続・学園のアイドルから『1年だけ私の彼氏のフリをして』と言われたので
学園のアイドルから『1年だけ私の彼氏のフリをして』と言われたので、の続編です。
前作を見なくても楽しめるように頑張りはしました。
しかし前作を見た方がより楽しめるかもしれないです。
俺の彼女、君嶋 真冬は残りの余命が半年だ。
真冬はよく笑う。高校生ながら残りの命が僅かと知って辛いだろうに。
それでも真冬は俺を選んだ。最後のひと時を桐生 都城と過ごしたい、と。
元々奇抜な関係だった。
半年前、『学園のアイドル』こと真冬が校舎裏のベンチで泣いているのを見かけてハンカチを貸したのがきっかけだった。
その日の放課後、俺は真冬に「1年だけ私の彼氏のフリをして」と言われたのだ。
そこから5時間離れた実家に行かされたり、彼氏らしいことを強要されたりと振り回された。
......真冬との日々は楽しかった。あっという間に時間が過ぎていった。
でも、それは死へのカウントダウンでもあった。
真冬の患っている病気、FSL、通称五感病は味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚の順に五感が失われていき、視覚が失うと同時に亡くなってしまう病だ。
俺は真冬の彼氏役をやるうちに本当に彼女に好意を抱いていた。
それは彼女も同じだった。
......でももう遅かった。付き合った時には残りの命は半年だけ。
彼女にしてやれることはなにか。
それは全力で『普通』をすることだけ。
真冬はそれを望んでいる。あくまでも普通の日常を送って、普通の青春をする。
......真冬は気付けば視界から消えていた。
触ろうと思えば砂のように落ちて、周りが真っ暗になり、誰もいなくなる。
「真冬ー!」
暗闇の中を走り回るが誰もいない。
彼女ともっと多くの時間を共有したいのに。そんな願いは儚く散ってしまうもの。
***
「真冬! ......はぁはぁ、夢か」
どうやら涙を流していたようだ。何の夢を見たかはっきりと覚えていないがとてつもない悪夢だった気がする。
真冬が消えてしまう......そんな夢。
真冬がいなくなった時、俺はどんな生活を送るのだろうか。
今では真冬のいない人生なんて考えられない、考えられないのに......。
「朝から暗かったらダメだよな」
バチンと頬を叩いて俺はベッドから起き上がった。
カーテンを開けて、眩しい朝の太陽を浴びる。
時刻はまだ8時。待ち合わせまであと2時間ある。
スマホを見てみればメッセージが届いていた。
『おはよ、デート遅れて来ないでよね』
真冬からである。
今日は真冬とのデートなのだ。
何回目かはもう忘れた。しかし『彼氏』としてはまだ数回目。
一瞬一瞬を大切にしないとな。真冬との思い出の。
***
「へいへーい、女子を待たせるとは何事かい?」
「いや、あの、まだ10分前なんですけど」
準備を余裕を持って終わらせられたので、少し早めに行くともうすでに真冬が待っていた。
まだ待ち合わせた時間の10分前だ。......いつからいたんだよ。
それにしても......うん、服似合ってるし可愛いな。と内心思ったものの少し気恥ずかしいので口にはしないでおこう。
そんなことを考えていると、心を見透かしたように真冬は頬を膨らませて言った。
「むぅ......今日服張り切ってきたんだけどな〜」
「いや、いつも可愛いから今更言わなくてもいっかなって」
そう言うと真冬は頬を赤くした。
......防御力弱いんだよな。俺も人のことは言えないんだけど。
「え、あ、そう、あ、ありがとう......と、とりあえず行こ?」
「そうだな」
と、俺たちは歩き出した。今日は真冬が行きたいと言っていたので水族館に行くつもりである。
俺は真冬に手を差し出した。真冬も指を俺の指に絡ませた。
「えへへ、恋人繋ぎ〜」
嬉しそうに笑う真冬の姿を見ると、胸がドキリとしてしまう。
こんな幸せがあともう少し、あともう少しだけでいいから......続けばいいな。
しばらくして、俺たちは水族館へと辿り着いた。
思っていたよりもカップル、家族連れが多かった。
「......うーん」
「どうした? 真冬」
真冬は少し考え込むような動作をしてから俺と腕を組んだ。
「お、おい」
「こっちの方がいいかなって......あれ? 顔赤くない?」
「き、気のせい」
「本当かな?」
色々近い。しかも柔らかいものが......うっ。
意識すればするほど、ドキドキは加速していく。
「......チケット買って早く中行くぞ」
「あ、逃げた」
「......」
***
「うわー、綺麗!」
館内に入れば、神秘的でロマンチックな雰囲気が俺たちを覆った。
壮大で綺麗である。
「魚が可愛いね」
水槽の中をスイスイと色んな魚が泳ぎ回っている
少し上をみれば光が差し込んでいて間近で海中を見ている気分だ。
「ねえねえ、これ背景にして2人で写真撮ろうよ」
「そうだな......誰かに撮ってもらうか?」
「うん、そうしよ」
たまたま視界にこの大きな水槽を眺めている男性が映ったので俺は声をかけた。
「すいません、写真撮ってくれませんか?」
「あ、いいですよ」
その男性は快く承諾してくれた。
俺はその男性にスマホを渡した。
「ポーズはこれね」
と、真冬は片手で半分ハート型を作った。
......ハート型をもう片方の手で作ればいいのか。流行りのやつだな。
少し気恥ずかしさを覚えたものの、真冬とするならいいか。
俺は真冬の手と反対の手でハートを作って真冬とくっつけた。
「じゃあ撮りますよ〜、はい、チーズ......こんな感じでいいですか?」
見せられた写真には魚が泳いでいる綺麗な水槽を背景にして、ハートを作った俺と真冬が映っていた。
照準もピッタリとあっていて、ブレもない。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「いえいえ、2人は学生さんですか?」
「はい、そうですね」
「なるほど。仲の良いカップルですね......では私はこれで失礼します」
そして去り際、俺に耳打ちをした。
「(彼女を大切にね。時間なんて一瞬で過ぎちゃうから......今を全力で楽しむんだよ)」
「え、あ、はい」
「それではまたどこかで」
そう言って男の人は去っていった。
何だかその背中を見て少し切なさを覚えた。
真冬との別れの時はいつか来る。嫌だと言っても敵わない。絶対的な運命。
......今を全力で楽しむ、か。
「あの人最後さっき何て?」
「いや、何でもない......デート楽しんでねって。というわけで次の場所どこにする?」
「うーん、そうだね......私ショー見たいんだけどまだ時間あるし......」
本当に時間はあっという間に過ぎていく。
ショーを見たり、お土産を買ったりとしているうちに気づけばもう夕方だった。
「今日はありがとう、楽しかった」
「こっちこそ、あっという間に時間って過ぎていくんだね」
「だな、それだけ満喫したっていうことだろ」
時間が惜しい。本当ならずっと彼女と過ごしていたい。
「家まで送って行こうか?」
「いや、大丈夫。ここまででいいよ」
「そうか、じゃあまたな。真冬」
「うん......また」
俺は真冬に背を向けて去ろうとした。
しかし真冬が俺の服の袖を掴んでそれを止めた。
「......ごめん、ちょっと待って」
「どうした?」
俺が振り向くと、真冬はすぐに俺に抱きついた。
思わず胸が早鐘を打ってしまう。
「......真冬?」
「ごめん、しばらくこうさせて」
俺も真冬を抱きつき返して腕の中に収めた。
真冬の俺の抱く力は少しだが強くなっていく。
「泣きたいなら泣いてもいいぞ、周りは今は人がいないんだし」
「そうさせてもらいたいけど、やっぱりデートの最後くらいは笑顔じゃなきゃいけないから」
そう言いつつも彼女の声は震えている。
「あはは、いつもの都城の匂い......私ね、もう嗅覚が無くなり始めてるの。段々と死に近づいていってるんだなって......別に今は死ぬのは怖くない。けど......都城と離れるのが嫌」
「っ......俺も嫌だよ。ずっと一緒にいたい。だから、最後の最後まで一緒にいちゃダメか?」
「......もちろんダメじゃないよ、約束ね、絶対だから!」
真冬はしばらくして俺から離れた。
「じゃあね、また」
「ああ、また」
***
それから2ヶ月経ったある日、その日は真冬と夜ご飯を食べに行っていた。
「今日さ、うち泊まっていかない?」
「真冬の家に?」
8ヶ月くらい前にも同じようなことがあった気がする。あの時は実家だったが。
こちらとしては特に断る理由もない。
「......じゃあ、泊まらせてもらう」
「やったね」
というわけで俺は今、真冬の家にいる。
「お泊まり会なんて久しぶりかも」
「だな」
同じ屋根の下、2人きり。
そう考えれば少しアブナイ妄想をしてしまうが、2人きりの空間と考えれば幸せというか何というか。
大体、変な妄想を繰り広げてしまうだけでお泊まり会自体は非常に楽しいものだ。
「ゲームする? うちあるよ、懐かしのファミコン」
「おお、随分と懐かしいな。子供の頃よく遊んだな〜」
真冬はファミコンを取り出してテレビに繋げた。
そして何度か対戦系のゲームをプレイした。
ただ......。
「あれ、真冬、もしかしてゲーム苦手?」
「......うるさい、たまたま調子悪かっただけだもん! もう一回!」
ぷくーっと頬を膨らませている真冬は可愛い。
ちなみに9回やって真冬は全敗である。
「何度でも負けないからな」
「軽口叩けるのも今回だけだからっ!」
そして真冬はスタートボタンを押した。
序盤は順調そのものだった。負ける要素が見えない。
少し手加減してやろうと思ったがそれはそれで真冬がもっと拗ねてしまう。
中盤も順調......になるはずだった。
ふと、俺が横を見て真冬の様子をみれば、前屈みになっていたせいでパジャマがだぼーんとなっていて色々と刺激が強かった。
見るんじゃなかったという後悔と良いものを見れたという本能が頭の中で戦っている。
......いや、これ、ぐふっ。
俺が自我を取り戻した頃には俺は負けていた。
「やった! 勝った! ほらね〜、今までは調子が悪かっただけなんだって〜」
「お、おう」
......あれは刺激が強過ぎた。
「じゃあそろそろ寝る? 夜更かししてもいいけど」
「勝ち逃げか?」
「いいよ、じゃあもう一回やる?」
と、俺は再戦を申し込んだ訳なのだが、普通にあっさり負けた。
というより先ほどのことが頭に浮かんで全然集中できなかった。
「ふふーん、こういうことよ」
めっちゃドヤ顔、可愛いな、おい。
「俺の負けだ。そろそろ寝るか」
「うん、そうだね」
真冬はベッドへと上がり、ポンポンとベッドを叩いた。
「一緒に寝よ? うち布団1枚しかないからね。あの時よりは広いし大丈夫」
「いいのか?」
「私は全然」
俺は真冬のベッドの上へ行き、真冬の横に寝転がった。
すると、真冬はすぐに俺に抱きついた。
「むぎゅー」
「......どうした?」
「今日はなんか甘えたい気分」
「そうか」
「ていうか都城って全然甘えないよね」
「当たり前だろ、甘える必要がない。俺は真冬がいてくれるだけで十分だし」
そう言うと真冬は顔を隠した。
「う、嬉しいこと言ってくれるじゃん......」
「ま、こうして甘えられるだけで俺は幸せ」
この言葉に嘘偽りはない。
真冬がいてくれるだけでいい。
さらに恥ずかしくなったのか、真冬は顔を隠したまま。
しかし足で俺の下半身を捕まえて、腕では俺の上半身も捕まっている。
少しすると、暑くなったのか、真冬は布団から顔を出した。
「都城は私が彼女でよかった?」
「当たり前だ。好きだよ。真冬は?」
「私も......ねえ、都城。こんなこというの恥ずかしいけど、その......都城がしたいなら、いい、よ? 私は都城とならむしろしたい」
「......本当にいいのか?」
「うん、いいよ」
真冬は部屋の照明を暗くした。
「初めてだから......さ、優しくしてね」
真冬は俺の耳元でそう囁いた。
***
楽しければ楽しいほど。充実していればしているほど。
残酷な程に時間は流れていく。止まることを知らない。
『......都城?』
『学校終わったついでに見舞いに来た』
『もう日はとっくに暮れているのに。わざわざありがとう』
真冬はついに聴覚が機能しなくなった。
目も段々と悪くなっているらしい。
ということで真冬は入院することになったのだ。
......真冬を治す薬はない。治療法も確立していない。
真冬を失うのが怖い。真冬の死はもう目の前まで来ている。
来ているというのに......真冬は笑みを浮かべている。
強がらなくていいのに。俺には甘えていいのに。
気づけば俺が真冬を抱きしめていた。
「......都城」
か弱い声で真冬はそう発した。
「俺は真冬と離れるのが嫌だ。真冬を失うのが嫌だ。真冬ともっともっと一緒にいたい!」
過ごせば過ごすほど真冬を好きになってしまう。けどそれと同時に一緒に過ごせる時間も減ってしまう。
もうこれ以上は求めない......だから......真冬ともっと一緒にいさせてくれよ。
気づけば俺は涙を流していた。
真冬もそれを感じ取ったのか、優しく背中をさすった。
『ごめん、取り乱した』
『全然いいよ。あ、そうだ、気分転換ついでに夜空見に行こ?』
白いノートに真冬は黒でそう書いた。
『わかった』
俺は真冬に手を差し伸べた。
それから外出許可を取り、真冬と星空を見に行った。
雲は一切なく、満天の星だった。
俺たちはただただ無言でそれを眺めた。
「あ、流れ星......」
流れ星が見られる機会は滅多に少ない。
真冬も同じことを思ったようでこちらを向いた。
「願い事でもするか」
流れ星が流れている間に願いをするとその願い事が叶うとよく聞く。
敵わないお願いかもしれない。......でも。
「真冬とずっと一緒にいられますように」
***
......忘れもしない。次の日の朝方だった。
真冬からメールが来た。
正確には真冬の母が打ったものだった。
『真冬の状態が危険です。もってもあと一時間。娘は都城くんに会いたがっています。来てくれませんか?』
その知らせを見た瞬間、俺は走って真冬がいる病院まで向かった。
転んでも関係ない。とにかく急いで。
......真冬。
走っている最中、走馬灯のように真冬との思い出が脳裏を駆け巡った。
何回も涙を流した。
「真冬!」
病室へ入ると、専属医師らしき人と実家であった真冬の両親がいた。
そして......真冬も。
「......都城くん」
「......来てくれてよかった。ありがとう。都城」
俺は真冬の近くまで行った。
「......都城、来て......くれたんだ」
途切れ途切れの日本語で真冬は言った。
「私、もうダメみたい......視界がどんどん霞んでいくの」
「......真冬」
「最後にこれだけ聞いてくれる?」
俺は首を縦に振った。
俺は涙をポロポロと流していた。
「泣かないでよ、もう」
彼女は笑ってそう言った。
そう言いつつ、彼女も涙を流している。
「これだけは自分の言葉で都城に言いたかった。だから練習したんだよ? ......私、都城とこの瞬間まで一緒に居れて本当によかった。私は幸せ者だね......都城がハンカチ貸してくれたでしょ、私、あの時すごい救われたんだ。本当に感謝してる。それに都城には返しきれないくらいの恩をもらった」
「......まふ......ゆ」
「人生ってこんなに楽しいんだって......あーあ、都城ともっと一緒に居たかったな。もっと一緒に色々なことをしたかったな。でも、もうお別れ。......都城今までありがとう。どうか、私の代わりに幸せになって。私との最後の約束......ね......」
「こっちこそ......今までありがとう......真冬」
そう言い終えた数秒後、真冬は息を引き取った。
彼女は最後まで笑っていた。
***
高校3年生。卒業式の日。
「もう卒業か、やっぱり時が経つのは早いな」
あっという間だった3年間。
色々なことがあった。
でもやっぱり印象に残っているのが真冬との思い出。
俺の高校生活に色を与えてくれたのは間違いなく真冬だ。
今まで片時も忘れたことがない。
俺は真冬と出会ったあの校舎裏に行った。
案の定誰もいない。
しかし大きな風が吹くと、俺の目には笑ってそこに立っている真冬の姿が一瞬映った。
「......真冬、卒業おめでとう」
そう呟いて、俺は学校を後にした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。