お誕生日と鉄道見学 解放戦線
王宮議会も無事終えて、領地に帰っていました。
領地はいいわ。王都も刺激があって楽しいんだけど、どうにも王宮議会と城の印象が強くって。近くに住んでいたら、しょっちゅう呼び出しを食らいそう。怖いわあ。
そんなわけで、のんびりとしたかったのですが、結局忙しいのよね。領地経営も代行しているし。お父様が私が王宮議会に行っていた時の分はやってくださっていたけど。どうしてこんなに細かい仕事が多いんだろう。
なんとかならないかな。
いらない作業を整理すればもう少し効率が上がるんじゃないかと思う。でも、まずは手元にある鉄道事業を軌道に乗せて、タクランの運営をうまくやってからかな。まだまだ仕事が増えそうだからね。
数字を帳簿に書き写し、数字があっているか確認。目がちかちかしてきた。誰かアシスタントを雇いたくなるわ。でもいまは無理よね。あたらしい人を雇うのがあぶないもの。誰の息がかかっているか、調査している暇もない。
アリアとか、暇じゃないしね。仲良しの領民を思い浮かべるけど、お弁当事業や温泉街の出店などでみんな忙しい。自分の首を絞めたようだ。
ぶつぶつ言いながら仕事をしていたら、執事のセバスがにこやかに箱を持ってきた。大きなリボンに生花がついている。
わお、豪華な箱!
「お嬢さま、やりましたなぁ」
いつも無口で無表情のセバスが口角を上げた。
んん? どういうこと?
セバスから箱をもらうと、カードがついていた。
『お誕生日おめでとう。いつも笑顔でいてほしい』と書いてある! 送り主はマキウス様。ああ、なんか胸が熱くなった。
中身は何? ああ、ドキドキする。マキウス様が送ってくれるなんて。
実は誕生パーティーが行われる。ええ、まあ、うちのプチ夜会です。親しい友人の他に取引先を呼びました。親しい友人なんてほとんどいないので、ほぼビジネスパーティーですね。とか突っ込まないでほしい。
マキウス様、ベラルント伯爵さまもご招待したけれど、マキウス様のみのご出席と返事が来ていたのよ。
うちの宝石街の宣伝にもなるし、ドレスやアクセサリーはこれでもかとキラキラと光っている予定。料理はお弁当の中身をつくっている領民にもお願いしてあるので、きっと楽しんでもらえるだろう。
箱を開けると、オルゴールが入っていた。オルゴールはいつでも可憐な音色が聞けるので大人気なんだけど、高いのよ。装飾がしっかりとついているものほどお値段がする。ほら、宝石をつけたりもできるから、一応周辺の産業も勉強したので知っている。
美しい天使と女神のオルゴール。あれ?
記憶が何か訴える。
オルゴール、オルゴール。オルゴールって、もしや前の人生ではローレンス様からもらったような。そうそう、婚約解消され、孤独な私の誕生日パーティーにローレンス様が送ってきたの。『迷惑をかけてすまない』って書いてあったわ。解消したことは怒っていないし、迷惑もかけられた覚えもないのに、そんなカードをもらって腹が立った。八つ当たりしたら、オルゴールの飾りが取れてしまったのよね。ものにあたるなんて、大きくなってからはなかったのにね。本当にムカついたのよね。あの時のオルゴールとは、デザインも曲も違う。
やったあ! やっぱり前の人生とはちがう人生を歩いているんだ。このまま断罪回避となるかな。でも違うオルゴールだけれど、オルゴールはオルゴール。気を付けたほうがいいのかもしれない。
前の人生ではオルゴールをもらってすぐに王宮議会にお父様が呼び出されて……。お父様がいないうちに家族全員が捉えられたんだった。あの時、お兄様と弟も家にいた。ちなみに今の人生ではお兄様は今日帰ってくる。弟はもうすぐ王立学園を卒業する。
そうね、やっぱり前の人生とは違ってきている。よかったあ。
マキウス様からもらったオルゴールのねじを回すと、天使と女神さまがくるりと回る。綺麗。可愛い。ずっと聞いていたくなっちゃう。
「お嬢さま。そろそろお時間です」
セバス、まだいたんだ。
「いましたとも」
頭から言葉が漏れていたようだ。
「お仕度をしてください」
うちの侍女たちが手ぐすね引いて待っていた。
いってきます。マッサージの間とか、資料を読めるかなと思って書類を抱えたら、顔の筋肉が強張り、鎖骨が美しくならないと言って、取り上げられた。
新聞記者のメアリーは殺されてしまった。うちの鉄道で脱線事故。ひったくりに偽造書類。王宮議会からの召喚。
平和な領地経営とはだいぶかけ離れてしまった。どうしてこうなった?
私たちが前の人生で首を斬られるまであと一年くらい。きょうオルゴールをもらったから、もしかすると、断罪が早まる可能性もある。
今のうちにできることをしておかないと。
ただ鉄道を敷いて、領地を豊かにするだけが、国から目をつけられることになってしまった。なぜなのか。
ずっと考えていたんだけれど、この国はハトラウス王国とポルケッタ帝国と間にあるのが問題なんだと分かった。ハトラウス王国とポルケッタ帝国は昔からあまり仲が良くないのだ。カルカペ王国が間に入っているから、争いこそしないけれどね。つまりどちらかの国がカルカペ王国を侵攻したら、即戦争に突入になる可能性がある。だから両国はじりじりとカルカペ王国を監視している。
ヴィスワフ子爵領はハトラウス王国に近く、さらに田舎なのでポルケッタ帝国は気にも留めていなかったのだろう。それが鉄道と物流の面でハトラウス王国に傾いた。鉄道を敷けるだけの王室ではないから、ヴィスワフ子爵がポルケッタ帝国と王室は脅威に映ったに違いない。
さらにカルカペ王国のなかでも平民にも力をとうたうグループが現れた。物流革命が起き、貴族社会の終焉が訪れると予言する。メアリーはおそらくそのグループの仲間。もしくはそういった意見に傾倒していたんだろう。
「お嬢さま、眉間にしわです」
ぐいぐいと顔のしわをのばされる。
「何を考えているんですか。普段からメンテナンスしないから、全くもう」
侍女が愚痴っている。
すいません。なんかね、婚約解消したし、結婚できるかわからないから、やる気が失せちゃったのよね。
「婚約解消を理由にするんじゃないでしょうね。そんなの言い訳です。いいですか、マナーですよ。マナー。マナーというものは人を不愉快にさせないためにあるのです。化粧をすることについてはいろいろ思うことがあるかもしれません。でも、今のお嬢さまがしなきゃいけないマナーでもあるのです。いいですか」
ああ、怒られてしまった。
「はい。その通りです」
「また近々婚約されるでしょう? お嬢さまは」
「え? そうなんですか」
「そうですよ」
「誰とですか」
「マキウス様に決まっているでしょ。お嬢さまだってマキウス様を気に入っていらっしゃるし、マキウス様から愛を注がれているではありませんか」
うううう。そう? そうなのかな?
でもなあ。何も解決していない。せめてもうちょっとなんとかしたい。
唸っていたら、ドレスの支度がすっかり終わっていた。
「マキウス様が階下でお待ちです」
セバスが呼びに来た。
マキウス様、来てくれたんだ。うれしい。気持ちがはやり、廊下を急いで歩く。やっぱり私はマキウス様が好き。好きなんだ。
マキウス様が私を見つけほほ笑む。
優しい目、口角を上げて、私から目を離さない。それからゆっくりと手の指先に唇を落とした。
胸が熱くなり、血が駆け巡る。顔も耳もたぶん真っ赤だ。
「お誕生日おめでとうございます。きょうは一段と美しいですね」
マキウス様にエスコートされ、会場に入る。
結構むさいおじさんが多い。ああ、そうだった。面倒だからおじさんたち、つまり王宮議会のメンバーも招待したんだ。鉄道見学をついでにしようと思って。お父様も領地ならなんとか動けるように回復したしね。
な、なんとマノカノ商会会頭カノイ(ハトラウス王国第六皇子)もいた。まあ、たしかに取引先だけどさ。嫌な予感もする。
マキウス様にツンツンと軽くつつかれ、視線を向けると、アッタラマ会会頭アラブカの顔も見える。ポルケッタ帝国の外交官も来てるとマキウス様が教えてくれた。アラブカはポルケッタ帝国の外交官と話しをしている。
アッタラマ会はポルケッタ帝国が後ろについているのかもしれない。うちはハトラウス王国が後ろにいるっていうことになるんだろうな。ちゃんとお金を払っているし、私としては取引しているだけだけど。どっちかというと、ベラルント伯爵家がヴィスワフ子爵の後援のつもり。
カルカペ王国を裏切っているつもりもないんだけどなあ。
マキウス様があいさつ回りをしてくるというので、「行ってらっしゃい」と言ったら、一緒に来ないのか? と寂しそうにされてしまった。だって、私にべったりもねえ。いろいろベラルン
ト伯爵家としても交流しないといけないだろうし。
「あまり動かず、おとなしくしていて。すぐ戻るから」
「お父様もお母様もいるから大丈夫よ」
マキウス様は心配そうにちらちらと私を見ながら、移動していった。
ふう。マキウス様ったら、心配しなくてもいいのに。
食事を並べているテーブルを見ると、領地の特産が並んでいる皿も好評のよう。よかった。あとで領地のみんなにも伝えないとね。
ヴィスワフ子爵は図らずも大きな力を手に入れた。大きな力には責任が伴う。領地を豊かにし、領民を幸せにする。それからこの国が豊かになるようにする。下位貴族だからというのは、いいわけだろう。すでに上位貴族よりも財産もあり、有名でもある。
明日は鉄道見学会だ。
なにも隠すことはないし、鉄道会社社長のタクラン商工会マンタ会長も手伝ってくれることになっている。でも、嫌な予感がしてならなかった。
「これ、美味しいわ」
アップルパイを食べている令嬢もいる。
そうでしょ。アリアが作ったものだ。
「こっちのお肉も、山菜も。何て美味しいんだろう」
食いしん坊さんの令嬢なのね。うれしいなあ。
パーティー会場は多くの人でにぎわっていた。たくさんの人から「お誕生日おめでとうございます」と言ってもらえたのは、初めて。でも、昔のように家族だけで祝うのもよかったなと思う。
パシャ。
水音が響いたので周りを見ると、なんと私のドレスにワインが!
あああ。やっちゃった。ぼんやりしていたからかも。
「いい気味ですわ」
複数の令嬢の声がする。空のワイングラスを持つ手をわざと私に見せてくる。もしかして、わざと? やだなあ。うちの侍女たちに怒られる。ぜったい怒られる案件じゃない。
眉根を寄せていたら、マキウス様とカノイがやってきた。おや、サラワニ商会のマケラス様もいる。
「マリー様、ドレスが汚れてしまったのですね」
マキウス様がそっと抱き寄せた。
「はあ、どうやらぼんやりしていたようで」
「違います。あの方たちがわざとやったのです」
お皿を片手に舌鼓をうっていたご令嬢がマキウス様達に説明する。
「なるほど」
マキウス様はワイングラスを持ったご令嬢たちをちらりと見た。
「ああ、いいの。大丈夫。他のドレスに着替えてくるわ」
マキウス様はムッとしている。
そういうこともあるの。女の闘いって。聞いたことあるもの。これがそうなんだわ。ちょっと感動でもある。
「ちょっと失礼」
カノイが私の前に立って、ぶつぶつと詠唱すると、ドレスの色が元に戻っていく。
「これって、魔法? やっぱりカノイは魔法が使えるのね」
「まあね。これでパーティーに居られるだろ? 主役が消えたらこまるからな」
「よかったですね。マリー様」
カノイとマケラス様が微笑んだ。
不思議そうな私を見てマキウス様が「サラワニ商会がハトラウス王国から鉄道の資材を輸入する」と小声で教えてくれた。
なるほど。商談が成立したのね。よかった。
「いったいどこの令嬢だろう」
カノイが呆れていた。
「ああ、あれはミグレ侯爵の息子ヨルシカの婚約者様とズミアカ公爵のご令嬢たちですね」
うちの特産を気に入ってお皿に山盛りにしているご令嬢はローストポークをパクっと口に入れた。
「そうなんだね」
カノイが苦笑する。
「ヴィスワフ子爵領が突然豊かになって腹が立っているのでしょう。なんてたってこの国は貧乏ですからね。おまけに優良物件のマキウス様がそばにいて、マノカノ商会のカノイ様にサラワニ商会マケラス様がいたらねえ」
食いしん坊のご令嬢は飲み物を受け取り、上品に傾けた。
ところでこのご令嬢はどなただろう? 見たことあるような、ないような。誰だろう。
「お初にお目にかかります。マリー・ヴィスワフ子爵代行。私たちは解放戦線です」
食いしん坊令嬢は私に耳打ちした。
もうパーティーお開きにしてもいいですか。




