第10章 ミツルの洗脳② ——優しさと支配のグラデーション、自己否定がピークに達する恋愛
>>2022.04.29
ミツルの職場の友達と一緒に食事をした。
「大丈夫? 困ったことない? ミツルはめんどくさいから、なんかあったら言うんだよ、何かあったら絶対私たちはあなたの味方だからね」と言われた。
みんなミツルがキレやすくてワガママなのは知っているみたいだった。
ミツルはこの日、友達に私のことを “彼女” と紹介してはくれなかった。
それでも友達との飲み会に私を連れていくんだから……なんだかよく分からない。
>>2022.04.30
ミツルのお友達夫婦のホームパーティーに招かれた。
お友達といる時ならミツルは怒らないからいい。
帰ってからも「今日は気を使ってくれてありがとうね。」と言ってくれる。
ミツルにとって、人当たりが良くて誰とでも仲良く話せる私のような性格の人間はとても重宝したんだと思う。
ミツルはどこに行っても何かしら誰にでもキレるから。
電車の中で電話している男性に「電話やめろよ!」と注意して口論になり、電車を降りろとケンカを売られ、そのまま駅のホームでケンカになったこともあった。駅員さんが仲裁に入ってくれて大事にはならなかったけど、私はとても怖かったのでミツルに「いかにも危なそうな人に注意するのはやめてほしい。」と伝えたけど、「なんで? 電車の中で電話してる方が悪くない?俺の方が間違ってるって言いたいの?」と結局私まで怒られた。
路上喫煙している人にも「くさっ! マジで何考えてんの、死ねよ!」とか平気で言うし、女の人がタバコをポイ捨てしているのを見つけたときは「おいブス、ポイ捨てすんなよ、お前だよブス!」と言ったりした。
酔って帰るときもバス停の看板や駅の壁を蹴っ飛ばしたり、雨の日はなにかでイラついたのか傘をバキバキに折って帰ってきたこともあった。
いつも私だけにミツルが怒っているわけでは、決してないのだ。
>>2022.05.05
少しずつだけど、自分の心の整理もついてきて、ミツルからちゃんと離れた方がいいと思い始めてはいたけど、毎日電話をして、週に4回とか3回とか会っていたこともあって、この日久しぶりに1人で休日を過ごして、すごく寂しかったのを覚えている。
ミツルとは離れたいけど、キレてない時は普通で、一緒にいて楽しいこともたくさんあって、なにより自分のことを好きと言ってくれる男性はミツルだけだったから、誰かに必要とされている自分を失いたくはなかった。ミツルが居なくなったら、私は恋人がいないただの独身に戻ってしまう。ミツルにどんな罵声を浴びせられていても私はそれの方が怖かった。
「なんで1時間も風呂に入ってんだよ」
「俺はもっと電話したかった、元カノはもっと電話してくれたのにお前はなんなんだ」
「もう別れたい」
「ごめん、俺が悪かった、もうしないから許してほしい」
「お前といると頭がおかしくなりそうなんだよ、もう俺にかまうな」
「地震があったのに心配の連絡をよこさない彼女ってなに?」
「喧嘩したんだから次のデートは無効だよ、そんなこともわからないの?」
「お前、頭おかしいよ」
「もう連絡してくるな」
「なんで連絡してこないんだよ」
「この前約束してた日、無理になった。友達と遊びに行くから」
「また遊びに行くのかよ、お前の金銭感覚どうなってんの?」
「来月はいっぱい遊ぼ」
「やっぱ無理、もう会わない」
こういったやりとりが数日の間に何度も発生する。
でも私にとってはやっとできたパートナーなのだ。
ここでもし別れたらまたパートナー探しからのスタートだ。
真っ暗闇の中を出口も見えないのに歩き続けるような、あの場所に戻らなきゃいけない。
ここであきらめていいのか。我慢しなくてどうする。今までそうやって我慢しないで努力を怠ったから結婚できなかったんじゃないのか?
もう35歳になってしまう私を好きになってくれる人なんて現れないかもしれない。私がしっかり支えてあげて、安心させてあげれば、彼のメンタルも落ち着いて関係も落ち着くはずだ。私が彼を安心させてあげられないからいけないんだ。今まで結婚できなかったのだって私が至らなかったことが原因だし、ここが頑張り時だ、負けるな。今度こそ結婚するんだ。
そう自分に言い聞かせた。
あまりにも気持ちが落ち込み過ぎたとき、私が連絡をしたのは親友の京子だった。安定して私のことを理解してくれて的確なアドバイスをくれる。
一言で終わらせないで、共感して、励ましてくれて、意見を言ってくれて、でも最後は私の心配をしてくれる。
同じことで悩んでいる私の話を何度も何度も聞いてくれるし、暗くならないように面白いツッコミを入れて、誰も傷つかない笑いに変えてくれる。
京子が居なかったら私はとっくに壊れてしまっていたんじゃないかと思う。
私が私を保っていられたのは京子のおかげだ。
>>2022.05.11
お料理教室でクッキーを焼いた。ミツルは甘いものがあまり好きじゃないことは知っていたけど、上手くできたから、食べて欲しいなぁと思って、小さい箱に詰めて、かわいくラッピングをして渡した。
「は? 俺が甘いもの嫌いなの知ってて持ってきたの? 嫌がらせ?
いらないんだけど。俺食べないよ?」
ちょっとだけでも喜んでくれるかなと思ったけど、仕方ないよね。
「ってかさ、俺やっぱり別れた方がいいと思うんだよね。俺も前に進みたいっていうかさ、まぁ女の子にご飯誘われてさ、今度食事に行くことになったから。あなたが居たら集中できないから。だからあなたも他の男と会っていいから。そういうことだから」
突然そう言い始めた。だから最近私と会わない日が多かったんだ。
たぶんもうミツルは何回かその子と会ってる、女の勘。
「やっぱり付き合うのはいいんだけど、結婚とかは考えられないし。お互い前に進んだ方がいいと思うんだよね。」
本当に何をやっても報われない。
また恋人を他の女性に奪われてしまう。
それも全部私のせい。私が至らないせい。
気が利かないせい、分かってないから、頑固だから、イライラさせるから。
そういうとこがダメ、自己中、相手の気持ちを考えてない、頭おかしい、私が全部悪い。だからこうなる。
もう真っ暗だった。
ここで私が「分かった」というのが正しいのか「待ってよ」と引き留めるのが正しいのかも、このときの私には判断ができなかった。
私が何も言えずに黙ったままで居ると「まぁとりあえず俺は前に進むからさ。」とミツルが言った。
>>2022.05.14
ミツルは他の女の子と食事に行くと決まってからずっと機嫌が良くて「お互い前に進もう」と言ったくせに、次の日には私に連絡してきたし、いつも通り電話もかけてきた。
どうやら私は都合のいい女になりさがっただけだった。
「一緒にライブ行く約束してたの忘れててバイト入れちゃった。店長にどうしてもって頼まれたからさ」
今度ミツルが食事に行くと言っていた女の子とはバーで出会ったらしかった。きっとその子と会う約束でもしたんだろう。
「ライブ行けなくなってごめんね。」なんてもちろん言われない。
チケット代だって負担してくれない。だからって友達を誘ったら、きっとまたミツルは怒るだろう。
1人でライブに行って、私の隣の席は空いてて、笑えないなぁと思った。
ミツルも少しは申し訳ないと思ったのかメッセージをいつもより多めに送ってきたけど、メッセージだってすぐ既読にして返信しないとミツルがキレるから、ミツルからのメッセージなんて来ない方が良かった。ライブ中でも返さなきゃ、また怒られる、と思ったらなにも集中できなかった。
好きなライブを観に行けただけでも幸せって思わなきゃ。
今までライブを観に行くことも許してもらえなかったんだから。
>>2022.05.22
ミツルがアルバイトをしているバーのお客さんに会った。
「最近ミツルとは連絡とってるの?」
「はい、毎日連絡とってますよ。昨日も会いましたし。」と私が答えると、
「え? ミツルからもう別れたってこの前バーで聞いたよ?」と言われた。
なるほどね、と思った。だから女の子から食事に誘われたんだ。
翌日ミツルから電話が来て「別れたことになってるから、まだ関係が続いていることとか言いふらさないでもらえる? ってかそういうの人に言わなくて良くない? それ言ってどうなるの? もうちょっと考えなよ、そうやって人に言いふらすならもう本当に終わりだから。」と言われた。
やっぱり悪いのは私みたいだった。
「あなたは友達だと思って俺とのことを相談したつもりかもしれないけど、結局こうやって俺のとこに話まわってきてるわけじゃん。その意味わかる?お前が味方だと思ってる人も、お前の味方なんかじゃないんだよ、友達でもない。俺の味方で、俺の友達なの。ほんとバカすぎ。」
終わりなら終わりでいいし、
なんならミツルの中では別れたことになってるんだから、
もう構わないで欲しいのに。
電話も、メッセージも、「今日は家来ないの?」も「明日なら会えるよ。」も言わなくていいし、もうほっといて欲しいのに。
シカトするとキレて、もう別れると騒ぎ始める。
私はどうするのが正解なんだろう。
>>2022.05.23
ミツルと会って2人で話した。
「俺は前にも話したけど、もう別れて前を向きたいと思っている。あなたのことは好きだけど、やっぱり信用できないから結婚は考えられない。俺は結婚がしたいから、あなたと付き合っていくことはできるけど、それでは意味がない。あなたも俺のことは忘れて前に進んで欲しい。」
もっともらしいことを言い放つ目の前の男を見て脱力した。
他の女が見つかったらこれだ。
結局すぐに私との関係をきっぱり切らないのだって『新しく夢中になれる女性と付き合う確証が得られるまで私をセフレとして繋いでおきたい』ための時間稼ぎで、私とちゃんと向き合ってくれるための時間じゃなかったのだ。
私が黙っていると、それが気に入らないみたいで、またミツルは機嫌を悪くした。言いたいことを言い終わったなら、立ち去ってくれれば済む話なのに。私に何を求めているんだろう。
「もう俺に縋るなよ、うざいんだよ、別れろって言ってんだろ」
縋ってもないし、別れたくないなんてって言ってないけど、ミツルの機嫌が悪くなるのは、やっぱり私のせいみたい。
ミツルと居ると自己肯定感がさがる。
なにをやってもダメなんだって思う。
死にたくなる。
ただ愛されたいだけなのに。
優しくされたいだけなのに。
なんでこんなにつらい目に合わなければいけないのかわからない。
「お前まじでなんなんだよ!」
ミツルが怒っている。
私はミツルのことを好きになったから付き合った。
だから本当はケンカも言い合いもしたくない。
なにを、なんて伝えたらいいか言葉を探すけど、本当に見つからない。
「別れたい、無理、帰れ、死ね、顔も見たくない、連絡してくるな、執着するな、構うな、自己中、頑固、なんか言えよ、人のせいにするな、俺の気持ちを無視するな、そういうとこだぞ、話すことなんてない」
今までミツルから言われた言葉がたくさん思い浮かんで、何を伝えようとしても全部否定されていく。
ただ一緒に楽しく過ごしたい。
すぐにキレるのをやめて欲しい。
怒らないで欲しい。
付き合っているのがつらい。
ミツルと居ると悲しいことばっかりなんだ。
「私たちは、距離を置いた方がいいんだと思う」
私が発することができたのはそれだけだった。
今まで「別れよう」と言っても「別れたくない」と言っても怒られ続けた私が言葉にできる、それが精一杯だった。
ミツルは、はじめは納得していないようなことを言っていたけど、結局「まぁそれでいいならいいけど。」と冷めた態度をとった。
そして駅に向かって歩いていると、「今日、家来るよね?」と言ってきた。
「なんで帰るの」「帰らないで」「ひとりでいるとどうしていいか分からないから一緒に寝て」「家も荒れててつらい」「冷たくしてごめんね、優しくしなきゃね」などと言う。
ああ、また始まった。
>>2022.05.29
私の誕生日目前。ミツルは例の女の子とまた食事をしたらしい。ちなみにバーの常連客の話によると、その女の子はミツルの他にも3人並行してバーの客である男性とデートしているとの噂だった。
ミツルはあれだけ私と「別れた」とか「俺はもう前に進みたい」とか騒いでいたのに、私に連絡してきて「俺は騙されていた!」と愚痴を言い、何事も無かったかのように振る舞った。
もううんざりだった。
>>2022.06.01
私の誕生日。仕事の昼休憩中にミツルから連絡が来て、
「今日なんか予定あるの?」と聞かれた。
「特にない、普通に平日だし、家でゆっくりする。」と答えたら、
「俺今日恵比寿で合コンなんだけど、それまで時間あるから恵比寿来れば?」と言われた。
私はたぶんはじめてミツルに対して本気で怒った。
今回はミツルが100%悪いという自信があった。
「ふざけるな、今日は私の誕生日なんだよ。
なんで合コンまでの暇つぶしに使われなきゃいけないの?
ってか合コンってなんだよ、調子乗んなよ。
なんで私が合コン会場の恵比寿に行かなきゃいけないんだよ。
ふざけるのもいい加減にしろ、もう連絡してこないで」
今まで従順に振舞っていた私が突然キレたのでミツルも焦ったのだろう。
「そんなつもりじゃないんだ、恵比寿にちょっと良さげなお店があって誕生日だからそこに連れて行ってあげたかったんだ。それに俺たちはもう付き合ってないから、そんな本気で祝ったらダサいじゃん? 分かるでしょ?」
話にならなかった。もう本当に連絡してほしくなくて、私はミツルのメッセージを無視した。もう本当に終わりが良かった。
>>2022.06.02
次の日の昼前にミツルから着信があった。いよいよ別れられると思ったらミツルが「昨日はごめん。」と謝ってきた。ミツルが悪いと散々みんなに怒られたんだそうだ。
その後もメッセージがずっと届いた。私のご機嫌をとっているつもりのようだった。携帯の電源を切ろうかなと思って居たときに涼介くんからメッセージが届いた。
「誕生日おめでとうございました。昨日は素敵な誕生を過ごせましたか?」
人生最悪の気分だったなんて言えない。
「昨日スーパーに行ったらアボカドがいつもより高くて買えなかったよ。」
とくだらないメッセージを返したら
「それなら育てるしかないですね。」と返ってきた。
「今ネットで調べたら、アボカドって実がなるまでに5~15年かかるらしいよ!」
「それは待つしかないですね。きっとおいしいですよ」
くだらな過ぎて笑った。
こういう何気ないことを恋人と一緒に思い出に変えていけたら良かったのに。
>>2022.06.06
ミツルからまた連絡があった。
「美味しいサムギョプサルのお店があるんだ。この前お誕生日ができなかったからご馳走したい。」と言う。
もう誕生日のことは電話で謝ったから終わりということになっているんだと思う。私はサムギョプサルが好きだなんて言ったこともないし、人生で「今日はサムギョプサルが食べたい気分だわ」と思ったこともない。むしろ新大久保で無理やり食べさせられてからサムギョプサルが大嫌いだ。
どうせまたミツルが食べたいだけだろう。
俺は最近こんな事があった、こんなことを聞いた、ねぇどう思う?
そういうミツルの話を聞いてあげて、大げさにリアクションをとる。
そうしていたらニコニコして楽しそうで怒らないしケンカにならない。
幸せ風な時間。いつまで続けるつもりなんだろう。
>>2022.06.07
昨日酔った勢いでミツルに言われたこと。
「別れてからも身体の関係を持っていることを人に相談するのは良くない。今後も人に言うならもう会いたくない。会っているのはそっちが俺に縋ってるからだし、俺は情で会ってるだけだから。俺も好きだから時間つくるし、会いたいと思うから会うけど、情だから」
「家買いたいけど、俺会社変わったばっかりだからローン組めないんだよね。あなたローン組んでよ。結婚するか」
「俺が好きとか言うから期待してるって言うなら、俺は嫌いってことでいい。連絡も取らないでいい。連絡して来ないで欲しい。早く他の人と付き合えばいい。俺はあなたに裏切られたと思っているし、その気持ちは1、2ヶ月でどうこうなるものでも無いから焦ってるならやめといた方がいい」
これを短時間に同じ人の口から聞くのだから、こちらの頭がおかしくなるのは当然だと思う。ずっと何を言っているのかわからない。
私から連絡したことなんてあった? 裏切られたって何だろう?
結論「私を彼女からセフレに降格させたことがバーの友達にバレたら立場がないので、私とのことは誰にも知られたくない。でも、たまに会ってヤる関係は維持したい。どうせ私には新しい彼氏ができないと思っている」ということだろう。
「あなたは人生で結婚できずに死にます。」って
今神様が教えてくれたらどんなに楽なんだろう。
結婚ができるかもしれないと期待して暮らしているから毎日がつらい。
免許の更新のたびに、自分の変わらない名字に腹が立つ。
アパートの契約更新のたびに、独身の記録も更新した気持ちになる。
こんな男とでも、もし結婚したら、
今より少しは惨めじゃなくなるんだろうか。
>>2022.06.08
またバーの友達に「私とは別れたはずなのにまだ関係が続いていることを責められた」らしく朝から怒りのメッセージが私に送られてきた。
「あれだけ言うなと言ったのにまた言いふらしているのか。あなたとは結婚できない、また同じことをする、信用がない。」
大体別れたあとも会っている時点で身体の関係があることくらいみんな察するのに、全部私が人に言いふらしたせいにされるのは心外だ。
そんなに責められるのが嫌なら本当に会わなければいいだけだし、こうして連絡をしてこなければいいだけなのに、自分から連絡をしてきて、会う約束を取り付けて、会ったら平気で家に誘うし、ヤる。
それが真実なのにミツルの中では「私が元彼であるミツルに縋って、好きで追いかけて、セフレになって、それでもあきらめなくて、友達にグチグチ言っている」ことになっているんだろう。
私からミツルに連絡をしたことなんて付き合った当初から一度もない。
いつも私が返信をしてなくても、ダラダラとミツルがメッセージを送ってきて、勝手に電話してきて、返信が欲しいときに返信がなかったり電話に出られなかったりしたら怒り出す。
縋った覚えなんてない。全部怒られたくなくてやっていただけだから。
私はもう本当は、ずっと前から、綺麗に別れたいだけなんだから。
>>2022.06.10
朝から憂鬱だった。
ミツルと出会ってからこれで5回目の扁桃炎。病院で原因不明と言われたので、たぶんストレスが原因なのだろうと勝手に思っている。
扁桃炎になると喉が異常に痛くなって唾を飲むことさえつらい。水を飲むのも激痛なので食事はほとんど食べられない。病院に行って抗生物質を処方してもらう。抗生物質を飲めば3日で治るけど、その間はお酒が飲めない。
ミツルに「今薬を飲んでいるからお酒が飲めない。」と話したら「なにそれ、つまんない。ってか薬飲んでるとか体調悪いアピールするのやめてくれる? こっちまで体調が悪くなりそう。ごはんが美味しくなくなるんだけど。」と怒られてから、一度も扁桃炎については話していない。
それからは怒られたくないので、扁桃炎になってもミツルと会うと分かっている日はお酒を飲まなければいけないから、一旦抗生物質を飲むのをやめて激痛に耐えて食事に行き、また次の日から抗生物質を飲むようにして凌いだ。そうすると治るのが遅くなってしまうのだけど、ミツルと会うことを断ることはできないし、食事を断ることもできないし、お酒を飲むことを断ることもできない。
怒られて、否定されて、存在価値がないという扱いを受けるくらいなら、心も身体も激痛に耐えるしか選択肢がなかった。
扁桃炎なんてミツルと付き合う前になったことはないし、実際ミツルと別れてからは一度も罹っていない。
精神的にも身体的にも限界だったんだと思う。
>>2022.06.16
幼馴染の京子と居酒屋へ行った。
いつものように「もう別れる!」と言い出したミツルに、すべての連絡先をブロックされていたから安心していたらミツルから連絡が来た。
「今何してる?」
「友達と食事してる」
「は? また飲み行ってんのかよ」
もう別れると言ってブロックしておいて、なぜ文句を言われなければいけないのだろう。
「もう無理。連絡して来るな。」
勝手にブロックして、
勝手に連絡してきて、
今度は連絡して来るな、ですか。
「死ねよ」
もう私への暴言もネタが尽きたんだろう。
「分かりました」
そう送って、京子にミツルとのメッセージのやりとりを見せた。
「好きな人のことを悪く言われたくないと思うけど、私は、その男のことは嫌いだな」
京子がそう言った。
>>2022.06.28
久しぶりにミツルと会った。
メッセージと電話で謝罪をしてきて、会って話したいというので、いつものように突然呼び出されたりするのは嫌だと言ったら、ちゃんと事前にこの日と約束をしてくれた。
「ここの定食、ぜんぶ量が多いらしくて1人じゃ食べきれないみたいなんだよね」
素直に一緒に行こうって言えよ、と思ったけど無視。本当に量が多くて大変だったけどなんとか食べきったら、お酒を飲みに行こうと居酒屋へ歩き出した。私はおなかいっぱいだがミツルはよく食べる。
「せっかく頼んだんだから食べてよ、なんで食べないの?」
お腹がいっぱいだからに決まっている。
これまでずっと週に4回会うとか、毎日電話するとかだったから、2週間ぶりに会うのが新鮮で「ああ、やっぱり私この人と一緒にいると疲れる。」と思った。
久しぶりに会ってもなにも変わっていない。きっとこの先も変わることはないんだと思う。
>>2022.07.03
ミツルは誰かに必要とされるのが大好きだった。バーの店長はそこに漬け込むのがとても上手かった。ミツルの相談事を親身になって聞き、電話もメッセージも私よりも多くやりとりしている様子だった。
「ミツルくんはすごいよ。かっこいい。人望があるし、お店を手伝ってくれて助かるよ。みんなミツルくんに感謝しているよ。ミツルくんが居る日はお客さんがたくさん来てくれるんだ。次はこれを手伝ってくれないか」
ほぼ寝ないでバーの手伝いに行く日もあって、毎日バーでお酒を飲んで帰ってくる。
「ちょっとバーで働き過ぎなんじゃない?」
私がそう言うと、ミツルはすごい剣幕で怒りはじめた。
「なんでお前にそんなこと言われなくちゃいけないんだよ! お前になにか迷惑かけたか? 俺がやることにケチつけんじゃねぇよ、彼女でもねぇくせに! どうせお前だってその辺で飲み歩いてんだろ? うるせぇんだよ!」
私はミツルの体調を心配して言ったつもりだったが、そんなことは関係なかった。
「そうだよね、なんだかんだ言って私はセフレだもんね」
ケンカした時にミツルを黙らせるのにはこれが効果的だった。それまでどんなに怒り狂っていても、これを言うとピタッと静かになる。
「なんでそんな事言うの、違うよ、ちゃんと考えてる。他の女の子からのお誘いも全部断ってるし、本当にあなただけなの、そんな事言わないで」
それまでの態度が噓みたいに大人しくなった。気持ち悪い。
>>2022.07.08
毎日毎日、メッセージも電話もただひたすらミツルの話を聞くばかり。
最近はバーの話ばっかりだ。
「あなたとヨリを戻したいってみんなに相談してるんだ。でもまだ正直不安。好きだし、ここ最近出会った女の子で1番信用も信頼もしてる。彼女としては完璧だと思う。一緒に居て楽しい。でもケンカばっかりで上手くいくのかなぁって思う。一緒に住んだら変わるのかな」
彼は二重人格か何かなのかもしれない。
>>2022.07.10
ミツルから連絡が来ることが増えた。
バーでお客さんにもキレるようになったらしく、
「俺最近イライラが止まらないんだよね、店長にもキレるなって注意されてて、どうしちゃったんだろ。」と言い出した。
前からずっとキレやすかったよ? 今更ですか?
先日はなにがあったのか詳しくはわからないが、怒ってバーの壁を蹴飛ばして穴をあけたらしいし、また別の日は気に入らないことがあったと言う理由で怒りはじめ、アルバイトの途中で帰ってしまったらしい。
キレるペースも上がり、暴言のレベルも加速していた。
この頃には私も精神的に限界に達していたので、キレられた翌日は、朝身体を起こすことも出来ないくらい消耗していて、会社を休むようになっていた。
夜眠るときはなんとか眠れるのだが、朝起きたときに昨日のストレスが目の前に一気に押し寄せてくるような感覚になり、目が覚めた瞬間から涙が出た。
そんな自分も嫌で、誰にもそんなことは相談できず、ただ家のベッドの上で太陽が昇って月がでるのを眺めていた。
>>2022.07.30
「お前も俺のためにバーに通うとかしたら? 俺に会うためにバーに通ってくれる女性客も居るんだよ? なんでお前はそれくらい頑張らないわけ? 本当にかわいくないよね」
ミツルがしつこくそう言うので、ミツルにキレられる前に、私は仕方なくバーに顔を出さなくてはいけなくなった。
バーの店長に会うのは久しぶりだったが、私のことも、私がミツルと関係があることも知っていた。ミツルとかなり連絡を取り合っているので、たぶんなんでも知っているんだと思う。
私は店長の分のお酒も注文し、乾杯した。
「いつも君の話はミツルくんから聞いているよ! それで思ったんだけどさ、君ってADHDじゃない? 俺もそうなんだけどさ、なんか普通じゃないよね!」
店長はそう言って、まるで面白い冗談を言ったかのように笑った。
その瞬間、私の中で最後の薄皮一枚で保っていたメンタルが一気に破れた。
本人を目の前にしてそんなことを言えるということは、きっと私がいないときにも、ここでは私のことを笑いものにしているのだろう。
ミツルもきっと「頭のおかしい女」として語っているに違いない。
目の前で私が傷ついているのを見ていながら、
「店長がそう言ってるんだから、そうだよ」とミツルは笑いながら言った。
世界が狂ってると思った。
でも、本当に狂っているのは私の方なのだろうか?
だって、みんなが私を変だと思っているのだから。
カナも、ミツルも、店長も、
そして、これまで私を選ばなかった男たちも。
結局、私は “恋愛の失敗” ばかりを積み上げてきただけの、変な人間なのかもしれない。
私の心はもうズタズタだった。
何も言わずにお店から出ると、それを追いかけるようにしてミツルもお店から出てきて「一緒に帰ろう。」と言った。どこに帰るっていうんだろう。
まさかこのまま自分の家にまた連れて行く気なんだろうか。
この人達にとって「人を傷つける」とかいう概念はないんだろうか。
おかしいのは本当に私なんだろうか。
もうこれ以上、私は、私のことを悪く言われるのは嫌だった。
>>2022.08.06
ミツルと居ない時でも小さなミスをしたり、会社で誰かが怒っている声を聞くだけで鳥肌が立って、自分が責められているみたいに感じるようになった。大きな物音や誰かがいきなり立ち上がるだけで寒気がした。
怒られる。責められる。
また私何かした? 気に触ることした?
私が悪い。
私はおかしい。
死んだ方がいい。
ミツルのために良かれと思ってした事も、何も報われなくて、どんなに頑張っても無駄で。こんなに何をやってもダメなこと経験したことなくて頭がパンクしそうだった。コロコロと変わるミツルの機嫌に合わせるだけで、私の精神はすり減っていた。
次の日仕事なのに、夜中に電話で散々ミツルに怒鳴られた。
私がミツルからの連絡を15分以内に返せなかったからだ。
泣いて泣いてやっと眠ったけど、朝、目が覚めた瞬間からまた涙が出た。
夢の中でもずっとミツルに怒鳴られていた。
「なんで人の気持ちが分かんないの? 本当に無理、死ねよ、病院行けよ、頭おかしいんだよ、みんな言ってるよ、お前が変なんだよ、怒らせるお前が悪いんだろ、泣けばいいと思ってんだろ、好きだから言ってるんだよ俺は、何度言ってもわかんないやつだよな、もう連絡してくんなよ、ブロックするからな!」
電話越しでも夢の中でも、怒っているときのミツルの顔がハッキリと目の前に浮かんだ。怖くて起き上がれなくて、目も開けられなかった。目を開けてしまったら目の前に居るような気がした。ベッドの中でただ泣くことしかできなかった。涙は目を閉じていても流れ続けるんだと、この時はじめて気が付いた。
家を出る時間になっても涙は止まらなくて、このままではメイクもできないし、何より身体が動かない。
また会社を休むことにした。
もうこれで何回目か分からない。
会社に電話してから日が暮れて夜になるまで、ずっとミツルの言葉が頭から離れなかった。何もできなかった。料理も掃除も着替えもゴミ出しもできないし、食欲もない。そういえば朝からトイレにも行っていない。身体がすべての機能を停止させたみたいだった。
そうなってしまった自分が嫌だった。会社を休んで迷惑をかけて、なにもできなくて、変な自分だけが常に存在していて、ただただ泣いていた。
>>2022.08.17
前日にミツルに怒られたとかではなく、普通に寝て、普通に起きた、普通の朝だった。
朝起きて目は覚めるけど体を起こすことができなくて、気がついたら家を出る時間で、気がついたら電車に乗らなきゃいけない時間なのに、涙が止まらなくてそのまま会社を休んだ。
昨日は朝から機嫌が良くて1日元気に過ごせていたのにな。
ミツルのことを知らない人と会話しているとき、ちゃんと会話できている自分に安心できた。ミツルに友達と会うことを許してもらえないから、そういう機会は減っていたけど、会社に行けばいろんな人とくだらない話をできる時間があって救われた。
ミツルには「頭がおかしい。」と否定され、
友達に相談すれば「そんな男と別れないあなたが悪い。」と責められ、
結局どこに行っても悪いのは私で、自業自得で、
会社を休んでまた迷惑かけて、本当に私なんて死んだ方がいいと思う。
そんな私に「おはよう。」と毎日連絡してくれるのはミツルだけだった。
【連載目次】
第1章 恋愛という名の予習
第2章 婚活パーティーという戦場
第3章 経験しか信じない男 コウイチ
第4章 婚活オンラインサロンでの学び
第5章 合コンという社交場の裏側
第6章 完全無欠の遊び人 タケル
第7章 マッチングアプリという“カタログ恋愛”
第8章 個人主催パーティーの甘い罠
第9章 SNS婚活の“自由”と“偏見”
第10章 ミツルの洗脳
第11章 結婚相談所という最後の砦
第12章 『婚活うつ』という終着駅
第13章 独身偽装男 リョウスケ
第14章 結婚しなければ、という呪い 『婚活依存症』
第15章 ギャンブル借金浮気男 マコト
第16章 自称婚活中の男 マサヤ
第17章 私は、婚活をやめた




