私の素敵なさとーくん!
とくになんの変哲もない、女友達とゆるいお話しているだけのお話。
私、花代蝶子にとって、野々山慧少年はちょうどいい彼氏である。
この場合のちょうどいいという言葉は単純に悪い意味ではなくて、私にとって好みジャストフィットでピッタンコという意味なのだ。
「野々山慧少年……もとい、さとーくんは素晴らしく素敵な彼氏なのです!」
昼休みに携帯画面を振りかざして、立ち上がって宣言したところ、級友から冷たい目線をいただいた。解せぬ。
「あんたの趣味って、やっぱりわかんないわー」
級友の草原美土里は、平良高校に入ってからできた友人の一人で、真面目そうな委員長をそのまま形にしてみましたという容姿を持つ女の子。
黒髪を後ろで二つ結びにして下げ、黒縁の四角い眼鏡がきらりと光る。
そのくせ中身は見た目をことごとく裏切るアクティブな子だ。
私が急に、「昨日さとーくんと山に行ってきた! 二人で山を駆け回ってきちゃったウフフ!」とのたまっても「あんた山派? あたしは断然海ね。この間海でイカ釣りしてきたわ。やばいわよイカ!」と普通に返してくれる貴重な存在です。
そんな友人ことミドさんの男の趣味は、目指すなら断然高みのイケメン様がいいそうで。さらにいうなら真面目そうなストイック系イケメン様。
ストイック系イケメン様……案外さとーくんの知り合いにいそう。今度教えてもらおうかしら。我が彼氏様の通う男子校はイケメン名産地として有名らしいもの。
それはともかく、ここは言い返さなければならない。我が彼氏様のさとーくんはイケメンではない。イケメンではないが、私にとっては素晴らしく素敵なのだと。
「ミドさん、さとーくんはただの男じゃないの。私の突飛な言動にも、性格にも穏やかに接してくれる私を立てる男! 私がセクハラかましても下ネタ言ってもさとーくんはね、さとーくんは私好みに返してくれるわ!」
ぐっと握りこぶしを作って言い放てば、ミドさんはややあって、ああ、と頷いた。
「そーね。ちょーこに引かずにしょうがないねって言って、好きなままでいれる彼氏は貴重ね。てかあんたセクハラやめてやんなさいよ」
「あらぁ、いいじゃないの彼女の特権よ。あの落ち着いた素朴顔がね、私の行いで照れたり笑ったり顔をしかめたりするかと思うと、きゅんとしちゃうの……」
そう、私は、さとーくんに打ち抜かれた獲物なのだ。スナイプでばきゅんと討ち取られている。
私の家はそこそこ古いほうで、本家の娘として、否、良家の子女の心得としてなどというしきたりが残っている。婚前交渉は禁じるとかそういう類の。他に変わった例をあげるならば、定期的な文での交流を図ること、かもしれない。
ちなみにその文通は付き合いだしてから現在まで毎週行われている。
そして我が家の家訓は《清く、正しく、逞しく》である。それにしたがって花代家の一族は、色んな方向でたくましい面々が揃っていると言ってもいい、と身内ながらに思う。
そんなたくましい面子と向き合って、彼氏になりました! と自ら私の手をとって報告したさとーくんといったら!
今思い出してもにやけてしまう、全くさとーくんめ。
ちなみに、そのときに従兄弟の帯くんには嫌われてしまったようである。さとーくんかわいそうに。帯くんは実の兄妹みたいに仲良くしていたお兄ちゃんなので、まあ、予想はできていたけども。
「でもそんな大事な彼氏が離れてて大丈夫なの? ほら、男子校って共学とまた違った文化あるんじゃん?」
ミドさんの言葉に、私は首を振る。着席して「そうねえ」と呟いてみる。
さとーくんの通う四方山高校はミドさんの濁した言葉通り、若干同性愛に寛容な高校なのだ。伝統とも評されるほど、あそこには同性愛者が生まれるとか生まれないとか、まことしやかに囁かれている。風評被害というわけじゃなくて暗黙の認識のような、そんな感じ。
でも県下有数の進学校というネームバリュー。そしてイケメンは多いので、他校女子たちは彼らに興味津々なのである。
「掘られたら慰めてあげるからねって伝えてはいるけど、本当に掘られちゃうかしら……メールしてみようかしら」
ちょっとわくわくしてしまった。想像で。
「あ、ちょっとちょーこ! あんたの彼氏にメール送るならクラスメートの写真もよろしくって送ってよ! 生徒会なんでしょ、あそこの!」
「あー。そういえば生徒会になったから内申点アップのために頑張るって言ってたわね」
ミドさんがカッと目を見開いた。
「生徒会っていえば、あの華木がいるんでしょ! 華木!」
ミドさんの華木という言葉に、いきなり視線が集まった気がする。
きょろきょろとクラスを見回すとあからさまに目線をそらす女子過半数。あ、男子もいた。
その華木君とやらは相当な有名人のようだ。
「チィッ、嗅ぎつかれたか! ぬかったわ」
眉を寄せてミドさんが耳元に口を寄せてくる。
「どうせ興味がないから教えてあげるけど、四方山高校の華木つったら類を見ない美形なのよ。そんじょそこらの男なんか目じゃないわ」
「ミドさんのタイプ?」
「いやあれはどっちかってーと、王子様系か騎士様系ね。でも眼福だからちょっと頼んでみてよ」
「えー」
興味がない。ひたすらに興味がない。
ただ単に顔がいいだけはお呼びではないし、好みじゃないから尚更だ。
私の好みは素朴系だ。現時点ではさとーくん1択だ。
「ちょーこ、お聞きなさい」
穏やかな顔でミドさんが肩にそっと手を置いてくる。
「情けは人のためならず。めぐりめぐって善行はあなたにかえってくるわ。あなたの私を思いやる心はあなたへ帰ってくる……!」
「手っ取り早く言うと?」
「見返りはバイキングチケット2枚でどうよ」
「肉食い放題かしら」
「肉食い放題よ」
それは心引かれる条件だわ。
次のデート先どうしようか考えてたところでもあるし、うむ。ここは正直にさとーくんに言ってみようではないか。
「言ってみるだけならいいかしらねえ」
「さっすがちょーこ! 華木1枚とその他イケメンでよろしくつっといて!」
「ミドさんの名前出しとくわよ」
そうしてぽちぽちと携帯を操作してさとーくんへ送信してみる。
「ほいっ」
窓の外に向けて送信ポーズをとって画面確認。
ちゃんと遅れたわね、よしよし。
「はあー楽しみ楽しみ。ふっへへへ」
じゅるりと涎を拭くような仕草をしてミドさんはご満悦の模様。
私もさとーくんの返信が楽しみである。
携帯をポケットに戻して、お食事を再開といこうではないか。
ミドさんとお話を交えつつ食事を終えたタイミングで携帯を確認すると、着信が2つ。
おお、仕事が速いぞさとーくん!
「ミドさんや、さとーくんからお届けものですぞ」
1つ目のメールには私宛の文字の返信。もう1つには添付された画像が二つ。
画像のほうを開いてみると、きらっきらしたなんか見ているだけで眩しくなってくるような人物と、にぎやかそうな多人数の写真だった。
さとーくん結構友達いたのねえ。嬉しいやら寂しいやら。
しみじみと思っていると、きらっきらな写真のほうを食い入るようにミドさんは見た後、天を仰いだ。
「おお、おおおお、神よ感謝いたします!」
「きらきらした人ねえ」
「このはにかみ顔とか超レアじゃないの、何これすげえまじすげえ彼氏様すげえ」
ミドさんが壊れかけている。
「それにもう一つのも顔面偏差値高すぎじゃない? なにここアイドル養成地なの? なんなの?」
そう言いながら拝んでミドさんは自分の携帯を差し出した。
「ちょーこお嬢様、私めの携帯にお写真をくださいませ……!!」
「慈悲をくれてやろうじゃない」
つんと顎をそらすまねをして赤外線でぽちっとな。
ミドさんは自分の携帯に送られた写真を見て、ほうっと溜息をこぼした。
「いやあ、目の保養目の保養。あんたちょっと本気で彼氏様からイケメンを私に斡旋してくれるよう頼んでくんない?」
「ええー」
「絶対ストイック系イケメンと知り合いだわ、私の女の勘がささやいているっ!」
ぎらぎらとした瞳で見られて、ちょっとたじたじしちゃう。
肉食系の獣となり下がった我が友に、どうしようかと思うとさらに着信。
なんとさとーくんからである。
メール本文には「蝶子さんの友達って、美形が好きだって常々いってる人だっけ? 蝶子さんが人柄を保障してくれるなら、その人の好みっぽい人はいるにはいるよ。一応先立って相手にも聞いてみたけど、別にいいとはいわれた」と書いてあった。
さとーくん、あなたは神か。
思わず震えてると、我に返ったミドさんに心配された。
「ちょっとちょーこあんたどうしたの?」
「私の彼氏様が仲人してくださるそうよ」
「なん、だ、と……」
ミドさんへ携帯のメール画面を見せると、目を見張ってそして手を差し出してきた。
すかさず握手を交わす。
「あんたと彼氏様への恩は忘れないわ」
「ええ、私のさとーくんプライスレス」
こうしてさとーくんのおかげでまたミドさんとの仲が深まったのでした。
改めてそのことを、その日の夜に電話で伝えるとさとーくんに苦笑された。
あら、おかしなことを言ったかしら。
「だってさとーくんが素敵なのは事実じゃないの」
電話の向こうで、またまた苦笑いが聞こえた。