タノカノ商会にいく
さて、タノカノ商会に行こうか。
マキウス様も一緒に行こうかと言ってくれたけど、断っておいた。だって、マキウス様は銀行の人。そこまでしてもらうことはできない。マキウス様はなぜかすごい残念そうな顔をしていたけれどね。ビジネスはビジネスよ。
扉を開けると会頭のカノイがいた。赤い髪に赤い瞳なので、覚えやすかった。鼻筋が通っていて、顔も整っているし、体つきもよく、マキウス様と同じくらい背が高い。通りすがりの女性がうっとりとこっちを見ていた。うん、私のことを見ているわけじゃなさそう。カノイは人を惹きつけるオーラがあるんだろうなあ。カノイがモテるのもわかる気がした。
しかし、会頭なのに店先にいてびっくりだ。そんなに気さくでいいのだろうか。
「会頭といっても、ここのタノカノ商会は小さいですからね。なんでもやるんですよ」と言って笑っていた。
「先日の資材調達の件ですが、タノカノ商会にお願いしようと思います」
「そうですか。それは嬉しいです」
カノイが呼び鈴を鳴らすと、事務員の人が来て、契約書とペンの用意をした。タノカノ商会にしかもう頼めない。
私は深呼吸してサインした。
「ヴィスワフ子爵さまのご期待に添えるよう速やかに資材をそろえましょう」
カノイはお茶をすすめてきた。
緊張でのどが渇いていたのでうれしい。さっそくカップを手に取った。
あれ? 美味しい。これってハトラウスのお茶?
「そうです。ハトラウスのものです。といっても、もとはヘカサアイ王国で生産されていたお茶なんですが、ハトラウスでも生産されるようになりました。まだハトラウス国内でしか出回っていないものです。美味しいでしょ? 僕もこれが好きでね。しかし、よくお気づきになりましたね」
「ええ。ヴィスワフ子爵領は交易の一端を任されておりますから、検品のためいろいろなものが手に入るのですよ。少量だけハトラウスのお茶を頂いたことがありまして」
「なるほど。今度は鉄道ですからね。ヴィスワフ子爵様は安泰だ」
「ええ。そうなら嬉しいのですが」
私が愁いのある顔をしていたのだろう。
「王宮議会が何と言おうと、科学はすすむのですよ。魔法が無くなったように、馬車もいずれなくなり、鉄道で旅する時代が来ます」
「そうですよね、いつかそうなりますよね」
魔法が存在したのは、遠い昔のことだ。いま、ここカルカペ王国では魔法を見かけない。
カノイが指を鳴らすと、もう片方の指先に火がついた。
「火が!」
「珍しいでしょ。でもね、ハトラウス王国ではたまに先祖返りした人間が生まれてくるんです。内緒ですよ」
「ははあ。すごいですね」
火が欲しいときにパチンでつくなんて! 便利すぎる。
カノイの指先をじっと見ていたら、カノイが咳払いをした。
「ところで、ヴィスワフ子爵代行には婚約者がいないと聞きましたが?」
え? なんで聞くの? どうしてそんなことがカノイの興味を引くの?
怪訝な目でカノイを見る。
「ああ、そう怪しまなくても。いないなら、僕と婚約しませんか?」
どうしてこんなことになったんだろう。不思議だ。ちょっと理解できない。
不服だから黙っているんだと思ったカノイは慌てて付け足す。
「実は、僕はハトラウス王国の第6皇子です。6番目なので、ほぼ確実に王位が回ってくることはありません。とはいえ、一応皇子なので、外交の修行にといって、王室に縁のあるタノカノ商会で働いています。なんとか自力で稼いで暮らせるように」
「え? 皇子? 皇子なのに商売しているんですか?」
王子で知っているのは、うちの国の、私たちに死刑宣告した王子だけだ。ハトラウス王国の皇子とどうして知り合っちゃったのだろうか。前回の人生では会ったこともなかったはずだ。
「皇子と言っても名ばかりですが。一応身分は証明できますから」
いやいや、そんな恐れ多い。私は平民寄りの貴族でございますよ?
「婚約するならあなたがいいんです。あなたしかいません」
カノイは私の両手を包み込んだ。
うーん、どうしてこうなった?
ちらりとマキウス様の顔が浮かぶ。
やっぱり一緒に来てもらえばよかっただろうか。お母様が交渉していたら、こんなことはなかったのかはわからないけど。
前回の資材調達の取引相手はアッタラマ会だった。しかし、アッタラマ会から私の婚約話がでたとは聞いてない。お父様が握りつぶしたなら別だけど。
それより、この手だ。カノイ様、お離してください?
取引の締結はありがたいけど、婚約はちょっと待ってほしい。だってこれから生きていけるかわからないのだ。それに生きていけたとして、私は婚約解消したばかりで醜聞をもつ者だ。カノイ様にもご迷惑をかけてしまうだろう。しばらくこういう話はなくていいと思っていたんだけど。はあ。マキウス様の顔がちらつくのは、なんでだろう。
「カノイ様、お気持ちはありがたいのですが。身分違いでございます。申し訳ございません」
頭を下げると、カノイは頭を掻いた。
「早すぎなんですよ、皇子は」
事務員の人がお茶のお替わりを出してくれながら、皇子をからかう。距離が近い使用人ということは、皇子の側近なのかもしれない。
「ああ、せめてカノイと今まで通りで」
「でも、皇子と知って、それは……」
「カノイと呼んで下さらないなら、手を離しませんよ」
もう帰りたいんですけど。だれかおうちに帰らせて。どうしてここに隣国ハトラウスの皇子がいるの? おかしいよね。
「わかりました。カノイ」
ようやく手を放してもらえた。事務員の人は苦笑いしていた。
王都は刺激が強すぎる。おうちに帰ろう。
その後、仕事の早いカノイは速攻で資材をきちんと届けてくれて、ヴィスワフ子爵領の鉄道工事は速やかに進むことになった。
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