第六話:パンと胃袋と悩める乙女の救世主(その11)
「だからね、先生――あ、他の皆さんみたいに“お兄さん”って呼んでもいいですか?」
と、“愛のカリスマ!美の女神!!悩める乙女の救世主!!!”こと鷹子・カスティリオーヌ (38)は言った。
彼女のかたわらには空になった芋焼酎の大ボトルが置かれ、やっと人心地が付いた (?)のだろうか彼女は、店側が出してくれたプーアル茶を飲み始めたところである。
――これなら下戸の樫山先生も付き合えるしね。
「もしくは、真琴にならって“先輩”でもいいですけど?」
と、“先輩”の部分で弟の物真似をしてみせたこの色香ムンムンの女性を見ながら樫山泰仁 (31)は、
『実際、このひとはいったい何才なのだろうか?』
と、彼女から漂ってくるアルコールの匂いに頭をクラクラクラッとさせられながら――“由緒正しき下戸の一族”だからね――、
『――というかオッパイおっきいなあ』
と、作者の好感度が下がるようなことを想っていた。
「あー、はい。それはカスティリオーヌ先生の呼びやすい呼び方で呼んで頂ければ――」
「あら、他人行儀ね。“鷹子”って呼んでください」
「いえ、さすがに旦那さまのいる方を下の名前で呼ぶわけには―― (注1)」
「あら?変なところで硬いんですね?」
「――そうですか?」
「ほんと、そういう妙なところだけは似てますよね」
「は?」
「あ、いえ、知り合いに似た名前の方がいて」
「はあ」
と、ここで鷹子はひと口お茶をすすると、
「ねえ、ちょっと――」
と、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「ねえ――」
――――。
「ねえ――」
――――。
「ねえってば――」
――――。
「ちょっと、あなたよ――」
――――。
「だから!“そっち”の樫山先生!!」
――え?あ?はい?……僕ですか?
「そうよ、あなたしかいないでしょ?」
――すみません。まさかそちらから声をかけて来るとは想っていなかったもので。
「……双方向じゃないの?このシステム」
――いや、確かにそうではありますけれども……いよいよデッド○ールめいて来たなあ。
「ライアン・レイノルズもいい役者さんよね」
――“ピ○チュウ”やった時はビックリしましたけどね。
「あれねー、あれは私もちょっとどうかと想っ――ってそれはさておき。
なによ?この先生、あなたに全然似てないじゃない」
――まあ、名前が似てるだけの別人ですからね。
「親戚とか?」
――さあ?調べたことはないですけど、ひょっとするとそうかも知れないですね。
「背も高いしカワイイ顔してるし」
――そうですか?
「私のまえで顔を赤くしてるしね」
――それ多分、お酒のせいですよ?
「え?ぜんぜん飲んでないわよ?彼」
――世の中には奈良漬けで酔ったり酒屋のまえ歩いただけでフラフラするひともいるんですよ。
「え?なにそれ?カワイイ」
――“カワイイ”って……それはそれで当人たちは大変らしいですよ。
「ふーーん」
――っていうか、本編に関係ない話ならそろそろ戻ってもらえますか?なんか今回脱線が多くて――、
「ああ、はいはい。“そっち”は“そっち”で大変そうだもんね」
――ほんとお願いしますよ。脱線パートを書くのもけっきょくは僕なんですから。
「はいはい。“こっち”の先生があなたと別人だってのを確認したかっただけ。――念のためね」
――はあ?
「えーっと?――続きはどこからだっけ?」
――例の“対話”の続きですね。
「イスミちゃんとの続きを“こっち”の先生とすればいいのよね?」
――そうそう。
「イスミちゃんとはどこまで話したんだっけ?」
――あー、たしか……“いままさに巨乳の子は巨乳になりたいなんて夢にも想わない”とか、その辺ですね。
「了解。――じゃあ戻るわね」
――はいはい。お願いします。
と、ここで鷹子はふたたびお茶をひと口すすると、
「それじゃあ、私の頭の中を整理する意味で、いままでの話をくり返してみますね?」
と、目のまえの男性――樫山泰仁 (31)に向かって言った。
すると問われた樫山は――そのよくまわらない頭とグルグルとまわる視界をどうしたものかと想いながらも、
「はい。お願いします」
と、ほほ笑みながら答えた。
「じゃあ先ずは……、
①「愛」とは、“なにか”に対しての愛だ。
――ですよね?」
「うーーん?……うん。そうですね」
「では次に……、
②「愛」とは、現実に“いま足りないと感じているもの”に対しての愛だ。
――合ってます?」
「……うん。そういう話でしたね」
「それから――これはまだキチンと話してはいませんでしたけれど……、
③「愛」とは、“美しいもの”に対する愛だ。
――これに対してはどう想われます?」
「そうですね…………美醜の価値観はひとや時代によって変わるとは想いますが――」
「が?」
「その“美しさ”が例えば、僕らが宇宙の秩序や女性の顔の中に見付ける“アレ”のことを言っているのであれば――」
と、ここで樫山は軽く口を閉ざすと髪を軽くかき上げ、上目遣いに鷹子の目をジッと見てから、
「――確かに。“「愛」とは“美しいもの”に対する愛”で間違いないでしょうね」
と、応えた。
するとこの視線と応えに鷹子は一瞬とまどいそうになったのだが、すぐに小さく微笑むと、
「流石は“お兄さん”」
そう言って背筋を伸ばし胸を張った。
「それではつまり……、
③「愛」とは、“美しいもの”に対する愛。
であり、
②「愛」とは、現実に“いま足りないと感じているもの”に対しての愛。
であるわけですから、
④「愛そのもの」は……「愛を持つものは」と言ったほうがいいかしら?」
「あー、確かにちょっと分かりにくいですけど…………でも「愛そのもの」で言わんとすることは分かりますね」
「ではそれでいきますね……、
④「愛そのもの」は、“美しさ”を持っておらず、それが自分には“足りない”と想っている。
――如何かしら?」
「…………それはもちろん。『美しさを持っていないもの=醜いもの』というワケではありませんよね?」
「もちろんそうよ。そんな単純に割り切れるほど世界はキレイじゃないわ」
「なるほど……。であれば…………。“ともに飲みましょう”――私は“お姉さん”の意見に同意致します」
(続く)
(注1)
第二話“その9”を確認のこと。
こう言ってはいるものの、以前樫山は、鷹子さんの妹・安堂茄子さんのことを、彼女に促された形ではあったが、下の名前で呼んでいる。
たぶん今回は、樫山のなかにある何がしかの動物的直感が働いて、“このまま彼女を名前で呼んではマズイ”と感じたものではないかと想われる。




