彼女の考えていることは、よく分かりません
「お前さぁ、彼女って作んねーの?」
どこにでもありそうな私立高校の昼休み、いつものように僕を屋上に誘って、いつものようにメロンパンを齧りながら、彼が突然そう訊いてきた。僕は表情を動かさずに答えた。
「僕がそんなものに興味があるように見えます?」
え~、と、面白くなさそうにする彼をスルーし、黙々と弁当を食べる。そもそも恋愛なんて、こんな面白味のない、友達もろくにいない、真面目だけが取り柄のメガネ男子には関係ないと言っても過言ではない。高校生になって半年。恋愛なんてしなくても、高校生活はまあまあ楽しくやっている。
「でももう高校生なんだし、恋くらいしたいだろ?」
「全ての高校生がそうだと決めつけるのは良くないと思いますよ」
「彼女いると楽しいぜ?長電話したりデートしたり、もちろん大人の遊びも──」
ニヤニヤしながら語る彼を黙らせるべく、僕は一度箸を置いて彼を見つめた。
「高田くん」
「ん?」
「前の彼女さんとはどのくらい続きましたか?」
「え、えー……二ヶ月くらい」
「先週できた彼女さんは何人目ですか?」
「……中学含めて五人目」
「前の方と今の方との間に、どのくらい期間がありましたか?」
「あー、一ヶ月……あれ、三週間?」
「僕の記憶では、二十日も経ってませんでしたよ?」
「……マジで?」
失笑する彼に、僕はため息混じりに言い放った。
「そんな中途半端なことするくらいなら、恋愛なんてしない方がいいのでは?」
「うぅ、痛い……」
僕に痛いところを突かれまくった彼は、あからさまに傷付いた、というように自分の胸を押さえた。まあ、幼馴染みだからこそここまで刺せるというのもあるけれど、彼の反応はいつ見ても面白い。僕は無意識に微笑を浮かべて、改めて弁当の唐揚げをつまんだ。
「でもあいつは?橘梨子。お前、あいつと仲良いだろ?クラスのやつみんな羨ましがってるぜ?」
彼の言っている橘梨子は、校内では有名なクラスの人気者だ。今月だけでもう三人には告白されたらしい。──そして最近、なぜか僕に頻繁に構ってくる。
「あれは仲が良いというか、向こうが頻繁に僕に絡んできているだけですよ」
「え、そうなのか?でもその割には嫌がらねーよな」
「まあ、嫌ではないので。他に話す相手もいないし」
「LINEもしてるらしいな」
「はい。お願いされたので」
「何話してんの?」
「世間話くらいですよ。毎晩暇だって言うので色々聞かされてます」
「へー、好きなのか?」
「はい。好きですよ」
「え?」
「え?」
そこで会話はなぜかフリーズした。彼が驚いた表情のまま、黙って僕を見つめている。
「……好きなのか?」
「え、はい。いつも楽しそうだし、しっかりしてるし、彼女の話は何気に面白いので、普通に良い友達だと思ってるんですけど」
「あ、あー……まあでも、そうだろうな」
若干不服そうだが、なんとなく納得したらしい彼は、メロンパンの最後の一口を頬張ってから言った。
「まあ!もしお前に彼女ができるようなことがあったら、親友の俺に一番に報告しろよな!」
「……君、僕の話聞いてました?」
「小泉くーん!」
放課後、彼女が元気な声で僕を呼んだ。人気者の理由の一つである可愛らしい笑顔を見て、僕は一言。
「古文のノートなら、貸しませんよ?」
「えっ、よく分かったね」
「だって君、いつも古文と化学だけは自分でノートとらずに僕に頼るじゃないですか」
「だって言ってることの意味ほとんどわかんないんだもん!歴史を自分で頑張ってるだけまだ偉い方!テストだって一夜漬けでいけるし!」
それは決して胸を張れることではないのでは?
「たまには自分でとったらどうですか?それに、もうすぐテストだから、持ち帰って復習したいんですけど」
「お~真面目だねぇ。……あ、じゃあ今日はLINEしない方がいい?」
少しだけ控えめに、彼女はそう訊いてきた。僕は少し考えて、「あっ、じゃあ」と、その場の思いつきを口にした。
「今日は電話にしませんか?ノートは貸さないけど、良ければ教えますよ」
「え!電話!?いいの!?」
その直後、彼女は顔を輝かせた。今まで見た中で一番嬉しそうにしている気がして、僕も微笑んだ。
「はい、僕の復習にもなるし、ただノートをとるよりも頭に入るだろうし。話しながら一緒に勉強しましょう」
「やったー!ありがとう!楽しみにしてるね!」
そして彼女は、「また明日!っていうかまた後でね!」と、僕に手を振ってから、パタパタと教室を出ていった。
それにしても、あんなに喜ぶくらい僕に勉強教えてもらうのが嬉しいのかな。というか、橘さんなら他の人との方が楽しく話せるだろうに、なぜ僕なんだろう。みんなにとっては憧れでも、僕にとっては嵐みたいな人で、いつも何を考えているのかさっぱり分からない。僕は今日も小さく首を捻ってから、机に掛けてあるカバンを掴んだ。
橘さんからのLINEはいつも十時頃にくる。なのでそれまでに夕食と風呂を済ませ、一足先に勉強を始める。程なくして、スマホが鳴り出した。今日はなんだか早いなぁと思いながら、タップして耳に当てると『こんばんは!』と元気いっぱいな声が飛び出してきた。思わずスマホから耳を離す。
「……こんばんは。いつにも増して元気な挨拶ですね」
『あ、ごめん、うるさかった?今めっちゃテンション上がってて』
「深夜テンションってやつですか。何か良いことでもあったんですか?」
『……まあね』
若干台詞に間があったのが気になったが、詮索するのも失礼なので、早速勉強に取り掛かった。
お喋りを挟みつつ、スラスラと教科書の内容をなぞるように勉強していき、予定していた範囲は案外あっという間に済んだ。電話口から、彼女がコロンとペンを手放す音がした。
『あー終わったー!ありがとう小泉くん!めっちゃ分かりやすかったよ!』
「いえいえ、橘さんの飲み込みがよかったからですよ。……本当、もっと真面目に授業受けたらどうですか?」
『あの先生の遠回しな教え方じゃ、分かるものも分かんないよ』
「……ちょっと同感です」
『だよねぇ!?』
楽しそうに笑う彼女に、僕はふと訊いてみた。
「っていうか、橘さんはもっと楽しく話せる人がたくさんいるんだから、なにも僕でなくてもよかったんじゃないですか?他の人に比べて、僕ではつまらないでしょう?」
いつものような世間話のつもりだった。ところがその直後、彼女は黙り込んだ。一瞬電話が切れたのかと思ったけれど、そんなことはないようだ。「橘さん?」と呼びかけると、彼女は、今度は自信が無さそうに『……えへへ』と笑った。
『ごめんね、やっぱり小泉くん、いつも迷惑してたんだよね』
「……え?」
どうしてそうなった??
『でも私、小泉くんともっと仲良くなりたいなーって思って、いつも声掛けてたんだよね。それで、小泉くんも嫌がらずにいつも話聞いてくれるし。今日もこうして勉強見てくれたし、しかも電話で。私、すっごく嬉しかったんだ。……でも、調子に乗りすぎちゃったかな。ごめんね!本当は私のこと苦手なんでしょ?』
いつもと違う、彼女のこの自信の無い言葉を聞いて、僕は全てを理解した。
──そうか、橘さんは、友達が少ない僕を気遣ってくれていたんだ。
やっぱり人気者となると、心まで素敵なんだなぁ、とぼんやり思った。彼女の優しさを無下にするわけにはいかないので、とりあえず誤解を解くため、口を開く。
「僕は橘さんのこと、迷惑だなんて思ったことないですよ。ちゃんと気遣いもできるし、いつも楽しい話を聞かせてくれるし。そういう友達思いなところも尊敬します。苦手なんかじゃありません。僕は橘さんのことが好きです」
よし、これだけ伝えたら安心してくれるだろう。──と思いきや、再び沈黙が訪れた。電話が切れていないことをもう一度確認してから、再び呼びかけようとすると、
『──ふぇぇ!?』
突然、最初の挨拶より遥かに大きな声が、僕の耳に刺さった。
「……それはさすがにうるさいです」
『あ、ご、ごめん』
「大丈夫ですか?」
『うん、大丈夫。……っていうか、そんな風に思ってくれてたんだね。……ありがと、めっちゃ嬉しい』
「そうですか、よかった」
一応安心してくれたようで、僕も安心した。『……あ、あと』と、彼女が歯切れ悪く話し出した。
『……私も好きだよ』
そう言った彼女は、なんだか恥ずかしそうだった。僕は思わず、クスッと笑った。
「それは光栄です。まあ、これからも良い友達として、仲良くしましょうね」
『え?』
「え?」
また音声が途切れる。──そして、僕はやっと気が付いた。
「──え!えぇ!?」
『あ、いいよ!ちゃんと気付いてくれたなら。──まあでも、そういうことだから。とりあえず今は友達として、これからもよろしくね』
「は、……はい」
思考がまだ若干追いつかない中、彼女は小さく笑って、
『今日はありがとう、話せてよかった、また明日ね!』
と、電話を切った。
一瞬、何が起こったのか全く分からなかったが、少なくとも、今日の会話によって、彼女が今まで僕と関わる中でいつも何を考えていたのか、少しだけ分かった。……ような気がする。
これをきっかけに、僕の中の彼女に対する「好き」の意味合いは、少しずつ変わっていった、というのは、また別の話。