ミヨーナの店
タマシカ伯爵家に向かうことにした。あっちでダンスやお茶会のマナーのおさらいをする予定。タマシカ伯爵にマナー教師の手配もお願いする手紙をお父様に書いてもらった。
ドレスはタマシカ伯爵の家にあるドレスを手直しさせてもらうことになっている。デイドレスとは言え、ドレスをオーダーすると、ひと月以上かかるからね。子爵令嬢のオーダーはどうしたって後回しになるのよ。おそらく侯爵令嬢とかが緊急と言えば、2週間くらいでドレスができると思うけど。
今回は期日が迫っているから、タマシカ伯爵のタウンハウスにあるドレスをお借りしてサイズを詰めればいいと思う。タマシカ伯爵のご令嬢はすでに嫁がれており、タウンハウスにあるデイドレスは不要なモノらしい。タマシカ伯爵からは好きに使ってよいと言われている。
タマシカ伯爵の侍女がサイズ直しをやってくれるかしら。やっぱり自分でやった方が早いだろうか。
うーん、侍女に頼むと、貧乏子爵令嬢と馬鹿にされる可能性もある。たしかに貧乏ですけど。やっぱり自分でやった方が早いかな。お母様に仕込まれているので、簡単な縫物やお直しはお手の物です。貧乏はチート能力が身に着くのですよ。あっちに行ったら、針を片手に縫物しないとね。
タマシカ伯爵にご挨拶したら、ベラルント銀行と手芸屋さんに行かないと。忙しくなるなあ。おまけにお父様から自分の目でアッタラマ会とマノカノ商会についてよく調べてくるように申し付かっている。取引先の最終判断は任せるとのこと。足を棒にしてこいってことか。
タマシカ伯爵の屋敷に着いて伯爵にご挨拶を済ませるとすぐにアッタラマ会に足を向けた。私の心はマノカノ商会にすると決まっていたが、イミテーションを返すためだ。練絹の袋に包んで、ドレスのポケットに入れてある。王都にはひったくりやスリもいるらしいのだ。ポケットに入れるべきか迷ったけれど、ポケットの奥深くに入れれば盗られないだろう。お母様曰く、うちの領地にいるときのようにぼんやりと歩いていると、いつの間にか裸にされてしまうらしい。都会って怖いね。お母様に明るい時間と大通り以外は通らないことを約束させられている。
大通りを経てあとワンブロックで貴族街というところで、女性が路地へと走っていくのが見えた。貴族の女性ではなさそうだけど、すごい早さだったので大丈夫なのかなって気になった。
女性が曲がった路地に目をやると、行き止まりだったらしく、女性が座り込んだのが見えた。男たちが数人、路地へ入っていく。
何があったんだろう。尋常ではない。
「助けて!」
大通りに行きかう人たちは誰も目をやらない。災難には近寄らず。きっとこれが正しいのだろう。でも私は見過ごせなかった。うちの領地ではありえない光景で、目を背けることができなかった。
どうしてそういうことするのだろう? 多勢に無勢は卑怯ではないかとさえ思ってしまう。これが王都の常識なんだろうか。わからない。でも、このまま見過ごせば、きっと後悔する。勇気を振り絞って、
「あの……」と男たちの背中から声をかけた。なんでもないなら、すいませんでしたと言って去ればいいもんね。
「なんだてめえは」
汚い言葉をかけられ、ちょっと不愉快になる。市井の荒くれた人たちがそういう言葉遣いをするというのは知っていたが、自分に向けられることはなかったからだろう。うちの領民でもこんな言葉は使わないな。すぐケンカになっちゃうじゃないか。
「王都はずいぶん物騒になったんですね。みたところ女性一人に男性が4人。何かわけがあるのでしょうか」
ムカついたので嫌味を言ってみた。
「関係ねえ奴は黙ってろよ」
リーダー格の男がニヤリと笑った。
ああ、強そうだな。他の男たちはそうでもないと思うが、この男だけは武術の経験がありそうだ。面倒だなあ。
路地でもめているのは聞こえているだろうに、誰も寄ってこない。ということは、私が何をしても知られないってことだろう。
最近身体を使うことがなくって、イライラしていたんだよね。帰ったら縫物も待っているし。
「はあ」とため息をつく。一応武術もお父様と執事に習ってはいるんだよ。領地を経営しているとどうしても盗賊やら不届き者が出てくるからね。隣国ハトラウスからの交易品を狙うやつもいるの。そのとき、自分の身くらいは守れるようにってビシバシしごかれている。できたら、盗賊位自分でやっつけられるようにと言われている。
「まずは話し合いが望ましいんではなくて?」
助け船を出すが、男たちに通じるか。
男は面白そうなに私を見る。ちなみに私に武器はない。小さいバッグくらい? これ使う? なにか固いモノとか入っていたかな。
「話し合いも何もねえよ。こいつは借金をしたのに払わねえんだから仕方ないだよ。お嬢さん」
「明日、払うって言っているのに、聞いてくれないんでしょ。どうせうちの店を奪おうとしているんでしょ」
「期日は今日までだろう? こっちも仕事だからな」
「一日待ってくださいって言っているのに」
「約束は約束だ」
「延滞料金を払いますから」
「ダメだね」
男と女性はやり取りを繰り返す。
「明日、お金が入るのですか?」
好奇心で聞いてしまった。だって、一日だけだよ? 待ってあげてもいいじゃない。ダメ。いけない。これ以上いっちゃだめ。繰り返し浮かんでは消える心の声。でも、うちの領民だったら見過ごせない事案だ。しかし、彼女はうちの領民ではない。分かってはいるんだけど……。
「はい。明日、お金が入るはずなんです」
「それなら待ってあげたら?」
「こっちも仕事なんですよ。お嬢さん。それともお嬢さんがこの女の借金を肩代わりするのか?」
男たちは下品な笑いをする。ああ、知り合いたくない輩だ。
「うーん。おいくらですか」
「30万ガソです」
女性のすがるような目。ああ、見捨てられない。
30万ガソかぁ。お金があると言えばある。ドレスの刺繍糸やらレース、靴を買うお金と生活費、それと取引先相手の調査費だ。タマシカ伯爵のところにお世話になるとはいえ、お金が要るときがあろうだろうとお父様がお金を持たせてくれたのだ。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。私が肩代わりしなかったら、この女性はどうなるのだろうか。店を取られ、王都を追い出されるくらいならまだましだろう。借金の相手にもよるが、娼館に売られたり、場合によってはばっさり切られてもおかしくない。
「お嬢ちゃんは関係ないだろ。さっさと帰りな」
男は女性に向き合い、女性の髪をつかんだ。
「痛い! やめて」
女性の目に涙が浮かぶ。
「ほら、立てよ。借金はちゃんと返さねえとな」
男たちがぐるりと女性を取り囲んだ。どうみてもヤバい雰囲気だ。ああ、もうどうしたらいいんだろう。このまま立ち去るなんてできない。仕方がない。
「待ってください。私が払います」
男たちはゲラゲラ笑った。
「こいつバカだろう」
「何考えているんだ」
「おまえら、うるせえぞ。黙れ。お嬢さん、本気かい?」
「本気です。ここではお支払いできないので、あなた方の店に連れて行ってください。それから、貴方。契約書はお持ちですか?」
「はい」
「では一緒に行きましょう」
私は腹を決めた。だって、ほおっておくことはできない。女性は私と同じくらいの年に見えた。同じ年で店を出そうとしていたなんてすごい。しかし、店の経営がうまくいかなかったのかな。いろいろ気になるところだ。
男たちに連れられて行った先はアッタラマ会だった。
なるほどね。おばさんたちのうわさ話も嘘じゃなかったわけだ。
「会頭、連れてきました」
アラブカが現れ、女性を見る。
「逃げては解決できませんよ。おや、お客様も?」
「ああ、会頭。それがこいつが金を……」
アラブカは目を吊り上げて、「おまえら、奥に行っていろ」と低い声でいう。男はビクンとして、男たちを連れて奥に引っ込んでいった。
「これはヴィスワフ子爵代行マリー様ではありませんか。きょうはどういったご用件で?」
「往来でこの女性がお困りのようでしたので、事情を伺ったところ、そちらで借金をして追い立てられていたのです。明日払う、延滞金も払うと言っているのに、男たちに乱暴されそうだったので、思わずお声をかけた次第です」
「それはそれは。当店の従業員が失礼しました。教育しておきますゆえ、ご容赦くださいませ」
いや、教育しても直らなそうなの男たちだったけどね。ご容赦なんかできないでしょ。女性の顔には涙の痕がついている。借金かあ。確かに返せない方が悪いと言えばそうなんだけど。訳がありそうだ。
「あんたらが返せないように仕組んだんでしょ」
女性がアラブカに食って掛かった。
「まさか、被害妄想ですよ。私どもはお取引のお手伝いをしただけですから」
「おかしいでしょ。だいたい工事が遅れたのだって、アッタラマ会の手配が悪いのだから、返金だって待ってくれないと困るんです」
「契約書に書いてある通りですが」
女性から契約書を見せてもらう。確かに期日は今日になっている。小さい文字で延滞は不可の旨が書いてあった。普通は延滞金を支払えば何日か猶予があるはずなんだけれど、厳しすぎるなあ。
それに、何これ。どういうこと? もっと小さな文字で書いてある文に気が付いた。もしかして私がもらった契約書にも書いてある? ドキッとする。
契約書を見る限り、女性には勝ち目がなかった。
「私が肩代わりします」
バッグからお金を取り出し、アラブカの前に積み上げた。
「これはこれは。マリー様がお支払いになるとは」
アラブカは目を細める。
「これでよろしいでしょ?」
「はい。ありがとうございました。私どもも商売でございましてね」
アラブカは支払い済みの証明書をくれた。
「ところで、マリー様。きょうはどんなご用件で」
アラブカだってバカではない。商売のやり方を見られてしまったからには、私がこことは契約しないだろうというのが分かっている。時間を無駄にしないためにさっさと本題に入ったのようだ。
私はポケットからイミテーションの入った練絹のポーチを出した。
「ケーキに混じっていたいたのです。もしかしてお間違えになったのかと思いまして」
「ああ、そうです。探していたところです。ありがとうございます」
アラブカは苦虫をつぶしたかのような顔をした。汚い商売の方法を暴かれ、ばつが悪いのだろう。顔には出ていないが、首が赤くなっている。
「この前ご相談した、資材調達の件は、なかったことにしてください」
私は笑顔で女性を連れて退出したのだった。
女性に話をきくと、王都で飲食店を出そうとしていたらしい。女性の名前はミヨーナ。王都で両親が飲食店を出していたが2年前に亡くなったという。そのときは16歳になるときだったから両親の店を継いで経営することはできなかった。仕方がなく店は畳んだそうだ。いつか自分の店をだそうと思って、2年間食堂で働いてお金を貯め、ようやく目途が立ったという。歳は私と同じ18歳だ。すごい実行力だ。
「父さんと母さんの味を引き継ぎたかったんだ」
ミヨーナはボソッとつぶやいた。
ところが店の改装やら道具をそろえようとしたら、思ったよりも高くついて、資金が少し足りなくなった。それが30万ガソだ。平民が飲まず食わずで貯めるとしたら、半年くらいの給金だ。あと少しで開業できるので、少しくらいお金を借りても開店すればすぐにお金を返せるだろうと思ったらしい。
アッタラマ会でお金をかりるといいよと近所の人にチラシを見せられたということもあるし、調べたら実際、王都で一番低金利がアッタラマ会だったので、アッタラマ会からお金を借りたと話してくれた。
「最近店を出す人のほとんどがアッタラマ会からお金を借りているんです。だから大丈夫かと思ったのに」
ミヨーナは目を伏せた。
「アッタラマ会から借りて、開店できたんですよね?」
ここが肝心だ。
「一応開店はできたのですが、嫌がらせのように男たちが来て……」
それは嫌がらせに違いない。若い子が頑張ろうとしているところ、足を引っ張るって、ひどくない?
「店には客が入らなくなり、最初の返済もままならなくて。ところが、この店を支援したいっていってくれる人が来て、その人が明日お金を払ってくれると」
「なるほど」
よかったね、その人が払ってくれることになって。そうじゃなかったらどうなっていただろう。
「なのでマリー様には明日お金をお支払いします」
「分かったわ。明日またこちらに伺いましょう。もし何かあったら私はタマシカ伯爵のタウンハウスにいますので、ご連絡ください」
ミヨーナはほっとしたように見えた。
思ったより時間がかかってしまったから、これからマキウス様のところに寄ったら今日は帰らねばならないだろう。ドレスの確認をしてから明日手芸店に寄ってもいい。
ミヨーナと別れ、私はベラルント銀行に向かった。




