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はじめに

私は長いこと、「結婚できない自分はどこか欠けている」と思っていた。

それは社会が私に教えたことだった。


はじめは純粋に「結婚することが当たり前」だと思っていた。

私がまだ幼かった頃、「25歳を過ぎたら売れ残ったクリスマスケーキ」という言葉があった。結婚していない女性をクリスマスケーキに例えた皮肉である。私が25歳になる頃にはそんな言葉は失くなっていて「女性が30歳過ぎて独身でも珍しくない時代」に突入していたが、幼いころに植え付けられた価値観は、私の中に染み込んでいた。


適齢期に恋人が居て成り行きに任せていれば、いつか相手が「結婚しよう」と言ってくれて「はい」と私が答えれば結婚できる、そういう当たり前のものだと思っていた。

だが現実はそう簡単にはいかなかった。


幼い頃から、私は「女性であること」にずっと違和感を抱えていた。私の性自認は女性だし、恋愛対象は男性だけど、絶対に男に生まれたほうがよかったと感じていた。


幼稚園のとき、折り紙で青を選んだら「それは男の子の色だよ。」と言われた。それ以来、私は “誰にも何も言われない色” として、緑やオレンジを選ぶようになった。

「トラックの運転手になりたい!」と言えば、「女の子は普通そんなこと言わないよ。」と言われた。だから「お花屋さんになりたい。」と言い直した。嘘だけど、そのほうが大人は喜ぶから。

父だけが「かっこいい夢だなぁ!」と褒めてくれたので、家ではいつも漫画やアニメに出てくる男性キャラクターみたいに強くなりたいと空想を巡らせた。


得意だった水泳は、小学校高学年になるとどんどん男の子たちに抜かれていった。小学校低学年までは私の方が速く泳げたはずなのに、気が付いたら男の子達とは違うレーンで泳がなければいけなくなって、まるで自分が下手くそになったみたいだった。水泳が得意だった自分はどこかにいってしまった。


中学生になったら「陸上部に入りたい」と思っていたけれど、スポーツはあきらめて美術部に入部することにした。仲のいい幼馴染と一緒に毎日ふざけて美術室でいたずら書きみたいなイラストを描いていたら、顧問の先生に怒られて、油絵のセットを買わされた。描いた絵はそれぞれ同じ風景でも違っていて「あなたらしい色で表現できていてとても良い!」と褒めてもらえた。もっと絵が上手な先輩たちもいたけど、私の絵も同じように褒めてもらえることが喜びだった。ここでなら女を理由に負けなくて済むし、下手でもそれが「私らしさ」だと感じることができた。

デッサンから始めて、色を塗り重ねて、絵の中の世界を自分の中にあるイメージに近づけていく油絵の工程は、私の心を癒してくれた。

それから絵が大好きになったけど、美術の教科書に載っている有名な画家はほとんどが男ばかりだったから、将来絵を仕事にするのはあきらめた。


高校は全校生徒600人に対して、男子が60人程度しか在籍していないほぼ女子高のような共学。私は高校生活の3年間を女子だけのクラス、通称「女クラ」で過ごすことになる。女子だけになってみたら少しは生きるのがラクになるのかと思えば、男子が居ない女子だけの社会はより競争が激しく、表向きは平和でも常に争いが起きているように見えた。

私は初めて「社会には男性も必要なんだ」と感じた。


高校では就職に有利になる資格をたくさん取得できたおかげで、大手企業に就職することができた。任された仕事は「女性の仕事」ばかりで、「男性の仕事」は男性が担当し、「大卒」と「高卒」でも仕事の内容は分けられた。どうしても「男性の仕事」をやらせてほしくて、一生懸命働いて「女性の仕事」を完璧にできるようにしよう、そうすれば「男性の仕事」も任せてもらえるはずだと思った。でも結局男性の仕事の後任は男性で、私がいくら頑張っても「便利な雑用係」の枠からは外に出られなかった。

気が付いたら私の後に入社してきた「大卒の女性」が私よりも先に「男性の仕事」の後任になっていて、自分はどんなにがんばっても底辺のままなのだと思い知らされた。


年下の女性社員が妊娠して産休に入ると、その女性社員が担当していた仕事は女性である私が担当することになった。私は女性の仕事を2人分こなさなければいけなくなったが、私の給料は今まで通りだし「仕事がたくさんあって大変そうだから」という理由で、また男性社員がやっている仕事は任せてもらえなくなった。


「いずれあなたも産休を取ることになるんだからお互い様だろう。」と言われた。


産休明けに「お休みをいただいてありがとうございました。」と生まれた子供の顔を見せにやってきた女性社員に「いいんだよ、育休もたっぷりとりなさい。」と声をかける男性上司が憎らしくてたまらなかった。


私がお酒を飲める年齢になると職場の飲み会に誘われるようになった。飲み会には50歳を過ぎたくらいのオジサンも参加していて、結婚についての話を聞くことが増えた。

「人間の幸福は子孫繁栄! 結婚して子供を産むのが人間の幸せなんだよ」

勝手に酒を大量に飲み、勝手に酔っぱらったみっともないオジサンがなにかを叫んでいる。出身はどこかの過疎った村か、それとも代々何かに呪われて若くして死んでいく家系の方なのかは存じないが、20歳の私が見てもそれは滑稽だった。歳を重ねて濁った瞳孔は開ききっていて、なぜか私の顔をじっと見つめている。

「かわいいねぇ、結婚しないの? 彼氏は居ないの?」

あの頃の時代でさえ上司が止めに入るレベルの発言である。気持ちが悪い。ちなみにセクハラ発言をしたのは未婚男性、止めに入った上司は既婚男性である。私は早く結婚してコイツとは違うカテゴリーに入らなければ、いつかこうなってしまうのかもしれないと感じた。それと同時に、今コイツと同じ立場に居るということが無性に腹立たしかった。私もみんなからコイツのように「恥ずかしい人」と思われるようになるのだろうか。


その後、25歳を過ぎたとき、結婚できていない自分に私は恐怖を感じた。結婚できない人に対してのイメージなんていいものじゃない。勝手に世間のイメージを今の自分に背負わせた。恋人をつくることに苦労したことはない。モテなかったわけじゃない。普通に生きていれば努力をしなくても結婚できるものだと思っていたのに「なぜ?」。


そう思い、悩み続けて、30歳を迎えた。


「私は女で、高卒で、未婚で、どうやら普通じゃないらしい」


それが私のコンプレックスになった。


学生時代、「一番に結婚しそう!」と言われていた私。

気づけば、親友の京子以外は全員結婚していた。


「おかしい、思っていた人生と違う」


家族以外に私を大切にしてくれたり褒めてくれたりする存在が欲しかった。誰にも選ばれず、必要とされないままの人生なんて孤独だと思っていた。

私は自分以外の誰かのために生きてみたかった。私みたいな人間が一人で生きていくには人生は長すぎる。

周りのみんなみたいに私も結婚して「普通の人」になりたい。今まで何の苦労もしないで生きてこられたのに、結婚だけが達成できない。できないことがある自分が許せない。結婚した、結婚できたっていうステータスが欲しい。だって結婚して当たり前のはずなんだから。


『私は結婚しなければならない』


でも、それができていない、だからどうにかしないと!


『せめて結婚くらいは』


そう思って始めた婚活は、結果として7年間、私の自尊心をすり減らしていく地獄の旅になった。



最近 “婚活” があまりに軽く、そして面白おかしく扱われすぎている気がして、正直、辟易している。

テレビでもSNSでも「婚活=結婚するための活動」とシンプルに語られる一方で、そこに映し出されるのは、どこか “ズレている人”、“自分をわかっていない人”、“だから結婚できない人” の姿ばかりだ。

だけど本当にそうだろうか。


婚活をしている人の多くは、実は心のどこかで「結婚=幸せ」という構図に疑問を持っている。漠然とした不安、孤独、焦りの中で、それでも一歩踏み出してみようと活動している。そこには迷いも葛藤もある。だが婚活をサポートする立場の人たち、アドバイザーや仲人は「そのままでは結婚できませんよ」と平然と言う。そしてその言葉を真に受けて、自分を否定し、自分を変えなければいけないと思い込む人がいる。

見た目を直し、服装を変え、話し方を注意され、自分を矯正される。

そうやって「結婚できる自分」「誰かに選んでもらうための自分」へと作り替えられていく。

だがそれを外側から見ている既婚者たちは、ときに冷笑すら交えて「だから結婚できなかったんだよね。」と語ることもある。それが、なんとも居心地が悪い。


確かに、「そのままでは難しいかも」と思う人がいるのも事実だ。

だがそれ以上に「どうしてこの人が婚活をしなければならないのか」と感じる場面もある。魅力もあるし、誠実で、人として素敵なのに。それでも婚活市場では “売れ残り” のように扱われてしまう現実がある。

そして皮肉なことに、

婚活をしたからといって結婚できる保証などどこにもない。

婚活をしている人たちに向けられる社会の目は、あまりにも残酷だ。


婚活とはいつからか「結婚をしたがっているのに、うまくいかずにもがいている人間のエンタメ」になってしまったように思う。

本来結婚は人の価値を測るものではないはずなのに、婚活の世界を通して見ると、まるで “結婚できた人=勝ち組” という構図ができあがってしまう。

私は婚活をやめたことで、少し自由になれた気がしている。

誰かに選ばれなければいけない世界から、自分で自分を選び取っていく世界へ。結婚という形ではない幸せも、確かにあるのだと、今なら言える。


この7年間の記録は、単なる「婚活失敗談」ではない。

これは、私という人間が、“普通” を追いかけ続けた旅の記録であり、

その途中で見つけた「自分自身の幸せを取り戻すプロセス」でもある。


どうか、読んでくれるあなたが、私と同じ傷を負わずに済みますように。

そして、もしあなたが今、

「私はどこか欠けている」と感じているのなら、

この物語が、その考えをほんの少しでも揺らすきっかけになりますように。


【ここからの連載目次】

第1章 恋愛という名の予習

第2章 婚活パーティーという戦場

第3章 経験しか信じない男 コウイチ

第4章 婚活オンラインサロンでの学び

第5章 合コンという社交場の裏側

第6章 完全無欠の遊び人 タケル

第7章 マッチングアプリという“カタログ恋愛”

第8章 個人主催パーティーの甘い罠

第9章 SNS婚活の“自由”と“偏見”

第10章 ミツルの洗脳

第11章 結婚相談所という最後の砦

第12章 『婚活うつ』という終着駅

第13章 独身偽装男 リョウスケ

第14章 結婚しなければ、という呪い 『婚活依存症』

第15章 ギャンブル借金浮気男 マコト

第16章 自称婚活中の男 マサヤ

第17章 私は、婚活をやめた


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