第2話 イズミ、温泉大地に立つ!(魔王の跡地に立つ)
真っ白い光に包まれたあと、気づけば森の中に立っていた。
鳥の声、川のせせらぎ、木々の匂いで思わず微笑んだ。
「仙人、良いところに飛ばしてくれたな」
自然が豊かで、それでいて落ち着いている。
ありがたいことに人気もなさそうだ。
異世界といっても社会情勢は地球とそう変わらないだろう。
もしかしたら土地関係で問題があったらどうしようと思ったが、ここなら誰にも邪魔されず温泉作りを楽しめそうだな。
まだ先だが、欲を言えばいつかは商売なんてものをしてみたい。
日本のおもてなしで異世界人を幸せにする。
なんて、壮大な夢が叶うといいといいのだが。
周囲を見渡したあと、ひときわ目立つ小屋で視線が止まる。
「さて、これが用意してくれた家……か?」
おそらく、仙人が言っていた住居だろう。
だが小さすぎる。この中で眠るのは大変じゃないか?
四段ほどの階段を登り、おそるおそる扉を開けると、そこにはまさかの光景が広がっていた。
思わず、笑みがこぼれる。
「ははっ、粋なプレゼントだな」
まるで日本旅館のような和室の一室が広がっていたのだ。
ザッと見たところ広さは二十畳ほどだろうか。
落ち着いた和の雰囲気がある玄関。
その先の和室はもちろん畳だ。中心には艶やかな木テーブル。
合わせて、座布団付きの座椅子が四つ。
テーブルの真ん中には茶臼と茶葉、和菓子が置かれていた。
「旅館に泊まりにきたみたいだな」
テレビはないが、掛け軸は置いてある。
そこには『温泉』と書いてあり、思わず笑ってしまった。
和室に足を踏み入れると、畳の気持ちのいい質感が足に伝わる。
奥には障子があり、小さなテーブルと椅子まで。
窓からはその先の綺麗な森がみえていた。
そのとき、ふと気づく。
「……俺の記憶を読み込んだのか」
ここは、俺が昔行ったことのある日本旅館の和室にそっくりだ。
そんなこともできるのか。
テーブルをよく見ると張り紙が置いてあった。
・いろいろ、さぁびすしといたぞい。ここあるものは使えば翌日に補充されておる。
後は、さヴぁいばる使えそうなものもな。
とはいえ最低限じゃ。
小屋の周りにはそれなりの防御魔法が張っておる。
魔物程度なら襲われることはないじゃろう。ゆっくり眠るが良い。
襖を開けると真っ白い羽毛布団とふかふかの枕が入っていた。入口側のもう一つの襖には、食料の肥料と書かれた袋が沢山。
まさに至れり尽くせり。風呂はないが、それは作れよ、ということだろう。
ほんと、最高だな。
ふと鏡に目を向けると、自身の風貌に驚いた。
「はっ、まるで別人じゃないか」
少し若くなっている。黒髪黒目は変わらないが、顔立ちが整ったみたいだ。
さらにいえば身体が軽い。残業続きで凝り固まっていた肩こりも解消されている。
「……案外楽しみが勝つんだな」
不安よりもこれからの事を考えるとワクワクが止まらない。
どうやら気持ちまで若返ったみたいだ。
早速外に出てと思ったが、目の前にある茶菓子の誘惑に負けてしまって一息。
「水……そもそも、湯がないな」
茶葉を入れてから気づく。どうしようと思っていたら、急須が光はじめた。
直後、蒸気が少し漏れたかと思えばズッシリと重みがあった。
「まさか……ははっ、凄いな」
傾けると、とくとくとく。
湯気とともに緑の茶が出てきた。
どういう原理なのだろうか。
いや、これが魔法か。
魔法の利器に感謝しつつ、茶を飲んでから外に出る。
さてと、ここからが本番だ。
仙人は望むものを与えたと言っていた。
まずは温泉の源泉を調べるところから始めよう。
そして俺はおそるおそる唱えた
「――ステータス」
『イズミ』
固有能力:想像で創造(イメージした通りに魔法を生み出すことができる)
多言語理解 温泉鑑定 都度成長 不老
火、水、地、水、闇、光、完全習得
ステータス:元気いっぱい、夢いっぱい
称号:温泉初心者
「ははっ、やっぱりでてきたな」
仙人は俺の記憶を読み込んでいた。まさかと思っていたが、昔やっていたゲームのステータス表記と同じだ。
固有能力が本当ならば、これで温泉作りができるはず。
多言語理解はわかるとして、都度成長はなんだ? 背が伸びるのか?
いやそれより……不老?
……冗談だろ。
一旦、心を落ち着かせる。
それから手を地面にかざして、頭の中で魔法をイメージした。
地下を、ソナーのようなもので探るイメージだ。
「想像で創造」
直後、ぱあっと手が光った。
すると、アリの巣のように地下が脳内で読み込んでいく。
「凄いな。まるで映像を見ているみたいだ」
温泉とは、地熱で温められた湯のことをさす。
地面の下、数十メートル先に源泉を見つけた。
このまま、もう少し周囲にも気を配ってみよう。
「――これは、やりすぎだぞ仙人」
周囲には源泉がいっぱいだ。立ち上がって思わず頬が緩む。
これならなんとかなる。
いや、ここは最高の場所だ。
まずは小屋の隣に小さな温泉を作ろう。
毎日入れるような、自分だけの温泉。
もちろん、今後は増やしていく。
やがてはあたり一帯を温泉地域にするのだ。
いつかはイズミ温泉、なんて呼ばれたいものだな。
これからの事を考えながら、温泉まんじゅうや特産物も欲しいなとと考えていたら、目の前に見たことのある鳥が横切る。
ちょっと黒いが――鶏で間違いない。
「ココーケコココ?」
ハッと気づき、慌てて追いかける。
人に慣れていないのか、黒鶏は逃げることもなく、静かに捕まった。
そのまま俺の顔を見つめながら首を傾げる。
「なあ、俺と一緒に住まないか?」
「コケココ?」
首を傾げたのを、頷いたことにしよう。
どうやら温泉卵も作れそうだ。