第4話 君の名前は『黒助』だ!
「コッコケコココオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「な、なにぃ!?」
凄まじく大きな黒鶏の鳴き声で目を覚ます。
寝込みを襲われたのかと思い、身体がビクッとした。
「がうーがうがう」
「ん!? ああ、黒助か、おはよう」
「がうがう」
布団の上、黒犬が俺の頬を舐めてくる。
よくよく考えるとこの呼び方でいいのだろうか。
黒犬って、そのまんま過ぎる気がするな。
というか、昨日より少しデカくなってないか? まあいいか。
「なあ、あだ名をつけていいか?」
「がう!」
「そうだな……黒ぽん!」
「がう……」
どうやら気に入らないらしい。
「黒吉」
「がう……」
「ならば黒助!」
「がうー!」
「おお、気に入ってくれたか! 黒助!」
「がうがう!」
君の名前は『黒助』だ!
ちょっと安易だが、本人も喜んでいる(気がする)。
さあて、今日も温泉作りだ!
っと、その前に朝のお茶タイムにしよう。
「お、凄いな」
テーブルに目を向けると、昨日食べたはずの和菓子が元の状態に戻っていた。
どうやら仙人の言う通りらしい。無限和菓子とか最高すぎるな。
「……そうだ。いいことを思いついた」
「がう?」
「黒助、待っててくれ」
俺はコップを手に持ち小屋の外に出た。
そして、『温泉』を汲みまた部屋に戻る。
黒助は賢く、ちゃんとお座りで待っていた。
「えらいな黒助」
「がうがう!」
知らない人も多いが、『温泉』は飲めるのだ。
身体に良いのだが、飲みすぎるとお腹が緩むときもある。何ごとも適度にということだ。
さて、再び座ってごくっと一口。
白湯より少し熱いが、喉にするっと入って美味しい。
「がう」
「なんだ、欲しいのか?」
黒助は飲んで大丈夫だろうか。まあ、魔物っぽいしいけるか。
コップを傾けると、おそるおそる舌を出し、ペロペロと飲み始める。
「がうーがうー!」
どうやら気に入ったらしく、尻尾を振り振り。
かわいいな!?
のんびりしたところで、黒鶏の様子を見に行く。
小屋の外、囲いの端で黒い卵を見つけた。
「おお、一晩で四つもか」
「コケココー!」
嬉しくなり、黒鶏を撫でる。
どうやら繁殖力も高いらしい。
卵を抱えたまま、温泉の横の土を柔らかくし、窪みを作る。
そしてそこに卵を優しく置いた。
その後、温泉の通る道も作ってあげる。
「がうー?」
「ふふふ、少し待つんだ」
黒助は意味がわからないらしく、首を傾げていた。
その後、二人でラジオのない体操をして時間を置き、再度卵を確認する。
「お、いい感じだな」
手に取るとずっしり重くなっている。少し振ってみたが音がない。
これならいけるだろう。
「さて、どうなかな」
コンコンと近くの岩で叩き、ヒビを作る。
ペリっとはがすと、殻の中は真っ白――、いや真っ黒だった。
とはいえ、しっかりできている。
俺が作ったのは温泉のゆで卵だ。
見た目はあれだが、少し触れるとプルンプルンだ。
それにもの凄く美味しそうな匂いがする。
温泉水は煮沸消毒も兼ねているので菌は大丈夫なはず。
さて。
「これは美味しい食べ物なんだ。黒助」
「がう!」
すると突然、食べていい合図だと思ったのが、黒助が黒卵にかぶりつく。
味見をさせたわけではないが、ドキドキしながら見守る。
「がう~!」
「ははっ、美味しいのか」
どうやら大丈夫らしい。むしろ美味しくてたまらないみたいだ。
俺ももう一つ殻を剥く。
一口食べるだけで、芳醇な味が口いっぱいに広がった。
外側は黒だが、黄身はしっかり黄色く、元の世界で食べていたものよりも味に深みがある。いやこれ……旨すぎるぞ。
間違いなく、イズミ温泉の特産物第一号だ。
黒ゆで卵と名付けよう。‥…少し安直か? まあいい。
さっそく温泉作りの続き――といきたいところだが、これだけでさすがに腹は膨れない。
「黒助、ちょっと森を探索したい。一緒に来てくれるか」
「がうがぅ!」
食料がほしい。フルーツとか、木の実とかとかでもいい。
いずれは仙人からもらった肥料を使って畑を作る予定ではあるが、すぐに食べられるわけでもないしな。
昨日は興奮していて腹もそんな空いていなかったが、さすがに一日経つとペコペコだ。
こんなことならドラ〇もんのグルメテーブル掛けを用意してもらっておくべきだったか……?
いやでもそこまで至れり尽くせりだと面白くないか。
なんて、気持ちまで若返っているみたいだ。
とはいえここは異世界。
たまたま黒助が人懐っこかっただけで、凶悪な魔物や動物もいるだろう。
そういえば武器なんて持っていない。
丸腰で探索するのも……そうか。
「黒助、ちょっと待ってくれ」
「がう?」
小屋の外に出て、手ごろな岩を見つける。
何を悩んでいたのか。
なければ――作ればいい。
岩に手をかざして剣をイメージする。
「――鉱物変化」
魔法を詠唱。パアアッと光って、やがてズッシリと重い石剣に変化した。
体積を小さくした分、強度を貯めている。
少し疲れたが、昨日よりは大丈夫だ。
もしかして使えば使うほどレベルみたいなものが上がっているのかもしれない。
「よし、これで大丈夫だ。行くぞ黒助!」
「がう!」
そのとき、くり抜き岩風呂の温泉が目に入った。
暖かい湯気、温泉の匂いが鼻孔をくすぐる。
ぐつくすり寝たので、汗もかいていた。
「やっぱり朝風呂を浴びてからにしようか」
「がう!」
うむ、これこそが俺の求めていたスローライフだ。
怠惰、最高!
◇
結局、お昼までのんびりしてしまった。着替えを済ませて、森の中をひたすら歩いていく。
本当に不思議な場所だ。時折、何かでえぐられたような地面もあるが。
元々はいったいどんな場所だったのだろうか。
といっても、黒助みたいな可愛い生き物が生き残れるくらいだ。
平和なところだろう。
「がう、がううう!」
そのとき、黒助が吠えた。
木々が揺れる。魔物か、動物か。
正直、食べられるシカでもいると嬉しい。狩りなんてしたことはないが、田舎で一人暮らし狩猟動画! をよく見ていた。
俺ならやれるはずだ。多分。
「グォオオオオン!」
……え?
しかし現れたのは、3メートルはあるかと思うデカイシカだった。
頭に角、牙――魔物か。
……いや、嬉しいが強そうだな。
当然だが今まで戦闘経験なんてない。
非日常な体験ばかりしていて、少し舞い上がっていた。
距離を取ったまま魔法を放つか? いや、練習もしていない付け焼き刃では余計に聞けたんだ。
石剣で勝てるか? いや、分厚そうな皮膚に通るとは思えない。
出会ったからには立ち向かうしかない。
相手は既に臨戦態勢に入っている。
「黒助、下がってろ――」
「がうう!」
しかしそこで黒助が駆けた。慌てて静止するも、時すでに遅し。
デカイシカも呼応したのか、向かいあって突撃してきた。
「黒助っ!」
だが驚くことに黒助はヒラリとシカの攻撃を回避した。
それだけではなく、返しざまに首にかみついたのだ。
いや、違う。
たったの一撃でシカの首を切り取ったのだ。
口から血が滴り、シカは悲鳴も上げずに倒れた。
……え?
「がう、がうがーうがうがう♪」
もしかして君……めちゃくちゃ強い?
黒助は鹿肉をゲットした喜びからか飛び跳ね、褒めて褒めてと言わんばかりに頭をこすりつけてきた。
おそるおそる撫でると喜んでしっぽを振る。
ちょっと口に血がついてるけどね!
でも、偉い偉い。
「さすがだな、黒助!」
「がうがう」
今日はシカ鍋にしよう。
温泉に入った後、ゆっくりと食べたいな。
となると、鍋も必要か。