第7話 打たせ湯を作ってみよう(知らぬ間にレベルアップ)
「黒助、待つんだ」
「がう」
「よし、いい具合に焼けた。食べていいぞ!」
「がうがう!」
小屋の中、和室。
焼き魚と燻製にしたシカ肉を黒助と一緒に食べる。
美味しいが、食料はこれで終わり。
男一人と犬一匹、毎日三食を用意するのは思っていたより大変だ。
「しかし黒助、お前は今まで一人で何してたんだ?」
話しあっけても、食べることに夢中で気づいていない。
それとやっぱりちょっと大きくなっていた。もはや気のせいではない。
温泉の効果かもしれない。でも特に気にする必要はないか。
なぜなら黒助はこんなに可愛いのだから!
さて、温泉作りに励みたいところだが、食べ物がなければ体力も気力も続かない。
幸い、仙人が用意してくれた野菜の種や肥料がある。
すぐに食べられるわけじゃないが、畑さえあれば食糧問題は解決する。
健康のためにもしっかりとした食事は必要だからな。
未来のための行動。これも大事だ。
「よし黒助、今日も頑張るぞ」
「がうー!」
すると勢いよく黒助が抱き着いてきた。思わず後ろに倒れこむ。
天然のもふもふと布団のもふもふ。
食べた後なので眠気が。
「……やっぱり働くのはお昼からにしようか」
「がうう……」
だらだらスローライフ。
二度寝、最高!
◇
「よしまずは耕していくか」
魔法で耕すこともできるかもしれないが、身体も動かしておきたい。
ずっと怠けていては今後にも差支えがあるだろう。
いつ何時シカのような魔物が現れるとも限らない。
昨晩、石で鍬を作っておいた。
これでばっちりだ。
「さあて、やるぞ――」
と思ったら、黒助が俺を見つめている。
まるで某CMの犬のようだ。
もしかして――。
「黒助、手伝ってくれるのか?」
「がうがーう!」
尻尾を振り振り、どうやらやる気満々らしい。
なんて……優しいんだ。ちゅき。
ただいくら賢いとはいえ鍬は持てないだろう。
どうするのかと思っていたら、きらりと爪を光らせた。
やだ……かっこいい。
よくみると魔力が帯びている。それもかなり。
「それで掘ったら地面に穴があくぞ。黒助」
「がうう……」
しかし黒助は要領もよかった。少し魔力を抑えて、俺の隣で再度爪を光らせた。
「よし、黒助いくぞ!」
「がうう!」
そこからワン、2、3 ワン、2、3と掛け声をしながら耕していく。
草は予め取り除いていたので、いい感じになるまでひたすらに汗をかいた。
黒助もさすがに疲れたのか、途中でお腹を見せてごろごろしていた。
もちろん、いっぱい撫でた。
「さて、後は仙人が用意された種と肥料をまいておくか」
もし失敗しても肥料は補充されるだろう。
成功するまで気長にやればいい。
稲もあるが、米は難しそうなのでとりあえずジャガイモとにんじん、キャベツなどの野菜の種をまいた。
まずは経過を見ながら少しずつ。
時間はある。むしろ、毎日が楽しみになるだろう。
「黒助、大丈夫か?」
「がうがうー」
「疲れたよな。それで、今日はピッタリなものを作ろうと思ってるんだ」
「がう?」
俺は、黒助とともにくりぬき石風呂の後ろに移動した。
ちなみにだが、ずっとすっぽんぽんだ。
畑の作業もずっとずっとすっぽんぽんだった。
これはまあ、どうでもいいが。
「少し離れていてくれ。黒助」
肩こりというほどではないが、少しだけ肩がジンジンする。
そして俺は、あらかじめ用意していた水道管の先を曲げる。
そのまま源泉を引っ張ってきて、水道管からドドドドと温泉が流れでた。
たとえるならホースを上から垂らしているようなものだ。
少し勢いは強いが、これでいい。
ちなみに温泉というものはとめどなく流れている。
なぜなくならないのか、それは雨が地面に吸い取られ、地層の熱で温められているからだ。
この程度では全く問題ない。
「黒助、どうした? 怖いのか?」
「が、がうう」
水道管は3メートルほどの高さにある。
上から地面に向かって、温泉がドドドと激しい轟音を立てている。
この音が怖いらしく、黒助は体を震わせていた。
でも、こういうところも可愛いな。
「大丈夫だ。見ておくんだぞ」
「が、がう!?」
怯えた黒助をよそに、俺は前に進んだ。そして、おもむろに地面に座って肩を温泉に当てる。
当然だが、強めの圧が肩に当たった。
そうこれは――打たせ湯だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「がうう!? がうがうがうがう!?」
宇宙人の声を出していたら、黒助が慌てふためいてしまった。
可愛いな。ほんとかわいい。
打たせ湯とは、泉の温熱効果と水圧による刺激を与えることで血行が良くなっていくものだ。
筋肉のコリもほぐされるので、『湯あんま』ともいわれる。
また、湯は激しける際にマイナスイオンが発生し、心身をリラックスさせる効果もあるとのことだ。
「だい゛じょ゛う゛ぶだよ゛。お゛い゛でお゛い゛で」
ちょっとホラー映画みたいになってしまったが、俺の愛しい気持ちが伝わったらしく、黒助がおそるおそる近づいてくる。
そして不安ながらに隣にきたので、打たせ湯を譲ってあげた。
そして――。
「がう゛がう゛がう゛う゛う゛がう゛う゛ー」
同じく宇宙ワン語を上げた。
気持ちいいいらしく、頬を緩ませている。いや、震えている。
「ほら、そうだろう?」
「がう゛がう゛がう゛♪」
嬉しそうな黒助を見るとほっこりする。
やっぱり、誰かと感情を共感できるのはいいな。
そのとき、脳内にアナウンスが聞こえた。
『都度成長により、耐衝撃(極)を獲得しました』
ステータスを確認すると確かに増えていた。
おそるおそる打たせ湯に当たってみると、なんと全然衝撃を感じなかった。
「え?」
少し焦ったが、オフ、OFF! オフゥ! と念じるとまた気持ちよくなった。
どうやら切り換えれるみたいで、ホッと胸をなでおろす。
「がう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」
ちなみに黒助は、寝る寸前まで打たせ湯から動かなかった。
しかし最終的には俺と同じ耐衝撃(極)を獲得したのか、あまり気持ちよさそうではなかった。
「いいか黒助、オフだ」
「ワン!」
「オフだ」
「ワン!」
何度か頑張って、ギリギリワアァン! でいけた。
うーん、温泉って人も犬も強くしてくれるんだな。最高!
◇
港町に到着したエルフェンは商店を訪れていた。
そこで、納刀していた剣を手渡す。
「……すげえ業物ですな。手入れですか?」
「いや、同レベルの鈍器に変えてもらいたい。これは必要ないんだ」
遥か昔、魔獣ダークケロベロスの鋼の肉体は剣を通さなかった。
唯一ダメージを与えたのは鈍器による物理攻撃のみ。
エルフェンはそれを知っている。
「姉さん流石にこれと同レベルはないですぜ……」
「少しグレードが落ちても構わない」
「そういうことならわかりましたぜ。しかし、ちょっと時間がかかりますが」
「できるだけ早くしてくれ。――何か事が起きる前にな」
「事? どうしたんですか?」
「何でもない。さて、鈍った身体を少しだけ動かしておくか。このあたりで一番強い魔物が出るところは?」
「それなら東の沼地ですかね。でもあそこはすげえ魔物がごろごろいますぜ。代わりの武器はどうしますか?」
「大丈夫だ。素手で何とかなる」
「へ? ね、ねえさん!?」
「なあに、良い運動だよ」
そしてエルフェンは外に出ると、太陽で目を細めた。
「ダークケロベロスがもしいれば私は生きて帰れないだろうな……」