絶叫マシン
小学三年生の時だった。
一人のクラスメイトが私に言った何気ない一言。
「夏子ちゃんって夏って感じじゃないよね。静かだし」
彼女の一言に近くにいた男子が反応する。
「それな。むしろ冬じゃね?冬子だろ冬子」
そうすると周りも面白おかしくはやしたてるもので、私は「ああ、私って夏子っぽくないんだ」となんとなくしょんぼりしたのだ。
一人の男子がある男子に声をかける。
「な、陸もそう思うだろ?」
陸はクラスの人気者で、私とは家が隣のいわゆる幼馴染というやつだった。
陸はじっと私を見たあと嘲笑うようにこう言った。
「いやどうみても夏だろ。だってこいつ幽霊みたいじゃん。幽霊っていったら夏だろ」
その言葉にみんなは笑って「確かに」、「そう言われれば夏だな」と賛同していく。
陸は「まだ時間あるし外で遊ぼうぜ」と言ってみんなを引き連れ教室を出ていこうとする。
声がかけられてない私は行ってもいいのか判別が出来ずその場にとどまっていると、陸が振り返り視線が合った。
「夏子も来いよ。どうせ暇だろ」
私の心はキラキラと輝き陸の背中を追った。
その後陸の家でおやつをごちそうになっていると、陸のお母さんが微笑ましそうに私たちを見つめてこう言った。
「なっちゃん、陸に意地悪されてない?されてたらちゃんとおばさんに言うのよ?」
私はこくりと頷く。
「私幽霊みたいだから夏子だって」
陸の優しさをおばさんに伝えようと思ったのだ。するとおばさんは一瞬ぽかんとした後陸の頭を叩いた。
「いってええええ!!」
陸が頭を押さえ叫ぶ。
「なにすんだよ!」
おばさんの頭には角が生えていた。
「なにじゃないでしょ!女の子になんてこと言ってんのあんたは!」
「ほんとのことだろ!それに喜んでんだからいいじゃん!」
「幽霊なんて言われて喜ぶ子がいるとでも思ってんのか!ほんとバカね!」
「はあ?!」
楽しそうにする二人を見て私は笑う。顔には出ていなかったかもしれないけど、心は笑っていた。
私は陸を尊敬している。
東雲夏子、高校二年生。
明るい性格の母と姉に囲まれて生活したからか、はたまた生まれ持った性格なのかはわからない。私は人よりも感情表現が乏しいらしい。
セミの声が外から聞こえる。
クーラーのきいたリビングで私はもくもくとゲームを進めていた。
今は夏休み。特にやることも予定もない。
部屋からお姉ちゃんが出てきて私に声をかける。
「私出かけてくるね。あんたずっと家にいるけど遊びに行かないの?美優紀ちゃんは?」
私は友達が少ない。唯一の友達である花瀬美優紀は家族公認の友人だ。
「美優紀リゾートバイト行ってる」
「わあ青春してるわねえ。じゃあ本当に暇じゃない。どっか行きたいとこないの?一緒に行ってあげる」
お姉ちゃんの言葉に私の目は輝く。
「遊園地行きたい」
目を輝かせる私を見て一瞬たじろぐお姉ちゃん。お姉ちゃんは絶叫マシンが苦手なのだ。私が起こした事故によって。
「絶叫マシンは我慢する」
するとお姉ちゃんは頭を抱えて苦笑した。
「い、いや、せっかく行くのに楽しまないのは損よ。空と陸も誘おうか。四人の方が楽しいでしょ」
私はお姉ちゃんの提案に頷いた。
陽気な音楽。彩られた装飾品。楽しそうな家族連れや恋人たち。
「夏休みだし人多いわねぇ」
私は久しぶりに遊園地へ遊びに来た。
陸のお兄ちゃんである空くんが地図を見ながら私に微笑む。
「まずは何から行きたい?」
空くんは陸とは違ってとても穏やかだ。ふわっとした笑顔が近所のおばさん達の心を掴んでいる。
陸は中学に入ってからずいぶん不愛想になったけど、こうして遊園地についてきてくれるところは優しいまま変わってない。
目的地へ向かって歩く。
自然とお姉ちゃんと空くんが前を、私と陸がその後ろを歩く。お姉ちゃんと空くんは恋人同士だ。
背が高く逞しくなった陸。今日は帽子を被っている。
陸は私を見下ろした。
「お前帽子持ってきてねえの?天気良いし熱中症なるぞ」
私は陸を見上げて頷いた。
「考えてなかった」
すると陸はため息をつく。そして私に帽子をかぶせる。
「貸してやるよ。お前と違って俺は鍛えてるしな」
私は頷いた。
「ありがと」
「おう」
最初の目的地はキャラクターハウス。そこではキャラクターと写真が撮れる。
「見て夏!うさ子とうさ吉がいる!可愛いーっ!写真撮ってもらおうよ」
お姉ちゃんは私の腕を取りスタッフに声をかける。空くんと陸も強引に撮影に参加させた。
お姉ちゃんと空くんは笑っていたけど私と陸は無表情だった。
出来た写真を眺めながらお姉ちゃんが呟く。
「夏子ちょっと緊張してるわね。私たちの笑いっぷりもどうかと思うけど」
隣にいた空くんが写真を共に見ながら笑う。
「柚子がはしゃぎすぎなんだよ。温度差すごって思われてそう」
「ありえる」
その後もいくつかのアトラクションを楽しみ、その時が来たのだった。