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第9章 SNS婚活の“自由”と“偏見” —— 婚活キャラになっていく私

私は34歳になろうとしていた。

アプリもダメ、婚活パーティーも合コンも期待薄、怪しげなパーティーに行くのも疲れてきた。私は次の出会いの手段として「SNS婚活」に手を出すことにした。


◆SNS婚活の「メリット」と「見えない落とし穴」

SNS婚活の面白さは、気軽さと距離感。そして、婚活という枠を超えた

“日常の発信” ができること。だが同時にそこは自由すぎるジャングルでもあった。


 ◎よかったこと

  · 相手の「空気感」や「価値観」がポストから分かる

  · 自然なやり取りから恋愛に発展しやすい

  · オフ会を通じて共通の友人ができる

 ×しんどかったこと

  · “婚活キャラ” にされてしまうことへの違和感

  · 投稿を見た赤の他人に上から目線で意見されるストレス

  · なんの根拠もないアドバイスが飛んでくる情報過多地獄


SNS婚活のメリットは「自然な出会いに似ている」という点だと私は感じた。自分以外の人との関わりもフォロワーの数やリプライなどで知ることができるし、日常でふと感情が動いたことをポストしてくれると、人柄が垣間見えることもある。現実の世界で人を好きになるプロセスをSNSの世界で疑似体験するような感覚だ。だからこそマッチングアプリは開くのが億劫になってメッセージを返すのが面倒になることがあっても、SNSは特に面倒だと感じなかった。

SNSで仲良くなっても直接会うのがなかなか難しいのではないかと思われるかもしれないが、DMで少々メッセージをして会う約束を取り付ければいいだけなので、お互いに会ってみたいという気持ちがあればマッチングアプリとやっていることは変わらないだろう。普段からお互いのポストを見ている分、マッチングアプリよりも会ったときの会話に困らないのは大きなメリットかもしれない。


またSNS婚活では「オフ会」というものがあり、たまに誰かが企画してくれてフォローしている者同士が集まる場に参加できる機会がある。もちろん自分が企画してもいい。

新たな出会いは自分が行動すればその分巡ってくるし、出会いの分母を増やせば自分が好きだと思える人に出会える確率も、自分のことを好きだと言ってくれる人に出会える確率も上がる。とにかくなんでもやってみるのが私流だ。


◆「こじらせる」には理由がある

SNS婚活は、出会いとしての活用方法の他に、私が婚活オンラインサロンで一番活用していた「会員限定のSNS」のように自分の婚活記録をポストすることができるのもメリットだと感じた。同じ悩みを抱えるフォロワーからのリプライが励みになる。

リアルの世界ではどうしても婚活をしていることを「恥ずかしいこと」とか「話す必要のないこと」だと思ってしまうけど、婚活をしている自分を受け入れてもらえるSNSの世界は現実逃避するにはちょうどいい。


結婚したいという気持ちに前向きになり、自分の将来の理想を現実にするための活動をしていることは、本来とても良いことのはずなのに、婚活をしていることを隠して暮らすこと自体が、自分のことを否定してしまう原因だったのかもしれない。

リアルの世界では「結婚なんて考えていません」というようにクールな印象を周りの人に与えられるように自分を偽っている部分があった。しかし婚活の場では「結婚がしたいと思っています」とアピールしなくてはいけない。

リアルとSNSとの乖離が、心を不安定にさせていた。


婚活アカウントの中には過激なポストを繰り返す人もいた。


「年収600万以下は恋愛対象外」「35歳超えたら女として終わり」

「身長170cm以下の男に価値はない」「男は黙って女に奢れ」


そういう投稿がリポストされ、注目され、炎上するのを見て

「これはもはやエンタメなんだな」と冷めた気持ちにもなった。


真面目に婚活を頑張っていたはずのアカウントが、いつの間にか『異性のことを見下した発言をし始め、他人から見たらそんな人選びたくないと思われてしまうような人間になってしまったとき』その人のことを「変なこじらせをしたな」と思った。


たぶん「自分が誰かを選ぶ」という行動が、やがて「自分に見合う相手でなければならない」という歪んだ自己評価へと変化してしまい、その結果、他人を見下したり、高圧的な態度を取ったりすることに抵抗がなくなってしまうんだと思う。

「自分は正しい」と信じて、たくさんの人の目に触れるSNSの世界にポストし、いいねをもらうことで、自分が承認される感覚になる。

「どうせ自分は選ばれないだろう」「どうせ傷つくなら、先に相手を貶めておこう」といったふうに、婚活で傷ついたり、疲れたりした経験から、自分を守るために “攻撃” が最大の “防御” となり、結果として普通の人から見たら「どうしてそんなひどいことを言うんだろう」と思われるような発言をしてしまう。

婚活がそうさせるのか、以前からそうなのか、その境界線は難しい。


そういう投稿をする人も大体30歳を過ぎた立派な大人で、婚活中と公言しているという点では、私と同じカテゴリーに属する人間だと思うとゾッとする。

目的が婚活から『承認欲求を満たすこと』に変わってしまっているようにも感じた。

婚活をしている自分をキャラクター化してしまっているようにも見えて、

「私もこうなっていないか」と不安になることもあった。

真剣に婚活をしている人も居る中で、婚活している自分をキャラクター化してしまう人がいると「結婚をしたがっているのに結婚できずにもがいている哀れな人間のエンタメ」として婚活アカウント全体が消費されてしまうようにも感じて悲しくなった。


◆自称アドバイザーと “婚活評論家” たち

さらにやっかいだったのは、“婚活アドバイザー” を名乗る謎のアカウントたちの存在だった。

「理想が高すぎますね」

「ちょっと重いんじゃないですか?」

私の投稿を読んで、頼んでもいないのに “添削” してくる人たちがいた。

もちろん有益なアドバイスもある。でも私は私なりに考えて行動しているし、相手のことだってちゃんと見ているつもりだ。それなのに勝手に「恋愛偏差値」をジャッジされる感じがして気が滅入ることもあった。

たった140文字以内のポストだけを見て、頼んでもないのに “無料カウンセリング” されるのは気分がいいものじゃない。


一番怖かったのは、婚活をし続けた人達が「婚活評論家」に変身し、他人の婚活に口を出してくることで、自分が “何を信じたらいいか分からなくなる”ことだった。

「“趣味:サウナ” と書いている男は地雷率が高い」

「3回目のデートで告白されなければ脈なし」

「奢らない男は結婚してからもケチだから選ばないほうがいい」

こういう根拠のない “誰かの正解” がどんどん押し寄せてきて、自分の認知が歪む感覚があった。


結婚相談所の話になったときに「相談所というものは……」と細かく説明してくれたアカウントが居たので「相談所で活動してどれくらいですか?」と尋ねたら「僕は相談所に入会したことがありません。SNSで情報収集しているだけです。」と言われて頭がクラクラしたことがある。

SNSで得た知識を、あたかも自分の経験からくる確かな情報かのように語る人が居るなんてありえない。


婚活の知識があることが何になる?

有名な婚活アカウント……ってなに?

それで結婚できるの? できないよね??

結婚するのに必要なのは、婚活の知識でも承認欲求でもない。気づけ。

婚活に染まるな。


あまりにも偏った意見ばかり言うアカウントはミュートするようにしたし、しつこくリプしてくるアカウントはブロックすることにした。そうでないと自分のSNSが過激投稿でいっぱいになってしまいそうだった。

自由で楽しい出会いの場でもあるけど、同時に「恋愛観を上書きされてしまう危険な場」でもある。その空気に飲み込まれたら、自分が何を望んでいたかさえ見失ってしまう。


でも、そんな世界の中でも、共感してくれる人や支えてくれる人もいた。

「分かるよ」

「私も同じ」

「気にしなくていいよ」

そんな言葉が画面越しに届くたびに、私は救われていた。SNSは狂気も優しさも混在する場所。だけど、だからこそ “つながり” があるように感じられたのかもしれない。


私はそこで「麻衣ちゃん」という婚活友達ができた。はじめはオフ会で顔を合わせただけだったが、お互いのポストへリプライを繰り返すうちに仲良くなり、一緒に食事や買い物に出かけるくらい仲良くなった。

SNSには書けないようなことも、麻衣ちゃんには相談することができたし、麻衣ちゃんも「今日は飲みたい!」という日はDMをくれて、まるで学生の時からの友人のように接してくれた。

結婚相手を探していたはずなのに、心の支えになる親友を得てしまった。これは “婚活の副産物” としては想定外の幸せだった。


婚活で知り合う友達なんて、所詮、パートナーができたら連絡なんて取り合わなくなって、友達じゃなくなるんだろうと思っていた。

でも麻衣ちゃんは違っていた。


◆時代によって変化する「結婚の価値」

SNSでは「妥協しろ」とか「理想を下げろ」とかいう投稿も多かった。 結婚していないのは「私に何か問題があるから」なんだと言われている気がしていた。

そのモヤモヤは、婚活をすればするほど大きくなっていった。


結婚したい相手も居ないのに、

結婚してくれる相手も居ないのに、

結婚したいとか子供が欲しいだなんて、贅沢なことなのかもしれない。

でもみんなその贅沢が「普通」で「当たり前」だと言う。

私もみんなが言う「普通」になりたかった。


でもそれは私の中の古い価値観から見ただけの評価に過ぎない。


結婚することの他にも魅力的なことで世界は溢れているのに、そういうものに触れる時間を削って、婚活のために日々を消費する。

結婚することがゴールであり、幸せの象徴のように感じている自分のことが嫌いだった。


昔の時代に育ち、今の時代を生きることの葛藤が婚活を難しくさせていたのかもしれない。


【連載目次】

第1章 恋愛という名の予習

第2章 婚活パーティーという戦場

第3章 経験しか信じない男 コウイチ

第4章 婚活オンラインサロンでの学び

第5章 合コンという社交場の裏側

第6章 完全無欠の遊び人 タケル

第7章 マッチングアプリという“カタログ恋愛”

第8章 個人主催パーティーの甘い罠

第9章 SNS婚活の“自由”と“偏見”

第10章 ミツルの洗脳

第11章 結婚相談所という最後の砦

第12章 『婚活うつ』という終着駅

第13章 独身偽装男 リョウスケ

第14章 結婚しなければ、という呪い 『婚活依存症』

第15章 ギャンブル借金浮気男 マコト

第16章 自称婚活中の男 マサヤ

第17章 私は、婚活をやめた

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