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呪いと植物とゆくハード異世界  作者: 狐丸屋
第一章~新たな人生
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09~【植生学:吸収】の会得

 私は衝撃波により、かなり遠くまで飛ばされていた。小さく呻き声をあげて、痛みの走る体を起こそうとする。だが、私の体は意識に反して動かない。

 体を起こそうとすると痛みが走り、顔をゆがませる。痛みに耐えつつ、痛みの原因を探る。私は特に痛む下腹部を見た。そして、瞳に涙を浮かべ声を出す。


「っ!ぐぅ……っ!さいっあぐぅ!」


 鉄柵が体に刺さっていたのだ。私と共に吹き飛ばされて来たのだろう。とても長く、硬い一本の鉄が刺さっていたのだ。こうなってしまえば、取れる選択肢はそう多くない。自分の不運を恨むか、意を決してこの柵を抜き去るか、である。だが、どちらを選ぶか待ってもらえる訳ではない。どくどくと流れ出る血液は、私に早く選択することを強要する。

 少し、ほんの少し経っただろうか。彼女にある一つの声が掛かった。スラックである。


「ミーファっ!【吸収】を使え!そして、すぐに後ろにあるライフクリスタルを使うんだ」


 スラックが早口にすべき事を伝える。その声色には焦りが見えた。私はスラックの言う事を信じて、鉄柵に手をかざして行動する。


「きゅ、【吸収】!」


 そう唱えた瞬間、鉄柵が眩い光を発しながら消えた。つまり私の動きを制限するものが無くなったのだ。しかし、それはメリットだけではない。あの鉄柵は負傷の原因でもあり、その負傷の止血をしていたものでもあるのだ。その鉄柵が無くなった今、彼女の血液を留めるものは無い。まだ素早い選択は続けなければならない。

 あふれるように流れ出す血液は、私の思考を鈍らせる。絶望が深まっていく。そんな中、必死にスラックの言葉を思い出す。そして私は体を起こし、自分の背後に目を向ける。

 そこには一つのクリスタルがあった。少し濁っている淡い赤色のクリスタルだ。私は盲目的にそのクリスタルへ手を伸ばす。その瞬間またスラックの声が響いた。


「早くしてっ!そのクリスタルを半分に割って、右手側のクリスタルを左手首に刺して!」


 そんな事を言われても、私は必死に体を動かしているのだ。痛覚に耐え、今にも手放しそうな意識を繋ぎ留めながら動かしていく。クリスタルに近づくにつれ、瞼が重くなっていく。腕にも力が入らなくなってきた。

 這いずるのもやっとの状態になった時、私の手にクリスタルが当たった。だがそれだけでは回復しない。ここから、クリスタルを半分に割ってそれを刺さないといけないのだ。

 震える手でクリスタルをつかむ。だが割ることが出来ない。徐々に亀裂は入っているものの、このスピードでは私の意識が無くなる方が先である。


「割れない……!なん……で、なんで割れないの!はやく……はやく割れてよ……」


 末端が冷たくなっていく。指先がカタカタと震え、力が入らなくなっていく。私の頭の中に、死という文字が浮かんだ。その瞬間、少し力が入ったのだろうか。パキッという心地の良い音と共にクリスタルが真っ二つに割れた。


「ぁ……われた……は、はやく刺さないと……うっ!くぅ……」


 震える手で右手のクリスタルを左手に刺すと、手放しかけていた意識が戻ってきた。腹部もじんわりと温まっていった。服を上げて良く見ると、先程まで深く抉られていた腹部が綺麗に元のすべすべな肌へ戻っていた。この現象に妙な既視感を覚えた私は、ある一つの事を思い出す。あのオークから助けてもらった時の事だ。あの時に体の痛みが消えていたのはこれだったのだろう。

 数分経過すると体の痛みが消えて、傷口が綺麗にふさがっていた。出血による意識の朦朧感は完全に無くなっているわけでは無いが、かなりマシになっていた。

 ふぅ、と一息をついて前方を見る。そこには地面に拘束されているリスティアが居た。


 ~~~


 リスティアは拘束されていた。にも関わらず、彼女は絶望していなかった。なぜなら、彼女にはミルフがあるからだ。たとえ四肢が動かせないとしても、詠唱が出来れば戦える。そして、時間を稼げば異変に気付いた聖騎士団の誰かが応援を呼んでくれるはず。そんな希望を抱いていたからだ。

 だが、彼女は見誤っていた。厄災モンスターの知能を、厄災モンスターの強さを。

 強気な表情をしていた彼女を恐怖のどん底に突き落とす出来事が起きた。目の前に居る猪王の頭上に鎖が現れたのだ。先程までの彼女を恐怖させた、紫色のオーラを纏う鎖だ。そんなものがこのタイミングで現れた。その事が表すことは至って簡単なものである。彼女を攻撃するためだ。


 刹那、彼女の心臓目掛けて鎖が飛来した。しかし、その鎖は彼女の予想に対して、急所から少しずれた位置が抉られた。


「うっ!ふぅ……ふぅ……助かったのか?」


 生き残ったことに若干の希望を見出したのか、彼女の顔が少し明るくなった。が、その直後、彼女の顔が絶望に染まった。あの鎖が猪王の頭上に何十本も出現したのだ。その光景をみた彼女は、ある一つの最悪な結論を弾き出した。


 モンスターにはランクがある。そしてキングボアはCランクであるため、人間の幼児程度の知能を持つ。だがそれにも例外がある。それは厄災モンスターだ。同じモンスターでも厄災化したモンスターの方が知能が高い傾向にあるのだ。特にある一つの感性が発達する。それは()()()だ。

 その前提条件をもとに考えられる事は先程の猪王の行動とも辻褄が合うのだ。


「もしかして……私を、痛めつけようと……?」


 そう言葉を発した瞬間、彼女の右脇腹が抉れた。耳をつんざく様な叫び声が響く。この後に繰り広げられる惨劇に絶望したからなのか。先程の攻撃よりも激痛が走った。


「やめ、あっああぁぁー!!!!痛いっいだいっ……!」


 希望を粉々に打ち砕かれたリスティアは声を上げる。誰か助けてくれないかと、ありもしない可能性に縋る。そうでもしなければ壊れてしまいそうだからだろうか、この苦痛から抜け出したいと願っているからだろうか。だが、そんな願いも無に帰す攻撃は、彼女の精神も砕こうとしていた。


「たっ……たずげてっ……」


 痛い、痛い、そんな感情を濁すために、縋り続ける。しかし、その可能性は彼女を救うには小さすぎたのだ。

 生々しい音と共に走る痛みは、彼女の意識を覚醒させ続ける。永遠と続く苦痛、彼女はいつしか戦うという事を忘れていた。あのリスティアに他力本願な願いを抱き続けさせる程、その鎖は精神を蝕んでいたのだ。

 段々と意識が朧げになる。彼女の視界は血と涙で歪み、猪王の姿を捉える事すら難しかった。

 でも攻撃は止まない。足先、指先、末端から激痛が走ると共に感覚が無くなっていく。

 痛い、痛い。そんな言葉で彼女の頭が埋め尽くされていた。


 ……しかし、そこにある一つ変化があった。生きたいと思ってしまったのだ。

 生きてしまえば、この苦痛は長引く。今ここで死ねば解放される。どちらが楽かなんて明らかだった。だからこそ、彼女自身も何故そんな事を思ってしまったのか分からなかった。


 ~~~


「――生きてて……良かった……!!」


 ~~~


 そんな声を思い出した。それは彼女がミーファを助けた時の言葉だった。泣きじゃくりながら、その一言を口にしていた。その言葉を口にさせたのは、リスティアの行動の結果である。彼女が助けたからである。

 ……もし、ここで死んでしまえば、その声を聞く事はもう出来ない。彼女が助けられたかもしれないその声を聞く事は出来ない。

 ……もし、ここで死んでしまえば、ミーファの妹も死んでしまう。そうなれば、ミーファの心を助ける事が出来ない。


「騎士……として……国民を守る、聖騎士として……到底許容できない……!」


 リスティアは声に出して決意を固めた。常人ならとうに失神している程の痛みが走る体を使う。口を微かに開き、ミルフを唱える。


「【星の加護】……!」


 そう口にした瞬間、彼女の周囲が淡い光に包まれた。

【星の加護】、それは使用者の魔力が枯渇するまで膜が自身を覆う、といったものだ。無論、ただ光るだけの膜ではない。多大な魔力を代償に、鎮痛と攻撃の無力化を行うのだ。厄災モンスターを数回の攻撃ミルフで倒せないと判断した彼女にとって、これは最適解だったのだ。


 自分の魔力が枯渇するという事を代償に手に入れた値千金の時間。彼女は低下していく思考力で必死に考える。しかし魔力もなく、拘束されているこんな状況では、取れる択も少ないというものだ。

 その時、彼女の視界の端にあるものが映り込んだ。青く光る水晶、マナクリスタルである。使用方法はライフクリスタルよりも簡単である。ただ手に持つだけで魔力が回復するのだ。つまり、今の彼女でも使用することが出来るのだ。しかし、問題はそのクリスタルがある場所だ。それがあるのは彼女から一メートルは離れている。手を伸ばしたとしても届くわけがないのだ。

 どうすれば良い、そんな問いかけを自身にし続ける。しかしそれほど考えられる時間もない。自分の魔力量と使用量から察するに、あと十秒もてばいい方であることは理解していた。だからこそ、彼女は命を賭けたギャンブルに出た。

 厄災モンスターが打ち出す鎖には、数瞬だけ打たない時間が存在する。その瞬間を狙って星の加護を解き、風ミルフでこちら側にクリスタルを飛ばそうという算段だ。


 彼女は厄災モンスターの方へ視線を向ける。攻撃が止む、一秒未満の合間を待つ。そして、その時がきた。

 鎖を出し切って、再度出現させるこの時間。心の中で祈り続ける。死にたくない、生きたい。そんな思いが彼女から漏れ出る。漏れ出てしまう。


 そして、星の加護を解除した。その瞬間、リスティアは風ミルフを発動させる。威力は必要ない。スピードを重視して、無詠唱で発動させる。

 ひゅおっ、という音を立ててクリスタルが彼女の方へ飛来する。そして、パキンっという美しい音が響いた。


「え……?」


 彼女の視界には宙に留まるクリスタルと、それを貫く鎖以外見えなかった。奴は察知していたのだ、彼女がまだ希望を捨てていないことに。生きたいという欲望を隠し切れなかったのだ。

 リスティアはもうすべてを忘れていた。自分の体が四割以上抉られていることも、星の加護を使用しなおすことも。彼女は目の前の光景に絶望し、それ以外考えられなかった。


「あ、なっ……なんで、あぁぅ……なんでっ、あっあぁ……」


 瞳いっぱいに涙を浮かべる。息が詰まり、嗚咽しかできない。なんで私は生きられないのかと、なんで死ぬのか、と答えのない問いかけをしてしまう。もう助からないのだと実感してしまう。

 視線を上げる。そこには巨大な足をゆっくりと持ち上げる猪王が居た。もう星の加護を付与する事も出来ない。あの攻撃を受け止める手段が無い。


「死にたくないっ……やだよ、誰か……助けてよ……」


 今の彼女には、聖騎士団副マスターであった時の威厳はない。今の彼女は、ことごとく希望を潰され絶望に伏した一人の少女だった。

 そんな彼女は猪王が足を振り下ろす瞬間をただ呆然と見つめていた。だがいつまでも痛みが走ることは無かった。


「また……痛めつけられるの?」


 そんな絶望からか涙が零れ落ちる。しかし、涙で歪む視界にある一つのものが見えた。


 赤いメッシュが入った黒髪が。

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