世の中には見えなくていいものって、あるよね
なんちゃってホラーです。
怖くないです(多分)
目が覚めたら目の前に巨大な犬、いや違うな、狼がいた。っていうかオレの上に乗ってるのに重くないのはなんでだ。
「……え?」
『ようやく我が見えるようになったか』
え!? 狼がしゃべった!?
しかもなんか古風!
呆然とするオレを無視して、狼はベッドからひらりと下り、振り返って『下に参るぞ』と催促する。
訳がわからないままベッドから出て、一階のリビングに行く。狼はトットットッと軽快な音をさせて階段を下りる。
「おはよう、悠里」
「やっと起きたかー」
……え? 父さんの足元にフレブルがいる。伏せて目を閉じていた。寝てるのか? っていうかうち、犬なんて飼ってなかったよな?
オレの視線に気が付いたのか、フレブルが目を開け、上目遣いにオレを見ると、しっぽを一度だけ振った。
「おまえも今日で十四歳。犬神が見えるようになっただろう?」
「お母さんも見たいのに、見れないのよねぇ。悠里のコは大型犬なんでしょう? お父さん」
父さんは頷きながら、オレの横にいる狼を見る。母さんは心底残念そうにため息を吐く。
「大型犬というより狼っぽいな、悠里のは」
「ちょっと待って!」
いきなりなんなんだ。犬神!? 狼!? 情報過多なんだけど!?
「順を追って話すからまぁ座って」
言われるままに椅子に座る。
「目が覚めたら見えたんだけど」
「我が犬上家はな、十四歳を成人として、自分の犬神が見えるようになるんだ」
十四歳で成人は早すぎる気がするけど、それはまぁ置いといて。
「悠里がお母さんのおなかの中にいた時からいたんだぞ。犬上家の血を引く人間と、霊感が強い人間にしか見えないけどな」
ずっといたの? これが?
オレの足元で伏せをしている狼を見る。
「犬神に名前をつけてあげなさい」
え、名前ついてないの? 十四年も一緒にいたのに?
「名付けは主人の最初の仕事なんだよ」
急にそんなこと言われてもな……。
狼を見ながら名前を考える。さっきの偉そうな喋り方からして、変な名前をつけたら怒られそう……。
「ちなみに父さんの犬神は、足元のフレブルなの?」
「そうなんだよ、可愛いだろう? しろあんっていうんだ」
しろあん……。
狼がジロリとオレを睨む。
『変な名を付けたら許さぬぞ』
やっぱり駄目らしい。オレの犬神も父さんのみたいに可愛い系が良かった。プリンとかショコラとか、よく犬につけられている名前なら楽だったのに。
「…………あのさ、オスとメスどっち?」
『オスだ』
全身真っ白で、青い目。
急に犬神がーとか、名前がーとかいわれても困る。
母さんが入れてくれた、お茶の湯飲み茶碗を見て、頭にハクジという単語が頭に浮かんだ。
狼に目を落とす。
「ハクジとか、どう?」
『ふむ、悪くない。良かろう、我が名はハクジとしよう』
「ハクジ、じゃあハクちゃんねー」
ハクジと名付けた狼は母さんをジロリと睨む。でも母さんには見えてないんだよな……。
「父さん、犬神が見えるようになると、どうなんの?」
「気持ち悪いものが見えるようになるぞ」
「なにそれ?」
気持ち悪いものって、なんだよそれ。嫌な予感しかしないんだけど……。
「犬上家の人間は霊感があるんだけどな、霊が見えるようになるのはなんでか知らないが十四歳からなんだよ」
「えぇー……」
霊とか見たくないんだけど……。
「犬神の大きさが霊力そのままなんだよ。悠里の犬神は大きいから、きっと父さんより色んなのが見えるだろうなぁ」
そう言ってはっはっはっと笑う父に、イラッとする。
ってことは父さんはあんまり霊感? 霊力はないってことじゃん。
オレの犬神のハクジ、めちゃデカいんだけど。体長一メートル余裕で超えてるし、立ってる時もオレの腰より上に身体あったし、体重もすげーありそう。
「実は犬上家ってお祓いとかが裏稼業とかだったりすんの?」
「昔はそうだったらしいけどなぁ、子孫の霊力がどんどん減って廃業したそうなんだが、悠里はやれそうだな」
「やらないから!」
無理無理! 怖いの苦手だし!
「気持ち悪いだろうが、犬神がいるから安心しなさい。これまでだって実はいっぱいいたんだけどな、ハクジが全部やっつけてくれてたんだぞ」
「そうなんだ……」
そんなこと言われたら家から出たくない。でもそんなわけにもいかないしな……。
「そのさ、気持ち悪いのってさ」
「悪霊とか地縛霊とか、そういうのだなー」
やっぱりー!!
ホラー映画もお化け屋敷も観られないのに!
『我がいるのに何が不安だ』
「ハクジ、オレから絶対に離れないでくれよ?」
『主人のそばにいるのは当然だが、そなたたち人間のいう、プライバシーとやらはいいのか?』
プライバシー! めっちゃ大事! でも、怖いの嫌だし……。
ハクジは呆れたように『そなたがプライバシーが必要な時は姿が見えないようにしておいてやる』と言った。
「近くにはいるけど、オレからは見えないってこと?」
『そうだ。面倒だがな』
ハクジ良い奴!
思わず立ち上がって伏せをしているハクジに抱きついてしまった。
……ぅわぁ……もっふもふ……。
「見えないけど、悠里、ハクちゃんをもふもふしてるんでしょう? 羨ましいわぁ……嫁特典もあればよかったのにー」
嫁特典て……。
母さんは動物好きだ。それなのに見られないのは悔しいんだろう。オレも動物は好きだし、家族みんな動物好きなのになんでペットを飼わないんだろうって思ってたら、こういうことだったなんて……。
「なんで十四歳になるまで教えてくれなかったの?」
「悠里がビビりだから」
…………お気遣いあざす。
怖くて週末は家から出なかった。
でも今日は月曜日。学校に行かねばならない……。
ため息を吐くオレを、ハクジが呆れた顔で見る。
『何の問題もないと言っておるだろう』
これまでも見えなかっただけで、ハクジが守ってくれてたのは聞いた! でもさ、見えちゃうんでしょ!?
傾いてるとか、不慮の事故で亡くなった時のままの姿だとか、そういうのだと思うんだよね……。ホラー映画のCMに出てくるような、青白い顔の子供とか……。
家から出たくないのに、幼馴染みの昴がいつものように迎えに来てしまった。
玄関のドアを開けた瞬間、閉じてしまった。だって、門のとこになんかいた! 髪の塊みたいのが! 毛の間から人間の腕とか出てる――!!
ドアが開いた。昴が開けてしまった……。
「遅刻するよ」
「そうだけど!」
でもあんなのの横通りたくない!!
昴に腕を引っ張られ、門の横を通り過ぎようとした瞬間、髪の毛がオレに向かって伸びてきた!!
思わず目を閉じるも、なにも起き……ない?
そっと目を開けると髪の塊がいた所にハクジが立っていた。髪の塊はいない。
『この程度にいちいち恐れるな』
「えっ、ハクジ倒してくれ」
倒してくれたのか? と聞こうとして、昴の存在を思い出す。見えない昴からしたら、何言ってんだコイツ、と思うはずだからだ。なのに昴はいつも通りの表情。ちら、とハクジを見ると、昴もハクジのいる方を見る。
「悠里もやっと見えるようになったんだ?」
「…………え?」
『こやつは昔から我のことが見えているぞ』
「え!? そうなの!?」
「見えてないフリしてた、悠里ビビりだから」
ぅぐ……。反論できない……。
「え、昴はずっとハクジが見えてたってことか……」
「ハクジって名前を付けたのか。なぁ、オレもそう呼んでいい?」
ハクジは頷くと『構わぬ』と答えた。
学校に向かう道すがら、数えきれないほどの霊を見た……しかも全部オレに襲いかかってくる。ハクジが返り討ちにしてたけど。襲われるのも嫌だけど、オレが想像していたのよりもっとグロくて、涙目。
「昴はいつからあぁいうの見えてたんだ?」
「物心ついた時には見えてた」
アレを!!
言葉にするのも嫌になるようなあのグロいのを!!
「でも見えるみたいなこと、言ってなかったよな?」
みんなには見えないものが見えて、親とかに言って気味悪がられるとか、そういうトラウマ的な奴。
「兄キも見えるんだよ」
「え! 春樹兄も!?」
「だからどうやってやり過ごせばいいかってのは兄キに教わった」
なるほど。
「それにありがたいことにオレには力強い幼馴染みがいたから」
「オレっていうより、ハクジだろ?」
「まぁね」
ハクジはオレの横を歩きながら、オレに近寄って来る霊たちを全部消し炭にしていた。つ、つえー……(怖)
「てかさ、こんなにいるの……」
視界の何処かに必ず霊がいる……。
「これでビビってると学校きついよ」
「え……っ!」
「人が多く集まるとこに来るみたいなんだよね、アイツら」
良い笑顔で言うことかよ!!
体調不良ってことで帰ろう、と思った瞬間、昴にまた腕を掴まれた。
「人生長いんだから、早めに慣れておいたほうがいいと思うよ」
「そうだけど!」
怖いもんは怖いんだって!
引きずられるようにして登校した……。
目を開けたくない……。開けたら見えちゃう。
ハクジがいるから平気なんだけど、キモいもんはキモい。見たくない、見たくないんだってば。
ガラッとドアの開いた音と同時に、担任の「席着け席ィ」という声。そっと目を開けたら、担任の後ろになんかついてきてる……やたらクビが長くってでも曲がっ(自主規制)
ヒィッ、目が合った!
目が合った瞬間、全速力でこっちに向かって来た!
『鬱陶しい』
「(ぎゃーっ!!)」
声にならない悲鳴を上げるオレの隣で、おすわりしていたハクジが右手を振った瞬間、霊は爪に裂かれて消えた。
た、頼もしい……頼もしいんだけど……やっぱり怖いぃぃぃ!!
怖いからと窓の外見たら、窓ガラスに頭がいくつもある奴と目が合っちゃったりして、入って来たそいつをハクジが退治して、かと思えば隣の席の机の中から手が出てきたり……。そのたびに悲鳴をあげないように耐えた。
ホームルーム後の授業もまったく頭に入ってこないし、せめてノートだけでもとろうとするのに、黒板の前に立ってめっちゃ邪魔する奴まで現れた。ハクジはオレから離れないから黒板の前にいる奴はやっつけてくれないし。あとで昴にノート見せてもらわないと……。
いっそ寝るか!? と思ったら、小さいおじとかもやって来てなんかよく分からんこと叫んではハクジにやられてる。何言ってるのか分かんないけどうるさくて寝られない。
絶対この数時間で寿命縮んだ。もうやだ。家帰りたい……(涙目)
「大丈夫かー?」
一限が終わり、休憩時間に昴がやって来た。オレの顔を見るなり、「大丈夫じゃなさそうだなぁ」と言って苦笑する。
「昴はいつもどうしてんの?」
「オレは見えないフリしてる。そうするとどっか行ってくれるから」
「でもなぁ」と言ってオレの前の席に昴は座った。
「今まではたまたま近付いたのをハクジが始末してたのに、今日は違う。目が合わなくても悠里に突撃してきてるよね。見えるようになったからなのかなぁ」
「オレきっと早死にすると思う」
『縁起でもない』
守られていたって怖いしキモいし、無理なもんは無理なの!
本当はトイレに行きたいけど、トイレにはご高名な存在がいるじゃん。男子トイレだからって遠慮してくれたら助かるけど!!
「あのさ、一限のノート見して」
「あー、ねー」
スバルも黒板前でうろちょろしていたのが見えていたからか、分かってくれたようだ。
こんな状況になってしまったけど、唯一の救いは昴の存在な気がする。誰にも言えずにこの状態が続くのマジ無理すぎ。
犬神がつくから見えるようになったのか、見えるし襲われるから犬神がつくようになったのか、鶏と卵みたいになってるけど、ハクジがいるのはありがたい。
「いっそ自ら遠征して駆逐するとか」
軽いノリでとんでもないことを言ってくる!
「いやだ!」
「だよねー」
ちなみにこの会話の最中も色んなのが近付いてきてはハクジの爪の餌食になってた……なんでくるの……。
『犬上家の血脈は成人とともに彼奴等を惹き寄せる』
成人したくなかったー!!
「思うに、人の多いところに来る奴は、悠里に惹かれるんだと思う。フェロモンみたいのが出てるんじゃないかな」
そんなもの出してません!!
『慣れるしかあるまい。何があろうと我がそなたから離れることはないのだから、引き摺り込まれることもない』
今サラッと怖いこと言われた!!
我慢に我慢を重ねたけど、無理だった。トイレ行きたい。しかもよりによって大。
さっさと行ってさっさと教室に戻ろう。教室も安全じゃないけど、トイレよりはマシな気がする。
廊下を歩くだけで小さいおじやらよく分からない塊みたいなのにエンカウントする。見たくないから見えないフリしてトイレに向かう。目が合わなくても突っ込んで来るから意味ないけど、オレの精神衛生をこれ以上悪化させないために。
トイレに到着。心なしいつもよりトイレ全体が汚く見える……。空いてる個室に入った瞬間、こんにちは。
なんか呻いてる。呻いてるよぉぉおおお!!
速やかにハクジが始末してくれたので、ドアの鍵をかけ、座ろうとして気付く。
「これ、オレが座ってる時にも下から来たりすんの?(小声)」
『いや、それはない』
「本当に?(小声)」
ハクジが呆れた顔をする。
『本当だ』
安心して座ったものの、狼に見守られながらのトイレ、しづらい、しづらいよ……。
でも姿が見えないのも怖い。
…………便秘になりそう。
やっと放課後……。
襲われるたびに悲鳴あげそうになるのを必死に堪えてたら、マジで涙出てきた。
「……ようやく帰れる……」
よく分からんけど、家の中には現れないみたいだから、早く帰りたい。部活入ってなくてよかった!!
カバン持って昴と教室を出たら、ちょっと大きいおじがいた。なんでコイツらまっぱなの。そしてうるさい。
「悠里のはさ、透けてる?」
見えないフリをしている昴からの質問。
「いや、実体っぽい」
「わぁ、それきっついね。オレのは透けてるから分かるんだよね」
透けてるのいいな、と一瞬思ったけど、全然良くなかった。見えないフリをしたらやりすごせるなら透けてるほうがいいんだろうけど。
「……なぁ、昴」
「うん、言いたいことは分かるよ」
「分かってくれる?」
「うん」
おじ、だんだんデカいの登場してきてない?
それと昴。
「なんでいつもと帰りかた違うの、昴」
「バレたかー」
いつもなら教室を出て左に行くのに、なんで今日は右なんだ。まさか昴の奴、オレに遠征させてハクジに霊を駆除させようとか思ってるんじゃないだろうな!?
「あっちはね、ヌシっぽいのがいるんだよね」
ヌシってなに。
「だからこっちにしたんだけどね」
困ったようにこっちを見て笑う昴の後ろに、ぬぅっと巨大な影。
「昴、振り向かないほうがいい、かも」
「あ、やっぱり? ひんやりするなって思った」
君、本当に怖がってる??
「ハクジ、あのさ……」
ハクジの数倍はありそうな、超特大おじ、多分昴の言うヌシが四つん這いのまま階段を上がって来た。
ヒィィィッ。等身がおかしすぎてこれはこれでキモ怖い!!
『問題ない』
そう言ったかと思うと、ハクジがジャンプして超特大おじの首に噛み付いた!!
「おぉー」
いつの間にやら昴はオレの横に立って、ハクジが超特大おじを討伐するのを見学してる。
おじの手がハクジを叩き落とそうとする。ハクジは素早く離れ、その手を爪で裂いた。あいかわらずなんて言ってるのか分からんけど、おじが呻いてる。呪詛っぽい。
ハクジにやられた首を押さえながら、また手で攻撃してくる。
昴に引っ張られて、立ち止まって話してる風に、壁に寄りかかりながらハクジとおじ対決を見守る。
なんかもう、現実味がない大きさに脳がバグってる。特撮モノですと言われたほうが納得する。っていうか誰か言って。魂が口から出る前に。
呆然と見守っていると、超特大おじが断末魔をあげて、黒いもやみたいなのを出しながら消えた。
「さすがだなぁ」
パチパチと拍手をする昴。
ハクジはオレの元まで戻ってきて、『他愛もない』と言い放った。オレの犬神つよすぎ。頼もしい!!
ヌシを倒し、帰路にも現れる奴等をハクジが蹴散らし、無事帰宅!
こんなに長い一日初めてだよ!!
でも、ヌシ倒したし、明日から少し平和が訪れるに違いない!
……って今日もいるんかい!!
倒したはずの超特大おじに向かって、ハクジがまた飛びかかるのを昴と見守るのだった。