えるようになった。
大好きな料理も毎日できるようになった。
買い物も作り置きの分までしっかり計算して購入できるようになったし、毎日ちゃんと食事もできるようになったから食材を余らせるようなこともなくなった。
むしろ毎日食材を買い足すためにスーパーに寄ってから帰宅するのがルーティンになった。料理をつくるときは下処理もきちんとした。時間があるときは出汁からとって香りを楽しんだ。しっかり基本通り丁寧にやると、どんな食材でもちゃんと美味しくなった。調味料も順番通り、きちんと必要な量だけ測って入れれば、それだけでおいしくなる。
そんな簡単なことで幸せを感じられるようになった。
毎日朝起きて仕事に行き、帰ってきて夕飯を作り、明日のお弁当を作り、自分の身の回りを整える。朝はまだちゃんと動けるか不安だから、前日の夜に次の日に着る洋服や必要なものはすべて準備しておくのが習慣になった。なるべく明日に負担をかけないで、今できることは今の自分にやってもらうようにした。そうすることで昨日の自分を責める原因を排除することができた。
昨日自分が準備したものが完璧に揃っていることで、焦ることもなく心穏やかにゆっくりと朝の時間を過ごせるようになった。昨日の自分にも今朝の自分にも花丸をあげたい気持ちになった。
例え昨日の自分が完璧でなかったとしても、今の自分がカバーすればいい。
そうやって自分を認めてあげるのがきっと大事なんだと思う。
ただやっぱりふとした時に、
結婚してない
彼氏がいない
子供を産んでいない、もう産めないかもしれない
恋愛だけ上手くいかない
できないできないできない
ないないないって焦ってもがいて
全然私って幸せじゃないって、ないものばかりを数えてしまう私が居る。
でも、あるものを数えてみれば
信頼できる友達も居て
両親も健在で
心身ともに健康で
お金も自分で稼いで生きていけて
そこそこの貯金と余裕と
持って生まれた行動力がある
本当はたくさんの趣味があって
たくさんのやりたいことがあって
なんだかとっても充実して幸せに暮らしている。
“あるもの” を数えて暮らす生活を教えてくれたのもメンタルクリニックの先生で、本来行く必要が無い方がいい場所なのかもしれないけど、私はあの場所で、先生に教えてもらった事や、かけてもらった言葉は、ちゃんと宝物としてずっと覚えておくつもりだ。
結婚や恋愛に囚われていた頃の私は、幸せの形をひとつに決めつけていた。
でも今は、いくつもの幸せが身の回りに転がっていることに気づける。
そう思えるようになった自分自身の成長も、きっと “あるもの” のひとつなんだ。
【連載目次】
第1章 恋愛という名の予習
第2章 婚活パーティーという戦場
第3章 経験しか信じない男 コウイチ
第4章 婚活オンラインサロンでの学び
第5章 合コンという社交場の裏側
第6章 完全無欠の遊び人 タケル
第7章 マッチングアプリという“カタログ恋愛”
第8章 個人主催パーティーの甘い罠
第9章 SNS婚活の“自由”と“偏見”
第10章 ミツルの洗脳
第11章 結婚相談所という最後の砦
第12章 『婚活うつ』という終着駅
第13章 独身偽装男 リョウスケ
第14章 結婚しなければ、という呪い 『婚活依存症』
第15章 ギャンブル借金浮気男 マコト
第16章 自称婚活中の男 マサヤ
第17章 私は、婚活をやめた




