14~幸せを噛み締めて
リスティアさんはある店の前で立ち止まった。
お洒落な喫茶店、そんな印象を受ける華やかな外観が特徴的である。入り口から色とりどりの花が咲いており、テラス席であろう場所には水やり中と思われる店員も居た。
「ここは……?」
「私の行きつけの喫茶店だ。ここの紅茶がとても美味しくて、よく来るんだ。ミーファ達にも是非味わってもらいたいと思ってな」
確かに、先程から紅茶の香りがしている。アップルティーだろうか、甘い香りが漂っていた。
そういえば、甘い香りを嗅ぐのはこの世界に来て初めてかもしれない。やはり糖類が貴重なのだろうか、はたまた私が奇跡的に出会っていないだけなのだろうか。
そんな思考を巡らせているうちに、リスティアさんとミリアは既に店の中に入ろうとしていた。かなりの間ぼーっとしていた事に気付いた私は足早に店内へと入った。
「いらっしゃいませー空いてる席にどうぞ〜」
そんな、よく聞いた言葉を耳にしつつ、席に座る。リスティアさんは先に席へつくと手慣れた様子でメニュー表を手に取り、見ている。
座り方としては、私とミリアが横並びに、私と向き合う形でリスティアさんが座っていた。壁際に目をやると、メニュー表が後三つ残っていた。二つを手に取り、ミリアに一つを渡した。メニューには色々な紅茶と様々な軽食が書いてあった。
ただ、私が頼みたいのは決まっていた。先程から店内に充満している林檎の香り。気になって仕方がないのだ。甘くも深みのある芳醇な香り、これに興味を唆られない人間は居ないだろう。
ミリアも同じアップルティーにするようだ。リスティアさんも決めたようで、店員さんを呼んだ。
「あら、ティアじゃない。一昨日も来てなかった?」
少し笑いつつ、若い店員が言った。よく見るとテラスで水やりをしていた店員だ。リスティアさんと仲が良いのだろうか。いや、ティアという愛称で呼ぶくらいだ、かなりの友人だろう。
「何回でも来れるほどに美味いんだから仕方ないだろう。あ、注文はアップルティーでお願いするよ」
「わ、私と妹もアップルティーでお願いします!」
「りょーかい!ちょっと待っててくれるかしら、少し混んでるのよね。談笑しててちょうだいね」
手をひらひらと振りつつ、小走りで店の奥に消えていった。
私はその後ろ姿を見届けてから、リスティアさんに向き合う。今日は楽しさだけを求めて誘った訳ではない。知りたい事があるのだ。この世界について何も知らない、その状態で今後を生き抜けるかは分からない。だからこそ、聞いておくべき事があるのだ。これからの生活や目標において、最も身近な存在になる「厄災モンスター」について。
「厄災モンスターについてか……何から知りたいのかな?」
「たまに聞く年数です。十五年の厄災モンスターというような、年数が意味する事を教えてください!」
リスティアさんは少し思案するような素振りを一瞬見せた後、彼女は話し出した。
「年数は大まかに言うと、危険度だ。年数が大きければ大きいほど危険であるという事を示している。だが詳しい事を今言うことは出来ない」
「それは口止め……と言うことですか?」
「いや違う。話せないというよりは、現段階では年数が全てを定めている訳ではないという事を念頭においた上で聞いて欲しいんだ。その年数は発見された日時からの経過年数という事だ。つまり、それはあまりにも不確定な指標ということを示している。あくまでも発見した瞬間であるため、生まれた瞬間からの経過年数ではない事に気をつけてくれ」
意味は分かった。だからこそ、震えた。その話をするということは、過去にその事を念頭におくべきだと思わせる出来事があったということだ。例えば、生存者無しの正体不明の死を遂げた集団死……などだろうか。
想像はあくまでも幻想である。その事実があるかどうかは確かではない。しかし、無根拠の想像などは存在しない。何かその想像をするきっかけや基となる経験があるはずだ。機械的に今の想像を導き出したということは……まぁ、そのような例が過去にあってもおかしくない状況を意味していたと、簡単に理解できる。
「なるほど……つまり、年数が少なくても強大な力を持っている可能性は十分にあるということですか……やはり厄災モンスターと相対した時は細心の注意を払うべきですね」
「もちろんだ、厄災モンスターは知能も能力も通常の魔物よりも格段に向上している。個体によっては固有ミルフを持っているほどだ。もし、少しでも油断すれば……死ぬぞ。前回の戦闘で、私も改めて理解した」
「それもそうですね……奴隷を迎えて気を緩めてる場合ではないですね。詳しいことまで教えてくれてありがとうございます、リスティアさん!」
私がそう言うと、リスティアさんは少し微笑んだ。
「別に良いさ、私としてもミーファが居なくなるのは少し寂しいしな」
少し照れくさそうに言うリスティアさんは、とても可愛らしく見えた。
会話もキリがよく、丁度喉の水分がなくなってきた頃だった。先ほどの店員さんが紅茶を三人分持ってきてくれた。カチン、カチンと心地の良い音と共に皿をテーブルに乗せる。辺りに紅茶の甘い匂いが漂う。
「待たせてすまないね。じゃ、楽しんで」
「ありがとうございます」
ミリアが率先して礼を言った。私もそれを見て、慌てて礼をする。
頭を軽く下げた時に、香りが強まった。芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。前世ではあまり紅茶を嗜む事は無かった、だからこそ期待が膨らんでいく。
カップに手をかけ、唇を近づけていく。するすると口内を流れる紅茶が舌に味を伝えていく。非常に美味である。それ以上の感想が出てこない程の想像以上の美味しさだ。
横に視線をやると、ミリアも一口飲んだ後のようだった。少し目を見開いて紅茶を見ている。
「ミリア、美味しかった?」
「う、うん、美味しかった……ちょっと想像以上に美味しすぎてびっくりしたよ……」
紅茶をもっと飲みたいのか、話している途中も時々目線が紅茶へ向かっている。
それなのにまだ会話を続けるのは野暮というものだ。私はそこで話を切り上げ、自分もまた紅茶を口に近づけていく。
その時だった。少し豪華な衣服を身につけた小太りの男が近づいて来た。
「君、可愛いねえ。僕とこの後遊ばないかい?」
ミリアに向かってそう言う男に対して、私はとてつもない嫌悪感を感じた。ミリアも同じだったようで、表情から感じられるほどだった。
余りに露骨な表情の変化、男もその変化を察したようだ。彼も少し不機嫌そうな顔になる。面倒な事になりそうな雰囲気である。とても険悪だ。
そして、男は口を開く。
「僕は貴族だ。逆らえばどうなるか……分かっているのか?」
私が危惧していた状況が起きた。こうなる事は絶対に予測できたはずだ。相手も人間である。権力を手に入れた後に思い通りにならない事があれば、その権力を行使するなんて当たり前だ。
ここは何とかして穏便に済ますか、それとも毅然に対応すべきだろうか。
「ミーファ、ミリア行こう。お前、これ以上何かするようなら後悔する事になるぞ」
私が悩んでいると、リスティアさんが先陣を切って言葉を放った。聖騎士団副マスターの迫力は中々のものだった。私に言われている訳では無いのだが、少し怯んでしまった。しかし、それは男も同じだったようだ。私と同じく少し怯んでいた。
その様子を横目に、私たちはリスティアさんに連れられて店を後にした。出る直前、リスティアさんは当たり前かのようにお金を出してくれた。どこまで格好良いのだろうか。彼女には助けられっぱなしである。
外に出ると、まだ外は明るかった。まあ当然である。あんな騒動があって、すぐに出たのだからそう時間が経つものでもない……と思っていたのだが想像以上に日は落ちてきていた。四時……それぐらいだろうか。時間が経つのは早いものである。
にしてもどう時間を潰そうか。あまりにも奴隷引き取りの時間には早すぎる。もう少し時間が経ってから行きたいところだ。
「ミーファ、ここからどうする?まだ少し時間があるようだが」
「うーん……ミリア、どうしようかな?」
ミリアは少し考える素振りを見せつつ言う。
「晩御飯は奴隷引き取ってからの方が良いだろうし……奴隷商の方へ向かいながら何か探してみる?」
「ほう、それなら食べ歩きでもしようか。ここは露天も多い、金は私が出そう」
食べ歩き、その言葉に反応したのは私だけではなかった。横からはっと息を呑む音が聞こえた。少し微笑ましい様子を見てしまったからには行かざるを得ない。
私は少し笑みをこぼしつつ言った。
「ミリアも行きたそうですし、それでお願いできますか?」
「ふふ、あぁそうしようか」
リスティアさんもミリアの様子は見ていたようで、彼女も微笑んでいた。
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私達はこの喫茶店に来るまでの道を引き返しつつ、露天を探し歩いた。意外にも、焼き鳥などのご飯系だけでなくアクセサリーや雑貨などを売っている店もあった。どうやらこの王国は行商が盛んなようである。入れ替わり立ち替わり、目まぐるしく売っているものが変わっていった。露天のタイプも様々である。テントを立てて、長期間やっているであろうものと、馬車からものを売る行商人であろうものだ。
私とミリアは、その中の一つである昨日も食べた焼き鳥をリスティアさんと一緒に食べようと露天の元まで駆け寄った。
「おっ、昨日の嬢ちゃんたちかい、また焼き鳥かい?」
「はい!昨日と同じやつを三本お願いします!」
「はいよー!少し待っとけよーもうすぐで焼けるからなー!」
勢いよく返事をしたガタイのいい兄ちゃんに少し驚きつつ、ワクワクしながら待つ。脂が滴り、火が勢いよく燃え上がる音が響いている。
一分ほどだろうか、かなり早く焼き鳥ができたようだ。ふわりといい香りが鼻腔をくすぐった。その時、思わずお腹が鳴ってしまった。
ミリアとリスティアさんの方へ目をやると、一瞬顔を見合わせた後こちらを向いて笑っていた。
一瞬にして体温が上がっていくのを感じる。羞恥から逃れるために、私はゆっくりと目を伏せつつ話題を変える。
「お、おいしそうですね!リスティアさんも食べましょう?」
「あぁ、そうだな、ふふ……」
リスティアさんは焼き鳥を持ちつつも、先程の私の事で笑いをこらえ切れていなかった。
その瞬間もう一度お腹が鳴る音が聞こえた。誰だろうか、そんな事は分かり切っている。
「リスティアさーん!可愛らしい音が聞こえましたよー!?」
私はチャンスとばかりに、盛大に煽りの言葉を放った。私の比にならないほどに顔を紅潮させるリスティアさんは、今まで以上に可愛かった。時折「あぁ……」と小さく呻き声をあげている。
「そ、そういえば、もうそろそろ、奴隷を引き取る時間だろう?早く行ったらどうかな?」
話題を変える目的だろう。しかし、空を見ると少し暗くなってきていた。
確かにそろそろ行くべきだろうか……
「確かに、そろそろ行くべきかな、どうミリア?」
「うん、いいぐらいの時間だし行こっか。リスティアさん、行ってきても良いですか?」
「あぁもちろんだ。また遊ぼう、それじゃあ!」
美しく輝く金髪をなびかせつつ、身を翻し帰っていった。
リスティアさんの背中を見送りつつ、私達も奴隷商人の屋敷へ歩き出した。




