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異世界転生

 目が覚めると私はよくわからない空間にいた。


「ここは…どこだ?」


 どこまでも続くような、ホテルのワンルームにも感じられる真っ白な空間。そこに私はいた。


「私は…死んだはずだ…」


 つまり、ここはあの世のいうことになる。だが、私のやった事を考えれば地獄に行くのが普通というものだ。ここは、地獄というにはいささか綺麗過ぎる。


《その通りです》


 そんなことを考えていると、どこからか声がした。声の方向に目を向けるとそこには光があった。眩しくはなく、ただ暖かい太陽に近い光の球。それが声の主だった。


「あなたは?」

《あなた方が上位存在と呼ぶ概念》

「なるほど。つまり神のようなものでしょうか?」

《そうです》


 本当にいるものなのだな。だとすると、神を信じていた人間に『神はいない』と言って殺していたのが申し訳なくなる。まぁ、死んで神に会えたのだから問題ないか。


「では、私を裁きますか?」

《いえ。あなたは()()()()によって異世界へと行ってもらいます》

「功績…?」

《はい。あなたは『白桜』という人間を支え続けましたね。彼女は世界の敵として生き、そして彼女のおかげで世界は一つになりました。これはわたしが作り出した五億六千七百四十三万九千百八十一の世界では初めてのことです》

「そうなのですか」


 意外であった。

 そんなにも世界があるのなら一つくらいは統一されてる地球がありそうななものであるが。

 

《あなたの世界ほどの文明レベルになると地球が壊れるほどの戦争が起きることが多く、ほとんどの世界線では生命のない死の星となってしまいました。それに、最後まで裏切らない味方というのは少ないものなのです。なので、あなたにはちゃんとした肉体と異世界で生きていくための魔法を授けましょう》

「ありがとうございます」


 魔法…何をくれるのだろうか。

 主がいない世界など興味はないが、くれると言うのなら便利な物が好ましいな。


《ちなみに、あなたの主も異世界にいますよ》

「……そうですか。これでまた役に立てます」

 

 私に感情があればきっと喜べたのだろうが、これは死んでも治らないらしい。主とはいつも一緒にいたが、最期まで楽しいという感情は出力されなかったな。


《あなたに与える力は『血命魔法(けつめいまほう)』です。自由自在に肉体を作り替えられることが出来、高い再生能力を持つ不死身の能力です》

「不死身…」


 前世でも一応は不老技術は完成していたな。主は子を成すことを好ましく思っておらず、不老になる研究をしていた。だが、異様に肉体が弱くなるという欠点が見つかったため破棄となってしまったな。


《ちなみに不老でもあります》

「ならば必要ない。主のいない世界でいつまでも生き続けても意味がありません」

《大丈夫です。あなたの主も不老にしておきました》

「…そうですか。では、ありがたく頂きます」


 恐らくは善意なのだろうが、不老不死など一緒にいたいと思える人間がいなければ苦しいだけなのでは?


《それは問題ありません。不老不死を持っているのは貴方が初めての存在だからです。なので、もしも貴方という存在が能力によって苦しんだのであれば、速やかに消去するので安心してください》

「………」


 神様というのはアフターサービスもバッチリなんだな。いや、神なのだから全能で当たり前か。

 …なんだか関係ない質問をしたくなってきた。


「神よ。自分が持てない物質を作り出すことはできますか?」

《可能です。ただし、人が認識することが不可能なため証明することができません。あなたの世界にある『全能の逆説』という問題は結果を人が認知することができないため、質問は平行線となります。》

「ありがとうございます。関係ない質問をしてしまって申し訳ない」

《良いのです。宇宙の真理も話せますが、聞きたいですか?》

「いえ、遠慮しておきます」

《そうですか…》


 少ししょんぼりしている気もするが、神という存在がいる時点であまり聞く気にはなれない。

 

「…そろそろ行こうと思います」

《わかりました。では、準備をしますのでお待ちを》


 異世界。前世での知識など新しき世界ではほとんどが無駄になるだろう。主をどうやって探したものか…


「最後に、私のような不完全な人間に第二の生を与えてくれて感謝します」


 足元に文様が現れ、自身の体が宙を浮いてゆく。この殺風景な空間ともお別れなようだ。


《そういえば、あなたに言い忘れていたことがありました》

「何でしょうか?」

《魂と肉体が合っていなかったので、作り直しておきました。新しい世界に着いた頃には、貴方の本来が持つべき感情が生まれているはずです》

「…そんな所までサービスしてくれるとは」


 神というのは素晴らしい存在だな。主の次に大切に思うとしよう。


《神として当然のことです黒羽(クロバ)。では、良き異世界人生を》

「ありがとう、神よ」


 そして、一瞬の閃光と共に感情なき存在は新たな世界へと旅立っていった。愛しい主を探すために、人として生きるために。


◆◇◆◇◆◇◆


「着いたのか…」


 黒羽が目を開けると、そこには草原が広がっていた。天気は雲ひとつない快晴であり、穏やか風が鼻腔をくすぐる。前世の鉛のような空と比べると、まるで天国のような光景だった。


「あぁ…これが異世界」


 そんな世界に黒羽は涙を流していた。世界が美しかったからではない。こんなにも綺麗な光景を感じれるという事実が、彼にとって堪らなく嬉しかったのだ。


「美しい世界だ。主にも見せた…」


 ふと黒羽は自身に違和感を覚えた。秘書して主に害する敵を殺してきた彼は暗殺者としても優れており、自らの身体の変化に瞬時に気がついた。

 

「…ない」


 ほとんど使ったことはなかったが、彼に確かに有った物が消えていた。また、今の服装は死んだ時と同じくスーツ姿だが、何故か色んな箇所が緩くなっている。


「これは…いや、まさか有り得るのか?」


 動揺する黒羽。彼、いや既に彼女は凄く焦っていた。彼女の感情がないという特性は、何時でも冷静な判断を下せるという利点でもある。

 しかし、今の彼女は心がまだ発現したばかりで感情の制御が効かない。


「か、完全に女になっている…私の身体…」


 なので、通常の人間では考えられないほど落ち込んでしまった。

 黒羽は地面に座り込み、自身の膝に顔をうずめ涙を流している。


「主ぃ…グスン…受け入れてくれるかなぁ…拒絶されないかなぁ…」

 

 黒羽が異世界に降り立って小一時間。彼女は自身の主が女になった自分を受け入れてくれるかについて、非常にネガティブに考えてしまっていたのだった。


【神】

全知全能の存在。全てを知り、全てを導き、全てを循環する概念。あらゆる生物を個として認識することができ、死した生命は全て神と対話することになっている。

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