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呪いと植生と異世界生活  作者: 狐丸屋
第一章~新たな人生
10/16

10~一筋の僅かな希望

 赤のメッシュが入った長い黒髪。

 そんな特徴を持つ人物はリスティアの記憶の中に一人しか居なかった。


「ミーファぁ!」

「安心してくださいリスティアさん。もうここからはあなた一人じゃありませんから!」


 一人ではない、そんな言葉がリスティアを安心させた。

 私は、安心しつつも痛みに悶える彼女へ渡すために、二つの物を取り出した。一つはライフクリスタル、もう一つは封印から逃れるためのモノクルだった。私は拘束されているリスティアの方へ駆け寄り、モノクルを付け、猪王の目の前にすぐさま戻る。

 モノクルをつけた瞬間、リスティアの四肢が少しずつ動くようになってきた。すると目の前へ、既に半分に割られたライフクリスタルが転がってきた。リスティアは半ば本能的にライフクリスタルを使った。尋常ではない痛みが走っていた脇腹や肩など、あの鎖で抉られた部分が回復していく。痛々しい傷口がじわじわと治癒していく。その様子に彼女は多少の違和感を覚えたが、すぐに戦闘へ意識を向けた。


「ありがとうミーファ……私、本当に死ぬかと……」

「た、確かに……あの状態は見るだけでかなり痛々しかったですよ……まぁ今のリスティアさんも痛そうですし、何と言うか、いろいろと危ういですよ……」


 そう言いながら、私はリスティアの体を見る。そこには、先程まで抉られていたであろう場所が露出した、かなり際どい恰好があった。その肌面積はかなりの物で、私が恥ずかしくて少し目を逸らす程だった。

 私が含みのある言い方をした事によって、リスティアも気づいたようだ。少し顔を紅潮させ、心なしか手で肌を覆っているように見える。ははは、と乾いた笑みをこぼしながら剣を抜く。


「と、とりあえずは敵に集中しよう……ふ、服なんてどうとでもなるからさ。ははは……」

「本当に集中できてます?」

「勿論だとも!あ、でも、あんまりこっちは見ないで欲しいかなーなんちゃって……は、はは……」


 リスティアは少し目を逸らしながら言った。そして、剣を猪王へ向け言い放つ。


「せ、【星剣】」


 そう言った瞬間、彼女の剣が光に包まれ、高温を放った。


 星剣、それは彼女の固有ミルフ【星の(ともしび)】によって使える上級ミルフである。上級ミルフは大抵固有ミルフの派生が多いそうだ。例えば、ミリアの持つ【氷魔】で解放されるのは、氷属性の上級ミルフのみである。つまり彼女の使う星剣を私が使用することは不可能なのだ。

 だからこそ、唯一無二の攻撃ができる。無論似た効果を持つミルフはあるが、完全一致ではない。簡潔に言えば、上級ミルフが使えるだけで戦闘において有利なのだ。


 だが、そんな事を理解出来なければ、厄災モンスターではない。彼らには事前知識は無い。しかし、長年培ってきた経験がある。初めて見る攻撃を使う相手は危険、そんな魔物なりの経験則が彼らには存在しているのだ。そうなれば猪王が取る選択肢は限られていた。

 距離を取ったのだ。攻撃をし続け、自分が優位であると疑わなかった猪王が距離を取ったのだ。それは、リスティアにとって好機だった。


「ふぅっ!!」


 リスティアは剣を前に構え、前傾姿勢になり、足に力を込めた。刹那、彼女は凄まじい速度で飛び出した。周囲に風切り音を立てながら進む。そして、猪王の右前脚に辿り着いた瞬間、剣を振り抜いた。

 その剣撃は、鋭く深い切り傷を与えただけでなく傷口を爆発させた。そう、それが星剣の真の能力。光を纏った剣で攻撃をすると、攻撃した箇所が小さく爆発するのだ。この効果により、一撃で深く治癒しづらい負傷を負わせることが可能なのだ。


「ぐうぅおぉあぁ!」


 相当な痛みだったのだろう、猪王は耳をつんざく様な鳴き声をあげた。そして暴れつつも、あの鎖を再出現させた。リスティアは先程の事を思い出し、少し顔を引き攣らせた。

 その瞬間、鎖がリスティアの方へ飛来した。数は合計で五本。リスティアの対応は早かった。

 たたき切る、受け流す、少し逸らして、四本目を地面へはたき落とす。そして、次の攻撃にすぐさま移れるように、五本目は前に走り込みながら剣で逸らした。その後リスティアは猪王の方を向いた。その瞬間、猪王の前にもう一本鎖が浮かんでいた。


「なっ……うそだろっ……!」


 彼女が鎖をしっかりと認識した時には少し遅かった。鎖は凄まじい加速をしており、彼女が何かをする余裕は無かった。死んでしまう、そう感じた時、目の前に救世主が現れた。


「リスティアさん、前方不注意ですよっ……!」


 そう言って私は鎖を殴り、攻撃範囲をずらした。その結果、リスティアは止まることなく走り続ける事が出来た。それは猪王にとって不測の事態だったようだ。防御態勢を取ることもなく、リスティアを見ている。

 リスティアはこの機を逃さんと、高く飛び上がった。そしてそのまま猪王の額に飛びつく。


「ここが弱点なんだろっ!」


 そう言いながら、額の宝石に剣を突き刺す。刹那、猪王が激しく暴れだした。


「うわっ、きゅ、急になんだよ……うわぁ!」

「り、リスティアさんっ!」


 暴れる猪王から落ちたリスティアの方へ私は駆け出した。地面に落ちる寸前、かろうじて抱き抱えることに成功した。リスティアの顔を見て「大丈夫ですか?」と一言放った。


「あぁ、ありがとう、助かったよミーファ」


 と、言ったリスティアは他にも何か言いたげな表情をした。それから少しして、彼女は私の腕の中から抜け出そうともがき始めた。しかし、変な体勢なのもあるのだろう、中々抜け出せない。痺れを切らしたのか彼女は口を開いた。


「な、なあ、ちょっと恥ずかしいんだが……」

「あ、そういう事だったんですか」


 その言葉を聞いた私はゆっくりと彼女を地面へ降ろした。やはり、聖騎士団副マスターとして、お姫様抱っこは恥ずかしかったのだろう。その時、私達の背後から猪王の声が聞こえた。

 その瞬間、私は反射的にリスティアを再度抱き上げ前方へ走り出す。しかし猪王が私達を追う事は無かった。猪王は私達を横目に城門の方へ走り出す。逃げるつもりか、とリスティアは思った。そして降ろしてもらうために彼女は私の方を見た。だが彼女がみた私はいつもとは違うかっただろう。呼吸は荒く、顔は青ざめ、汗が噴き出していたのだ。

 リスティアは心配に思い、声をかけようとしているようだ。しかし、私にはそれを待つ余裕なんて無かった。


「あぅっ、ミー……ファ?」

「はっ、はっ……ミリアっ!」


 私はひゅっと息をのんだ。そして猪王が走っていた方向の先を見る。そこには封印の鎖から逃れようと必死にもがくミリアが居た。時折、迫りくる猪王を見てはもがく。焦りか、恐怖か、ミリアの手は次第に震えが大きくなっていく。


 私は祈りつつ全速力で走り続ける。すると、ミリアが走る私に気付いた。その時、ミリアは一瞬顔を輝かせたが直ぐに曇らせた。私とミリアの距離が開きすぎていたのだ。私の身体能力では猪王より早く自分のもとへ辿り着けないとわかっていたのだ。

 しかし、ミリアは知らなかった。私の身体能力が異常なまでに向上していることを。


「頼む、待ってくれ!す、数秒、数秒で良いんだ、頼むよ猪王!」


 そう叫びながら走る私は猪王との差を縮めていく。そんな私をみてミリアは驚愕の表情を浮かべていた。猪王は控えめに見てもかなり速い、そんな相手よりも速く走っているのだ。

 ミリアは希望が見えた気がした。何故姉があんなにも強くなっているのか、そんな疑問は彼女の頭にはもう無かった。


「私がその一瞬を稼ごう、【星縫い】」

「リスティアさんっ!本当にありがとうございます!」


 リスティアの星剣から一筋の光が猪王の脚へ伸びる。そしてその光が辿り着いた瞬間、猪王の脚へロープのように巻き付いた。少し伸縮性があるのか、猪王の力を持ってしても千切れる事は無かった。

 猪王は急に動けなくなった事に驚いたのか、呻きながら暴れる。その間に私は猪王の目の前に立つことが出来た。


「はぁ、はぁ、絶対に殺させないからな……!」


 息を切らしつつ立つ私とミリアの距離はおよそ三十メートル。私はこの距離を詰められなかったら実質的な勝利を勝ち取れるのだ。

 何も猪王を殺さなくてもいい。これだけの騒ぎ、時間が経てば誰かが来てくれる。それもかなりの強者が来てくれる。生き残れる。


「進ませないっ……私の妹を殺させる訳にはいかない!」


 なぜ妹というだけで私は命を賭けているのだろう。「ミーファ」との関わりはあっても「俺」との関わりは無いはずなのに。何故か彼女の事となると感情の制御が難しくなってしまう。恐怖は感じている。死を目前にして、怖くない人なんて居ない。しかし、私は妹であるミリアを助けなければならない。

 震える手足を抑え、手元に種を取り出す。それは【魔植物の種】、私の身体能力を大幅に向上させるマジックの種だ。魔植物、それは通常の植物よりも高い魔力と生命力を持つ植物。そんな植物の種子を、私の固有ミルフ【吸収】で体内に取り込めば、多大な魔力と生命力を得られるだろう。そんな単純な考えを基に行った命を賭けたギャンブル。それの成果が私の身体能力向上である。


「マジックの種明かしと行こうか」


 手首を軽く傷つけ、種を押し込む。ズキズキという痛みが走った直後に、種を押し込まれた腕の血管が少し浮き出る。そのまま、同じ手順を四肢に行う。四肢の筋力が増強された状態、これを私はこう呼ぶことにした。


「【魔植化】!」


 刹那、私は猪王の方へ飛び出した。耐久が目的とは言え、私の思いはかなりのものなのだ。リスティアさんを、ミリアを、私にとって大きな存在であった二つの物。それらを傷つけた猪王に対しての怒りは私の闘志に火をつけた。もしかしたら、これがミリアを助けたいと考える原動力なのかもしれない。


「歯ぁ食いしばれや……!特大のもん決めてやるよぉっ!!」


 リスティアがつけた脚の大きな傷口。私はそれ目掛けて腕を振りかぶる。そして振り抜いた。痛々しい傷口に腕がめり込む。


「ぐっ、ぐもぉああぁぁ!!!」


 大きな声をあげて、脚を暴れさせる。それに合わせて、私の右腕も動く。そして私の中に最悪なシナリオが浮かぶ。


「お前……そのまま動いたらぁっ、私下敷きになって死ぬ!」


 だが、猪王が行動を弁える訳もない。

 私も死にたくは無いため、必死にもがく。体が宙に浮きながらも、左手を脚にあてがい、右腕を引き抜こうとする。体が宙に浮いている時点で少しでも体勢が崩れてしまえば、抵抗も出来ずに下敷きになってしまう。だからこそ、本気で力を込められないのだ。一瞬でも気を緩めれば死ぬ、自分の背後に死が迫っているのだ。

 その時、私の腕が刺さっている脚に氷の刃が飛んできた。その刃が当たった瞬間、猪王の動きが一瞬停止し、腕を引き抜くことに成功した。

 誰が放ったのか、そんな事はとうに分かっている。その刃は彼女の記憶に深く刻まれているのだ。私が初めて出会った人であり、初めて殺された相手であり、私が愛する相手である。


「ミリア、ありがとうっ!」

「お姉ちゃんは助けないと……すぐにやらかすからなぁ……へへ」


 私が後ろを向くと、そこにはリスティアに支えられたミリアが立っていた。少し涙を浮かべつつ、手を突き出したミリアはモノクルを付けていた。

 実は、私が振り回されていた後ろで、リスティアがモノクルをミリアに着けていたのだ。

 何はともあれ、私、ミリア、リスティアの三人が揃ったのだ。今までのギリギリの戦いとは違う。互いにサポートしあうことで事故が減るのだ。


「つまり、反撃開始ってことだ猪王さんよ!」

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