私の人生
近未来設定ですが、この一話だけです。
私には色々なものが欠けていた。
生まれつき味覚や嗅覚といった五感の一部がなく、感情も酷く薄かった。泣きもせず、笑いもしない赤ん坊。
けれど、私の家族はそれを気にせず、私が生まれたことに喜んでいた。
『優秀な暗殺者になる』と。
私の家は、数百年以上続くマフィア組織『白龍』お抱えの暗殺者一家であった。首領の命令に忠実に従い、命を懸けてそれを遂行することを至上の喜びとしている一族。そこに私は生まれた。
感情が薄い私は幼い頃から物事を冷静に判断することができ、家族から期待されていた。肉体を強靭にするために様々な薬を投与され、激痛を伴う訓練を行い、心と肉体を徹底的に虐め抜く。それをほぼ毎日やっていた。感情が薄いとはいえ痛みは普通に感じるため子供の頃はあまり思い出したくない。
私の他にも子供はいたが、私よりは幾分楽な訓練であった。それでも、17人いた私の仲間たちは最終的に三人だけになってしまった。他の子供たちは訓練の過酷さに耐えられずに死ぬか、逃げて捕まって苦痛の果てに死ぬかのどちらかで消えてしまった。
15になり、一人前となった私は組織のために本格的に使われるようになった。最初の任務はとある市の議員の暗殺。次は組織を裏切った人間の見せしめ。その次は敵組織の情報収集。十年ほど様々な任務をこなし、私は首領から直接命令を貰う立場となった。
そして、首領から直接任務を受けとる際、私は初めて彼女の素顔を拝見した。私が所属する組織は規模が年々大きくなり、最盛期には数十万人の部下を抱えることさえあった。そのため、首領は組織のシンボルとして黒い鬼のような仮面を被り、変声機で声を変え、性別すらもわからない正体不明の存在として統治していた。
20人の幹部しかその正体は知らなかったが、私は長年の組織への献身によって首領という人間を知ることになった。雪のような白髪に夜よりも深い色をした黒い瞳。異国人のような褐色の肌。私が長年仕えていた首領は美しい女であった。
あの日、彼女に会ったことはよく覚えている。
『貴様の瞳、血のように綺麗であるな』
私の顔を見るやいなや開口一番にそんなことを言ったのだ。容姿の方は男ながらに美人と言われる方ではあったが、自分の瞳を血に例えられたことは初めての経験であり、今でも覚えている。
『お褒めに預かり光栄でございます。必要とあらば、この眼球くり抜いてあなた様に献上致しますが…』
『いらぬ。前にやったが直ぐに光が消えてしまったからのう』
『左様でございますか』
私の主は身内には優しく、敵には残虐非道であり容赦はしなかった。
顔色ひとつ変えずに組織の裏切り者の家族を目の前で焼き殺し、その人間に食わせる。幹部が殺された時は盛大に葬式を上げ、実行した組織を一族郎党皆殺し。ただの部下である私の誕生日を祝ってくれたりもする。
『なに?貴様味覚がないのか』
『はい。生まれつきございません』
『そうか。ではケーキの変わりにこれをやろう』
『これは…』
『旧南アジア連邦の土産の唐辛子じゃ。辛みは痛みらしいので貴様も感じるであろう』
『ありがとうございます』
更に10年が経ち、私は暗殺者から首領の護衛兼秘書となった。
その頃には組織の力は小国の軍隊よりも遥かに強く、傭兵派遣も仕事のひとつになった。拡散型衛星ミサイルや戦術機動兵器『ガレアス』、超弩級空母『ザ・テリトリー』といった大型兵器の密輸。紛争への積極的な介入も行うことが増えていった。
『そのお身体はどうされたのですか?』
『ん?そろそろ我も歳じゃからな、少しずつ四肢を機械化していっておるのだ。我以外ではこの組織を仕切るのはもう無理になってしまったからな』
『確かに、随分とこの組織は大きくなりましたね。20人いました幹部は今では45人に。薬の密輸から兵器の密輸に変わり、抗争から紛争に変わりました。今のあなた様の素顔を知ってるのは私だけになってしまいました』
『そうじゃな。あと、貴様も機械化するから来月の予定は空けておれ。無論拒否権は無しじゃ』
『かしこまりました』
そして、私が全身を機械にしてから20年が経った頃、『白龍』は世界秩序連合の指定警戒組織に認定された。これは我々の組織が多数の国に影響を及ぼすことのできる危険な組織だと判断されたことを意味している。
『ふむ。面倒であるな』
『はい。それに加えて組織と取引している国には経済制裁をすると宣言しております』
『随分と性急じゃな。我らと関わりがある国は優に五十は越えておる。奴ら戦争でも起こす気か?』
『直ぐに幹部を召集いたします』
『一時間で集めよ』
『かしこまりました』
首領の懸念は当たっていた。
世界秩序連合はアメリア機動国家を中心とし111ヶ国からなる巨大連合だ。世界の警察を名乗っており、悪と判断したもの徹底的に殲滅している。過去にもマフィアに乗っ取られた国を土地ごと滅ぼしたこともある危険な連合だ。
『首領。組織と関係のある首相たちが次々と処刑されていきます』
『やはり、奴らは我々を完璧に潰すことを決めたようじゃな。軍の準備はどうなっておる』
『滞りなく。既に幹部の皆様は覚悟を決めております。首領のお言葉ひとつで奴らの国を火の海へと変える準備は整っております』
『そうか。…この様子では来月の貴様との旅行は行けぬな』
『そうですね。残念です』
『旅行のキャンセルをした後に幹部たちに開戦を伝えろ』
『かしこまりました』
初動は上手くいった。大国でも無条件降伏に踏み切るであろう大打撃を敵に与えることに成功。ついで、各地に潜伏していた機械兵を投入し、電撃作戦を敢行した。
だがしかし、占領のために戦術兵器を輸送していた艦隊を連合に捕捉されてしまった。結果として、作戦は失敗に終わってしまう。
『…首領。敵が国際条約で禁止されている液状ウランミサイルを我が輸送艦隊に向けて発射いたしまた』
『被害状況は?』
『全滅いたしました。また、海水の汚染も酷く、積み荷の回収は不可能でございます』
『はぁ…思ったよりも荒っぽいやり方をする。だが、それ故効果的だ。我々は昨日今日で大きく変わった』
『作戦はどうされますか?』
『ゲリラ戦に移行する』
『かしこまりました』
そして、そこから10年間戦い続けた。時には自爆テロをまで指示させ、なんとか時間を稼ぐこともすらあった。虎の子の衛星兵器すらも持ち出したが、痛手を負わせることには至らない。各地の幹部は次々処刑されてゆき、連合の作戦で巻き込まれた人間は全て組織のせいにされる。日に日に増えてゆく連合の所属国家。どう考えても詰みであった。
「首領。最終防衛ラインが突破されました」
「城塞国と呼ばれたこの島も一月が限界であったか。残っていた部下はどうなった?」
「音速戦闘機『蒼龍』にて華々しく戦死いたしました。この館に残っているのは私と首領だけになります」
「世界の敵とも言われた我らだ。死に際は盛大に行こうではないか」
「…了解でございます」
私は本当は主に死んで欲しくはない。
「敵の総司令が乗っている空中戦艦の場所はどこだ?」
「館の正面50kmの地点でございます」
「よし。地下に改修中の『蒼龍』があったはずだ。それで乗り込むぞ」
「首領。あなた様だけならまだ逃げることが…」
「何度も言ったであろう。貴様が我を想う気持ちもわかる。だが、それは我の信念が許さぬのだよ」
けれど、私の主はそれを選ばない。今までついてきた部下たちを裏切る行為だからではない。敵対するものには苛烈に、身内には女神のように優しく家族のように接していた首領。
「運転は貴様に任せる。我は機銃を操作しよう」
「了解しました」
「もう敬語は良いぞ?もう組織には二人しかいないのだからな」
「いえいえ。たった二人だとしても、私にとって首領は命よりも大切な人ですので」
「告白か?」
「…かもしれませんね」
これまで好き勝手やってきたのだからそのツケは払う。因果応報だと彼女は言っていた。
「思えば貴様と過ごして40年以上か。長い付き合いになったものだ」
「そうですね」
「敵を殺し、国を滅ぼし、世界の敵にまでなった。やってきたことを思えば当然の報いじゃろう」
「けれど、あなた様は『白龍』の意志を家の掟に従って継いだだけであります」
「それは貴様も同じじゃろう」
「私は良いのです。あなた様と共にいることが私の唯一の幸せなのですから」
「奇遇じゃな。我も貴様といる時が一番楽しいぞ。両思いじゃな」
されど、私は思うのです。
違う道があったのではないかと。あなた様が『白龍』に生まれず、普通の家庭に生まれていれば、きっと幸せに生きたでしょう。あなた様と会えないのは悲しいことですが、幸せを知ることのないつまらない人間として死ぬだけのことです。
「嬉しいことをおっしゃってくれます。しかし、一緒に逃げてはくれないのですね」
「すまんな」
「いえ良いのです。あなた様と死ねるのなら、それもまた私にとっては幸福なことですので」
「そうか。突然だが貴様は異世界転生というものを知っておるか?」
「…あなた様の口からそんな言葉を聞くとは思いませんでした。知っていますが、それがどうかされましたか?」
『蒼龍』にて敵の戦艦に向かっている中、主は唐突に数百年ほど前に極東で流行っていたとされる小説のことを話し始めました。
「それらの小説の主人公は大抵不幸な体験しているらしくてな。死んで異世界で人生をやり直して幸せになるというのが大体の話の流れじゃ」
「知っていますよ。主人公が上位存在に超常的な力を渡されて、世界を歪めるのが大まかなストーリーと聞きました」
「うむ。そこでふと思ったのじゃよ。我々も事実だけを見ればかなり不幸な生い立ちをしているなと」
「言われているみればそうですね。首領の本名となっている『白桜』も受け継いだだけで本当の名前はないですし、私に至っては秘書としか呼ばれていませんね」
「そうじゃ。それと弾幕張られてるから上昇」
「了解しました」
雨のように降り注ぐ弾丸を避けながら、私たちは朝食のように会話をしている。
「首領、左翼に被弾しました」
「構わん。出力最大にして突っ込むぞ」
「了解」
被弾の衝撃で左腕が折れたが、問題ない。
『蒼龍』は首領の命令通り敵戦艦に激突した。
「ゲホッ…標的に乗り込みましたが…少々速度を出し過ぎたようです…」
「そのようじゃな。揺れからしてこの戦艦はもうすぐ沈む」
「そう…ですか。では…あなた様は早く脱出を…」
「無理じゃ。今ので我の左腕がどこかに飛んでいってしまった」
「それは…すみません…」
私の肉体は既にボロボロであった。
両の腕は折れ、操縦席の機械が衝撃で爆発し、内臓と骨がぐちゃぐちゃにかき混ぜられている。首領も左腕以外にも怪我を負っているらしく、出血多量により死ぬだろう。
「謝る必要はない。貴様は最後まで我と共にあったのだからな。忠信そのものであるぞ」
「そうでしょうか…」
「うむ。何故なら我と一緒に死んでくれるのだからな。寂しい思いをせずに済む」
「…首領」
瀕死になっている私の脳内に変なことが浮かんだ。突拍子もなく、夢物語そのものみたいものが。
「なんじゃ?」
「さっき…異世界転生の話を…したじゃないですか…」
「あぁ、したな」
「…私たちも…異世界とやらに行けたりしませんかね?」
「はは、行けたら面白いな」
「そしたら…名前が欲しです…」
「名前か」
「えぇ…異世界転生というのは…一度死んで人生をやり直せる…」
自分が何を言っているかわからない。でも、首領は真剣に聞いてくださった。
「死んだら…感情がわかるかもしれない…誰かに名前を呼ばれる喜びがわかるかもしれない…」
「それは貴様にとって幸せなことであろうな」
「…白桜様は異世界に…行きたくはないんですか?」
「貴様と一緒ならいいぞ」
「…それは…良かった…」
瓦礫の降る中、私たちは叶うはずのない夢を楽しげに話した。
「もし異世界にで貴様に会ったら何と呼べばよい?」
「…そうですね…じゃあ『黒羽』なんて…どうでしょうか…」
自分について考えたことがなかったため、お世辞にも良い名前とは言えない。
「ふむ。なかなか良い名前ではないか」
だが、白桜様は褒めてくださった。
「…ありがとう…ございます…」
「では、またな」
「は…い…」
そして、私たちは爆炎に包まれて死んだ。
組織が世界に与えた被害は大国なら数回は滅ぶほどのものであり、世界は共通の敵を持ったことによりひとつもなった。後世において、『白龍』という組織は歴史を変えた存在であると評価されている
【世界秩序連合】
絶対の正義を掲げる武装連合。正義ならば何をしてもいいとおもっている。
【白龍】
首領の名にして組織の名前。裏から世界を操っているとも言われる巨大組織。アットホーム。
【秘書】
凄い暗殺者。何でも出来るが首領といる時が一番たのしい。黒髪赤目で女っぽい白い肌をしている。