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不穏(メアリーの死亡、強盗)1

そろそろ山場。がんばれ、私。死亡情報でます。苦手な方ご注意を!

 今回は、返済も兼ねて王都に来ているんだけど、帰りはエリザベス様とソフィア様、ロレンス様がタクランに来ることになった。

「ええ! 俺は? 俺はダメなの?」

「だって、頭取は忙しいのでは?」

「忙しくない」


 マキウス様はブスっとしている。

 マキウス様は一応表情は分かりにくいと思う。でも、それなりに付き合いが長くなってきて、わかっちゃうんだな。これが。不貞腐れた様子も可愛らしい。

「マキウス様は忙しいですよ。仕事してください」

 お茶を出しながら秘書らしき人が冷たく微笑んだ。

 ほら、怒られた。


 何度もベラルント銀行に行っているので、行員の方たちと顔なじみになっている。

 そうですよね。こんな大きな銀行の頭取ですから、暇なわけはない。

「じゃあ、お仕事終わってから来てください。うちの屋敷にエリザベス様たちが泊まりますから」

「なんでホテルじゃないの? 元婚約者もいるだろう」

「元婚約者で幼馴染だけど、エリザベス様の旦那様でソフィア様の父ですよ」


「でも男だ」

「男ではありませんね」

軽くため息をひとつ。もしかして、妬いている? なんてね。


「……そうなのか?」

 マキウス様は私を上目遣いで見る。可愛い。なんか子犬っぽいのは気のせい?

「はい。それならマキウス様だって男でしょ。うちに来ないんですか?」

「行く! すぐ行く」


 マキウス様が食い気味に応える。

「早く終わるといいですね。頑張りましょう」

 秘書らしき人が棒読みする。

 思わず笑ってしまった。


「では、私はそろそろ」

 マキウス様は私を引き留めたそうな顔をしていたけれど、「タクランの町」と秘書らしき人につぶやかれ、渋々お見送りしてくれた。

 早くうちに来れるといいな。待ってますね。借金の返済も順調。気分もいい。

 さあ、エリザベス様をお迎えに行こう。


 ベラルント伯爵さまのお屋敷のすぐそばに建てられた別邸にエリザベス様たちは住んでいる。跡取りはマキウス様だしね。子どもも生まれたし、本邸で育てるより落ち着いて育てられるだろうとのこと。


 別邸って言っても本邸と変わらず大きかった。ひー、お金持ち。王都でこんなに広い敷地を持っているのはベラルント伯爵さまだけだ。カルカペ王国の中で、うちを除いてビジネスも好調なのはベラルント伯爵さまだけだからだ。ビジネスセンスがずば抜けているといえるだろう。うちが鉄道事業で稼げているのもベラルント伯爵さまのおかげだしね。


 そういえば、ロレンス様は何をしているんだろう。やっぱりベラルント伯爵さまやマキウス様のお手伝いなんだろうか。ベラルント伯爵家の事業は多岐にわたっているからなあ。ロレンス様も仕事にありつけてよかったと思う。


 別邸の玄関は白を基調とした優雅さを携えていた。玄関ホールはエリザベス様やロレンス様のように華やかで、明るい雰囲気になっていた。大きな高そうな花瓶にはバラが飾られている。

「マリー様!」


 エリザベス様が玄関ホールに降りてきた。ロレンスがソフィア様を抱いている。子どもを一人産んだとは思えない美貌とスタイルのエリザベス様が笑みを浮かべながらこっちに来たので、ぽーっと見とれてしまった。美しさってすべてが許されるのよ。


 ソフィア様はまるで教会に飾ってある絵画の天使のよう。大きな目にクルンとと癖のある前髪、赤い小さな口。フワフワのほっぺだ。ご機嫌はよさそうで何より。ロレンスも相変わらず顔面偏差値はよかった。


 美の一家といっても過言ではない。すごいわ。

「エリザベス様。もう出発できるんですか?」

「ええ。もちろん。銀行に寄ってお疲れでしょ? マリー様とお茶をしてからにしようかと」

「大丈夫ですよ。よかったらすぐに出発しましょう。その方がはやくうちの屋敷に着きますし」


 エリザベス様とソフィア様に会って元気になったわ。一度座ってのんびりしたら、立てなくなっちゃうかもしれないしね。


「そう? いいかしら?」

 エリザベス様がロレンス様に確認すると、

「そうだね。遅くなるよりいいと思うよ」

 ロレンス様がうなずいた。


 出発! 王都を出るまで馬車で移動し、ヴィスワフ子爵領に入った。王都入り口駅までベラルント伯爵さまの馬車で送ってもらったよ。ちなみにお尻が痛くならないよい馬車だった。

 ここからは鉄道。みんなに乗ってもらいたかったの。


 ソフィア様は大きな蒸気機関車を見て、大騒ぎ。楽しそうに目を輝かせている。

「すごいわ。こんな大きな鉄の塊が動くのね」

「はい。機関車や車両はまだ隣国ハトラウスから輸入しています。いずれヴィスワフ子爵領で生産できたらいいんですけどね」


「そうね。まだ導入して間もないもの。しかたないわ。いずれそうするつもりでしょ?」

 エリザベス様が笑う。

「修理に生産まで考えているとは。さすがだ」

 ロレンス様がうなずいた。


「機関車、この鉄の塊は、炭鉱でたまった水を排出するために作り出された機械がもとになってできたらしいです。うちも鉱山があるので、機械のつくりかたを職人たちが必死で勉強してます」


「揺れないかしら? ソフィアが怖がらないといいんだけど」

「音は大きいですが、そんなに揺れないと思いますよ。レールの上を走りますから」

「そうだね。列車って大きくていいもんだなあ」

 ロレンス様が列車に触れた。


「そうね、いずれ王都にも走るようになるかしらね」

「ええ。いつか。近いうちに必ず」

「そういう波が来ているからね。ヴィスワフ子爵様は立派だと思うよ」

 ロレンス様はご実家のアントワーヌ子爵様や次期アントワーヌ子爵様のことを考えているようだ。でも鉄道は結構お金も人手もかかるから、なかなか決心がつかないのは仕方ないと思う。それに王家や王宮議会が鉄道事業が広まらないように圧力をかけてるしね。


 ヴィスワフ子爵がこの国のためを思って動いても、この国は動かないのが現状だ。それこそ大きな何かがない限り。

 ロレンス様も渋い顔をしている。

「まあ。いまは楽しい旅行のことを考えましょう。たくさん遊びましょうね、ソフィア様」

 私たちは列車に乗り込もうとしたその時。

 私のカバンが強く引っ張られた。


「痛い!」

 振り向くと、ハンチング帽を深くかぶり、痩せた身なりのあまり良くない男が私のカバンをつかんで引っ張っている。

「何をするの?」

 自慢の腕力でカバンを引っ張ると、男ににらまれた。書類を持って常日頃領地を駆け巡っているからね。体力には自信がある。


 あれ、見たことある? 誰だっけ?

 男の顔を凝視しようと試みる。

 もう引っ張らないで。ちょっと、カバンが破けるって! あああ。

 カバンの取っ手がびりっとやぶけ、男がバランスを崩す。カバンに入っていた返済証明の控えなどがばらばらっと空に舞った。


「あああ! やだ! 拾わないと」

 男は舌打ちして逃げていく。

「誰かあの男をつかまえろ!」

 ロレンスが叫んだ。


 駅員が笛を吹いて、警備員に合図する。男に数人が飛びかかるが、男は素早くかわし、森の方へ逃げていった。

 うちの警備員、結構強いんだけどなあ。なんて身のこなし。

 マキウス様に命を狙われる危険があると言われて、お父様と一緒にヴィスワフ私兵団を作ったんだ。腕の立つベラルント伯爵さまところの指導者を先生に迎え、鍛えてもらっているからそこそこ強くなっているはずなのに。


 うーん。あれはどう考えても私のカバンを狙ってた。ひったくりなんだろうか。

 でも、このかばんに大事なものはほとんど入ってないんだな。控えの原本などはベラルント銀行の貸金庫に入れてるから。

 金目のものが欲しいなら、肩から下げているポシェットを狙うと思うんだけど。


 ロレンス様が急いで書類をかき集めてくれた。

「ありがとう」

「書類は揃ってる? 確認して?」

 ロレンス様が心配そうにみている。


「マリー様? 大丈夫ですか?」

 エリザベス様も声をかけてくれた。

「はい。たぶん大丈夫です」

 枚数を数えて、中身もざっと確認。なんか枚数増えてる気がするけど、なんだろう。でも減ってはないから、大丈夫じゃないかな。よかった。


 カランカラン。

 汽車が出る合図だ。

 エリザベス様の護衛の人やうちの警備員が追いかけたけど、逃げられてしまったみたい。

「大丈夫です。出発しましょう」


「いいの?」

 エリザベス様とロレンス様は眉根を寄せて、私を見る。

「はい、実害がなかったので平気です」

 列車が出発した。

「ソフィア様は嬉しそうですねえ」

 ソフィア様の笑顔、ああ、癒されるわ。ソフィア様と遊んでいたら、エリザベス様に怒られた。


「こういうことはこれから出てくると思うわ。高位貴族はそういうのあるよ。マリー様も有名だから強盗とか、ほんと危ないんだから、気を付けてね」

 エリザベス様は涙目だ。


 お金もほとんど入っていないカバンをなぜ狙うのか。まったくわからない。だって茶色いひび割れた部分を補修して使っている革のブリーフバッグだよ? 嫌がらせ?


「もし私を害そうとするなら、ナイフで刺されているでしょうから、大丈夫ですよ」

 エリザベス様とロレンス様は青ざめた。

「マキウス様に護衛を頼もうかしら」

 いやいや、マキウス様は過保護ですから遠慮します。うちの領地だし、警備員もいるので大丈夫です。


「まあまあ。とりあえずお弁当でも食べましょう。王都で買ったお弁当ですけど、きっとおいしいですよ」

 勉強がてらに買ってみたんだよね。ちょっと楽しみ。

「あら、お花みたいに飾りがあるわ」

「きゃはは」

 ソフィア様も手でつかみたくて、お弁当に手を伸ばす。


 なるほど。若干緑やオレンジがあるけれど、茶色に近いもんな、タクラン名物のお弁当。もうちょっと彩りがあるといいかな。でもボリュームを重視にするとなあ。この際ボリューム系と少な目系に分けようかな。


「確かにうまいな。でももうちょっと量があってもいいかな」

 ロレンス様には物足りないようだ。

 またタクランの弁当販売のほうに相談してみよう。


「マリー様、書類はあったのですか?」

「ええ。たぶん」

「しっかり確認なさいませ。そんなところで足元をすくわれても困りますから」

 エリザベス様がいうので、バッグを開けてみる。


「ほら、一枚、二枚、三枚。あれ?」

 やっぱり枚数が増えている。んん? 見慣れない紙が入っている。なんだこれ。王家からの借用書とアッタラマ会の借用書が混じっていた。全く身に覚えのない借用書だ。お父様がぎっくり腰になってから外的執務は私がやっているからわかるんだけど、王家とアッタラマ会からお金は借りてないよ。


 よく見ると、私のサインではなく、お父様のサインになっている。お父様、外に出てないんだからサインできないはずだしなあ。

 じっと見ていたら、「あれ? サインがちょっと違うわ」と気が付いた。お父様のサインは特徴があって、点を打つ場所が違うのよ。

 偽造。これ、偽造だわ。どうしよう。

 なんとなくバッグに入れたくなくて、そっと折りたたんでドレスのポケットにしまう。ここで破いて捨てるわけにもいかないしね。仕方ない。

 偽造書類の対応をお父様に一応確認して決めないといけない。仕事が増えた。


「マリー様、顔色が悪いですわ。やはり怖かったのでしょう」

 エリザベス様が私のことを心配そうに見る。

「いえいえ、全然大丈夫です」

 仕事が増えてがっくりしただけですよ。

「書類、無事か?」

「あ、はい。全部そろってました」

 揃っていたどころか増えていたけどね。


 ロレンス様に応えた。

 ひったくりの件だけど、この二人が指示したんではないと思う。エリザベス様とロレンス様にメリットがないからだ。

 大丈夫。一緒にいてもいい。よかった。二人が敵ではなくて。では一体誰が? アッタラマ会の借用書があるってことは、アッタラマ会の仕業かな。王家の借用書は? では王家も敵ってこと?

 嫌な予感がする。



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