花火大会2
かき氷をしゃくしゃくと美味しそうに頬張る夏子。冷たいのかたまに口を梅干しのようにすぼめている。
俺もかき氷を食べ進めながら回りを警戒していた。
俺たちは今二人で花火大会に来ている。しかも浴衣なんか着て。こんなんどっからどうみてもデートだ。
花火大会には夏子以外からも誘われていた。でも兄貴たちと行くと言って断っていたのだ。それなのに夏子と二人でいる所を見られでもしてみろ。俺たちは隠れて付き合ってる、そんな噂が流れるに決まってる。
かき氷を食べ終えた夏子を見て俺はカップを受け取りゴミ箱へ捨てる。
さっさと満足してもらいさっさと帰るとしよう。
花火が上がるのは19時半から。まだ一時間もある。花火が終わり次第即帰宅、そのためには今のうちにやれることをやっておく。
射的に輪っか投げ、ダーツにヨーヨー釣り。
夏子は何をするにも楽しそうだった。
夏子の腕には光る腕輪やヨーヨー、懐かしの駄菓子が入った袋があった。
「陸は何やっても上手だねえ」
ヨーヨーをバシバシしながらそう口にする夏子。
「お前は何やらしてもポンコツだな」
こくりと頷く夏子。楽しそうだから怒ってはいない。
俺は時間を確認する。そろそろ花火が始まる。
「花火見ながらなんか食うだろ?買って移動しようぜ」
そして俺は焼きそばとたこ焼き、夏子はりんご飴を購入した。
祭り会場からは少し離れた川辺。
花火も遠くなるため人が少ない。ここなら見つからないだろう。
周りには数組のカップルがいるだけだった。
特に会話もなく花火を待つ。りんご飴を舐めながらヨーヨーをバシバシしている夏子を見た。
「それ、普通に叩く以外にも遊び方あるぞ」
ぽかんとする夏子に俺は自慢げにふっと笑う。
「貸してみろ」
夏子からヨーヨーを受け取り立ち上がる。
周りの安全を確認してからゴムの部分を持ちヨーヨーをぐるぐると回す。遠心力によりヨーヨーは勢いよく円を描いた。そのまま手を持ち替えて左へ、そして背中へ移動し、最後にまた持ち替えてしっかりとキャッチする。
「どうだ?」
ドヤる俺を見て夏子は目を輝かせながら拍手した。
「私もやる」
俺は夏子にヨーヨーを返し座った。
「お前には無理だな。やりすぎるとゴム千切れるから気をつけろよ」
こくりと頷いた夏子は見よう見まねでヨーヨーをぐるぐると回し始める。
そして左手に持ち替えようとした時、バイン、とヨーヨーが勢いよく夏子の顎を直撃した。
俺は思わず吹き出す。夏子は顎を押さえていた。
笑いをこらえながら「大丈夫か?」と聞くと、夏子はゆっくりと俺の隣に腰を下ろしこくりと頷いた。
顎が赤くなっている。
俺は漏れ出る笑いを抑えながら夏子の顎に手をかけた。
「赤くなってる。ちょっと見せてみろ」
くいと軽く顎を持ち上げ覗き込む。暗くてよく見えないけど、擦れてはいなさそうだ。
「大丈夫そうだな。だから言ったろお前には無理だって……」
そう言って夏子に視線を戻す。
あまりにも近い距離。なぜか目をぎゅっと瞑っている夏子。紅潮している頬に甘い香りのする唇。
俺は思わずバッと距離を取った。
目をパチパチさせてこちらを見る夏子。
ひゅーという高い音が聞こえ、大きな音と共に鮮やかな花火が打ちあがる。
夏子の視線は花火へと向いた。
俺の顔が赤くなったことに、きっと夏子は気付いていない。
花火が終わり俺たちは電車に揺られていた。
いつもの無言がなんだか少しだけ気まずい。
車両を移動してきた若者のグループ。
「あれ、野々宮じゃね?」
そう聞こえ俺の心臓は嫌な音をたてる。夏子もその声に振り返った。
そこにいたのは、去年のクラスメイト達だった。
最悪だ。夏子に気を取られて周りを確認し忘れた。
ひときわ派手な和田。和田は隣にいる夏子に目を向けた。
「東雲さんとデート?」
からかうようににんまりと笑う和田。
「ちげえよ」
「兄貴と行くって言ってたのにさあ。隠さなくてもいいじゃん。なあ」
一緒にいた女子二人は不機嫌そうに夏子を睨んでいた。
「途中まで兄貴たちもいたんだよ」
これは仕方のない嘘だ。俺のせいでこいつは女子から反感を買うことがある。何度恋愛対象じゃないと否定しても無意味だった。
和田は「ふーん」と言って夏子に視線を向けた。
「東雲さん、野々宮とのデート楽しかった?」
「何バカなこと聞いてんだよ」
「いいじゃん別に。楽しかったかどうかくらい」
夏子はおろおろとためらったあと、こくりと頷いた。
……頷くな!!
心で叫んだけど時すでに遅し。
「へえ、良かったね」
にこにこと笑顔を向ける和田に、夏子はまたしても頷いたのだった。