04~定番の職業
私は心底安心していた。妹に殺されなかったからだ。
自分を殺したとは思えない程無邪気に再会を喜ぶミリアを見て、私は段々と緊張がほぐれていった。段々と力が戻ってくる。もう大丈夫だと安心した私はミリアを抱きしめた。
すると、ミリアは顔を急に真っ青にして話しかけてきた。
「お姉ちゃん、この血はどうしたの……それに左耳。何かあったの!?」
そう言って、ミリアは私のローブを手に取る。
「実は、厄災モンスターに襲われちゃってね。けど、大丈夫。聖騎士団の人たちに助けてもらったから!」
「そう……それならいいんだけど……」
ミリアは首を傾げ何かを考えた。そして彼女は一つの提案を私にしてきた。それは服を買いに行かないか、というものだった。
確かにこのローブには血が付いている。このまま歩いていれば、間違いなく犯罪者、少なくともやばい奴と思われることは間違いないだろう。
私は勿論了承したが、一つ不安な点があった。所持金だ。自分が持っている銀貨十五枚、これがどれだけの価値を持つのかが分からない。良い物が買えるのかも分からない、これからの生活の為にどれだけ貯めれば良いのかも分からない。
でも……今は考えても仕方ないか。取り敢えず、ミリアと買い物に行こう。
私は支度をして、ミリアと共に部屋を出た。
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宿から出て、ミリアにどこへ行けばいいのかを聞いた。どうやら、ここから少し離れた場所に商店街の様な所があるようだ。あまり時間を掛けると夜になってしまう。そのため、私はミリアと共に少し早足で歩き始めた。
暫く歩いていると、辺りに活気が溢れてきた。どうやら店が増えてきたようだ。
武器屋、防具屋、そして食料品。店はあるが、視界に衣料品店は入らない。そのため一応私は、服屋が何処にあるのかミリアに聞いた。
「あぁ、多分少し歩いたら見えると思うよ。そういえばお金持ってる?」
「うん、銀貨十五枚だけ持ってるよ」
私の言葉に、ミリアは「それなら大丈夫だね」と言って店へと歩き出した。荷物を確認していたため、私とミリアは少し離れていた。「待ってよ~」と、言いつつ、ミリアの方へ走った。
ミリアに追いつくと、右手側に衣料品のお店があった。遂に到着したようだ。石造の建築物で、外観は他のお店よりも綺麗だ。
息を切らしつつも、ゆっくりと入口をくぐった。
中は外観以上に綺麗だった。入って右側の壁にある棚には、種類別に服が畳んで置いてある。その少し奥には、ついたてがある。覗いてみると下着が置いてあった。左側には、指輪やブレスレット等の、アクセサリーが置いてあった。
そうして私が店内を見ていると、
「いらっしゃいませー、何をお探しでしょうかー?」
と声が掛かった。受付の奥からひょこっと顔を出した店員は私達の方へ歩み寄ってきた。
背中から翼が生えている店員の女性はとても幻想的な雰囲気を纏っていた。如何にもファンタジーなものを持ち、加えて可愛らしい外見だ。私は本格的にファンタジーを感じ更に興奮が止まらない。
今は女だ。だが、元は思春期真っ只中の男子高校生。同性だとしても、可愛い人と関われる事が嬉しいのだ。
「姉のローブを探しているんですが……ありますかね?」
「勿論ありますよー!あちらの棚の二段目にあります。棚の右半分は男性用ですので間違わないように気を付けてくださいねー」
それを聞いて、棚の方へ向かった。棚の前に立ち、棚の右側のローブを手に取りつつ、生地等を確認する。「少し大きいかな?」と言いながら、ローブを手に取って見る。
その時、私はミリアと店員はポカンとしている事に気付いた。何故だろうと思っていると、ミリアは私の方へ近寄り耳打ちをしたきた。その瞬間、体温が急上昇していく事に自分でも分かった。余りにも馬鹿な事をしていたことに気付いたのだ。
先程店員が右側は男性用だと言っていたのだ。大きいのは至極当然のことだろう。そんな事を忘れていたことに体温の上昇が止まらない。恥ずかしさでどんどん顔が緩んでくる。
余りにも恥ずかしく、私は素早くローブを選びミリアへ話しかける。
「ミリア、私は選んだけど……何か欲しい物とか無いの?」
ミリアにそう問いかけると、彼女は店内を一瞥してから、スカートを手に取った。服が欲しいのか、と考えた私はそれも一緒に会計へ出した。
「はい、銀貨二枚きっかり頂きました!ありがとうございましたー!」
その声を背に、心地よい鈴の音がなる扉を開いて外に出た。
ミリアはスカートを買うことが出来て嬉しそうだった。店を出てから、彼女は私と腕を組みつつ、軽快な足取りで歩いている。私も妹が可愛いため、表情がとても緩んでしまった。
「ミリア、これから何処か行った方が良い所ってある?」
「んー……あっ、武器屋とか行ってみる?それで、武器屋を出たらご飯食べに行かない?丁度良い時間だろうし」
私はミリアの提案に頷き、武器屋へ向かった。
だが、武器屋へ行く前に財布のお金が消える大事件が起きた。
行く途中に良い匂いがしたのだ。少し寄り道をすると焼き鳥が売っていた。少女二人、美味しそうな食べ物の誘惑には勝てなかった様だ。それぞれは一本ずつ購入し、近くのベンチで食べる事にした。
「うまぁ~ちょっと位なら時間もあるし大丈夫だよね、ミリア?」
「そうだね、これぐらいなら暗くなる前に帰れるよ。にしても……」
「「うまぁ~い!」」
焼き鳥の美味しさは破壊的で、もう一本……と手を伸ばしかけたが止めた。ミリアに制止されたのだ。
「むぅ……」と、名残惜しそうに声をあげた私を余所にミリアは立ち上がった。
「お姉ちゃん、早く行くよ!」
「う、うぐ……焼き鳥ぃ……!くぅ……仕方ないか。行こう……」
私は焼き鳥と太陽の高さと財布を見比べて、諦めた。そうして、寄り道をしつつも私達は武器屋に到着した。
中に入ると、ふわぁっとした熱気が私達を包んだ。どうやら、武器屋だけでなく鍛冶屋も備え付けている様だ。店内にはどこぞのゲームの様な武器や防具が壁に掛けられている。
短剣に直剣、刺剣。他にも斧や杖もある。これはどれを買うか迷うな……
「お姉ちゃんにはこれが良いんじゃない?」
そういって私に見せたものは直剣だった。ミリアから直剣を受け取ると、鞘を付けたまま少し振った。重さとしては私でも振れる程度には軽く、加えて遠心力で体がぶれることもない程度の長さだ。
私は短剣や刺剣も持ったが少し手に馴染まなかった。ミーファはミリアに勧めて貰った直剣をカウンターへ持って行った。
だが、カウンターには誰も居ない。しかし、奥の鍛冶場の方からは音がする。そのため鍛冶屋の方へ声を掛けると、誰かが此方へ来た。
「あぁ、わりぃわりぃ。客が来てることに気付かなかった。俺は「フォン・ライデン」、この武器屋と鍛冶屋、両方の店主をやってる者だ。んで、この直剣を買うのかい?」
「はい!これを買います」
代金を払おうとすると、杖を眺めているミリアが目に入った。今日はミリアに色々して貰った。どうせならミリアの欲しいものぐらいはあげたい。
私はミリアのもとへ駆け寄り、ミリアが見ている杖を手に取った。
「え、悪いよお姉ちゃん!大丈夫だよ!」
「良いの良いの、今日は色々として貰ったからね」
私は杖もカウンターに置いて代金を払った。その間もミリアは「別に良いのに……」と言っていた。
だがその実、ミリアは喜んでいた。なにせ大好きな姉からの贈り物が今日だけで二つもあったからだ。少し前は再会出来るかさえも心配だった。なのに、今は再会出来ただけでなく欲しいものを買って貰った。ミリアは幸せに満ちていた。
ライデンはそんな風景を見て、微笑んでいた。
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「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうだねお姉ちゃん!」
姉妹二人はそんな会話をしつつ、帰路についた。辺りは少し薄暗くなり、周囲の人々も各々帰路についている様だった。
そんな中、一名顔を青くして立ち止まった者が居た。
「み、ミリア?急に止まってどうしたの?」
「お、お姉ちゃん。今ってどれぐらいお金持ってる……?」
私は財布を見る。中には、銀貨が十枚入っている。ミリアに聞くと、銀貨を一枚持っているそうだ。彼女らはその後、ご飯を食べる予定だった。そこで銀貨を一枚使う為、残金は実質銀貨十枚ということだ。
だが、私には何故ミリアがそんなにも青い顔をしているのか分からなかった。何せ、色々な準備を整えた今日で使った総額が銀貨六枚なのだ。これから追加で一枚使うからと言って、残十枚がそこまで不味い状況の様には思えない。
しかし、その後のミリアの言葉に私は絶句した。
「一カ月の宿代が銀貨二十五枚なんだよ……それに後五日で更新の日だ」
「……それってつまり、後五日で銀貨十五枚を稼がないといけないってこと……?」
私の言葉を、ミリアは静かに肯定した。彼女はこの世界での銀貨十五枚の重みを知らない。だが、今日使った金額から大体の予測を付けることは可能だ。
衣服、武器合わせて銀貨六枚。しかもその二つは消耗品では無いのだ。長く使用できるもの、武器なんかはそうだろう。手入れをこまめにしておけば、かなりの長期間使用できると思う。二人の食費は晩だけで銀貨一枚。かなり手痛い出費になるのだろうが、これは減らせない。空腹はその者のパフォーマンスを大きく損なわせる。
そうして私がはじき出した結論は……
「の、野宿に耐える心構えは出来たよ、ミリア?」
「やめてよ、縁起でもない……短期間で稼げる職か……」
そこで、私はロマンを思い出してしまった。
「そういえば、冒険者って稼げるの?」
ミリアは冒険者という言葉に少し反応し、頭を抱えた。
話を聞くに、冒険者自体は稼げるし、成人していなくてもなれる職業の様だ。しかし、その分危険なようだ。私は十六、ミリアは十四。成人は十五の為、冒険者以外となると私以外働けない……でも冒険者にはある程度体ができ始める十二からなれる為、ミリアと共になれる。危険という言葉が気になるが、それしか無さそうだ。
私はミリアから聞いた話を考慮しつつ、思考を巡らす。
だが、その途中で恐ろしいことに気付いた。普通に働いたとして、五日間では給金が出ないだろうという事だ。
その瞬間、私たちは職業を選んだ。いや、強制的にその職業になった。二人は冒険者になるのだ。五日で銀貨十五枚を集める為に。