第5話 魔王の誕生(知らぬ間に)
「魔王が復活しただと……?」
「はっ、『ダークケロベルス』が元気に走り回っていたとの報告がありました。さらに森の一部が開拓されており、人型の姿もチラリと見えたそうです。おそらく、魔王の復活ではないかと……」
「……しっかりと姿は見たのか?」
「それが、偶然道に迷った魔法使いが『千里眼』でたまたま発見しただけで、直後、ダークケロベロスの咆哮により魔力遮断されたそうです」
オルトリア帝都。
人口約十万人、世界でも類を見ないほど経済が発達しており、軍事力も最高峰の国である。
過去、魔王を倒した勇者もここの出であった。
ここは円卓の一室。
現騎士団長であるベロスが、部下から報告を受けていた。
「……ありえない。魔王の復活はないはずだ」
「ですが、あの魔の土地に足を踏み入れる者はこの世界におりません。魔王はもちろんのこと、魔族や従魔もおそろしい存在でしたから。それにダークケロベルスは『バドスの戦い』で大怪我を負いました。それが、元気に走り回っているなんて……考えられることは一つ……魔王の復活かと」
「バカな。治癒に千年はかかるとの話だったのではないか! あのダークケロベルスが牙をむいたときの恐ろしさは、魔王に匹敵したのだぞ!」
「……存じ上げております」
あまりの恐ろしさに震え上がる二人。
そのとき、ノック音が聞こえる。
――コンコンコン。
「誰だ? 呼んでないぞ」
「――私だ。失礼する」
扉を開けて入ってきたのは、透き通る金髪、すべてを見通すような碧眼、エルフだった。
銀甲冑を身に着けているが、溢れんばかりのたゆんも主張している。
「これは、エルフェン騎士団長!?」
ベロスが驚きながら膝をつく。
「よせ。もう引退した身だ。今はお前が騎士団長だろう」
「とんでもございません。私はエルフェン様の足元にも及びませんから」
「……は、はじめまして! わ、私は新兵のアントルです! ま、まさか伝説のエルフェン様とお会いできるなんて思ってもみませんでした!」
新兵が目を輝かせながら敬礼する。
エルフェン・ライフ・リワード。
歴代最強とされていた元騎士団長であり、帝都で最も有名なエルフである。
年齢は誰も知らないが、数百年前から存命していた。
「そう硬くならなくていい。私はただのおばさんだよ」
「い、いえ! 大変麗しゅう――」
「黙ってろアントル。それで、エルフェン様、どうしたのですか?」
「魔王の話は聞いた。ダークケロベロスが生きていたという話もな」
「……まだ未確認です。もしかして――」
「ああ、私が確認してくる」
「そ、そんな!? 一人でですか!?」
「お前と違って引退した私には何の責任もないからな」
エルフェンは一人で出て行こうとするも、ベロスが声を上げる。
「エルフェン様、おやめください! 今すぐに騎士を編成しますので!」
「そんなことができるわけないだろう。帝都が手薄になれば他国からの侵略もありえる。到着して確認次第、詳細を記載した魔法鳥を送る。ただ二週間、連絡がなければ死んだと思ってくれていい。その場合は誰もよこすな。下手に刺激しないほうがいいだろう」
「……ご約束はできませんが、どうかご無事を」
「ああ、楽しんでくるよ」
◇
一方、イズミと黒助ことダークケロベロスは――魔物シカの解体をしていた。
「ふう、血抜きは案外時間がかかるものなんだな」
「がうがう」
「もうすぐだ。しかし、よくやったな」
丁寧に内蔵を取り除いたあと、肉を温泉水でじゃぶじゃぶ洗う。
これには浄化要素があるとわかった。
準備を終えたところで、手ごろな岩に鉱物変化を唱える。
柔らかくなった粘土岩を、鍋の形に整えていく。
「鉄があればよかったんだが、わがままは言えないしな」
熱伝導率は少し不安だが問題ないだろう。
やがて試作品一号の石鍋が出来上がる。
「がうがう!」
「割といい感じじゃないか?」
ちなみに火はファイアとイメージしたら指から出た。
仙人の言う通り、俺の能力はやっぱ凄まじい。
鍋に水を入れ、ぐつぐつと沸騰するのを待ってから肉を投入。
「さてさて、そろそろ食べられるかな。――んっ、はふっはふっ! ちょっとクセはあるが、おかげで味付けがなくても美味しいぞ、黒助」
「がううっ! がうがうがはうはう」
勢いよく食べる黒助、どうやら美味しいらしい。
「ははっ、イケルクチだな。残りは後で燻製にしておくか」
「がうう!」
空を見上げると赤い月が光っていた。かなり巨大だが、とても綺麗だ。
「異世界っぽいな黒助」
「がうう!」
「今夜は月見風呂だぞー黒助」
「がううう!」
ほんと、幸せだ。黒助は可愛いし、飯はうまいし。
最高、最高!