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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

気づいたら復讐の手助けをしていたんだが?

作者: なつよし

 


 奇跡を起こす“天使様”がいる。


 それが、異端宗教・ヴェイル教にまつわる噂だ。

 その教義は国に背くものであり、軍によって“粛清対象”とされていた。


 軍人、ギルバート・ブラッドリー。


「死神の射線」「戦場の獅子」「悪魔の処刑人」

 ――数多の異名を持つ男。


 討伐任務中の致命傷により、もはや“動かぬ兵器”となった彼の肉体は、その怪しげな教団にすがる他に道はなかった。



 *



 魔物討伐の際に受けた斬撃は、鍛え上げた躯体を容赦なく引き裂いた。ヘマをした部下を守る為に飛び出したが、防御に構えた剣は意味をなさず、折れた刃が宙を舞った時には正直焦った。


 血飛沫に舌打ちする暇もない。マジでクソッタレな状況だったが、持ち前の体力でどうにか押し切った。


 連れ立った臨時の神官の腕は未熟で、傷を治すどころか、応急処置が精一杯。大粒の涙を流し、神官の少年がずっと謝っていた声が頭にこびり付いていた。






 地方の教会に作られた救護室。

 討伐隊から降ろされ、療養を余儀なくされた俺の元には結局、優秀な神官が現れる事はなかった。


 ——体は動かない。


 軍医でもある神官は「回復は困難だ」と言い、見舞いに来た上官も「お前のような英雄が再起不能とはな」と苦笑した。部下含め、隊に死人が出なかったことだけが、不幸中の幸いだった。


 平民上がりが活躍なんてするもんじゃないな。恨まれたか、妬まれたらしいのは理解した。金のために従軍したに過ぎないのに、哀れなもんだ。


 半年間、死ぬ思いでリハビリを続けた。そんなもんに理由はない。ただの意地。「生きてる」それだけで、俺を妬んだ奴らに勝った気がした。


 どうにか自分の足で歩けるようにはなった。だが、神官から言われたのは、走る事も剣を握る事も出来ないという事だけ。退役を勧告された。

 どうしたものか。別に軍に未練はないが、生活は続いていく。体が動けばフリーの傭兵の道もあったが、それも現実的ではない。


 そんな俺の元に、同期で魔法使いのライナスが訪ねてきた。ちょうど、リハビリが終わる頃だった。


「やぁ、久しぶり。元気になった?」


 以前と変わらない、軽い口調のライナス。あの軽さに触れると、なぜかいつも昔のことを思い出す。

 入隊したてでバディを組んで、何度も死にかけた。そんなクソッタレな記憶を。


「まぁな。あと数日で退院だ。それで? 今更なんの用だ」 

「うわぁ、めっちゃ冷たいじゃん。……確かに初めての見舞いだけどさ」


 ライナスは拗ねるように口を尖らせる。……男がやっても可愛くもなんともねぇけどな。


「復帰できそうにないって聞いて、子爵家(うち)の力を使って君にとっておきのプレゼントを用意したんだ」


 手渡されたのは一枚のメモ用紙。

 そこには施設の名前と日時が書かれていた。


「天使様との面会の約束だよ」

「は?」


 天使様。

 どんな病も怪我も癒してしまう――そう言われている、ヴェイル教が祀る神の御使いだ。


「軍でまだ警戒してるのは変わらないけど……。本物だったら面白いじゃん?」

「お前なぁ……」


 本来、癒しの力は国教の女神様のものだ。だから、天使様の存在は“異教”として扱われる。

 だが、ヴェイル教そのものは、奇跡さえなければごく真っ当な宗教だ。孤児を保護し、貧しい者に施しも与えている。それに、貴族の中にも信者は少なくない。


「今だに瓦解の理由探しをしてるのか……」

「献金の額がすごくてさ。国も焦ってるけど、なかなか尻尾が掴めない。――フェイマス侯爵が手強いんだ。でもま、ギルはもう軍には関係ないだろ。

 お前の口座に”献金”は振り込んでおいたから、会って来なよ」


 怪我や病の治癒は、処置が早ければ早いほどに良い。時間が経てば、治せるものも治せなくなる。今の俺の体を治せる神官はもうどこにもいない。

 ……それを治せるのは、天使様しかいない――そう踏んだんだろう。


「俺にできることは、これくらいだ」


 その瞳に影を落とすライナス。

 彼は優秀な魔法士だが神官ではない。この国では、回復は“神の力”でしかできないとされている。それを使えるのは神官だけ。魔法士にどれだけ才があっても、怪我一つ癒せない。


「お前のせいじゃない。……だが、ありがとうな」


 普通なら、とてもじゃないが足を運ぶ気にはなれない。だが今の俺に行かない選択肢はない。

 危険を犯して取り付けた機会だ。俺も、このチャンスに縋ってみようと思えた。


 東部の田舎には流石に来た事はない。それなりに有名人だと自負しているが、すれ違う町人は、物珍しそうに俺を見るだけだった。


 そうして訪れたのは、教会ではなく孤児院だった。


「ごめんください」


 門先で声をかけるが返事はない。訪問の知らせは出していた……んだよな……?


 悪い気はしたが、敷地内に足を踏み入れた。

 建物に入る事はせず、何となく建物の脇を通り抜ける。少し進めば庭先だろう場所に出た。


 ……女神様――な、訳ないか。


 不意に止まった足。視線の先には一人の少女の姿があった。宵闇の様に美しく、朝霧のように儚い。そんな雰囲気を纏った少女だった。


 深い湖を湛えたような青い瞳と、艶のある黒髪。

 その姿は、国教の聖典にある女神様の特徴と一致していた。


 どうやら木から雛鳥が落ちたらしい。

 少女の両手には、包まれる形で雛鳥が乗せられている。だが、肝心の巣は少女の背丈の三倍以上はある、大きな木の枝根にあった。

 ぼんやりと、少女は遙か上空にある巣を、虚な瞳で見上げている。


「……こんにちは」


 恐る恐る声をかければ、少女はゆっくりと視線を動かした。


「こんにちは」


 幼さの残る顔立ちの少女は、少しだけ垂れ目だった。成人前くらいだろうか。それでも、どこか大人びた雰囲気もある。


 間を置いて返ってきた挨拶に続き、「雛鳥が落ちてしまったの」と、少し鼻にかかる声音がそう続けた。


 ――俺には手伝えない。

 そう伝える前に、彼女が先に言葉を紡ぐ。


「あなたの体が元に戻れば、この子を返してあげられる?」


 驚きを隠すことなく目を見開いた。


「あ、ああ。完治すれば、容易い事だ」


 一旦雛鳥を草むらに下ろした少女は、ゆっくりと俺に近づくと、豆と傷だらけの俺の手を取った。

 不思議に少女を見下ろしていると、ぱちっと、手に違和感を感じて、全身が淡く光を帯びる。その光は、ライナスが魔法を使う際のそれに、よく似ていた。

 そうして、小さな手が離れていった。


「これでもう、大丈夫」


 その言葉通り、動くたびに引き攣っていた身体が嘘の様に体は自由を取り戻していた。

 俺はなんなく木を駆け上ると、雛鳥を巣へと帰還させる。その様子に、彼女は瞳を細めて、ふわりと笑った。


「君が……天使様か?」

「マリアンヌ。私の名前。天使様って呼ばれるの、好きじゃないの。――ねぇギルバート。今回の報酬はなんの予定だったの?」


 マリアンヌと名乗った天使は、俺の名前を迷うことなく口にした。眉間に皺がよったが、相手は天使様と名高い人物だ。それに、俺が訪ねて来ることを知っていたなら不思議な事でもない。


「……そりゃ失礼した。今回の報酬はまだ聞いてない。今日はその交渉も兼ねて来たんだ」


 とは言え、どうせ見返りは多額の献金だろう。


「そう。じゃあ、私を鳥籠から出して。それが報酬。今日あなたはここには来なかった。――そうよね?」


 さらりと告げられたその言葉は、冗談でも脅迫でもなかった。不敵な笑みを浮かべた少女のその瞳に、うっすらと“檻の中の獣”が見え、背筋にゾクリと冷たいものが走る。

 それはまさに――戦場で強者と相対したときの、畏怖と高揚感。俺は薄ら笑いを浮かべ、黙って頷いた。


「今日の夜、フェイマス侯爵家の屋敷の裏口に来て。約束よ?」


 その微笑みは、まるで地獄への案内人のようだ。それでも、初手で既にマリアンヌに魅了されてしまった俺には、拒否するなんて選択肢はなかった。


 そうして訪れたフェイマス侯爵家の裏口。誘導されるようにして到着したのは――地下室だった。

 二十畳程の広さの部屋には書棚と机が置かれている。


「ヴェイル教の真相が全てここにあるの。これをあなたは、どうする?」


 不適な笑みを浮かべたマリアンヌは、俺にその証拠を全て提示した。

 その内容は、侯爵が事業で横領・密貿易などで得た金を「宗教への寄付」として処理したと記載された帳簿。それに、孤児院の子供を奴隷として売買している記録が残されている。


「マリアンヌの、お望みのように」


 俺にはどうでもいい事だった。

 彼女を自由にする。それが俺の彼女へ支払う報酬だ。


 言えばマリアンヌは妖艶な笑みを浮かべて「ついて来て」と地下室を出て行った。


「もうひとつ、相談したいことがあるの」


 マリアンヌは至極楽しそうだった。


 贅の限りを尽くして作られた悪趣味な屋敷の中は、夜とは言えあまりにも静かで、薄暗い。徐々に濃くなっていく血の臭い。まるで花畑を進むかの様な、少女の軽い足取りに反して、床に転がるのは従事者達の死体だった。


「彼女は私の悪口を言ったの。あっちにいる子は、私のご飯にイタズラした。あそこの彼は、私に夜伽を強要してきたの。もちろん未遂よ」


 淡々とそう語る彼女の姿があまりにも美しく、まるでそれら全ては正義の裁きのようだった。

 まるで感じられない罪悪感に、俺はますますマリアンヌに魅了された。


 そうして到着したのは、フェイマス侯爵の私室。中には椅子に縛られたフェイマス侯爵が、悲壮な顔で座っていた。その足元には奥方だろう女性と、息子だろう青年が事切れている。

 マリアンヌが侯爵の口布を取ると、彼は焦った様子で命乞いを始めた。


「マリアンヌ! 何が不満だった!? お前にはいつも優しくしてやっただろう?! それに、そいつはなんだ?」

「私の救世主様よ。ねぇ、侯爵様。ここで苦しみながら死ぬのと、生き恥を晒して打首になるの。どっちがいい?」


 フェイマスは、その提案にマリアンヌへ罵声を浴びせ始めた。


「娼館で病に倒れた母親を助けたのは誰だ? 薄汚いお前たちが誰のお陰で生きてこられた?! このっ、恩知らずも甚だしい小娘が!」


 マリアンヌは、表情を変えずに横に立つ俺を見上げた。


「ギルはどっちがいいと思う?」


 ……本当に、これでいいのか?


 そう思ったのは、一瞬だけだった。マリアンヌの瞳には、涙はない。あるのは、凍てついた決意と復讐だけ。


「……後者だな。だが、痛めつけたいなら……半殺しという手もある。折衷案ってやつだ」


 そう口にしたときには、俺の手はすでに彼女の手を取っていた。

 それが正しいとも、間違っているとも思わなかった。ただ——背負う覚悟は、できている。


 彼女は俺の提案が気に入ったのか、頬を染め、その方法を乞うてきた。小さな手に、短刃をそっと添える。その手は震えていなかった。

 俺の方が、わずかに息を呑んでいた。そうして俺は彼女へ「死なない苦痛を与える拷問の方法」を丁寧に手解いた。




「これは、私が殴られたときの痛み」

「これは、お母さんがあなた達親子に、乱暴された時の痛み」

「これは、火鉢で焼かれて泣く私に、笑って押し付けた時の痛み」

「赦す理由なんて、どこにもないよね。だって、私たちは最後まで“人間”として扱われなかったんだから」




 彼女は自身と、苛烈な暴力の末に亡くなった母親の受けた痛みを、ひとつずつ数えるようにして、侯爵の体に刻みつけていった。


 侯爵の阿鼻叫喚の声が徐々に弱まってくると、彼女は気を失いかけていた侯爵の頬を叩く。意識が戻った侯爵から短い悲鳴が上がった。


 だが、散々痛めつけたと思えば、マリアンヌは自身が刻んだ傷を、綺麗さっぱりに治してしまった。


「安心して、痛みは残してあるから」


 侯爵は白目を剥いて、とうとう気絶した。


「その力は……?」


 彼女が何者でもよかった。

 それなのに、気がつけば俺はそう呟いていた。


「ただの、”魔法”だよ。人よりちょっと多く、真理を覗いただけの、ね」

「魔法で……そんな事が……?」


 病や怪我を治せるのは国教に支える神官のみ。同じ効果を持つ魔法は存在しない。それがこの国の常識だ。


「役に立てばお母さんに優しくしてくれる。手を出さないって言われて。頑張ってたら、気がついたらある日そうなってたの」


 気がつけば、自転車に乗れる様になっていた。

 そんな程度の話をするような、軽い口調だった。


「魔法が使えるのに……どうしてわざわざ俺を?」

「風の噂であなたのことを聞いたの。死神とか悪魔って異名を持つ軍人さんは、私とは正反対。

 どんな人なのかなって、ずっと興味があったの。――そうしたら、あなたが私を訪ねて来てくると知って、運命だと思ったわ。だから、”今日”にしたの」


 ――ふふ、とってもチープでしょ?


 死体の転がる室内で、気がつけば俺は彼女を抱き締めていた。


「マリアンヌ。今日から君は自由だ。俺が、君の行きたいことろへも、見たいものでも。なんでも叶えてやる」


「……ふふ、とっても甘美な囁きね。頼りにしてるわ。悪魔さん」





 そうして俺はライナスの手を借り、フェイマス侯爵家の悪事を世に公表させた。屋敷での事件は全て犯人不明として、今も未解決事件に名を連ねている。


「ギル、見て……。あのパンケーキ、まるでお城の塔みたい。あんなに高くて、崩れないのかしら?」


 東部を出た俺たちは、マリアンヌの希望で南部の観光地へと来ていた。

 店の看板かかれたパンケーキの絵に、マリアンヌは子供のように頬を染めて、指をさしている。


「デザートはここにするか?」


「……だめよ。最近美味しいものばかり知って、食べすぎてる気がするもの」


 そう話すが、マリアンヌは心配になるほどに細い。


「少しふくよかなほうが、俺は好きだけどな」


「……ギルって、本当に悪い人ね」


 そうして、マリアンヌの目の前には、天にも昇るパンケーキが置かれた。彼女は至福の笑顔を浮かべてそれを頬張っている。


 それは穏やかで、愛らしい。

 まさに――天使のような笑顔だった。

 

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