15~戦い続きの生活
カランコロン、と聞き心地の良い音を響かせつつ、奴隷商人のもとを訪れた。
「おいおい、嬢ちゃん。ちょっと早くないか?」
少し困った顔をしつつ、ガルトが言った。
さっきは晩飯を食べたぐらいに来いって言ってたし、確かに少し早かったか。
「すいません、都合の良いタイミングが今だったもので。全然待ちます」
「いや、別にいい。ちょっと待っててくれ、裏の奴らと話してくる」
そう言って、ガルトは焦り気味に店の奥へ入っていった。しかし、やはり同じ店の中、声はよく聞こえるものだ。色々な進捗の確認をしているようだ。
「基礎教養は元からあったのか、服もある、他に何か終わってないものはあるか?」
「飯ですね、今材料取り出して調理する直前です」
そんな会話と共にガルトが私達の方へ来た。そして、唸りつつ話し出す。
「なぁ嬢ちゃん、最後にあの奴隷の姉妹へ晩飯を食べさせたいんだが、もう飯は食ったか?」
「いえまだですけど……」
そう言うと、ガルトは少し顔を明るくした。
「じゃあ一緒に晩飯振舞ってやるよ!それでもいいか?」
そんな事をそんなに明るい表情で言われては答えは一つに絞られてしまう。
「良いんですか、じゃあいただきます」
「よし、じゃあ少し待っててくれ。すぐに準備する」
やはり、奴隷の事は大切に思っているのだろうか。私の返答を聞いたガルトはとても笑顔だった。彼にとっては、共に過ごしてきた姉妹でもあるのだろう。そんな彼女らの門出を祝いたい気持ちと、少しでも共に居たい気持ちで複雑なのかもしれない。
そう考えると、あの二人は大切にしないといけない。そうしないと、彼に何と言われるか……考えるだけでも恐ろしいものだ。
「嬢ちゃん、待ってるだけも暇だろう。こっちに来て奴隷と顔合わせでもするか?」
「あ、わかりました。すぐ行きます」
願ってもない提案だ。これを断る理由なんてない。
店の奥は意外にも清掃が行き届いていた。古民家のような、木材を基調とする懐かしい雰囲気を漂わせる部屋だ。
ガルトは私たちを手招きして、ある部屋に案内してくれた。
「この二人が嬢ちゃんらのお仲間だ。銀髪の子が姉の「フィルフィー」、金髪の獣人族が妹の「ルーシュ」だ。お前ら、自己紹介をミーファたちにしてくれるか?」
その言葉に反応して、少し戸惑いつつもフィルフィーとルーシュが話し始めた。初めに話しだしたのはフィルフィーだった。
「フィルフィーです、ご主人様、これからよろしくお願いします。固有ミルフは【炎鬼】、火属性のミルフを扱いやすくなる固有ミルフです」
かなり礼儀正しい子、というのが第一印象だった。年はそこまで私と変わらないか、私より少し下ぐらいだろう。ミリアぐらいだろうか、いやだとしたらルーシュの年齢が合わないか。
まぁそんな事は後々で良いのだ。今重視するべきなのは戦闘力だ。こんなことを考えていると少し倫理的な問題を感じるが、私達にとって死活問題なのだから仕方がない。【炎鬼】、ミリアの固有ミルフである【氷魔】の火属性版だろうか。
「……ルーシュだ。ご主人、これからよろしく」
「ルーシュ!もっとしっかり挨拶しなさい」
「でも姉ちゃん……」
「ん?」
「ルーシュです、前衛を担当させていただきます。固有ミルフは【獣化】で、一時的な身体能力の向上が可能になります!よろしくお願いしますっ!」
ルーシュは姉の一言で顔色を変えた。先程とは違う、丁寧な自己紹介を早口で話した。
やはり姉の事は少し怖いと感じているのだろうか。もしかしてミリアもそう感じていたりするのだろうか……
「ねぇミリア、私の事怖い?」
「その質問を急にしてくるところが怖い」
うむ、中々納得のいく理由で怖がられてしまった。まあ普通に考えれば妥当な理由だろう。
それよりも今は彼女らへ注目する方が良い。ルーシュの固有ミルフは【獣化】、前衛を担う彼女にとってはぴったりのものだろう。そして彼女についてもう一つ注目してしまうのが、背中に担いでいる二本の大剣である。私だったら両手で一本持つのが精一杯であろう大剣を二本も担いでいるのだ。重量的にも使用用途的にも疑問を抱いてしまう。
「ルーシュ、その二本の大剣って片手に一本ずつ持つの?重くない?」
「そうだぞ、ご主人。意外といけるもんなんだ、まあ重いのはそうだけどさ……」
そんな彼女の戦い方は今から想像するだけでワクワクしてしまう。性別が変わっても男のロマンは消えないのだ。二本の大剣で敵をなぎ倒すその様は、素晴らしくクールなこと間違いなしだ。
そうと分かれば、早いとこ今日は帰って、明日から早速依頼を受けていきたい。そのためにもご飯だ。今ごろガルトたちが夕食を作り終わる事だろう。
そう考えた私はミリアとフィルフィー姉妹を連れて、椅子に座った。
厨房からいい匂いが漂ってくる。それと共に、足音が聞こえてきた。ガルトだった。軽快な足音と共に料理を運び、カタンカタンと暖色の照明が付いた机上へ皿を並べていく。
言い方は悪いが、メニューは普通だった。普通といっても宿で出されたものと似ているというだけだ。しかし、その風貌はかなり豪華である。お皿は華やかな装飾が施されており、フィルフィー姉妹の驚いた眼を見ても分かるように、かなりのものなのだろう。
「悪いな、フィルフィー、ルーシュ。メニューはいつもと同じなんだ。でも、普段よりも少し豪華に見えるだろう?一度しかない門出だ、少しでも祝わせてくれ」
笑顔で言うガルト、その言葉にフィルフィーたちは瞳が潤んでいた。
今までの思い出が駆け巡っているのだろうか、スプーンを手に取っても食があまり進んでいないように見られた。
「ミーファ、少し来てくれ」
フィルフィー姉妹を眺めていると、ガルトに呼ばれた。ミリアへ先にご飯を食べておくように言って、ガルトについていく。
何か重々しい話の様な、そんな雰囲気だ。
「ミーファ、あの姉妹について一つ話しておきたいことがある。実は、お前が居ない間に小太りの男があの姉妹に会いに来ていた。何かを話していたようだが、内容までは聞こえなかった。何か心当たりはあるか」
小太りの男、記憶にある中でそんな男は一人しか居ない。
先程の喫茶店での一件、その渦中に居た者。リスティアさんと楽しんでいた時に水を差してきたあの男だけだ。
私はあの男の特徴を覚えている限り伝えた。そして、その特徴が殆ど合致した。私の想像通り、フィルフィーたちに何かを吹き込んだのは、あの貴族の小太りな男だった。しかし、何を吹き込んだのか、それ自体は未だ分からないままだ。
「少し、気を付けた方が良いだろう。あの男は何かと悪い噂を聞く。もし喫茶店での一件で恨みを買っていたとしたら……フィルフィーとルーシュを使って何か一策を打ってくるかもしれない」
「さ、流石にそこまでは無いと思いますけど……一応気をつけておきます」
そこで話を切り上げ、私達は食卓へ戻る。
やはり、何かの攻撃があるのだろうか……いや考えすぎだろう。気にせずに今を楽しむべきだ。
「フィルフィー、ルーシュ、改めてこれからよろしくね。私達と共に生活を送るうえで不満や今までの違いを感じると思う。その時は遠慮なく言って欲しい。あくまで、私は二人の事を奴隷ではなく仲間として雇ったんだ」
「そうそう、お姉ちゃんも言ってたけど、私達は二人の事を奴隷としては見てない。対等な関係として、これから過ごしていきたい。ミリアって呼んでくれて良いからさ!」
私達がそう言うと、フィルフィーたちは食事の手を止め、既に涙で腫れた目を更に潤ませた。しかし、その表情はすぐに曇った。「あ……う」、そんな言葉にならない言葉を発して食事に集中し始めた。
やはり、不安が大きいのだろう。その不安を解消するためにも、しっかり意見を聞いて、仲間としての親睦を深めないといけない。かなり難しい課題だ……
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「ここが私達が暮らしている部屋だね。荷物は好きなところに置いといて良いからね」
私達は食事を食べ終わった後、宿へフィルフィーたちを連れて来ていた。これから共に過ごすのだ、早いところ生活スペースは見せておいた方が良いだろう。
しかし、今の私達はそれよりも必要なことがある。
「改めて、対等な関係としての自己紹介をしよう!」
「ご主人様、本当に必要でしょうか……?」
怪訝な顔をしているフィルフィーの質問に対して、私は自信をもって答える。
「必要!だって私、二人の能力は知ってるけど……何て呼べばいいのかとか、そういう仲間としての必要事項が聞けてないし!」
私の熱量が通じたのか、二人は若干引きつつも自己紹介をしてくれるようだ。
……少し、熱がこもりすぎただろうか。いや仕方のないことだ、怖がらせるつもりは無かったし許してもらおう。
「では……改めまして、フィルフィーです。フィルとお呼びください、ご主人様、ミリア様」
「ご主人様じゃなくても良いんだよ?」
「いえ、私の中ではミーファ様はご主人様です。もちろんミリア様も」
何か、フィルの中にも譲れないものがあるのだろう。そこを無理に変えるのは、仲間として良くない。呼び方なんて何でもいいのだ。
「ルーシュだ。呼び方は何でもいい。よろしくな、ご主人、ミリア」
「うん、よろしくね、ルーシュ!」
余りにも簡潔な自己紹介。けれども、呼び方の変化は親密度合いがかなり変化する要因の一つだ。フィルフィーと呼ぶのか、フィルと呼ぶのか。そんな些細な変化でも、なにか改善されることを祈りたい。
しかし、ここのところ事件続きで疲労が溜まってきている。そろそろ睡魔がやってきそうな雰囲気だ。
私は少し落ちてきている瞼を無理やり開き、ベッドへ横たわる。そこで気づいてしまった。ベッドが二つしかない。フィル姉妹が寝るベッドが無い。
「ミリア、一緒に寝よ?」
「え、なんで急にそんな誘いをしてきたの……?」
とてつもない嫌悪を示す顔に臆せず話す。フィルたちが寝るベッドが無いじゃないかと。
「ミリア様、お気になさらず。床で眠るのも慣れています」
「そ、そんなことしなくて良いから!お姉ちゃんのところで寝るよ!」
ミリアはそそくさと、私のベッドへ潜り込み、もう一つのベッドを譲るジェスチャーをする。手と腕をぎりぎりまで伸ばして必死にジェスチャーを行うミリアはなんとも可愛らしかった。
フィルも面白かったのか、少し笑いつつルーシュを連れてもう一つのベッドへ潜り込んだ。「ありがとうございます、ご主人様、ミリア様」そんな言葉を聞いた直後、私は睡魔に敗れた。
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「いやっ、助けて、お姉ちゃんっ!」
その言葉が聞こえた瞬間、意識が覚醒した。そして辺りを見渡す。
その後、状況を理解した。刹那、私は動き出した。
「【魔植化】!」
暗い室内にガキンっという音が響く。冷酷に、そして悲しみを押し殺して私は言葉を発する。
「フィル、ルーシュ。お前らどういうつもりだ……」
私の目の前には、ミリアへ大剣を突きつけるルーシュと、ミルフを打とうとしているフィルフィーが居た。




