12~報酬と魔植物
一面が白い。壁も床も天井も、白で統一された味気のない内装。私とミリアが思った第一印象はそんなものだった。申し訳程度の観葉植物が各部屋の扉付近に置かれていることを除けば、白の絵具一色で塗れるだろう。
中は人が少なく、歩いていてもすれ違ったのは一人だけだった。コツコツ、という足音が三人分だけ響く。先程までの焦りやギリギリの戦いとは打って変わって静寂に包まれた明るい屋内。祭りの喧騒から離れた時のふわふわとした感覚を思い起こさせる程だった。
入口から真っすぐ進んだ所にあるカウンター。リスティアは私の下から離れ、そのカウンターの横にある扉をノックした。コンコンコン、と心地の良い音を響かせた後声を発した。
「マスター、副マスターのリスティアだ。厄災モンスターの討伐を報告しに来た」
しかし、応答が無い。リスティアも何故応答が無いのかと不思議に思っているのか、首を傾げた。その直後に中から、主に扉の近くにあった小窓から声がした。小説が一冊通るか程度の大きさの窓が開いていたのだ。
「身分証を出せ」
その言葉を聞いてリスティアは納得したようだ。応答しつつ、懐から紋章を取り出す。
「すまない、今は星光を使った代償で声も少し変わっているんだ」
「……確かに、リスティア様のようですね。すみません、今すぐ開けます」
リスティアからの紋章を受け取って、身分の確認が出来たようだ。かちりと鍵の開いた音がした。
少し冷たい金属製のドアノブを捻り、扉を開ける。中には椅子に座る青髪の青年を取り囲むように立つ衛兵の計四人が居た。
「マスター、今回の功績者のミーファとミリアだ」
そういったリスティアはその青年の前に行くと、青年と衛兵に何かを話し始めた。しかし、私達は緊張もあり、内容はあまり聞き取れなかった。彼は、その話を聞くと少し怪訝な顔をした後、すぐに笑みを取り戻し、私の方を向いた。
そこでやっと気付いた。その笑みはあまりにも不気味なのだ。貼り付けたような笑み、それを向けられている事実に背筋が凍った。
そんな私をよそに、その青年は話し始める。
「ひとまず、ティアを助けてくれてありがとう。君が討伐に協力してくれたミーファとミリアかな?この騒動が落ち着いたらギルドマスターから報酬を出すように掛け合っておくよ」
想像以上に優しい言葉をかけられたことに驚きつつも、私は頭を下げる。
「いえ、こちらこそありがとうございました。リスティアさんが共に戦ってくれたからこそ、妹を助けることが出来ました」
「そうだったのか、ティアから聞くにかなり高い身体能力を持っているそうだが?」
そこでやっと、リスティアが先程マスターとしていた話が、戦闘状況の報告だったのだと気づいた。
「いえいえ、あれは魔植物の種という物による一時的なもので……私自身が強いかと言われると……」
私がそう言うと、青髪の青年がピクリと反応した。そして、リスティアと目配せをした後、口を開いた。
「ミーファ、ミリア、報酬の用意が出来たみたいだ。労いの意味も込めて、少し大きなサプライズがある。僕からのプレゼント、受け取ってくれるなら、用意が出来るまで後ろを向いていてくれないかな」
そんな提案、私達に断るという選択肢は無かった。内心、わくわくしつつ二人はリスティア達に背を向けた。
刹那、風切り音が聞こえた。聞きなれた音、彼女を絶望させた音。そんな訳無いと、する意味が無いと一瞬の内に思考を巡らす。そして背筋が凍り付く。何故思考ができるのか、そんな単純な疑問にそこでやっと行き着いたのだ。
私は左を見る。居ない、ミリアが居ない。先程まで横に居たミリアが居ない。呼吸が乱れる。見たくない。彼女は、その視界の下に映るものが何か、容易に想像できた。
恐る恐る下を見ると、鮮血に塗れ、生気の無い眼差しを私に向けるミリアが居た。
「なんで……!」
そう言葉を発した瞬間、腹部を剣が貫通した。そして、青髪の青年が話し始める。
「従来、魔植物の種は魔族の力を受け継いだ植物の種だと知られている。そしてその魔植物の種は人間にとって有害だ。勿論、魔族の血を受け継ぐ「魔物」にとっては無害だが。
そこで疑問に思う。何故、君は魔植物の種を摂取して無害どころか利益をもたらす?ティアが苦戦する相手に君みたいな子どもが戦えるとは思えない。様々なことを考えた末、君を生かしておく事は危険だと判断した。聖騎士団マスターとして、国民の障害になりそうな物は残しておけない」
「これは……ただの、うっ、固有ミルフってだけで……」
「すまないが、仮にそうだとして、鑑定すらしていない君を信用できるだろうか?」
ふう、ふう、と息が乱れる。どくどくと流れ出す血液を手で押さえながら、考え続ける。数少ない残りの命をどう有効に使うかに意識を集中させる。
死にそうになっているにも関わらず、何故ここまで落ち着いていられるのか、それは私にも分からない。不思議と痛みも無く、思考が乱れることも無い。
落ち着いて、あと数分の命の使い道を考える。
「じゃ、じゃあ……私はどうすれば信用を……?」
「もし君の鑑定書があったら、もし君がティアに固有ミルフを見せていたら僕は信用出来た。でもそれらが無いのにティアより少し劣る程度の身体能力を持つのは放っておけないんだよ。魔植物の力を己の物とする事が出来る、限りなく魔物に近い君はね」
その言葉を聞いて、私は出血に抗う事を諦めた。
「次は……無実って、証明しますから……」
その瞬間、朦朧としていた意識が途切れた。
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「やぁ、ミーファ。厄災モンスターを倒して呪いが少し回復した様だよ」
少し痛みが残る状態で横たわる私にスラックは話しかけた。
一度瞬きをしてから、白い無機質な空間に来たことを確認し、体を起こす。
「呪いが回復した……?」
「うん、君が代償として差し出した左耳が回復したようなんだ。どうする、今回の復活にはもう一度左耳を使うかい?」
私は少し考えてからすぐに答えを出した。
「うん、左耳にするよ」
スラックは彼女の答えを聞くと、すぐさま蘇生を開始した。
蘇生後、どの状況に置かれているのかによって生存率が大きく変わる。厄災モンスターを倒した後へ戻ることが、私にとって最も都合がいい蘇生だった。
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視界に写る景色が無機質な空間から、夜中の住宅街に変化した。辺りを見渡すと、前方に聖騎士団の建物が見えた。
汗が噴き出す。残された猶予は数分である。その間に、彼女は自分の固有ミルフが植生学である事を証明しなければならない。そのためにも、私は矢継ぎ早に話をし始めた。
「いやぁ、にしてもあの時、魔植物の種が使えるかもしれないって思っていなかったらと思うと……本当にリスティアさんを助けられてよかったです」
私は、その言葉にリスティアが表情こそ変えていなかったものの、耳がピクリと動いた事を確認した。
その反応を手掛かりに、私は頭をフル回転させる。今の私に失言は一言たりとも許されない。もし、失言をしてしまったら、私の未来は先程と同じになってしまう。少し口を震わせつつ、言葉を発し続ける。
「なぜ、ミーファは魔植物の種が使えると思ったんだ?」
「内緒にしてくださいよー?私の固有ミルフは【植生学】というものなんですよ。植物の力を一時的に自分自身へ宿すことが出来るんです」
その返答を聞いて、リスティアは何やらほっと息をついたようだ。
「じゃあ、あの飛び道具みたいな物は何だったんだ?」
「あれは【アタックシード】と言って、植生学によって生成できるようになる種ですね。ほら、こんな風に……」
私はそう言って、手のひらに種を一つ生成した。
その様子を見て、リスティアは一瞬目を見開き、すぐに平静を取り戻した。そして、瞳に少し涙を浮かべた。
「リスティアさん……?」
「い、いや、すまない。私としたことが、少々変な疑いを持っていて……それが晴れたことが本当にうれしいのだ」
つまり、彼女は敵意を持っていた訳ではなかったのだ。聖騎士団の副マスターだから、報告をするしかない、そんな責任感による行動が先程の結末だったのだろう。
そんな事を話していると、聖騎士団の拠点に着いたようだ。リスティアはそそくさと中に入ったため、私も足早に入っていった。
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「そうか、リスティアを助けてくれてありがとう。聖騎士団よりプレゼントがあるんだ。あまり、ギルドマスターからは渡すなって言われてるんだけどね……」
聖騎士団のマスターである青年がそう言葉を放った。
私の背筋が凍りつく。この会話も含めすべてが同じ訳では無い。怪訝な顔はしていなかったし、妙な勘ぐりを入れてきたわけでもない。しかし、プレゼントを渡す、その点だけで見れば先程と同じである。恐怖を感じる。私は一度深呼吸をしてから、青年の手に注目する。
「これだよ」
そう言って差し出した手の上には一枚の紙きれが乗っていた。
「奴隷雇用チケット?」
「あぁ、リスティアから聞く感じ、君たちは二人で戦っていたそうじゃないか。この先、それだと厳しい戦いが増えるだろう。そんな考えのもと、これを渡す。
このチケットは上級、中級、下級、ペア、の四種類ならどこでも使える。これを奴隷商人に提示すれば、無料で奴隷を引き取ることが出来る。そうだ、明日リスティアに休みをあげるよ!ミーファと共に奴隷商人を回ってきてあげて!」
早口にリスティアの休みが強制的に決まり、私との奴隷商人巡りも決まった。
リスティアは少し困ったような表情を浮かべつつも、どこか嬉し気な雰囲気だった。久しぶりの休暇が嬉しいのだろう、そんな考えも巡らせつつ私はチケットを受け取った。
「ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそリスティアを助けてくれてありがとう」
私は青年と互いに会釈した後、部屋から出た。
「ティア、君もしかして休暇よりもミーファと出かけられることに喜んでいないかい?」
「なっ、そんな訳無いだろう!」
「どうだか……まぁ聖騎士団は恋愛自由だからね。休暇が欲しければいつでも言ってくれ、皆にはデート休暇だって言っとくよ」
「やめてっ……!」
顔を赤らめながら怒るリスティアに青年は半笑いで謝る。
「ふふ、ごめんごめん。冗談だよ、でも休暇が欲しい時は本当に言ってくれよ」
「ありがとう……じゃあ、今日は帰るよ」
リスティアはそう言ってミーファを追いかけた。
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「ミーファ、明日はどこに集合する?」
「冒険者ギルドの前に九時集合とかはどうですか?」
「分かった、そうしよう」
私は心底喜んでいた。ミーファと一緒に出掛けることが出来るのだ。
しかし、この私の喜びがマスターにはバレていたようだ。からかわれてしまった。至って平静を保っているつもりだったのだが。
だが、問題はそれだけではない。マスターにバレていた、それはつまりミーファにもバレる可能性はあったという事。もしバレていれば……そんな事を考えるだけで、私の顔は紅潮した。
人生であまり覚えたことが無い感情、それが私の思考を占領していく。気付けば鏡が無くても分かるぐらいに顔が緩んでいた。
こんな姿をミーファに見せたら、もしかしたら幻滅されるかもしれない。そんな考えが浮かんだ私は面と向かって挨拶をする勇気が出なかった。
「じゃあ、また明日だミーファ」
「はい、また明日!」
背を向けたまま、挨拶するのは少々無作法というものだろう。そう思いつつも、私はミーファに背を向けて挨拶をした。
明日はどんな日になるだろうか……そんな妄想をしていると徐々に体温が上がっていく。熱湯の様に熱い顔に手をあて、帰路に就く。
「これじゃ、副マスターの面子が丸つぶれだな……」
そんな言葉を漏らしつつ、少し明るい夜の道を私は歩いた。




