11~反撃
ミリアが手のひらを猪王に向け、【氷結弾】を放つ。その攻撃が私達の反撃戦の開始の合図となった。
私とリスティアが猪王の方へ駆け出す。氷結弾の陰に隠れながら進み、氷結弾が着弾したと同時に左右に分かれて飛び出した。私は右に、リスティアは左に飛び出す。その背後でバキンっという音が鳴り響いた。氷結弾が防がれたのだ。仮にも【氷魔】を持つミリアの氷結弾。それなりの速度と威力を誇る氷結弾だ。何に防がれたのか、それを確認するために少し後ろを見る。そこには、あの忌まわしき紫色の鎖が浮かんでいた。
「まじかっ……!」
「お姉ちゃん!前、前っ!」
ミリアの血相を変えた声が聞こえ、私はすぐさま目線を前に戻す。あったのだ、私の一メートル先に鎖が。私は歯を食いしばり、運に任せて右腕を横に薙ぐ。それとほぼ同時に鎖が加速する。痛みが走ることを覚悟しつつ、走る足を止めない。
幸運なことに、私の腕は丁度良く鎖の中腹に当たり、負傷なく切り抜けることが出来た。しかし、これで私達が警戒するものが増えた。一瞬でも気を抜けば死ぬ、確かに状況だけを見れば今までと同じ。だが、先程とは違い攻守が入れ替わっているのだ。防戦一方であった戦況は逆転したのだ。
それを示すかのように、今度はリスティアが仕掛けた。
「【星剣】」
星剣を唱え、剣に光を纏わせる。そして、猪王の腹部へ滑り込みながら切りつけた。大量の血液が溢れ、リスティアは頭から被った。
「ぎゃあぁ!!……って、り、リスティアさんか」
滑り込みながら切ったのだから、勿論猪王を挟んで同じ方向へ走っていたリスティアと私は合流する。だが、今のリスティアはさながらシリアルキラー、全身が赤く染まった状態なのだ。驚くのは当たり前である。
しかしそんな事にかまけている暇は無い。戦闘は常に進んでいるのだ。
ひゅおん、という音を立てながら前方から鎖が飛来する。私は目配せをし、リスティアが前に出た。自身の剣の間合いに入るまで抜刀はしない。そして、ちょうど彼女の剣の先に当たるかどうかという所に達したとき、凄まじい速度で剣を振り抜いた。剣は鎖を弾き飛ばし、私の進行方向から消えた。
私は横を見る、現在地は猪王の後ろ脚付近。猪王はミリアが注意を引いているようで、こちらを気にしている様子はない。好機である。
私は猪王の背中を見据え、飛びついた。ミリアへ向ける意識が大きいのか暴れる事も無く飛び乗ることが出来た。「落ちるかと思った」、と冷や汗を垂らしながら、ゆっくりと頭の方へ進む。少しごわごわした体毛を掴みつつ、体勢を気にしながら動く。そして、頭に辿り着いたとき、種を構えた。
「【鉄種】……」
猪王にバレないよう、囁きながら手に力を込める。【アイアンシード】、私が鉄柵を吸収した時に精製できるようになった種である。主成分は鉄であるため、威力、重量、ともにアタックシードの数倍はあるのだ。それを魔植化した状態の筋力で放てばどうなるだろうか。答えは簡単である。
「がっ、があぁうあぁ!」
私が放った鉄種は凄まじい速度を帯びて猪王の目に直撃した。更にそれだけでは留まらず、鉄種は地面まで貫通したようで、地面の上を転がっていた。
私もこの威力は予想外だった。「おぉ……」と感嘆の声をもらした。しかし、猪王もやられたままでは居ない。視界の半分は奪われたが、どこから攻撃されたのか、は理解できていたようだ。
「え……う、嘘でしょ……り、リスティアさん……助けて……!」
私を囲うように無数の鎖が現れた。数はおよそ三十、防ぐなど意味を成さない量だった。加えて彼女の足首と手首に鎖が巻き付いていた。封印ではなく、シンプルに巻き付けられているようだった。
身動きを取らせず、確実に殺すための武器の量。一瞬にして変化した状況に恐怖を覚えた。厄災はやはり手ごわかった。もしかしたら勝てるかもしれない、そんな甘えた幻想を一瞬にして打ち砕くほどの強さ。それはたかが一人が増えたところで覆せるものではなかった。
震える口を必死に動かしてリスティアに助けを求める。しかし、勿論リスティアがこの場に来たところで何か変わることでもない。せいぜい、被害が拡大するだけだ。
「いや……だ、嫌だ、死にたくない」、涙を浮かべながら言った。
ここで死んでしまえば、次に蘇るときはもう一つの部位を失っている。そして、恐らくはまた猪王との戦闘が発生するだろう。今の状態でも生存が精一杯なのに、次は生きることすら難しいだろう。
つまり、ここで死んでしまえば「詰み」である。次は無い、僅かな奇跡を願って数日を過ごし死ぬことしか出来ない。それは、私が生きたいと願う理由には十分だった。
そんな強い思い、それは奇跡を起こした。リスティアの背後にマナクリスタルが落ちていたのだ。リスティアはそれを見つけた瞬間、すぐさまに使用し、魔力を回復させた。
「り、リスティアさん……早く……!」
「わかっているっ!!」
リスティアがマナクリスタルを使用している間に、鎖が加速体勢に入ろうとしていた。少し鎖をたわませ、加速しようとする状態。それは、私にとって死までのカウントダウンであった。
瞬きをするたびに鎖の状態が変わっていく。初めは少ししかたわんでいなかったのにも関わらず、今ではかなりたわんでいる。いつ放たれてもおかしくない。
涙を浮かべ叫ぶ。「嫌だ嫌だ!助けてっ、助けて!」
私の視界にはミリアも見えた。だが、ミリアの攻撃では私を巻き込んでしまう可能性も高い。彼女もそれは理解しているため、あまり動けないでいた。
そうこうしているうちに鎖に変化があった。鎖の先が自分ではなく上空を向いているのだ。全てではないが五本程度が上を向いていた。ミーファも不思議に思い、上を見上げた。
刹那、彼女の腹部に強烈な鈍痛が走った。
「あぐっ……!」
不意を突かれた攻撃に、思わず声が出た。唾液が湧き出る、何故かは分からない。だが、痛いことは確かである。
どこからの攻撃かと周囲を見ると、先程まで一切動いてなかった鎖の一本が動いていた。そして、その鎖は上空を向いている。私の背筋に悪寒が走った。なぜなら、私の周囲にある上空を向いた鎖が動き始めたからだ。なにが起きるか、そんな事は容易に想像がついた。
ばごっという鈍い音が響く。二発目だ。
「かはぁっ!うくっ……うっ……!」
唾液がさらに湧き出る。私はその感覚を知っていた。そしてその後に凄まじい吐き気に襲われることも。
「ぐぷっ……おええぇぇ……」
口内の不快感に襲われつつ、次の攻撃が来るのか顔を上げる。そこには絶望が広がっていた。上空を向いた鎖も向いていない鎖も動いているのだ。全てが動いている。それが示すのは「死」、の一文字である。
私の体が先程以上に震える。喉もかすれ、声が出ない。運に身を委ねる、それしか私に出来ることが無かった。
そして、とうとうその時が来た。全ての鎖がこちらを向いている。その瞬間鎖が飛来した。この状態になってしまえばもう何も出来ない。鎖を叩き落とそうにも、誰も間に合わない。
「やだっ、やめて!」
その言葉を放った直後、二つの音が鳴り響いた。一つは私の体に鎖が一本直撃した音。もう一つは二本目の鎖がはじかれた音だった。
私は痛みで失いそうになっていた意識を取り戻す。そして、ゆっくりと目を開ける。そこには自分の周囲を囲う光の膜があった。そう、リスティアの【星の加護】である。一本は私に当たってしまったが、それ以外の鎖は一本たりとも当たることは無かった。
そして、リスティアは他にもミルフを使おうとしていた。
「この技はデメリットが多いが……使うしかないかぁっ……【星光】!」
その技を使うと、リスティアが眩い光に包まれた後、彼女から光線が放たれた。その光線は猪王の体を貫通した。
私が痛みを忘れるほどの威力。強力な一撃を目の当たりにして呆然としていると、私を拘束する鎖が消えた。足踏みをして体勢を維持しようとする猪王から降り立ち、未だに光に包まれているリスティアのもとへ駆け寄る。少し時間が経つと、だんだんと光が弱まっていく。そして、十数秒経つとリスティアの姿が確認できた。ミーファは地面に降り立つリスティアと目線を合わせるため、少ししゃがみながら感謝を述べる。
「リスティアさん!本当にありが……あれ?」
感謝を述べようとしたときに、私は違和感を覚える。私は今、目線を合わせるためにしゃがんだのだ。本来、私とリスティアの身長差は殆ど無い。にも関わらず、しゃがんだのだ。
流石におかしいと思い、リスティアをしっかりと見る。そして理解する。
「リスティアさん……なんだか小さくなりました?」
「えっと……恥ずかしいからあまり見ないでくれ……【星光】は強い代わりに、デメリットがあるんだよ。こんな体になってしまうっていうね……これが無かったら有能なのに……うぅ……」
恥ずかしげに呟いた後、リスティアは俯いてしまった。
そんな私達の背後でどしんっという音が響いた。私とリスティアはまだ生きていたのかと、驚きつつも離れる。およそ八メートル離れた後、後ろを見ると警戒を解いた。
倒れていたのだ。長く戦い続けたあの強敵が、厄災が。じわじわと、喜びと生き残った安心感が溢れていく。
「え……私、生き残ってる……み、ミリアも生きてて、リスティアさんも生きてる……!」
「あぁ、生きたんだ。ミーファ、私たち、厄災相手に三人で生き残ったんだ」
「お姉ちゃん!これって……死んでるよね……!」
まるで遊園地のアトラクションの様に、一瞬にして絶望が晴れた
緊張が一気に解け、全身の力が抜ける。私はその場にしゃがんだ。今まで、何とか保っていた体力が無くなったのだ。そしてそれに続いて、二人もその場にへたり込んだ。流石に戦闘にも慣れているリスティアでもこの長期戦はかなり堪えたのだろう。疲労している様子が見て取れた。
しかし、いつまでもこうしている場合ではない。討伐した事を報告しなければ、国民はいつまでも避難を続けるだろう。
そんな考えが頭によぎったリスティアはゆっくりと立ち上がる。
「リスティアさん?も、もう少し休みません?」
「いや、討伐完了した事を伝えないと……」
そう言って立ち上がる彼女に私は「いや……」と言葉を続ける。
「その状態だったら、歩くにしても遠いんじゃ無いですか?」
リスティアはそれを聞いてはっ、と自分の姿を確認する。彼女の体は小さくなっているのだ。年齢にすれば八歳、九歳ぐらいだろう。加えて、彼女は今魔力も枯渇寸前。ミルフで加速することも厳しいだろう。そこで、私は一つ提案をした。
「じゃあ私が抱っこするんで、道案内してくださいよ」
「えっ!」
口を大きくあけて驚愕するリスティアを不思議に思いつつ、彼女を抱き上げる。
抱き上げられた後も、辺りを見渡しつつ少し抵抗していた。しかし、私に降ろす気が無いことを察したのか数秒で動きを止めた。
住民が避難した住宅街。それは、私達の足音しか聞こえないほどの静寂に包まれていた。空はまだ暗く、周囲の街頭は軒並み倒されている。時々、風が吹く直線の大通り、普段明るいはずの通りは光が殆ど無くなっていた。
スタスタと走る音だけの街に、声が響いた。
「その交差点を右に進んで……」、リスティアが諦めと照れが混じった声で言った。
その言葉に従い、私は軽快な足音を立てながら、右に曲がった。すると、かなり遠くの方に多くの人影が見えた。聖騎士団の本拠点である。
先程までの大通りとは違い、光が輝き、人が多く居た。だが、活気がある訳では無い。人々は不安や恐怖なのか、あまり言葉も発していないようだ。
私たちは希望をもたらすべく走った。数分走ると、あちらも私達に気付いたようだ。ランタンを左右に振り、ここは安全だというサインを出している。
「大丈夫ですか!」
そう声をかけてきたのは、今朝に声をかけた門番であった。
彼は私の顔を見るなり言った。
「生きていたんですか、よかったです……!」
ほっ、と安堵の息をついた。しかし、その後すぐに彼は真面目な顔に戻った。「こちらです」、そう言って案内されたのは避難所だった。
聖騎士団の本拠点、そこにある中庭が避難所になっていたのだ。夜も更け、それなりに寒くもなっている。避難している人は互いに身を寄せたり、毛布で暖を取るなど、各々工夫をしていた。
私はここからどうすべきかをリスティアに聞いた。すると、彼女は少しもがいて私の腕から抜け出した後、先程の門番に話しかけに行った。
懐から何かの紋章を取り出しながら言う。
「聖騎士団副マスター、リスティア・シルネスだ。マスターは居るか?」
「その紋章は……はい、分かりました。ご案内しますね」
「ミーファ、ミリア!こっちだ」
紋章によって身分証明が済んだのか、素早く話が進んだ。私とミリアはリスティアの下へ駆けつける。
「今から、聖騎士団のマスターに会いに行く。粗相がないようにな」
「分かりました」
そう言って、私たちは建物の中に入っていった。




