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第3話 温泉作りと黒犬さん

 捕まえた黒鶏は驚くほど大人しかった。

 申し訳ないなとおもいつつ、手ごろな岩を並べて囲いを作る。


「コケココー!」

「お、気に入ってくれたか」


 どうやら落ち着くらしく元気に動き回っている。

 小屋の中にあった肥料をあげると美味しそうに食べていた。

 いずれ卵を産んでくれると嬉しい。

 やっぱり黒卵なのだろうか?

 

 今から楽しみだ。


「さて、さっそく温泉を作っていくか」


 時間があれば温泉作りのDIYの動画をよく見ていた。

 自宅の庭に温泉を作っていく作業動画だ。

 いつかは自分も、なんて思っていたが、まさかそんな日が本当に来るとは。


 人生とは何があるかわからないものだな。


 さっそく地底から源泉を引っ張っていきたいが、そんなことが果たしてできるのだろうか。

 それにもし穴をあけられたとしても、ドカーンと温泉が噴き出してしまっては意味がない。


 まず必要なのは温泉を貯湯できるような囲いか浴槽だな。

 後は源泉を引っ張るための水道管も必要か。


 最初だし露天風呂にしたいが……と、考えた結果、一番簡単な答えが出た。


「くりぬき石風呂を作るか」


 くりぬき石風呂とは、天然石を削り出して作るものだ。

 

 手順は実にシンプル、大きな石の真ん中をくりぬくだけ。


 とはいえ、高級旅館の客室露天風呂とかにある贅沢なものだ。


 少し周りを探索してすぐに大きな岩を見つけた。

 ごつごつしているが、形は理想的だ。

 真ん中をくり抜くことが出来れば完璧だが、普通は工業用の機械でもなければ不可能だろう。

 

 ただ、仙人の言葉が本当ならばできるはず。


 想像と創造(インスピレーション)は、イメージした魔法を作り出す。


 今この場に適した魔法か……。


 俺は、イメージを強くして岩に手を当ててみた。


「…………」


 何も起こらない。


 何が足りない? ――もしかして、詠唱か?


「――鉱物変化(インヴォーク)


 おそるおそる唱えた瞬間、手が強く光り輝いた。

 再度触れてみると、あれだけ堅かった岩が粘土のように柔らかくなっている。


 俺が想像したのは、岩を柔らかくする魔法だ。


 なるほど。考えてみれば当たり前だが、魔法には詠唱が必要なんだな。


 しかし岩はずっと柔らかいままではなく、だんだんと堅くなってきていた。

 俺は急いで岩の真ん中を強く押し、底が抜けない程度に穴をあけていく。

 外側の強度も強くしたいので、ペタペタと横に押しのける感じだ。


 ごつごつしていたところも整えているところでまた硬くなってきたので、ふたたび鉱物変化(インヴォーク)を唱えた。

 外側の岩感を残した状態で、中の部分をつるつるにしていく。

 戻ったときに怪我をしてしまうからな。


「うむ。触り心地が最高だ」


 満足したところでちょうど岩に戻った。

 出来上がったのは、高級旅館にあるような岩浴槽だ。


 素晴らしい出来栄えで、思わず頷く。


 さっそくと入浴と言いたいところだが、水道管も必要だ。

 これは大変だ。さらに源泉をくみ上げなきゃいけない。


 とはいえここにプラスチックはない。

 岩で作ってもいいが長さが足りないな……。


「――そうか」

 

 近くに手ごろな木があった。

 木造変化(ウッドシェイパー)という魔法を作り出し、中を空洞にした木筒を作っていく。

 そうして何度か詠唱していると、身体の力が少し抜けていく感覚があった。


「……そうか、これは」


 少し息が切れる。

 どうやら魔法は無限に使えるわけがないらしい。

 といっても、チートなのには変わりないが。


 少しの疲れを覚えながら、作業を続けていく。


 5分もすれば、俺の目の前には大量の木筒が積み上げられていた。

 額に流れる汗を拭い、ふと気づく。


「……どうやって持っていこう」


 まったく後先を考えていなかった。

 くりぬき石風呂は数百キロぐらいあるだろう。俺一人ではとても運べそうにない。


 そのための専用台車を作るか?

 いや、もしかして仙人なら……。


 期待と不安を込めて風呂を持ち上げようとしてみる。もちろん駄目だ。

 しかし、今度は身体強化(パワーアップ)と唱える。


 すると、ふつふつと力が沸いてきた。


「ぬっ、うおおおお」


 軽々しく、というわけではないが、なんと持ち上がったのだ。


「ははっ、さぁびすがすぎるぞ。仙人」


 そのまま小屋の近くまで持っていき、手ごろな場所に置く。

 直後、思い切り力が抜けていく。柔らかくなった岩が硬く戻ったときのような制限時間だろう。

  ゆっくり入浴するために小屋の周りに柵を作っておきたいが、仙人は小屋の近くは安全だといっていた。

 それを信じて今日はなくてもいいか。


 次は大量に作った木の水道管を運ぶ。数は多いが重さは大したことがなかった。


 そしてお待ちかねの源泉を引っ張ってくる時間だ。

 地面に穴をあけて、源泉を持ち上げてくるイメージ。

 ふたたび地面に両手をかざす。

 源泉は遥か下。普通なら機械で丁寧にくみ取っていくしかないのだが―。


汲み上げ(サーキュレーション)


 手をかざすと、ぐぐぐと地面が押し込まれていく。そして――一気に源泉まで貫通した。


 次の瞬間、ゴオオと音が聞こえて、ドンッと湯が天に昇る。


「――ははっ、はははっ――って、熱っ!?」


 温泉を掘り当てた喜びの束の間、空から降ってくる源泉の予想以上の熱さに驚く。

 とはいえゆっくりはできない。

 急いで水道管を魔法で繋げ、穴に押し込んでいく。

 温泉の勢いも強い、俺の力も強い。


 次は、ポンプをイメージ。

 物質変化で無事に動くようになったのか、管から無事に湯が登ってくる。


 温泉は種類がたくさんある。匂いと色をみたところ、おそらく番オーソドックスな『単純湯』だろう。

 温泉成分は少ないものの、肌に優しい、人気の湯だ。


 最後に水道管を少し曲げ、くり抜き風呂に流し込める位置に設置する。

 ドドドドと耳心地の良い音とともに、一気に流し込まれていった。


「ははっ、出来てしまったな」


 最初は半信半疑だったが、本当に完成させてしまった。


 ──早くこの最高の風呂に入りたい。


 しかしそこでタオルを持ってきてない事に気づく。

 急いで小屋に戻ってふすまの中を開けると、タオルと大人用の浴衣を見つけた。


 本当に仙人は嬉しい事をしてくれる。


 脱衣所も作らないといけないが、今は誰もいないのでいいだろう。

 

 はやる気持ちを抑え――ることができず、すっぽんぽんで外に出る。


 くりぬき石風呂のそばで足を止め、深呼吸。


 初めての異世界温泉。しかも俺が作ったのだ。


「――よし」


 足先からゆっくり湯に浸かっていく。

 少し熱いが、これもまたいい。


「あ゛ぁ゛〜……」


 疲れが一気に吹き飛んでいく。最高だ。

 じっくり肩までつかると、あまりの気持ちよさに声が出た。


 あたりは既に暗くなっていた。同時に気づく、空を見上げれば、満点の星空だということに。


「……最高だな」


 贅沢だ。贅沢すぎる。


 そのとき、視界にステータスが浮かび出た。


『単純温泉』

 効果:自律神経不安定症 不眠症 魔力増強 回復上昇 気力上昇 治癒。


「こんなものが出るのか。後半はいかにも異世界という感じだな」


 魔法を使うと少し疲れるのだが、それも癒されていく感じだ。

 ステータスにMPの表記はないが、温泉が関係しているに違いない。


 そのとき、ゴソッと音がした。


 視線を向けると、黒いもふもふの犬がいた。

 随分とかわいらしい。

 見たところ親はいない。はぐれたのだろうか。


「がう……」

「どうした、大丈夫か?」

「がううう」


 威嚇している? いや、怯えているのか。

 そうか。突然俺が森の中に現れたからだろう。


 ……すまないな。


「申し訳ない。でも、危害は加えないよ」

「がう……」


 見たところ害はなさそうだ。

 よく見ると身体がボロボロだ。擦り傷もある。

 そのとき、温泉の効果を思い出す。


「……なあ、一緒に入らないか? もしかしたら傷が治るかもしれないぞ」


 黒犬は少し不安そうにしながらもゆっくりと近づいてくる。


「がうう」


 身長が足りない。どうするのかと思っていたら、手を万歳。

 どうやら抱えてほしいとのことらしい。


 こいつ、可愛いな……?


 体ごと掴み、ゆっくり湯に浸からせる。少し不安がっているみたいだったが、すぐに黒もふもふは頬を緩ませた。


「ははっきもちいか」

「がうがう」


 すると不思議なことが起きた。

 黒犬の怪我が徐々に治っていくのだ。


「がううう!」


 それが嬉しかったのか、俺の頬をぺろぺろとしてくれた。

 すっかり癒えたあとは元気になって、幸せそうに顎を風呂の外に出す。


 あまりの可愛さに頭にタオルを乗せた。

 動物カレンダーで主役が張れそうなほど可愛らしい。


「がう、がうー」

「いいだろ。温泉は」


 二人で長湯したあと、身体をしっかり拭いてあげた。

 黒犬は、反対に俺の身体の水分を取ってあげようと舐めてくれる。


「ははっ、大丈夫だよ。ありがとな」

「がう!」


 このままお別れは寂しいな。そう思っていたら、黒犬はどこへも行かない。

 突然、寂しな表情を浮かべて、その場で座り込む。


「どうした。親はいないのか? 帰るところは?」

「がう……」


 もしかしてずっとここで一人ぼっちだったのか?


 ……それはさみしいよな。


「だったら一緒に寝るか?」

「がう!」


 尻尾をふりふり。どうやら嬉しいらしい。

 不思議な犬だと思っていたが、額に手を触れると角が生えていた。


 もしかして魔物なのだろうか。

 見た目は可愛らしいが、鋭い牙もある。


 二人で小屋の中に移動。


 黒犬は和室に驚きつつも、布団の柔らかさに気づくと横になり、可愛いお腹を見せてくれた。


「がうがう!」

「ははっ、こいつめ可愛いな」


 なんて愛らしいんだ。そして、もふもふで気持ちいい。

 少し遊んでいると、目がうとうとしてくる。

 だがそれは、黒犬もだった。


「……一緒に寝ようか。黒犬……」

「がう……」


 異世界転生初日。

 孤独に温泉作りを楽しむ予定だったが、最高の相棒ができたかもしれない。

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