03~妹との出会い
取り敢えず、初めに金髪の女性と軽く自己紹介を交わしてから、私は少し休憩していた。
自己紹介で分かった事はあまり多くなかった。彼女の名前、そして役職その二つだけだった。
彼女は「リスティア・シルネス」、前世での英語圏と同じく名前が初めに来るらしい。そのため、彼女はリスティアとよく呼ばれているようだ。そして役職は「聖騎士団副マスター」というものだそうだ。
そこで気になる事が出来た。リスティアには苗字となる、「シルネス」がある。だが、自分にはあるのだろうか。それを聞くために、スラックを呼んだ。
「スラック、俺には苗字ってあるの?」
「苗字は……ミーファには無いね。一部の貴族だったり、能力の高い者だったりが持っているよ。能力が高い者って言うのはね、うーん。例えば、冒険者ランクが高い者だったり、リスティアの様な副マスターだったりかな」
「つまり、俺もそういった地位に就けば苗字が手に入るのか」
「そうだね。それに苗字があるだけで、それだけの能力があることを示せるよ。つまり厄介事巻き込まれ辛くなるってことだね」
そんな事をスラックと話していると、リスティアが私の方へ近付いてきた。
どうやら、あのオークについて聞きたいそうだ。個人的にはあまり思い出したくない記憶だが、命の恩人に言われてしまっては応じるしかないだろう。
苦渋の決断ながら、命の恩人に迷惑をかける訳にもいかないし。
「にしてもミーファ。あの厄災モンスター相手によく生き残れたね……」
「や、厄災モンスターだったんですか……!?」
「あぁ、十五年の厄災モンスターだ。そんな事より、体の痛みは無いかい?一応ライフクリスタルで回復はしておいたんだけど……」
私は困惑していた。何せ、ライフクリスタルだったり、十五年といった年数だったりと、自分の知らない言葉が多く出てきたのだ。特に厄災モンスターの年数だ。厄災モンスターについては軽くスラックに教えて貰ったが、年数については初耳だ。
だが、それを毎回聞いていては話が進まないと考えた私は疑問を飲み込んだ。
「は、はい!脚が抉られていた所も完治してました」
「あぁそれなら良かった。本当によく頑張ったね。あの後、周囲を観察していたら近くの木から洞穴に血の跡が続いていたよ。かなりの出血量だったし、もし君があそこに逃げ込まなければ助かっていなかっただろうね」
「り、リスティアさん……結構その話、俺……わ、私の恐怖心を煽るんですけど……」
「それはすまなかった。取り敢えず、今から付近の王国に行くからそこまで護衛していくよ。それでも良いかな?」
「はい!お願いします!」
そうして私は安全に王国へ向かう手段を手に入れたのだった。
そして、私は一つ会話に関して、反省点を見つけた。
「話す時の一人称も変えておくべきだな」
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王国に着くまでの道中はとても楽しかった。私がリスティアと話す事が出来る程には平和な道のりだった。先程までオークに追われていたとは思えなかった。
移動は馬車の様で、私は荷台の部分に乗っていた。操縦は初めはリスティアがしていたが、途中からは聖騎士団の団員がしていた。恐らく交代制なのだろう。
私は馬車が初めてだったため、終始興奮していた。ただ、一つ不味かった事は馬車酔いだ。前世の様に道が完璧に舗装されている、という訳ではない。そのせいか、人生初めての車酔い、いや馬車酔いをしたのだ。
途中まではリスティアと会話していた私は、次第に吐き気が強まっていった。そして最終的には、馬車の後方から顔を出し、外の空気を吸って耐え続ける事しか出来なくなってしまった。
「ぐっぷ……ぐぶっ。すぅー、ふぅー。んうっ……!」
そうして、馬車に乗ってから約二十分だろうか。とても長く苦しい時間だった。だが、進行方向に目を向けると、遠方に王国が見えていた。
私は驚愕した。何故か、それは明白だった。王国の周囲に高い壁が築かれていたのだ。石材であろう物で築かれた壁が頑丈な事ははっきりと理解できた。あれを築き上げるのに何年掛かったのだろうか。私は素晴らしさを感じた。
だが、その数瞬後に、吐き気に再度襲われ、先程と同様に馬車から顔を出した。
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王国が見えてきてから十五分程経っただろうか。馬車がゆっくりと止まった。
リスティアが近づいて、私に「大丈夫か」と声をかける。だが大丈夫な訳もなく、死にそうな声で応答する。
「ぜ、全然大丈夫じゃないです……どうかしたんですか……?」
リスティアはその返答を聞いて「だろうな」と言った。その後、言葉を続けた。
「王国、「ドラン王国」に到着したから呼びに来たんだが……動けるか?」
「あっ、そういう事ですか。分かりました……行きます……」
そうして馬車から顔を出す。すると、目の前に壁の内側の光景が広がっていた。「うわぁ……!」と驚嘆の声を思わず出してしまう。
石材でしっかりと舗装された道。中世ヨーロッパ風の建築。ファンタジー感が溢れる宿屋や武具屋。そのどれをとっても前世では肉眼で捉えた事の無いものだった。全てが新しく、どこへ視線を向けても私の気分が上がっていく。
気分の上昇と共に、酔いも治まっていった。
興奮している私をよそに、リスティアは団員と相談をしている。その後、彼女は私へ近付き、ある物を渡した。
「これは、聖騎士団が身分を証明する、言わば身分証だ。自分で作るまでの繋ぎとして使ってくれ」
「あ、はい!分かりました、ありがとうございます!」
「じゃあ、我々はこれで。また何処かで会えたら会おうミーファ」
「はい!リスティアさん、色々と本当にありがとうございました!」
そうして私とリスティア一行は別れた。
何から何までお世話になった。リスティアさんとまた会えたら、何かお礼をしよう。
私はそんな風に考えつつリスティア達に背を向けて歩き出した。私はここから始まる新しい人生に心を躍らせていた。
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初めは何をしようか。何も考えていなかった私は歩きつつ考える。すると、鞄の中に仕舞っていたランタンが揺れた。何だろうか、と路地に入りランタンを取り出す。
「どうしたのスラック?」
「あぁ、ミーファにこれからして貰いたい事を伝えておこうかなってね。
今からミーファには妹に会って貰いたい。「ミリア」という妹だ。道順はおいおい説明するよ」
妹が居る事を初めて知り驚いた。だがその後すぐに平静を取り戻し、ランタンを鞄へ戻した。路地から出ると、スラックは鞄から小声で道を教えた。
「そこを左に。次の十字路を右に。曲がって直ぐの右手側に宿屋がある。そこにミリアが居るよ」
スラックに教えて貰った情報を基に私は宿屋へ向かった。暫く歩いていると、木造の宿屋が見つかった。扉を開き、中の受付に話しかける。
「此処に、ミリアという私の妹は泊まっていますか?」
「失礼ですがお名前の方は……?」
「ミーファです」
そう答えると、受付が私の姿を一瞥したのち、手元のメモを見る。すこし経って、受付はミリアの姉だと確認が取れたのか、部屋番号を教えてくれた。
恐らく、ミリアが受付に外見の特徴などの伝えていたのだろう。
受付に教えて貰った部屋番号を頼りに、探していく。かなり部屋数があるようで、建物は宿泊部屋だけで三階分あるようだ。一階は受付と奥に食堂の様な部屋が広がっており、二階からが宿泊部屋の様だった。
二階にミリアの部屋が無い事を確認してから三階へ上がる。すると、上がってから二部屋目の番号と受付から聞いた番号が一致していた。
ここか、とドアに手をかける。ぎ、ぎぃと音を立てて開いた。
刹那、ドアが開いた少しの空間を何かが通り抜けた。一瞬の事だったが、何かが通った事は分かった。
私は何が通ったのかを確認するために背後をへ視線を向けようとした。その時だった。ゴトッと重量感のある物体が木の地面に落下した音が鳴り響いた。
それと同時に、自分の視界が途轍もなく低くなった事に気付いた。視界にはローブを着ている少女が映る。自分の物と一緒だ。目だけを動かし上部を見る。その少女の首から上にはあるべき物が無かった。
私はすぐに何が起きたのか察した。その瞬間意識が途切れた。
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私は目が覚めた。絶対に目が覚めない状態になった。そう思い込んでいたため目覚めた事に心底驚いた。
横たわる体を起こし辺りを見回す。その瞬間、絶句した。先程まで居た宿屋では無いのだ。現実離れした空間なのだ。どこまでも全てが白い、とても現実とは思えない空間。地面は硬く、天井は少なくとも私がジャンプした高さよりも大きい。ただ、得られる情報はそれだけだ。
その時だった。少し奥に人影が見えた。
何か分かるかもしれない。私は立ち上がってその人影へ、警戒しつつ向かう。すると、どうやらあちらも私に気付いたようで、此方に手を振っている。
「ミーファ!」と呼びかける声は聞き覚えがあった。スラックだ。
相手が見知った者だと理解して、私は顔を綻ばせ駆け足で向かった。スラックの所へ到着すると、彼は座る事を促した。私が座ると、スラックは話し始めた。
「ミーファ、薄々感付いているかもしれないけど伝えておくよ。君は死んだ。そしてここは現世では無い、って流石に現世で無い事は分かっているか……」
「う、うん。でも現世じゃないなら、ここはどこなの?」
ミーファの言葉を聞いて、ゆっくりとスラックは話し始めた。
「ここは、簡潔に言うと死後の世界だよ。君は死んだ。妹であるミリアに殺されたんだ」
私はそれを聞いても驚きはしなかった。なぜなら、少し気付いていたからだ。現実離れしたこの世界、そして意識を失う直前に見た景色。死んでいないと言われる方が驚いてしまう。
だが、私が先に考えたのはそんな事では無かった。私が考えた事、それは生き返る事が出来るのかというものだった。少なくとも、この世界は大好きだった。夢にまで見たファンタジーの世界。それが失われるなんて、考えたくも無かった。そして私は、スラックにその事を聞いた。
「スラック、一つ聞きたいことがある。私があの世界に生き返る事は出来るの?」
その疑問にスラックは、悩ましいという様な声を出してから言葉を続けた。
「結論から言うと、生き返る事は出来る。体の一部を代償として生き返る、という形だけどね」
私は驚いた。だが、スラックはそんな私をよそに話を続ける。そして、そこからの話にも私は驚いた。
「君は呪いを持っている。代償を払う事で過去に戻る能力をもたらす呪いだ。この呪いは使いようによれば持ち主を強化するだろう。だがこれで身を滅ぼす可能性は大いにある。
これを聞いた上で君に質問しよう。ミーファ、君は代償、つまり体の一部を失くしてまで生き返りたいと望む?」
スラックの言葉に対する答えは決まっていた。
「望むよ、スラック」その言葉が出てくるのはすぐだった。
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ここは……、そうしてぼやける目を擦り、起き上がる。どうやら生き返る事が出来たようだ。
私は代償を選び、生き返った。代償には「左耳」を選んだ。しかし、起きた時はまだ左耳は付いていた。聴覚もあるようで右耳を塞いでも聴こえる。
では、いつ代償を払うのか。そう考えた時だった。
目の前に大きな鎌が現れた。ごくりと喉を鳴らす。私はその鎌を見た瞬間、反射的に背を向けて走り出してしまった。いや、正確には走り出そうとした。
動けなかったのだ。鎌の方を向いた状態で停止する。鎌は私の左耳の位置に移動した。その時察した。この鎌は代償を取りに来たのだと。
そう考えた私は歯を食いしばり、痛みに耐える心構えをする。その瞬間、鎌が振り落とされた。
「ふっっ……!ぐっ、ああぁぁぁーーー!!はっ、ぐっうぅぅ!痛い痛い……!ひゅっ、ひゅっ、ぐぅぅ……!」
痛みに悶えるながらもローブで耳を押さえる。その時、荷物の中に布があったことを思い出した。
すぐさま鞄を下ろし、中を探る。早く見付かってくれ。血が止まらない。そうして探っていると、奥の方にハンカチを見つけた。私はすぐにハンカチで耳を覆う。
ある程度の処置をした後、辺りを見る。ここは、路地の様だ。
私は、ミリアへ会いに行くため、路地から出た。頼むから次は殺さないでくれ。そう考えつつ、宿屋へ歩きだした。
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コンコンコン、と戸を叩く音が聞こえた。誰だろうか、私はゆっくりと扉を開けようとして止めた。何故か、それは簡単だった。危険だからだ。姉に会うまでに何か起きてしまえば迷惑をかけてしまう。それに最近は近くの国で紛争があってこのドラン王国も少し物騒になってきていると聞いた。そんな考えが私の行動を寸での所で止めたのだ。
ただ、ノックの後に声が続いた。
「ミリア、居るー?」
その声を聞いた私は表情を明るくし、返事をする。姉がきたのだと直ぐに理解した。
ベッドから降り、扉の方へ走る。そしてカチャリと扉を開くと、見慣れた姉の姿が視界に入った。ミーファだ。
「お姉ちゃん!良かったぁ、会えた!」
「あぁ、私も良かったよ……」
何故か体が強張っている姉に、私は多少の疑問を抱いた。だがそんな些細な事はどうでも良かった私は再会を喜ぶ事に集中した。