お誕生日と鉄道見学 月夜
え? と振り向くと、解放戦線と名乗った彼女は、すっと姿を消してしまった。
会場を見渡すが、さっきの食いしん坊令嬢はいなくなっていた。
消えてしまった。誰なんだろう。見たことがない人だった。解放戦線って言っていたな。解放戦線というと、思い当たるのはメアリー関係だ。
とにかく、パーティーが終わるまでは気を抜けない。何があるかわからない。誰かが入り込んでいる。
恐怖を感じた。
王宮議会のメンバーも数多く招いている。悪意のあるものに襲撃されたら、この国は混乱に陥れられる。
今までそんなことを考えたことがなかった。
誰も死にませんように。会場が見渡せるところで静かに見守る。マキウス様も隣にいてくれたので心強かった。
お開きの挨拶があるまで警戒していたけれど、その後は何もなかった。
パーティーは無事終えることができたけれど、なんだかモヤモヤしていた。全員が私の誕生日を祝いにこのパーティーにきているとはもちろん思っていなかったけど、まさか知らない人もいるとは。
「大丈夫ですか? 顔色が悪い」
マキウス様が上着を脱いで、かけてくれた。
「ええ。大丈夫です。少し考え事を」
「ああ、見知らぬご令嬢が来てましたからね」
「途中でいなくなってしまいましたけど、何をしにきたのか気になってしまって」
「ああ、そうですね。なぜ来たのか、確認しておきましょう。大丈夫です。私はただマリー様に会いたくて来ただけですけど。誰にもエスコート役を渡したくなかったから」
マキウス様がはにかむように笑った。
マキウス様の告白におもわず顔が赤くなる。
見知らぬご令嬢のことを今考えても仕方がないか。マキウス様も調べてくれると約束してくれた。
思考に一区切りつけることにする。
「少し散歩しませんか?」
マキウス様にエスコートされ、庭へ足を伸ばす。すこしだけ花の匂いが風にのってくる。億へ進むと庭園の四阿は闇夜に白く浮き上がっていた。
夜風が頬を撫でていく。涼しい風が混乱している頭を冷やしてくれた。
夜の月が庭園の花たちを照らしている。
足元には灯りがともったキャンドルたちが闇に浮かぶ。
「ああ、ええと。はい」
「見知らぬ人がいて驚いたと思いますが、悪いことばかりが起きているわけじゃありません。ビジネスで商談がまとまった人もいる。サラワニ商会とハトラウス王国です。この二つが結びついたのだから、これからこの国は豊かになるでしょう?」
「そうですけど。ポルケッタ帝国側も来てましたわ」
「もちろん。ポルケッタ帝国はズミアカ公爵に言い寄っていたようですね。王室派のズミアカ公爵はどうするのでしょうね。王室がポルケッタ帝国と手を結ぶのか。その辺も見極めないといけませんが。ようやくこの国の物流革命も進みそうで何よりです。あなたのお誕生パーティーはこの国の夜明けになった」
マキウス様がにこりと笑った。感情を消したその笑みは、銀行でよく浮かべる笑みだ。
「この国も変わるのでしょうか」
「おそらく。変わらない国はありません。ヴィスワフ子爵代行はこの国をリードしています。きっと頼りにされると思いますよ。でも、そんなことはどうでもいいのです。聞いてください。私はあなたのそばにずっといたい。ヴィスワフ子爵代行のそばでなく、マリー様のそばに。その資格をくださいませんか」
マキウス様の目がキラキラと光っている。
「今は私のことだけを考えて?」
それって、そういう意味ですよね?
ううう。胸がきゅんとしてしまった。ハートをわしづかみされてしまった。やっぱり好き。マキウス様が好き。
「はい。私はマキウス様のことが」
マキウス様が私の唇の目に人差し指を立てる。
「私が先ですよ」
え? どういうこと?
「マリー・ヴィスワフ子爵令嬢、私はあなたのことが好きです。愛しています。結婚してください」
「は、はい」
マキウス様は嬉しそうに私を両手で抱きしめて、くるりと回った。
「ま、マキウス様!」
「嬉しくて。こんなに喜ばしいことはないです」
マキウス様が私をぎゅっと抱きしめた。
「さっさと婚約して、結婚しましょう」
「え、あ、はい?」
「ありがとう、マリー様。さ、帰って婚約の許可を取りましょう。忙しくなるぞ」
そんなに急がなくてもいいですよ?
浮かれていたけれど、思い出したことがある。
そう。そうだ。マキウス様に言わなくては。言っておいた方がいい。
「マキウス様に話をしておかないといけないことがあります」
「はい……?」
マキウス様は私をいぶかしげに見た。
「二人きりになれるところで、お話ししたいのですが」
「では、場所を変えましょう」
マキウス様は私を横抱きにした。
重いと思うのに、マキウス様はすごい。
「降ろしてください?」
抵抗するが、「あなたの歩みよりもこの方が早いから。早く部屋へ戻りましょう」とマキウス様が口角を上げた。
現在、マキウス様と私は二人っきりで私の部屋にいる。
ええっと。こういうのって、よくないんだよね?
マキウス様に視線を送ると、「婚約した中ですから、問題ありません」といって、私の疑問を笑顔ではねつけた。
ま、いいですけど。私の淑女としての評判はあってないようなものだから。マキウス様には私の事情を知っておいてほしくって、正式な婚約になる前に説明しておきたかった。
「マキウス様。私にはもう一つ人生の記憶があります。信じてくれなくてもいいのですが、できたらわかってほしいのです」
死に戻りなこと、婚約解消は2度目のこと。それから前回の人生では国を裏切った罪で断罪されていたことを話した。
「なるほど。信じがたいが、あなたが恋愛に前向きでなかった理由が分かるような気がします。でも、今は違うのですよね? 全く違う人生だから。例え、記憶を理由に断られても、マリー様をあきらめるということはないですけど」
マキウス様は私の目を見つめる。
真摯な答えに胸が痛くなった。
「私もマキウス様のことが好きです。でも、前回あと一年ほどで、断罪されているんです。死刑になっているんですよ。そんな人と婚約なんて、いいんですか?」
「それは前回の話でしょ。今回はそんな目には合わせません。私の命を懸けてでもあなたを救います」
いや、マキウス様には生きていてほしいから、それはやめてほしい。気持ちは嬉しいけど。それに気になることがある。解放戦線とポルケッタ帝国だ。
「もう不安なことはないですか?」
「ええ。すべてマキウス様にお話ししましたから」
「じゃ、婚約を。半年後に結婚しましょう」
早くないですか? 瞬きをしていると、
「なんかいろんなところから横やりが入りそうな気がして、心配なんですよ」
マキウス様が私をぎゅっと抱きしめた。
「モテないので大丈夫ですよ」
「モテてます。いま、すでに大人気ですよ」
マキウス様は頬を軽く膨らます。
可愛らしいと思ってしまった。
「結婚は、できたら1年後にしてほしいのです。晴れやかな気持ちで結婚したいから」
マキウス様は嫌そうな顔をしていたけれど、「お願い?」と小首をかしげたら、マキウス様はしぶしぶ頷いてくれた。




