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呪いと植物とゆくハード異世界  作者: 狐丸屋
第一章~新たな人生
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02~オークからの逃亡

 私は森の中を走っていた。

 背後からは先程のオークが追ってきているであろう音が鳴り響いていた。


 不味い、とにかく不味い。そんな事は戦闘経験が殆ど無くても理解できた。なぜなら、走り続けているのに、オークを引き離すどころか距離が詰められているからだ。


 そんな状態になって、私は森の中に逃げたことが間違いでは無かったと考えていた。あの巨体なのだ、少しは木や岩などに速度を落とされているだろう。それにも関わらず距離が離れない。つまり、先ほどの草原に逃げていれば、視界も切れず、自分よりも遥かに速い速度で追われていたのだ。


 それを考えた私の背筋に寒気が走った。何気なく選択していたもので、あわや死ぬ所だったのだ。


 だが、私には第二の危機が迫っていた。体力の問題だ。足場も良いとは言えない森の中、加えて一度転げてしまえば死んでしまうという極限状態。体が変化してしまったのも原因だろうか。普段の運動よりも息切れが早くなっていた。


「はっ、はっ……しっんどい。で、でも、止まったら……うぐぅ、走らなきゃ……」


 その時だった。視界に大木が連なっている空間が入り込んだ。

 オークは自分の背丈の二倍、三倍程の大きさだ。詳細な身長は分からないが、大体今の私は百六十センチ。つまり、あのオークは約三~五メーター、といった所だろうか。

 私の視界に映り込んでいる大木は正確な長さが分からない程には大きく、太い。つまり、今まで居た森に比べて足止めの効果が高そう、ということだ。その考えに基づき大木の森へ走り出す。


「ミーファ、その森は……でも、それしか無いか……」


 と、スラックが意味深な言葉を私に投げかけたが、気にせず走る。結局のところ、あの森に逃げなければ私は生きることが出来ないのだ。この後行く先に何があろうとも、生存するためには意を決して走り抜けるしかないのだ。例え、死が待ち受けていたとしても。


 ~~~


 私が大木の森に着いた瞬間、問題が起きた。突如として、右側から手斧が飛んできたのだ。


「ひうっ……!」


 飛来した手斧は私の眼前を通り抜ける。一歩多く歩いていたら死んでいたことに恐怖するが、背後の気配を思い出してまた走る。


 だが、手斧の警戒を怠ってはいけない。あれだって、掠るだけで走れない可能性もあるのだ。

 手斧が飛来してきた方向を見る。そこには、ゲームで見るようなゴブリンが居た。ゴブリンがあんな速度で手斧を投げられるのか、とも考えたがここは異世界だ。ゲームで考える様な強さであるとは限らないだろう。


 そしてまた走り出す。ただ、この森は危険なのだ。後ろはオーク、周囲は森で視界が悪い上にゴブリンの手斧も飛んでくる。先程の森とは比べ物にならない危険度だ。

 そのため、私はスラックの指示を聞きつつ走り抜けていた。


「右斜め後ろから左斜め前に向かって手斧!」


 私はその指示を聞いて進行方向を右斜め前に変える。


 実のところ、この大木の森も先程の森に引けを取らない程に絶景なのだ。日に照らされた泉や鳥の住処などの自然が溢れている。足元にも、カラフルな草木や木の根といった冒険するのにうってつけであろうものが存在している。

 勿論、私にそれを気にする余地はない。それに、足元の木の根なども走るのにはとても邪魔だ。


 そう考えると、荒々しくうねる木の根や進行の邪魔をする泉、ゴブリンの隠密を手助けする木。この森は私にとって最も危険な空間なのは明確だった。

 しかし、邪魔だと思っても消えてなくなるわけでは無い。適応するしか無いのだろう。


「左斜め前にゴブリン!前の木を右から回って回避して!」


 それを聞いて、ミーファは指示通りに前方の木を右側から回って避けようとした。その瞬間、トスっという手斧の音が()()聞こえた。

 一つはスラックが示してくれたゴブリンの手斧が木に刺さった音。では、もう一つは?


 私は自分の細い右脚を見る。そこには、横向きに手斧が刺さっていた。それを理解した瞬間、激痛が走る。

「あっ、あああぁぁーーー!!!」と叫び声をあげる。すぐさま手斧を抜き、右脚に手を当て、地面に横たわり悶える。

 痛い、意識が飛びそう。

 既に私の手は赤く染まっていた。傷口はどんどん熱を帯びていく。瞳には涙がじわりと浮かんでくる。だが、それは当たり前である。私は、ただの男子高校生なのだ。歴戦の戦士でもなければ、辛い環境で育った人間でもない。つまり、脚を斬られるなんて苦痛に耐えられる訳が無いのだ。


 飛んできた方向を知るために辺りを見渡す。そして一つの木に目が留まった。新緑の中に少しの色の歪みがあった。痛みに耐えつつ目を凝らすと、ゴブリンが居る事を確認出来た。


「う、うぐぅ……保護色……かよ……」


 私は死を覚悟した。何せ、このまま留まっていてもゴブリン、もしくはオークに殺されてしまう。何とか動かないといけない。だが、痛みで動けない。このままでは死んでしまう。そんなことは理解しているが、体が動かない。体が動いてくれない。

 次第に重低音が近づいて来た。オークだ。

 私はその音を聞いて近くの小さい穴に這いずって移動していく。


「ふっ、うぅぐっ……あっあぁっ……」


 出来る限り右脚を動かさない様にするが、それでも傷口は尋常じゃ無い程に痛む。痛みのせいだろうか、動く前までは近く思えていた距離が全く縮まらない様に感じた。一度這いずる度に、もう動きたくないと思ってしまう程の痛みが走る。自分の呻き声と心臓の鼓動音、それだけしか聞こえない。いや、それ以外聞きたくない。オークの移動音を聞けば、痛みと恐怖で、信じている希望を手放してしまいそうになる。

 永遠の様に感じられた移動が遂に終わり、身を隠す事に成功した。


 どうやら、オークはかなり迫っていた様で、身を隠した数秒後にオークの足音がすぐ近くで鳴り響いた。まだ私には気付いていないようで、辺りを歩き回っている。

 なぜこんな穴が……いやそんな事を考えている場合ではないだろう。隠れないと、息を潜めないと死ぬ。


 少し経って、オークの歩く音が消えた。


「どこかに行った……?」


 そう言葉を発した瞬間の事だった。穴に差し込んでいた光が無くなり、暗闇になってしまった。何が起きたのかを調べる為に穴の入り口の方へ顔を向ける。


「雨か……な……」

「ぐもっ、ぐおおぉぉ……!!」


 オークだ。バレてしまったのだ。恐らく、私の血の跡と、匂い、そして最後に発した言葉。それらが組み合わさり居場所がバレてしまったのだろう。

 なぜよく考えなかったのか。もし曇ってきたのだとしても、見に行く必要は無かった。身を隠せていた状態から動く必要はなかった。痛みによって鈍った思考力を恨む。


 しかし、私にはそんな事を考える余裕がすぐさま消え去った。


「はっ、まずっ……うぎゅぅ……!」


 オークは迷いも無く腕を突っ込み、私を握った。私は高く、か弱い呻き声をあげて捕まった。確かに抵抗はした、だが自分の体を握れるほどに大きい手に効果がある訳もない。


「いたっ、痛いっ!離してっ……離っ、して、お願い……!あぅ、あぁっー!離してっ、離しでよぉ!」


 ギリギリと私の体が握られていく。少し締められるだけで全身に激痛が走る。圧迫により、骨が軋み呼吸が苦しくなっていく。足を斬られる激痛よりも酷い。過去に体験したことの無い激痛、涙が瞳からどんどん溢れ出してくる。


 だが、そんな状況でも抵抗は本能的に続けていた。腕を精一杯振り上げ、自分を拘束する手を殴る。だが仮に前世の体であっても大した攻撃にもならないだろう。それも、この体となっては尚更だ。私の体は平均的に見て細く、非力な方だと思われる。それで抵抗したとしても離してくれる訳が無い。ただ、出来ることはこれしか無い。この尋常じゃない痛みから逃れるためにも続ける。


「痛いっ……やめでっ、お願いじまずっやめでぐださいっ!」


 そんな言葉に反し、オークは握る力を強める。その瞬間、身体から鳴ってはいけない、いや鳴って欲しくない、バキッという音が鳴り響いた。


「かっ……!あっ、あぁぁっー!!はっ、あっぐあぁ……」


 強烈な痛みで抵抗する気力を失う。身体中の骨が軋み、折れる苦痛に私は生きる希望を手放した。だが希望を手放したからと言って、痛みが消える訳ではない。オークが握る力を緩める訳でもない。

痛い、逃げたい、もういっそのこと殺してほしい。激痛に耐えかねてそんな事を思ってしまう。


 そんな時だった。突如、オークの腹部に眩い光の奔流が当たった。それと同時にオークの力が弱まり、私は空中に投げ出された。


「あがっ、わあぁうっ……!な、何が、起きて……?」


 私は地面に落ちてから激痛が走る体を少し起こした。すると、少し遠くに多くの人影が見えた。

 もしかしたら助かるかもしれない。そんな手放したはずの希望が見えた。その直後、私は安心感からなのだろうか、意識を失った。


 ~~~


「大丈夫か、おい、大丈夫か!」


 私は誰かの声で目覚めた。誰なのだろうか。ゆっくりと目を開けると、目の前に長い金髪の女性が居た。助かったのだ。奇跡のような出来事に思わず涙があふれる。


 ミーファは横たわる自分の体を起こし、辺りを見回す。そこに、オークの姿は影も形も無かった。どうやら助かった様だ。ミーファは自分の体を見る。驚いた事に、手斧に抉られた脚も折れた骨も完治しており、全身を取り巻く激痛も一切無くなっていた。


「ひっうっ、うぅ……よかった、生きられてよかったぁ……」

「あぁ、我々も助けることが出来て良かった」


 子どもの様に泣きじゃくる私を、金髪の女性は抱きしめ、宥める。この女性が誰なのか。それは今はどうでも良い。今は生きる事が出来た喜びを噛みしめたい。

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