07~ワイバーンナイト
「はい、確認しました!達成報酬として、銅貨十二枚をお渡しします」
そんな活気のある声と共に、私の初依頼は達成となった。手の中にある銅貨を見て、活力が湧く。依頼書のボードに駆け寄り、新たな討伐依頼を受付に渡す。
また私討伐依頼に行こうとしちゃってるな。へへ、でもあの労力でこれだけ稼げるなら……やる気でてきた!
依頼内容は二体のワイバーンの討伐、報酬は銀貨二枚だった。ミリアを見やると、「ま、行けるんじゃない?」という返事が返ってきた。その言葉に呼応して、受付は依頼概要を説明し始める。
「期限は一週間。場所はドラン草原の端、ドラン山脈の麓に居るワイバーンを二体討伐して、耳を剥ぎ取って持ち帰って下さい。死体も持ち帰っていただければ、こちらで買い取らせてもらいます。
それでは、お気を付けて!」
私は説明に頷いて、ドラン山脈を目指した。
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王国を出て、ドラン山脈へ歩みを進めていた私の前には壮観な風景が広がっていた。
見たことも無いような大きさの山が何個も連なっているのだ。頂点の辺りは少し白くなっており、異常な気温であることが窺える。ごつごつとした岩肌は、山脈からかなり離れている私達にもよく見えた。
夏なのに頂点に雪が積もっているのは違和感だ。だが、この世界では普通の事なのかもしれない。そう思って私は気にしないことにした。
そんな私の視界の隅に、飛行する小さい影が見えた。麓を飛行する影に気付いた私はミリアを連れて走り出した。
しかし、麓はまだ距離がある。
もう少しゆっくり進む方が、後々の戦闘の為に体力を残せるだろう。そう考えたミーファは駆け足になっていたのを、徒歩に戻した。
天気も良く、日当たりも良い開けた草原は、ピクニックに最適だった。この依頼が終わって、お金に余裕が出たら、一緒に行きたい。
そんな呑気なことを考えている私の背後から声が響いた。
「お姉ちゃん!しゃがんで!!」
その言葉にすぐさま反応した。何も考えず、ミリアの指示通りに動く。私がしゃがんだ直後、頭上を何かが高速で飛んで行った。理解の追いつかないまま、ミリアの方へ駆け寄る。
「何が飛んで行ったの!」
「ワイバーンナイト、ランクはC……逃げよう、Cランク相手に二人は無謀だよ!」
逃げられるの、そんな疑問を言っても意味が無い。それに気づいた私は臨戦態勢を取る。
「た、戦うつもりなの……?」、不安そうにミリアは言った。
私はミリアへ向かって言う。「逃げられるの?あの速度で飛べる相手に陸路で?」
ミリアは「そう……だよね……」と絶望した表情で言った。
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ぼひゅっ!と音を立て、私の前をワイバーンナイトが横切った。
し、死ぬっ!思ったよりも強いじゃんっ、あうっ、痛い……くそっ、脚に攻撃を食らったのは中々……痛っかっ、たな……
体には浅い切り傷が二つほど付いていた。その箇所がズキズキと痛む。そのせいでなかなか思うように動けない。
「【氷結弾】っ!!」
ミリアが放った氷の弾丸はワイバーンの羽を掠めた。だがそんな微量の傷で動きが止まることはない。
大きな爪が生えた四肢に、大きな羽。草原に紛れる事が出来そうな薄い緑には少しの赤い血液が見える。ワイバーンナイトは私の方を見やる。そして、大きく羽ばたいて後ろに後退した。
刹那、私の反応速度限界ギリギリの滑空を見せた。音速の様に速く飛来するワイバーンに私は少し反応が遅れた。
バキンッ、そんな音が私の周囲に響いた。
痛みは無い、感じる間もなく死んだ?いや、違う!
私は一つの結論に至り、確信を持って目を開く。予想通り、目の前には氷結弾を当てられ、悶えるワイバーンが居た。
「最高だっ、ミリアぁぁー!!!【アタックシード】!」
雄叫びをあげてアタックシードを打ち込んだ。渾身の一発は、物凄い速度を帯びてワイバーンの眼球を貫く。勢いよく血液が噴き出し、ワイバーンナイトは絶命した。
その様子を見て気が抜けてしまい、私は膝から崩れ落ちた。「い、生きてるぅー……」と泣きそうな声で口に出す。ミリアの方へ目を向けると、彼女も私と同じように足の力が抜けていた。
「さっ、まだ時間はあるし、サクッともう一体ワイバーン倒して、この死体と一緒に持って帰ろう」
「う、うん、わかったよお姉ちゃん。早く行かないと、王国に着くまでに日没しちゃうもんね」
〜〜〜
ワイバーンナイトと戦った場所は、山の麓からそう遠くなかった。徒歩二十分程で麓に到着し、ワイバーンの姿を見る事が出来た。
今、私達の目の前には二体のワイバーンが丁度降り立つところである。
「見つけた、やっぱりワイバーンナイトよりは小さいね」
私の目の前に居るワイバーンは、羽も爪もナイトより小さく、目に見えてランク差が分かる。ミリアの話によると、ワイバーンはDランクだそうだ。つまり、あまり知能が高く無いという事である。
そんな事を考えていると、ワイバーンは立ち尽くしている私に向かって突進を繰り出した。私はひらりと躱して、【アタックシード】を使う。一発、二発、そうやって当てていくうちにワイバーンは地に伏した。
案外弱い?ワイバーンナイトが強すぎただけなのだろうか。いや、ゴブリンでもあの強さ、油断するのはまだ早いよね。
もちろん、予想は的中した。ワイバーンは地に伏した状態から足で地を蹴り、羽を大きく羽ばたかせた。急激な加速を得たワイバーンは、ミーファを爪で引き裂かんと前方へ飛び出す。
「やばっ!」と声をあげ、横方向へ体を投げ出す。
私は間一髪の所で爪から離れる事に成功した。空を裂いたワイバーンは加速が止まらず、かなりの距離が離れた。
「お姉ちゃん、こっちは一体倒したけど、まだ〜?」
「あぁごめんごめん、ちょっと手こずっちゃって。すぐ倒すから、待ってて!」
声を張り上げ、少し離れた所に居るミリアに話しかける。その瞬間、私の意識はワイバーンから離れた。
「ガアァッ!」
「んなっ!?」
意識が離れたその一瞬をワイバーンは見逃さなかった。十メートルの距離を一瞬で縮め、私が気付いた時には、もう目の前まで来ていた。
「【氷結弾】!」
ミリアが撃った氷結弾は、手を振り上げ、私を引き裂こうとしていたワイバーンに直撃した。
はっ……危ない……ミリアが居なかったら、私また死んじゃうところだった〜危ない危ない。ワイバーンナイトの時と合わせて、二回も助けられた……後で何かしてあげようかな。
「お姉ちゃん、戦闘中によそ見しないでよ!相手は雑魚じゃ無いんだよ、今私が倒せなかったらお姉ちゃん死んでたんだよ!?」
怒るミリアを見て、私は死を軽々しく捉えていた事に気付いた。
そうだ、ミリアからしたら、死んだらそこで終わりだもんね。私は生き返って過去に戻ることが出来るけど、ミリアにとっては姉が死んだ状態で生き続けるってことなんだよね……
「ごめん……次からは気をつけるよ……」
「分かったなら良いよ、じゃあ帰ろ。早く帰らないと日没しちゃうし」
ミリアが指差す方を見ると、太陽がどんどん沈み、空がほんのり赤くなっているのが良く分かった。
「そうだね、早く帰ろう!」と言って、私はミリアの後ろを追いかけた。
〜〜〜
「おぉ!ミーファさん、これはもしやワイバーンナイトですか!」
ギルドへ帰って死体を買取台に置いていると、受付嬢が大きな声を出した。
「は、はい、そうですけど……」
「実はワイバーンナイト、一体の討伐依頼が出てたんですよ。報酬は、死体含めて銀貨五枚!」
「「えっ!!」」
私達は思わず声が出た。何故かって、その報酬の額は足りない銀貨十五枚の三割を占めるからだ。
「加えて、ワイバーンの方も死体を含めると銀貨三枚です。よってこちら、銀貨八枚が報酬となります」
渡された銀貨をミーファは数えた。
一、ニ、三……七、八枚!ゴブリンの報酬と財布の中身を合わせて……十八枚だね。今日の晩御飯で銀貨一枚を使うから、明日で銀貨八枚を稼げば、宿代が足りる!
おおよその目安がつき、私はミリアと共に喜んだ。
「では、ミーファさん、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
受付嬢と別れの挨拶をして、私達はギルドを出た。